第16話
「本当の家族だと思ってくれているなら、どうして俺達に一言も告げず、モニカ・フランシルの元へ行こうとしていたんですか、レナ」
「わたしの結婚式が終わったら、すぐに今の屋敷を引き払って引っ越しをする予定だったのよねお姉様? お兄様との離婚届は殿下にお願いして、特例で受理してもらうようにして?」
恐怖のあまりにレナは息をのむ。次いで、音が出る勢いでクラウドを見た。クラウドは渋面のまま静かに頷く。
「俺が裏切ったと言っただろう」
「だからって! そこまで!?」
全部が全部筒抜けすぎる。これはさすがにあんまりでは!? と涙目で訴えるも、クラウドは「俺はカリンに嫌われたくない」といっそ清々しいまでに堂々としている。
「少しでも先に動けば鼻の効くお兄様にバレるものね。お姉様は隠し事が壊滅的に下手くそだから、ギリギリまで隠そうとしたのは正しいと思うわ」
レナがモニカの元へ行くには問題が二つあった。住んでいる屋敷と、エリアスとの婚姻関係をどうするかについてだ。
屋敷を引き払おうとすれば、使用人のヘルガとルカの夫婦にも話を通さねばならない。なのでレナは、くれぐれもエリアスとカリンには内緒にするように頼み込んだ。初めは渋っていた二人だが、最終的にはレナの思いを汲んでくれた。
エリアスとの婚姻関係については、これはもう恥を忍んでクラウドに頼った。離婚が成立するまでは国外へ行くことはできない。しかし、同じ屋敷どころか、レナが国内にいる状態では絶対にエリアスが離婚を認めないだろう。となると、先にエリアスの手が届かない場所にいる方法しかレナは浮かばなかった。
特例として、レナが隣国にいる状態でも離婚が成立するようにクラウドに頼み込み、なんとか了承を得て行動に移した。そのはずだったというのに、肝心要のクラウドが全力で裏切っていたのだからいっそ笑うしかない結末だ。
「お姉様のことだから、自分がいたらわたしとお兄様の邪魔になるとでも考えていたんでしょう? そんなことないのに! むしろわたしとお兄様の幸せのためにはお姉様が必要不可欠なのに!!」
「――レナ」
「……はい」
繋いだままの手は優しいのに、正面から飛んでくる圧が強すぎてレナは震えてしまう。つい俯きそうになるが、そうすると今度はしがみついたままのカリンと向き合うことになるので逃げ道がない。
元より、エリアスが視線を逸らすことを許してくれない。それほどまでに、レナを呼ぶ声には力があった。
「俺は貴女のことが好きです。助けてもらったあの日から、とは言いません。今思えばあの時点で恋心の様なものはあったと思いますが、それを自覚するには俺は幼かったし、そんな心の余裕もなかった」
妹を守り、生きることに必死であったのだから当然だ。レナはコクリと頷く。
「あいつらを潰して貴女とちゃんと家族になりたいと願った時も、最初は貴女に対する恩義と、それから家族へ向けての愛情でした」
しかし、自分が年を一つ重ねていくごとにその思いは変化していく。
「俺とカリンに安らぎを与えてくれた貴女に、俺達も同じものを返したかった。それには絶対にあいつらを貴女の前から消し去る必要があって、だからそのために俺は騎士を目指して、カリンは内側から情報を得るために」
「それで王立図書館に!?」
一般市民を取り締まるのは警邏隊の仕事だが、貴族が相手であれば騎士団が動く。だからエリアスが騎士を目指したというのは理解できるが、カリンはいったいどうして、とレナは胸元へ視線を落とす。カリンはにこりと笑みを浮かべた。
「あいつらの手が届かないところで、そしてあいつら以外との貴族の繋がりが欲しかったんだけど、とりあえず一番手っ取り早いのが王立図書館の司書だったから」
「……手っ取り早くで入り込めるほど簡単な試験でも職場でもないんだがな……」
クラウドの突っ込みは静かなものであったため、カリンは華麗に聞き流す。
「あいつらの【顧客】の中には、かなりの高位貴族もいたんです。馬鹿正直に顧客リストを持ってもいたので、それを強奪できれば簡単ではあったんですが、さすがにそれは無理で……」
迂闊な義両親は夜な夜な顧客リストの所在の確認をしていた。彼らにとって、このリストは諸刃の剣だ。表に出れば自分達が義理の息子と娘を売買しようとしていた証拠になる危険極まりない物。しかし、それと同時に、このリストに名を連ねている貴族にとっては脅しの道具にもなる。なので、いっそ病的なまでに確認をする。だが、そんなことを繰り返していれば、常日頃から義両親の様子を窺っていたエリアスとカリンは嫌でも存在に気付く。
「あげく、俺達が寝ていると思って大声で話をしている時もありましたから。まあ……」
「相手が馬鹿でよかったわねって、この時ばかりはそう思ったわ」
天使の笑顔で悪魔のようなことを口にするカリンは、やはり見た目だけは天使だなと、どこか現実逃避気味にレナは考えた。
それはさておき、そんな呪わしくもありがたいリストの存在は兄妹にとっても取り扱いが難しい物であった。仮に手に入れることができたとしても、まだ子どもの域を出ない二人では訴え出たところで揉み消される可能性が高いからだ。
「だから、リストに名前の載っているやつらが他になにかしていないかを、わたしが内側から探すことにしたの」
「俺がカリンと出会ったのがその時だ。さっきも言ったが、古い新聞からなにからを鬼の形相で読み漁っているだろ? 尋ねたところで当然はぐらかされるし、こっちで調べたところで特になにかが出てくるわけでもない」
それでも地道に交流を続けていく内に、クラウドはこの兄妹が、少なくとも自分達の生家を窮地に陥れている義家族に復讐しようとしているのだけは察することができた。
「手を貸すぞと何度も申し出たさ。でもその度にエリアスもカリンも首を横に振るし、あげく、最後には」
――邪魔をするな。二人はそう言い放ったのだ。
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