ど天然なアリス

 翌日。

 アリスは自室で本を読んでいると、扉がノックされてジスレーヌとユゲットが入って来た。

義叔母おば様、ユゲット、どうかなさったのですか?」

 小首を傾げるアリス。

「お義姉様は昨日の羊の尿臭いドレス以外にもたくさん素敵なドレスを持っているのでしょう? それ全部私にちょうだい」

「貴女は義姉あねなのだから、義妹いもうとのユゲットに全てを譲るべきよ」

 2人は無遠慮にアリスの部屋のクローゼットを開けるが……。

「何よこのドレス!?」

 ユゲットが悲鳴に近い声を上げた。

 アリスが持っているドレスは全て質の高い逸品である。しかし、それにはどれも刺繍が施されていた。それが普通の刺繍ならよかったのだが、アリスのドレス全てに刺繍されているのは、けばけばしい色のドラゴンや悪魔など。

「ああ、それは……昨日のこともありユゲットがわたくしの物を欲しがるだろうと思って、歓迎の意味も込めて刺繍をしたのよ。ユゲット、わたくしからのプレゼント、受け取ってくれるかしら? 貴女の為を思って刺繍したの。自分で言うのも恥ずかしいけれど、どれもわたくしの最高傑作よ」

 ニコリとアメジストの目を輝かせながら微笑むアリス。刺繍の腕前は確かである。

「こんな趣味の悪いドレスなんて全部いらないわよ!」

「ユゲットを思うのであればもっとマシな刺繍をしなさい! この出来損ないが!」

 顔を真っ赤にして怒るユゲットとジスレーヌ。

「そんな……わたくしはユゲットの為を思って……」

 泣きそうになるアリス。

「それに、何なのよこの部屋は!? 壁にも趣味の悪い絵が書いてあって気持ち悪いわ!」

 ジスレーヌの言う通り、アリスの部屋の壁には刺繍と同じくけばけばしい色のドラゴンや悪魔の絵が描かれていた。

「ここもユゲットの部屋にしてあげようと思ったのに、ユゲットにこんな趣味の悪い部屋なんか与えられないわ!」

 キンキン声のジスレーヌ。

「そんな……歓迎の意味を込めて壁にも絵を描きましたのに……」

 ガックリと項垂れるアリス。絵の実力も確かではある。

「こんなの全っ然嬉しくないわよ!」

 思いっ切り嫌そうな顔をするユゲット。

「もういいわ。こんな趣味の悪い部屋は貴女が使いなさい」

 ジスレーヌがそう言い捨て、2人は出て行った。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 デュドネ達がルシヨン伯爵家にやって来てから、アリスは使用人のように扱われていた。

 この日は庭の手入れをするアリス。庭はジスレーヌが薔薇やダリアやピオニーを植えていた。ジスレーヌは出掛けるので、その間はアリスが庭の手入れをすることになっていたのだ。自分の境遇に嘆くことなく淡々としている。

(義叔母さまが植えたお花……折角だから肥料をあげようかしら)

 アメジストの目を輝かせてハッと思いついたアリスは立ち上がり庭を後にする。そして隣の農園に向かい、動物達の糞を手に入れた。

(動物の糞は堆肥になるわよね)

 鼻歌を歌いながらそれを撒くアリス。しかし……。

(……何だか臭くなってきたわ。糞って結構臭うのね。……これだと義叔母様に怒られてしまうわ……)

 アリスは漂う匂いに思わず顔をしかめた。

(それなら……)

 アリスはあることを思い付き、また庭を後にした。


 数日後。

「きゃーっ!! 何なのよこれは!?」

 庭からジスレーヌの悲鳴が聞こえた。

「義叔母様、どうかなさったのですか?」

 アリスは急いで駆け付ける。

「アリス! 私の庭に何をしたの!?」

 顔を真っ赤にしてキンキン声のジスレーヌ。

 庭の花壇は一面緑の植物で埋め尽くされており、元々あった花は駆逐されていた。この植物の正体はミントである。

「あらら」

 庭を見たアリスはアメジストの目を見開き驚いているように見える。

「義叔母様のお花がよく育つようにと隣の農園から牛や馬、羊などの糞を貰って撒いたのですが、臭いがきつかったのでミントも植えてみたのです。爽やかな香りがする花園が素敵だと思いまして。きっと義叔母様もお喜びになると思ったのですが……」

 アリスは困ったように微笑む。

「ふざけるんじゃないわよ……!」

 ジスレーヌは肩を震わせて怒りを露わにする。

「申し訳ございません。ただ、義叔母様の為になると思ったのです」

 シュン、と肩を落とすアリス。

「大体、ミントは繁殖力が強くて周りの植物の養分を奪い取ってしまうのよ! どうしてそんなことも分からないの!?」

 雷のように激しい怒り声のジスレーヌである。

「……申し訳ございません。わたくしはただ、義叔母様のお役に立とうと」

「もういいわ! こっちに来なさい!」

 有無を言わさぬ口調でジスレーヌはアリスをとある場所へ連れて行く。


 アリスが連れて行かれた場所は倉庫であった。

「ここで反省してなさい!」

 何とジスレーヌはアリスを倉庫に閉じ込めたのだ。

 暗い倉庫に閉じ込められたアリスはというと……。

(閉じ込められてしまいましたわね……。あら? これはお父様とお母様の形見だわ。こんな所にあったのね。まあ、日記もある)

 反省するどころか、両親の遺品や日記を見つけて思い出に浸っていた。あれこれ見つかるので次第に整理されていた倉庫は散らかりまくった。

(あら……? これは……)

 何かを見つけたアリス。その際、倉庫の外からドタバタと慌てた足音が聞こえたので咄嗟に隠す。

 ガチャリと扉の鍵が解除され、バンっと勢いよく扉が開く。デュドネである。

「まあ、叔父様……」

 アリスはアメジストの目を丸くする。

 デュドネは散らかった倉庫の惨状を見て青ざめた後、顔を真っ赤にした。

「お前は何をしている!? もう2度と倉庫には入るな!」

 つんざくような声で怒鳴るデュドネにより、アリスは倉庫から出された。

「アリス、今すぐ入浴用のお湯を沸かせ!」

「承知いたしました」

 デュドネからそう命じられたアリスはすぐにお湯を沸かしに行った。


 そして……。

あぢーーーーい!! どうなっておるんだ!?」

 デュドネの怒鳴り声に近い悲鳴が屋敷に響き渡る。

「どうかなさったの!?」

「お父様!? 何があったの!?」

 ジスレーヌとユゲットが浴室へ駆け付ける。

「叔父様、どうかなさいました?」

 アリスも一足遅れて浴室へ駆け付けた。

 入浴着を身につけたデュドネは涙目でカンカンに怒っている。また、彼の足はお湯につけた部分が真っ赤に染まっていた。他の使用人達も困っている。

「アリス! お湯が熱過ぎる! 貴様は温度加減も分からないのか!?」

「申し訳ございません。貴族の家の当主は熱いお湯に入るのがステータスでございますので、叔父様にはなるべく熱いお湯に入ってもらおうとしたのです」

 カノーム公国では基本的に1番先に入浴するのは男女問わず当主である。その次に当主の配偶者、当主の子供、使用人と続く。つまり、現在のルシヨン伯爵家の入浴順はデュドネ、ジスレーヌ、ユゲット、そしてアリスである。

「熱ければ熱い程、自慢出来るでしょう? 叔父様の為を思いまして、沸騰したお湯をそのまま入れましたの。それに、使用人の方々も温かいお湯に入れると思いまして」

 ニコリと微笑むアリス。悪気が全くないように見える。

「まあ!? それで火傷してしまうことが想像できなかったのかしら!?」

 ジスレーヌはキッとアリスを睨みつける。

「沸騰していたら私の番になってもまだ熱過ぎるじゃない!」

 ユゲットは思いっ切り嫌そうな表情だ。

「皆様のステータスを上げることが出来ると思ったのですが……」

 シュンと肩を落とすアリス。

「アリス! 貴様はもうお湯を沸かすな!」

 デュドネからそう怒鳴られるのであった。


 アリスはこれら以外にも斜め上の行動をしていた。

 何かやらかした罰として食事を抜かれたのだが、何故なぜかお菓子なら食べていいと勘違いしたアリス。彼女は勝手にケーキを食べていた。するとそこへ通りかかったジスレーヌにしこたま怒られケーキを取り上げられ、アリスは焦る。

「義叔母様、返してください」

「駄目よ! このケーキは明日私とユゲットで食べるわ。貴女の分はないのよ!」

「明日では危険です。お願いです、返してください」

 アリスがどう懇願してもジスレーヌは聞く耳を持たなかった。

(ああ……明日では……)

 ジスレーヌが去った後、アリスはため息をつく。

 そしてその翌日、ケーキを食べたジスレーヌとユゲットは夕方頃にお腹を壊して寝込んでしまった。

「だから昨日のうちに食べておかないといけなかったのです。あのケーキは生菓子で、期限は昨日までだったのですよ。昨日どなたも食べる気配がなかったので、今日皆様が間違えて食べないように片付けておこうと思ったのです。皆様の為を思った行動でしたのに」

 アリスは困ったように微笑み、寝込んでいるジスレーヌとユゲットにそう言った。

(まさかアリスがここまでやらかしてくれるとは……。兄上が死んでルシヨン伯爵家当主に成り代わってやろうと思ったのに、我々が何故なぜあの娘に翻弄されればならないのだ!?)

 その様子を見ていたデュドネは忌々し気に歯を食いしばっていた。

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