余計なことをするアリス

 アリスの両親が亡くなり、ルシヨン伯爵邸に叔父一家がやって来て1ヶ月が経過した。

 アリスは叔父一家がやって来てから使用人のように扱われていたが、今まで斜め上の行動やドジを何度もやらかしていた。最初のうちは皆怒っていたが、段々起こる気力も失い疲れが溜まっていた。

 そして今日アリスがしたことというと……。

「アリス……一体誰を連れて来たんだ……?」 

 怒る気力をすっかりなくしているデュドネ。ジスレーヌとユゲットも目が死んでいた。

「お医者様でございます。皆様、最近お怒りだったりお疲れのようなので、精神に何か問題があるのではないかと心配になりましてお連れしましたの」

 心配そうに微笑むアリス。全く悪気が感じられないように見える。

「ご家族思いのとても良いお嬢様でございますね」

 アリスに連れて来られた精神科医はにこやかに微笑んでいる。

 デュドネ達はもう何か言うことすら出来なくなっていた。ただもうアリスを何とかしてくれという思いのみが一致していた。






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 そんなある日、デュドネ達にとって朗報が入る。アリスが彼女の実母の生家であるキュスティーヌ侯爵家に引き取られることになったのだ。

「ようやく……ようやくアリスがこの屋敷から出て行くのか」

「やっと平穏な日を過ごすことが出来ますのね」

「お義姉ねえ様のせいで色々と大変だったわ」

 デュドネ達は心底ホッとしていた。

「それにしても、兄上達はアリスにどんな教育をしていたのか……」

 呆れ気味にため息をつくデュドネ。

「でも、キュスティーヌ侯爵家は教育が大変厳しいと噂よ」

「そんな。お義姉様がキュスティーヌ侯爵家から逃げ戻って来たら嫌だわ」

 ジスレーヌとユゲットは顔を真っ青にしている。

「そうなったら……意地でもこのルシヨン伯爵家から追い返す。あいつがこの家にいたせいで我々がどれだけ被害に遭ったか……」

 デュドネは鋼のように固い意志であった。






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 それから4年の時が過ぎた。

 この日は公宮で成人デビュタントの儀が開催される。この年の成人デビュタントの儀は通常と違い少し特別であった。カノーム公国の公女であるイレーヌ・コンスタンス・ド・カノームが今年15歳を迎えるので、成人デビュタントの儀に出席するのである。ちなみに彼女は2年後にガーメニー王国に嫁ぐことが決まっている。更に、公世子こうせいし、つまり次期君主であるミシェル・ノーラン・ド・カノームの婚約者の発表も行われるのだ。


「あ! 公女殿下よ! 綺麗ね」

 ボニファスにエスコートされながら、ユゲットがイレーヌを見つけてはしゃぐ。

 ストロベリーブロンドの艶やかな髪に、アメジストのような紫の目の、精巧な人形のように美しい少女である。

「まあでも私の方が可愛いかしら」

 ふふっと笑うユゲット。

「ああ、俺の中ではユゲットが1番だ」

 ボニファスはニッと笑い、ユゲットを抱きしめる。

「まあ、ボニファス様、嬉しいわ」

 キャッとはしゃいでいるユゲット。2人揃って不敬罪に問われかねない言動なのだが全く気にした様子はない。

「それにしても、公世子殿下の婚約者は誰なのかしら?」

 ユゲットは興味ありげに首を傾げる。

「確かに、気にはなるな」

 ボニファスはそう呟いた。

 そうしているうちに、成人デビュタントの儀が始まり、カノーム公ノーランや公妃コンスタンスから祝いの言葉が贈られる。

 そして成人デビュタントを迎える令嬢達がエスコートをしてくれた男性とファーストダンスを終え、盛り上がってきた頃にノーランから発表があった。

「さて、ここで我が息子である公世子ミシェルの婚約者を発表する! 2人共、こちらへ」

 すると、ミシェルと彼の婚約者が中央へやって来る。堂々と胸を張り、公世子妃として風格ある。ストロベリーブロンドの髪にアクアマリンのような青い目の少年だ。そして婚約者である令嬢も歩き方や所作に品があった。艶やかな黒褐色の髪にアメジストのような紫の目の令嬢である。

「え……あれって……」

「まさか……」

 ユゲットとボニファスが驚愕して目を見開く。

「ミシェルの婚約者、キュスティーヌ侯爵令嬢てあるアリス・ロジーヌ・ド・キュスティーヌである!」

 ノーランから紹介されたのは、何とアリスだった。キュスティーヌ侯爵家に養子入りしたことで、名前をアリス・ロジーヌ・ド・ルシヨンからアリス・ロジーヌ・ド・キュスティーヌと変えていた。

 アリスは品良く微笑み、1歩前に出る。

「先程ご紹介にあずかりました、キュスティーヌ侯爵家次女、アリス・ロジーヌ・ド・キュスティーヌでございます。この先ミシェル公世子殿下を支え、共にこのカノーム公国を更なる発展に導けたらと考えておりますわ」

 完璧な淑女の笑みと所作のアリス。会場にいる者が一斉に拍手をし、アリスをミシェルの婚約者、つまり次期カノーム公妃として認めていた。一部の者を除いては。

「お義姉様が……公世子妃……!?」

「この国は大丈夫なのか……?」

 ユゲットとボニファスはルシヨン伯爵家でのアリスのやらかし具合を知っているので若干引き気味であった。


 その後、アリスが公世子妃になったことを聞いたデュドネとジスレーヌは遠い目をしていた。

「アリス……もう関わりたくもない」

「ええ、そうね……」

 完全にトラウマになっているようだ。






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 その翌年、アリスとミシェルの結婚式が盛大に行われた。アリスは正式に公世子妃になったのだ。

 そしてルシヨン伯爵家はというと……。

「デュドネ・オーブリー・ド・ルシヨン。貴様に二重帳簿及び脱税の容疑がかかっている」

 法務卿と警吏がルシヨン伯爵邸に押しかけて来ていた。

「お、俺はそんなことはしていないぞ!」

 慌てふためき暴れるデュドネ。しかし、一旦警吏に取り押さえられてしまう。

「デュドネ様!」

「お父様!」

義父ちち上!」

 ジスレーヌとユゲットとボニファスはデュドネの元へ駆け寄ろうとするが、警吏達に止められてしまう。

「証拠は残っているはずだ。屋敷中探し出せ」

 法務卿が指示し、警吏や関係者が一斉捜索に当たる。

「特に倉庫が怪しいかと存じますわ」

 優雅な声が響き渡る。

 デュドネ、ジスレーヌ、ユゲット、ボニファスはその声を聞きサーッと顔が青ざめる。4人にとって聞き覚えのある声だった。

「アリス……」

 デュドネは忌々しげにそう呟く。

 声の主は公世子妃になったアリスであった。アリスは品良く微笑んでいる。

「貴様、不敬だぞ! このお方はもう公室のお方だ! 公世子妃殿下とお呼びしろ!」

 警吏にギロリと睨まれるデュドネ。

 そうしているうちに捜索は進み、アリスが言った通り倉庫の中から二重帳簿や脱税の証拠が出て来た。

「これで言い逃れ出来ないぞ。デュドネ・オーブリー・ド・ルシヨンを連れて行け」

 法務卿が冷たくそう言い放つ。

「そんな……何かの間違えですわ! デュドネ様がそのようなこと……!」

「お父様!」

「ユゲット、しっかりするんだ。絶対に何かの間違いだ」

 ショックで膝から崩れ落ちるジスレーヌとユゲット。ボニファスはユゲットを支える。

 デュドネは忌々しげにアリスを睨みつける。

「アリス……貴様はいつも余計なことをしやがって!!」

 デュドネは警吏を振り切りアリスに襲い掛かろうとしたが、警吏がさらに力を加えて押さえつけたのでそれは叶わなかった。

「ぐっ! 何をする!」

「二重帳簿、脱税に加え、公世子妃殿下への暴行未遂罪も加わった」

 法務卿が無慈悲にそう言い放つ。

「叔父様、わたくしは公世子妃でございますの。ですから、このカノーム公国の為に動かなければなりません。わたくしがかつて倉庫に閉じ込められた時、二重帳簿や脱税の証拠を見つけましたわ。あの頃は何の力も持たなかったので、どうすることも出来ませんでした。しかし今、ようやく動くことが出来て嬉しく存じますわ」

 美しく上品な笑みを浮かべるアリスである。

「公世子妃殿下、この度はご協力誠にありがとうございました」

 法務卿がビシッと礼をる。


 こうして、デュドネは裁判で二重帳簿、脱税、公世子妃への暴行未遂の罪で貴族籍の剥奪及び50年の労働徒刑が科せられることになった。

 これにより、ジスレーヌとユゲットも連座で貴族籍を失い平民にならざるを得なかった。

 ボニファスはまだユゲットと結婚はしていなかったのでお咎めはなかった。しかし生家のモンレリ伯爵家からは縁を切られてしまった。よってジスレーヌやユゲットと同様、平民にならざるを得なかった。

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