007.森の木霊


「ヤッホー!!」


 ヤッホー!!ヤッホー!ヤッホー……


 山に行った時に良くやる木霊返し。

 何気ないその日常のかげで、木の精霊たちが厳しい訓練を受けていることを知る者は少ない。

 ロングトーン、ファルセット、ペルデンドシなどの様々な技法を習得したものだけが木霊返しの役目につける。


 人が多くやってくる山に配属されるのはエリートだ。

 下手な木霊を返せば人が来なくなったり声をかけてくれることがなくなるのだから当然といえる。

 厳しい試験を潜り抜けた精鋭たちが今日もまた木霊を返す。



「へー。君は今日が初仕事なんだ?」

「はい!精一杯頑張ります!」

「あまり気負っちゃだめだよー」

「コラそこ!無駄口を叩くな!

 いつ仕事がくるか分からんのだぞ!

 気合いを入れて待機しておけ!」


 優しい先輩、厳しい先輩、いろんな先輩の仕事を間近で拝見しながら、とうとう僕の番がやってきた。


「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこー!!」


 ……え?

 これ、早口言葉じゃね?

 目の端で、さっさと返せというカントクの姿が見える。

 僕は気合を入れて、


「合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこー!」


 と叫んだ。

 何か間違った気もするが、叫んだ声は戻らない。

 数秒間が空いて、今度は


「瓜売りが瓜売りに来て瓜売り帰る瓜売りの声ー!」


 と聞こえてきた。

 張り合われた。

 僕は勝負を受けて立つことにした。


「隣の竹垣に竹立てかけた。竹立てかけたかったから竹立てかけた!」


「赤巻紙青巻紙黄巻紙!」


「赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ!」


 こうして、名も知らぬ人間との早口バトルの日々が始まった。

 最初はカントクに怒られるかも!と怯えていたが、

 この山は普通の木霊が返ってこないことがあると有名になり、声をかけてくる人が増えたことで、カントクからのお咎めはなかった。

 ただ、早口言葉を返さなければいけなくなった同僚たちからは恨みがましい目で見られ続けている。

 だが、ライバルを得た僕には関係のない話だ。

 今日もまた僕はバトルに挑む。









 バトルは突然終わりを迎えた。


「隣の柿は良く客食う柿だ!」


 えっ……?

 あいつが、間違えたのだ。

 僕はそっと、正しい言葉を口にした。


「隣の客は良く柿食う客だ……」





 それからあいつは来ない。

 だけど、僕はあれからも毎日早口言葉の練習をしている。


「東京特許許可局局長室で、今日京都から帰京した東京特許許可局清岡清許可局長が、客と一緒に柿食ってた!」


 東京や特許許可局、京都が何かも知らないが、あいつが再びやってきた時に恥ずかしくない木霊を返さなければいけない。僕になら負けて当然だったと思われるようにならなければ。

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