第15話
「え……え!? そっち!? そっちですか!? 可憐だったとか、儚げだったとか、そんなんじゃなくて!?」
「この世の憎悪を煮詰めたような殺気を放ちながら、薄暗い書庫で一心不乱に貴族名鑑やら昔の新聞やらを読み漁っている姿を見てみろ。心臓が震え上がったな、あの時は」
美少女の鬼の形相である。たしかにそれは恐ろしかろうと、レナの体もブルリと震える。
「それから時々、暇な時に様子を見に行っていたんだが」
時折エリアスが迎えに来る事もあった。そうすると、この兄も含めてしばらく書庫に引きこもる。会話らしい会話はせず、ただ軽い手の動きと視線だけでやり取りをしているその様子に、クラウドは二人について調べる様に命令を出した。
「それってまさか」
レナはようやく気付く。そうだ、書庫にこもってひたすら何かを探している兄妹。そんなのどう見たって
「この二人こそが不審者すぎるだろ?」
ごもっとも、とレナは頷くしかない。自分が暢気に楽しく二人をモデルにした服のデザインに興じていた頃、まさにその二人が王族から不審者として調べられていたのだ。
「ところがだ、調べたところで不審な点は何一つない」
「当然です」
「あの頃は何もしていませんからね、まだ」
クラウドの言葉にカリンは胸を張って返し、エリアスは不穏な一言を添えて反論する。レナは軽く目眩を起こしそうだ。
「アインツホルン家の話も聞いてはいたが、それはあくまで領地経営が不振であるとか、そういった程度のものだったから……まさかこんな……」
財産を食い潰し、直系の子供二人に身売りをさせようとし、ついには結婚した相手の殺害を目論む事になるとは、クラウドでなくとも誰も気が付かないだろう。
「殿下は、いつ頃この状態をお知りになっ」
「最近」
クラウドの声が被さる。しかも若干不服げだ。何故に? とレナの頭上に疑問符が浮かぶが、「何もさせてもらえなかった」との言葉を思い出して息をのむ。
「まさか?」
「伯爵夫妻とその息子、あとレナを脅していた実行犯と他諸々を捕まえるのに兵を動かしたのは俺だが、それだけの証拠と証言を揃えてきたのはこの二人だし、詳しい中身を知ったのはその報告書を見てからだよ」
まさかの、である。言ってしまえば権力の象徴がすぐ側にいたのだ。利用しようと思えばいつでも利用できたであろうし、何よりもそれを当人が望んでさえいただろう。しかし、この兄妹は絶対に権力に頼ろうとはしなかった。
「むしろ俺が手を貸すのを禁じていたからな」
「……どうして?」
レナの口からポロリと零れた素朴な問いに、カリンとエリアスの声が重なる。そうでなければ、意味がないからと。
「意味がないって?」
「だってお姉様が言ったでしょう? わたしとお兄様をあいつらから助けてくれた時に」
――お二人がやりたい事を見つけてください
「だからね、お兄様とあの後に二人で相談して決めたの」
「自分達の手であいつらを完全に潰そうと。そうして、改めて、ちゃんとレナと家族になろうと話し合って決めたんです」
ふぁーっっっ!! とレナは声にならない叫びを上げる。まさか、あの時の言葉がこんな未来を描くことになろうとは。
「あれは……あれは二人になにか楽しくて素敵なことを見つけて、幸せになってくださいねって意味で……! 決してそういう意味で言ったわけじゃ」
「はい、レナにそんな意図がないのは充分理解しています。俺とカリンが、そうしたかったんです」
「わたしとお兄様のやりたいことのためには、どうしても真っ先にあいつらを完膚なきまでに叩き潰すしかなくて。だから、苦手だったお勉強も頑張ったのよお姉様」
「あ、そうなの? カリンったら苦手だったの? てっきり好きなのかとばかり……」
「お姉様のために頑張ったの!」
泣き顔から一変、目映いばかりの笑顔を向けられレナは思わず目を閉じる。
「それで……二人のやりたいことって……?」
義家族への復讐はあくまで通過点であるという。レナからすれば、それこそが最終目標ではないのかと思うのに、二人にとってはそうではないらしい。通過点にしては労力は途方も無かったはずだ。実際、エリアスとカリンは数年がかりでここまできている。
「お姉様と本当の家族になりたいの」
「貴女と、心から夫婦になるためです……レナ」
ぎゃあ、と叫ばなかったのは奇跡に近い。エリアスからの直球の言葉にレナは全身を真っ赤に染めて固まる。
「あいつらが存在している内は、どうしたって貴女にとって俺達兄妹は【あの日助けた幼い兄妹】でしかないでしょう? 俺達がどれだけ成長して、貴女を守ることができるだけの力を得たとしても、保護対象としかみてくれない」
「まさか……そのためだけに?」
「もちろん、単純にあいつらが邪魔だったのもあります。あいつらがいる限り、貴女とカリンにいつ危害が加えられるか分かったものじゃない」
そして実際に、レナは殺害されそうになっていた。
「わたしとお兄様のことだけだったら、別にあいつらがいてもいなくてもどちらでもよかったの。だってあいつらは愚かでしょう? 子どもの頃ならまだしも、大人になったお兄様と今のわたしなら絶対に負けないもの。本当に、どうでもいいの」
「けれど、貴女が関わるなら話は別です。あいつらがいるせいで俺とカリンは心から欲しいものを手に入れられない。だから始末」
「あああああああ」
エリアスの言葉を最後まで聞く度胸がなく、レナは叫びで誤魔化した。
「安心しろレナ。たしかに物騒な言葉だが、あくまで比喩だ。殺してまではいない」
「いえまったく安心できませんよね!?」
クラウドは必死にフォローをいれてくれるが、到底安心できるものではない。二人の境遇を思えば殺意の高さは納得しかないのだが、その切っ掛けというか発端というか、原因に自分がいるという事実。ごくごく一般市民のレナからすれば、話の中身が重すぎる上に、一度に明かされる情報が多すぎて濁流に呑み込まれるがごとしだ。
「レナ……」
「お姉様……」
ソファに沈むレナに兄妹のすがるような声がかかる。ゆるゆると身を起こせば、まるで捨てられた子犬の様な眼差しでカリンが再度しがみつき、その側にエリアスが膝をついてレナの手を取る。
「わたし達のことが……嫌いになった?」
「いいえそれはないです」
レナは即答する。話にドン引きしてしまったが、それはあくまで話の中身の苛烈さについてだ。本来であればそんな世界とは無縁であったろう幼い兄妹に、復讐心を植え付けたのは彼らの義家族であり、それによる結果は向こうの自業自得でしかない。
いや、きっと、仮に、万が一、どうしたってあり得ないけれど
「わたしは、二人がたとえどんなに悪いことをしたとしても、嫌いになんてなれないですよ」
初めは確かにただの庇護欲しかなかった。目の前で悲惨な目に遭うと分かっている子どもを見殺しにはできない。そうした時の自分の罪悪感に耐えられないという、そんな自己保身のためで手を差し出しただけだ。偽善と罵られれば、甘んじて受けるしかない事実。
「それでも、わたしにとっては二人はかけがえのない家族なんです。本当の家族になるために、って、わたしはもうすでに本当の家族になっていたつもりでしたよ? 二人にそんな風に言われて悲しかったんですが」
半分は冗談だが、半分は本気だ。庇護目的だった兄妹は、すでにレナの中では実家の家族と同じくらい大切な存在になっている。二人の義家族がいようといまいと関係ない。
恭しくレナの手を取っていたエリアスの指がスルリと動く。指先をゆっくりと絡めていき、やがて掌が触れあう。まるで仲睦まじい恋人同士が手を繋いでいるようだ。
ドキリ、とレナの鼓動が跳ねる。それはもちろんエリアスとの触れ合いにときめいて――ではなく、なんだかいい雰囲気だったのが突如として不穏なものへと変わったからだ。あとエリアスの浮かべる笑みが怖い。
「――じゃあどうして、俺達に黙って隣国へ行こうとしていたんですか?」
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