2話 正体バレる
ピーンポーン。
香坂家のチャイムが鳴る。しかし、いくら待っても扉は開かない。
「……?」
ピーンポーン。
「おーい、賢人ー。来たぞー」
ピーンポーン。
ピーンポーン。
ピーンポーン。
ピーンポーン。
ピーンポーン。
──ガチャ。
「お、やっと出たか。遅いぞ、何やってんだよ賢──」
僅かに空いた隙間から小さな体が顔を覗かせる。しかしそこにいたのは、見たこともない美少女だった。
「ブハハハハッ!! おっおまえ何だよその格好!」
玄関口で大爆笑する男。名は
「こ、声が大きい……!」
横腹を抱えて大笑いする虎飛は、別人となった賢人を指さしておおよそ察せるであろう当たりを付けた。
「うははははっ! 賢人、まさかお前に"女装"の趣味があったとは思わなかったわ! それにしてもクオリティー高すぎだろ、死ぬほど美少女じゃねぇか! 心なしか背も縮んでいるようにみえ……みえ……み、みえる……。え、縮んでね……?」
朝日の逆光でよく見えなかった賢人の姿が、暗闇の目の慣れで少しずつ見えるようになっていく。しかしよくよく見ると、その美少女は賢人の背丈からは程遠い格好をしていた。
「……」
虎飛は冷や汗をかきながら、目の前の美少女と目線を合わせるように軽く腰を落とす。
「……えーと、もしかして人違いだったかな」
「いやあってるぞ虎飛」
「だから俺を虎飛と呼ぶな! 龍介だ! って……は?」
慣れ親しんだやり取りに思わずツッコミを返す虎飛だったが、それを目の前の美少女がしている事実に目を疑う。そしていくつかの可能性が虎飛の脳内を駆け巡り、そのどれもがヤバい結論にたどり着いてしまい、思わず唇を震わせる。
「いいか虎飛、これはマジな話なんだが、心して聞いてくれ」
「……」
ゴクリと息を呑む虎飛。
「……俺、TSした」
数秒間の沈黙が流れた。そして次の瞬間、虎飛の頭上に落雷が落ちた。
「……マジで言ってる?」
「……マジで言ってる」
虎飛の肩がプルプルと震え出す。
「……原因は?」
「分からない」
「……朝起きたら?」
「女の子」
「……胸は?」
「もにゅ」
「……股間は?」
「すーすー」
「うぉおおおいっ!? そりゃやべえって!! け、警察! いや、病院が先か!?」
血相を変えて慌てふためく虎飛。いくらTS物が好きと言っても、現実で起こるそれとは別問題である。そして虎飛は友人が何者かの実験台にされたのではないかと、顔色を真っ青にしながら賢人の両肩を握りしめた。
「おいおいおい──!」
「落ち着くのだ虎飛くん」
「いやおま、落ち着いていられるかよ! 本当に大丈夫なのか!? 記憶は? ちゃんとこれまでの記憶は覚えているのか? あとどこか痛いところはないか!?」
大事な友人に何かあったのではないかと冷静さを欠く虎飛。
「心配せずとも大丈夫だよ。記憶もあるし体もどこも痛くない。……ちょっと違和感はあるけど」
「そ、それならいいけどよ……」
若干の不安要素を残しながらもけろっとしている賢人に、虎飛も冷静さを取り戻す。
「でもその身体、身に覚えがないならさすがにマズくねぇか? もしかしたら何者かの実験台にされて今も監視されていたり……」
そんな口走りながら恐る恐る辺りを見回す虎飛。
「いやいや、よく考えてみろ。もし俺が実験台にされているのなら警察や病院にいくことは普通想定されてるはずだろ? ならそれによってもたらされる周りの混乱や迷惑も承知の上でしてるってことになる」
「た、確かに」
賢人からしてみれば、この状況は倫理的にも常識的にもありえない状態だった。なんせ朝起きたら自分の身体が女の子になっていた。なんて本当に現実で起きたら爆笑必須の詰みゲーだ。
誰かが意図的に仕組んだのだとしたらその時点で人生終了。超常現象でそうなったのだとしても社会に露見すれば人生終了。まさに賢人にとってこの状況は、斬新な体験と引き換えに得た夢のような余命宣告でもあった。
「だったらさ、このまま警察や病院に行くだなんて、そんなありきたりな行動してやる義理はなくないか?」
故に賢人は、この状況を全力で楽しもうと舵を切っていた。
「……お前、正気かよ」
「いやーぶっちゃけ俺無職だし、あのまま腐った人生過ごすくらいならこっちの方が100倍楽しめそう。なんたって美少女だぜ美少女。アイドル級の可愛さだろ?」
玄関に置かれた鏡を見ながら自分に微笑みかける。
「じゃあお前がやってる"教室"はどうすんだよ?」
「それも追々考えるよ」
TSする前の賢人の収入源は主にネットだった。かつては全国大会で猛威を振るったアマチュア強豪という立場。賢人はそれを利用して講座や指導などを行っており、生活費はそこで稼いでいた。
「おいまて、じゃあ香坂賢人の人生はどうなる?」
「今日この日死んだ」
「……そんな軽く言うなよ。てかお前、そのうち正体バレて死ぬぞ」
「その時はその時だよ。なんならそれまでこの身体で生きられるなら本望だ」
「はぁ……俺がTS物を熱く語っちまったせいでそんな破滅思考に……」
「おいおい、虎飛。死ぬときはお前も一緒だぜ? 同罪な☆」
「……というかお前。俺が三次元にも興味のある男だったら襲ってたかもしれないんだぞ。危機感とかないのかよ」
「あはははっ」
賢人はかつての自分とは似つかわしくない少女っぽい笑いを零すが、虎飛はそれを本当に大丈夫かと哀れみの目を向けていた。
もし相手が虎飛ではなく、そこら辺の野郎だったらどうなっていたことか……。そんな虎飛の心配も外目に、賢人はぶかぶかのズボンを引っ張りながら背を向けた。
「まぁ何はともあれ上がれよ。茶くらいは出すぜ?」
「いやいや賢人、俺は遊びに来たわけじゃないぞ」
「え?」
「……お前、俺が何のためにわざわざお前の家まで迎えに来たのか忘れたのか? 今日はみんな大好き日曜日。──"大会"の日だぞ」
「……あ」
刹那、賢人の履いていたぶかぶかのズボンがずるりと抜け落ちた。
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