あなたのお嫁さんになりたいです!~そのザマァ、本当に必要ですか?~

古芭白 あきら

第一部 その婚約、本当に必要ですか?

第一章 その令嬢、本当に妖精ですか?

第1話 その婚約、本当に愛がありますか?

「お初にお目もじつかまつります」


 エーリックは一瞬で心を奪われた。

 眼前の現実離れした美しい少女に。


「グロラッハ侯爵の娘、ウェルシェでございます」


 その美少女ウェルシェは純真無垢な少女のようににこりと笑いながら、それでも綺麗な立礼カーテシーには一部の隙もない。


 まさに貴族のご令嬢といった見事な所作である。


 しかし、幻想的な白銀の髪シルバーブロンド、神秘的な翠緑の瞳エメラルド、透き通る白い肌、折れそうなほど華奢な四肢……彼女のどれをとっても儚く、触れれば消えてしまいそうなほど現実感がない。


 美しいだとか、可愛いだとか、そんな言葉で表現できない存在。


「妖精?」


 それは無意識の呟き。


 妖精の姫が物語の中から迷い出てきてしまったのではないか、エーリックは本気でそう思った。


「マルトニア王国第二王子エーリックです」


 エーリックはわずかに呆けてしまったが、それでもすぐに胸に手を当て優雅に一礼してみせたのは、さすが王家で鍛えられた王子である。


「あなたのように可憐な姫君と婚約できるのは望外の喜びです」


 今、エーリックの顔からこぼれる微笑みと、口から漏れ出る言葉は全て本物。


 ウェルシェは赤く染めた頬を隠すように手を当てて小首をかしげた。


「まあ、エーリック殿下はお世辞がお上手ですのね」

「まごう事なき本心です。僕は国一番の果報者です」

「私ごときで大袈裟ですわ」

「大袈裟ではありませんよ。貴女の前には美しい花達も恥じ入るでしょう」


 いよいよウェルシェは真っ赤になった。


「ですが、それだけに国中の男達からやっかみを受けないか心配になります」

「殿下、もうそれくらいで」


 恥ずかしがってウェルシェは両手で顔を隠す。白い肌に朱が刺す姿はあまりに可憐。


「エーリックです」

「殿下?」

「グロラッハ嬢には名前で……エーリックと呼んで欲しいのです」

「あっ、その……エーリック…様?」


 ウェルシェがもじもじと上目遣いではにかむと、エーリックはグッと胸を押さえた。


「では、私の事もウェルシェ……と」

「えっと……ウェルシェ?」

「はい!」


 エーリックがおずおずと名前を呼ぶと、ウェルシェはパッと花が咲くように笑った。


 この瞬間、エーリックの頭から政略だとか利害だとか全てが吹き飛んだ。


(僕は絶対ウェルシェこの子と結婚する!!)


 エーリック・マルトニア王子、十五歳。

 この日、彼は一人の美少女に恋をした。



 そもそも、この婚約は第一王子オーウェンを王位に就けたい王妃オルメリアの肝いりで纏まった完全な政略であった。


 寵妃エレオノーラの息子エーリックを憚り、大貴族グロラッハ侯爵家を臣籍降下先として選んだ。グロラッハ侯爵としても彼を次期当主に据えれば公爵に陞爵されることが決まっている。


 そう、これは王位を継ぐ気のないエーリックにとって願ったり叶ったりの政略結婚。


 だから、エーリックはただの契約として相手のウェルシェに何の期待も感慨も抱いていなかった。


 今日この日、ウェルシェと初めて顔を合わせるまでは……


「王宮に帰らず、このまま結婚できたらいいのに」

「まあ、エーリック様ったら」


 エーリックの言葉を冗談と思ったのか、ウェルシェがくすりと笑う。その笑顔は年相応に可愛くて、こんな一面もあるのかとエーリックは何度でも恋に落ちる。


「僕は本気ですよ?」

「あっ……その、私も早くエーリック様の……」


 それは消え入りそうなか細い声だった。だが、エーリックは聞き逃さなかった。恥ずかしがってうつむくウェルシェが「お嫁さんになりたいです」と囁いたのを。


 なんて可愛いんだ!


 エーリックは完全ノックアウト。

 もはや、彼は恋に恋する王子様。


(早くウェルシェと結婚したいな♪)


 だが、浮かれるエーリックは気づいていなかった。

 俯くウェルシェの口の端がつり上がっているのに。

 彼女が拳を握り小さくガッツポーズしているのに。


 エーリックから隠れた表情と仕草には先ほどまでの純真無垢な儚い美少女の姿はどこにも見られない。


 美しき侯爵令嬢ウェルシェ・グロラッハ、十五歳。

 実は彼女、他の追随を許さぬ超腹黒令嬢であった……

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