第10話 招かれざる客というのは問答無用で押し入るんだな


 二月の末、事件は起こった。



 約三か月間の長い治療期間を経て、少しづつ魔力を意図的に使う練習を始めようと相談していたのよね。

 従兄弟のちびっ子たちと一緒に訓練する前に、今どれだけ魔力を扱えるか、魔石に魔力を込める実験をしたりして。


 そんな昼下がり、聞き覚えのない若い男性の声がした。 


「第一王子殿下からの贈り物をお届けに参りました」


 ドアの前から、そんな風に声を掛けられたのよ。

 おかしくね?

 誰かが何かを届けに来たにしろ、家令・執事・侍女・メイド、いずれかでも声に馴染みがあるわよ。

 専属メイドのアリサも同様で、首を傾げてドアを開けずに問い質す。


「どなたでしょうか? ここは許可ある者しか立ち入れません」


 玄関じゃなく、わたしの部屋の前での問答だからね?

 おかしいでしょうが。


 今日は母はいないの。

 完治と診断されて、ずっとわたしに付きっきりだった母は、やっとゆっくり休養出来るようになったのよ。

 だから今はアリサと二人だけ。


 そのアリサが、突然ふらりと倒れた。


「えっ!?」


 慌てて駆け寄ろうとする前に、勝手にドアが開いた!?

 そして許可もなくするりと部屋に入ってきたのは……はあ!?


「お、じゃなく、第一王子殿下!?」


 ヤバイ。思わず『俺tueeee』て言いそうになったわ。

 いやいやいや、ちょっと待て自分、そこじゃない!


「何故ここに!?」


 どうやって邸に入って来れたのぉ?

 どうやってこの部屋に辿り着いたのよぉぉぉ!!

 ウチに来るって知らなかったんだけどぉぉぉ!?


 全く悪びれた様子もない王子様は、ドアを閉めてすぐ傍のチェストの上にリボンを掛けた箱を置いた。


「面会謝絶で、直接謝罪も出来なかったからね。

 これはお詫びの品だよ。気に入ったら使ってくれ」


 ちょっと待とうか、青年。

 謝罪に来た人の訪問手順がおかしいだろうが!


「先日はすまなかったね。まさか人がこれほど脆いとは思わなかったんだ」


 はあ? 今、わたしは謝罪されたのだろうか。


「……畏れ入りますが……一つ、と言わず、色々お尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか」


「なんだい?」


 そのまま壁に寄り掛かり、長い手足をそれぞれ組んでこちらを向く。

 どうやら近寄って来る気はないみたいで、少しほっとしたわ。


 かなり質素な服装をしている。濃いグレーのスーツに白シャツだけ。

 まあ、わたしがこの方を見た時はいずれも盛装していたし、普段着っていうのを知らないからなぁ。


 ただ、どんなに質素にしていても、本体がキラキラしているから、全然地味に見えない所か、格好よく見えてしまうのよねぇ。

 はぁ、羨ましい事で。


 この王子様とは約三か月ぶりの再会。

 ただし、過去二度しか会った事がないから、今が以前と違うように感じるのが服装のせいなのか判断出来ないなぁ。


 表面上は穏やかな微笑みを浮かべてこっちを見ているんだけど、胡散臭いとしか思えないのは偏見かしらぁ。


「アリサ、いえ、倒れているメイドは、殿下が何かしたのでしょうか」


 言われて初めて、そこに人が居たんだとばかりの目でちらりと見た。


「ああ、弱い催眠魔法で眠らせているだけだ」


「突然、人を眠らせるのは宜しくないと思うのです。ひょっとしたら、側にある建具で頭をぶつけたかもしれません」


 お茶会の時のようにね!


「なるほど、そういう配慮も必要か」


 うんと一つ頷く王子様。

 なんだろうなー、この人。


「はい。今後改めて頂ければ幸いです。

 ところで、この部屋まではどのようにして参られたのでしょうか」


 王族訪問なんて事になったら、執事が知らせに来ると思うんだ。

 それ以前に、家族の誰かがすっ飛んできそう。

 ないって事は先触れもなかったって事だよねぇ?


「邸までは普通に来たぞ。魔導車に騎士と従僕を待たせている」


 護衛騎士には護衛の仕事をさせてあげてぇ!


「先触れもなく、突然訪問されるのはマナー違反かと思いますが、直接謝罪をされたいというお心遣いには感謝申し上げます。

 ただし、今のこの現状は、大変よろしくございません!」


「まあそうだろうね。ただ、直接訪ねようと希望を出しても、方々から邪魔が入っていて埒が明かない。仕方なく強硬手段に出た訳だよ。

 とにかく、ようやく回復したと聞いて訪ねて来た。元気そうだな」


「……完全ではございませんが、現在は体力回復に努めておりますわ」


 ふと、全身がざわりと鳥肌が立つ。

 王子から魔力を感じたから、ついじっと見つめてしまったら、口の端を上げるだけの笑みを作られた。


「――ふぅん、魔力量六十か。ずいぶん減らしたね。

 ああ、こんな言い方は良くないな。責めている訳ではない。元はと言えばわたしのせいだしな」


 責めている訳ではないと言いながら、目が批判的なんですけどぉ!?

 わたし、被害者ですよねぇ!?


「気づいているようだが、『鑑定』魔法を使った。ただ、これ以上深くは探らないよ。障りがあるだろうからな」


 うわー、本人が言っちゃったよ、固有魔法の件。


「口外は致しません。ですが……視られた通り、魔力量が激減しました。それに、妃教育も遅れに遅れておりますわ。

 既に婚約者候補に上った条件を下回っていると思うのですが、何故辞退を受け入れては下さらないのでしょうか?」


 ねぇなんで?

 魔力量が多いというから追加で候補にしたんでしょう!?


「これから成長と共に魔力は増える。それに訓練次第で伸び幅は大きいだろう。それを期待している……というのは建前だよ」


 何ですと!?


「『神の恩寵』を持つ者を逃がす訳がない」


 げっ! 何故バレている!?

 『俺tueeee!!王子』は、楽し気に自身の左目の下辺りを指先でトントンと叩く。


「あっ……」


、見つけたんだよ。君の左の瞳の中に『神の御印』をね」


 あああ、だから「面白い」って言ってたのかぁぁぁ!

『万事休す』ってこういう事よねぇ。



「殿下ーーー!!」

「シオン!!!」



 突如、バァーン!! とドアを開けて突撃してきたのは、おじいちゃんと王女様。


「あなた、勝手に何をやっているの!?」


「時間切れか」


 カツカツとヒールの音を響かせて迫って来る王女様を見もせずに、『俺tueeee!!変質者王子』がにこりと微笑む。


「ではな、ベアトリス。次は王宮で」


 そう言うが早いか、ぱっと姿を消したわよ、ちょっと奥さん!!

 転移魔法ですか!? スクロール……出してなかったよ?


「逃げられたか」


 悔しがるおじいちゃん。て、王女様の前でいいのか?


「ああ、ベアトリスさん、何かされていない? 嫌な事を言われなかった? 気が付いた時にはシオンが消えていて、魔力追跡をしたらここで……ああ、本当にごめんなさい!」


 がっくりと項垂れる王女様。大丈夫ですか? 色々と。


 事情を聞くと、王女様から連絡を貰ったおじいちゃんが駆け付けた時、王女様も転移のスクロールでここにやって来たんだって。


 チェストの上に置かれた箱をちらりと見、溜息を吐く。


 ああ、おじいちゃんには後でバレた事を伝えなきゃね。

 なんか対策を考えないと。あーあ。





 <第二章終わり>




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 <作者より>

 区切りが良いのでここで第二章終了とさせていただきます。

 ただ、思ったほどキャットファイトがなかったので、章のタイトルを変更いたしました。


 それから登場人物が増えて来たので、覚書としても次回、登場人物紹介を入れておきたいと思います。


 ※2/3:内容を修正しました。大元は変わっていませんが、文章の順序を変え加筆を少々。

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