図書室、放課後の微かなあなた

のりまきもち

図書室の怪(1)

『栞(読み)シオリ…読みかけの書物の間に挟んで目印とするもので、ごく簡単な    案内や手引などもさす。枝折とも書き、もとは山道などで木の枝を折りながら道しるべとしたところから、そうよばれるようになった。一般に短冊形が多く、材料には厚紙、薄板、編み糸、布地、皮革、合成樹脂などが用いられる。』 


 試しにスマートフォンの画面で意味を調べてみるとそんなことが書かれていた。本に挟むことは知っていたけど、木の枝を折る云々の話は知らなかったな〜なんてことを考えるのは目の前の現実から逃げるためだ。

 

 高校生になった私は絶賛課題に追われる身であり今日も今日とて図書室に来ていた。ああ〜この本の香り?ともいうべき空気感。やっぱり本のある空間はいい。そう思ったところで目の前のあるものが消えるわけではない。それは


 たまたま手に取った本のページをめくる私の視界に突如映り込んできた。 


   『千葉ちば 綾乃あやの様 

   初めまして。最近慌ただしく図書室を行き来する姿を心配に思いこのような形     

   でのお声かけになりました。あなたがお探しの本は向かい側にある棚の、上か

   ら二段目の列にあります。もしもまだお困りでしたらまたこの本を開いてくだ 

   さい。』

 

 驚いて本を落とさなかったのは誉められていいと思う。声だってあげなかったんだし。最初は誰かが栞を挟んだまま返却してしまったのだと思った。そこにどうみても見覚えしかない文字列を見るまでは。


 …この栞を挟んだ人(言葉遣いからして彼女?)は私が「ありがとう!どこの誰かもわからないあなた!」と喜ぶとでも思っているのだろうか。というか名前が。しかも私が探している本まで…。いや、これ以上考えるのは止そう。

 

 私は改めて周囲の気配を探る。図書室はそこまで広くない。棚で隠れている場所はあるけれど、そこだって隙間が空いているし誰かいれば気づけるはずだ。それとなく、丁寧に当たりを見回してみるが誰もいない。じゃあこの栞は一体誰が?気味の悪さを感じて私が図書室を後にしたのは、栞を見つけてから5分後だった。

  

 課題の本を忘れていたことに気づいたのは家に帰ってからのことで、外はもうすっかり暗くなっていた。


「あ〜もうびっくりした。ホントなんだったんだろう。」


 分厚い辞典のようなベッドはいつものように私の重さを受け止める。いや、今日は重さだけじゃないけど。家に帰って安心した私は不安と好奇心を片手に握り締め、あの栞を見直した。


 「とりあえずおかしなところを考えようかな。」


 正直全部と言いたいけれど、とにかくこのイタズラを考えた犯人を探さなくては。悪趣味にも程がある。わかることを挙げてみようと、私は課題に取り組むためだったノートを開いた。


 ・まず名前が書かれている→なぜ私が手に取る本がわかった?

 ・やけに口調が丁寧、逆に怖い

 ・探している本もわかっている

 ・好意的ではある?


 ひとまず挙げてみたが、白紙の海に浮かぶ黒の文字列は謎だけを波に乗せて引き連れる。しかしシンプルに考えるなら偶然という可能性もあるし、本当にたまたま私が引っかかった、という可能性だってあるのだ。むしろその線が濃い。常識的に考えて。

 

 この海を泳いだ先に真相が私を待っていr「祥子〜夜ご飯できたわよ〜」とお母さん。エセ名探偵私氏は夕餉の卓に臨む。家族と夕飯を食べた私はすっかり気を持ち直し、むしろ栞の謎が面白いとさえ思うようになった。食卓の魔力恐るべし。


 夜のルーティーンを一通り終えたところで、明日の予定を考える。また図書室に行くのかどうか。しかしどのみち課題のためには本が必要になる。自ずと答えは決まっていた。

 

 それに栞の最後に気になる一言が添えてあった。もう一度本を開けと言っている部分だ。明日また本を開いたら栞が挟まっているのだろうか。

 

 不安と好奇心を胸に抱いて私は眠りについた。


 「明日本を借りないと課題がやばいな…」


 そう呟いて目を閉じた。

 

 


 

引用元:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)「栞(読み)シオリ」

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