第5話 元砦専任隊長のお説教

 

 キリアン卿がなんで?――と疑問が顔に出てたのか、当時の事から説明してくれた。


「あの日は丁度、王宮で挨拶周りを団長としていたんだよ。

 そうしたら異常な魔力を察知した後、防御陣が起動した。何事かと団長と一緒に駆け付けたら、応接の間の人間が皆倒れていて、あろうことか第一王子殿下が捕縛されていた。

 駆け付けた騎士たち全員が、しばらく絶句していたよ」


 ぷぷぅ、やっぱりぃ?


 現場は探知魔法で特定したんだって。あの複数の足音の中に、キリアン卿もいたのかぁ。


「状況は、当の殿下と、意識があった筆頭侍従と護衛騎士から聞き出した。

 ……不遜な言い方になるが……開いた口が塞がらなかったよ」


 ははは、そーだよねー。

 それから医務官が駆け付け、結局全員医務室に運ばれ適切な治療を受ける事になったって。


 知らなかったけど、わたしは王宮の医務室で、王宮付き医務官の治療を、治るまで受ける方向に話が行ってたそうだ。


 だけどそこで断ったのがおばあちゃん。

 家で治療させる、我が家には二人、親族も入れれば三人も回復魔法が使えるのだからと、強硬に反対したそうよ。

 駆け付けたおじいちゃんも加わって、無事、わたしは家に帰る事が出来たんだそうだ。


 良かったー!!

 下手すりゃずっと王宮暮らしだったなんて。


 わたしの「王子の婚約者候補辞退したい!」という意向もあるだろうけど、おばあちゃん的には「元凶第一王子がいる王宮になんて置いておけない」ていう気持ちだったんでしょうね。


「倒れた者たちの応急処置が終わった後、国王陛下に呼び出され、団長とわたしと、第一騎士団長、それから何故か王女殿下が集まって、第一王子殿下を取り調べた」


 取調べを受ける王子様か……ぷぷっ、ちょっと笑えるわねぇ。

 でもなんで王女様?

 確か二歳年上のお姉さん。弟のやらかしに一大事と駆け付けた……のかなぁ?


「これから話す内容は、その時に、例題として王子殿下にもご説明申し上げた事だ」


 真摯なターコイズブルーの瞳に見つめられ、気持ち背筋が伸びた。

 いや、ホント、気持ちだけね。わたし、現在モコモコに着ぶくれしているから。



 家族ではない男性を寝室に入れる訳にはいかないから、今、隣の応接間でキリアン卿に会っているのよね。

 移動中も寒くないように、という配慮なのだけど、隣の部屋だよ?


 確かに、体が冷えてて寒かったけどさぁ。

 魔力の巡りが悪くなると、血の巡りも悪くなるのかしらねぇ?

 部屋着に厚手のガウンを着て、首元にはストールをぐるぐる巻いて、靴下を重ね履き、手袋までしているのよ。室内なのに。


 モコモコのわたしを、身体強化をかけた母が抱き上げて運んだの!

 キリアン卿もびっくり、目を見開いてたわね!



「――国境沿いの森や山には、とてつもなく強い魔獣が居て、やむを得ず戦う事があるんだが、気をつけなければならないのは、真っ向から魔獣と対峙しない、という事なんだ」


 何故だか分かるかな、と問われたけど思いつかないわ。

 前世のマンガやアニメだと、ヒーローは真正面から戦っていたもの。


 ぷるぷると首を横に振ると目眩がした。くっ、これしきで!


「ベティ、無茶は駄目よ?」


 隣に座ってわたしを支えている母が、心配そうに覗き込んでくる。


「少し目眩がしただけですわ」


 大丈夫だよと、にこりと笑ってみたんだけど、過保護モードに入った母は受け入れない。


「いや、無理はしない方がいい。過保護に甘やかされているな、くらいで丁度良いだろう」


 気遣いの出来る男、いいね!


 とまあ、そんな訳でお見舞いのお説教は中断。

 後日改めて――ではなく、魔導具の記録媒体に、キリアン卿のありがたいお話が録画されて届けられましたー!




『魔獣と正面で向き合うと、敵認識され目が合う。これがまずい。

 魔力量が人より遥かに高い二百・三百超えの魔獣の威圧に、人間は耐えられないんだ』


 挨拶と少しの前置きの後、すぐに話題に入る。簡潔です。


『だから、戦いは複数人で役割を決めて一個体の討伐に当たる。決して正面に回らないよう、複数人で足止めし、結界に閉じ込め、複数人、自らを結界で守りながら攻撃をする。

 それでようやく、自分たちより強い魔獣を倒せるんだが、たまに運悪く魔獣の睨みにさらされてしまう騎士が、過去何人か居た』


 マンガやアニメのようなチート能力者はいないのねぇ。

 個人戦じゃなく、チーム戦。連携が取れないと始末が悪い。何しろスポーツじゃなく、死闘を繰り広げるんだから。


 “死闘”なんて言葉を使っても、ただ想像しているだけで、実際の事は何一つ知らない。


『人間の最大魔力量を百と設定しているように、それを超える者は伝説の中にしかいない。

 二百・三百を超える魔力の大型魔獣に対して、せいぜい魔力量八十前後の人間が、その威圧に耐えられるはずもない』


 ゴクリ――と、喉が鳴る。


『一瞬で絶命するか、助かっても気がふれ、魔力器官がずたずたに壊れ再起不能になる。

 正気を保っていられた者でも、治療の甲斐なく二度と魔法が使えなくなり、体にも変調をきたして騎士を辞めた』


 一瞬で……やっぱり想像もできない。


『そうした実例を挙げて、第一王子殿下がされた事の危険性をご説明申し上げた。特にベアトリス嬢は、誰よりも強く威圧を掛けられたと聞いたので、もしかしたら今後、魔法を支障なく使えなくなるかもしれない、とも申し上げて置いた』


 うーん、あの王子は他人の痛みに鈍感そうだしなぁ。反省するかなぁ。


『そしてベアトリス嬢、あの時、防御結界を咄嗟に張ったと聞いた。

 その余裕があるのなら、すぐにでも逃げるべきだった。王族から逃げるという不敬行為を勧める訳ではない。が、子供の君が“恐怖の対象”から逃げた所で誰が咎めよう。

 脅威に立ち向かうのは騎士の仕事だ。訓練を受けていない者は、まずは逃げる、それが第一だ』


 ああ、うん。「逃げるが勝ち」っていうもんね。


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