第2話 第一王子はコワイっていうより性格が悪かった

 

 第一王子と一緒にやって来た侍従の一人が口を開いた。

 この侍従さんは二十代半ば位かな。金髪を丁寧に撫でつけ、銀縁眼鏡を掛けている眼鏡男子。

 キランとフレームが光ったわ。


「婚約者候補の皆様には、平日、王宮にて妃教育を受けて頂きます。王族の教育係が担当しますが、スケジュールなどは後で改めて通達致しますのでよろしくお願いします」


 皆一律だと厳しくないか? 特にわたしが。

 いやぁ、落ちこぼれてもいいんだけどね?


 そういう心の声が聞こえたかのように、侍従さんがこっち見たわ。


「ただし、ヴァルモア侯爵家令嬢は年齢の事もありますので、別枠でのカリキュラムを組んでおります」


 ですよねー。助かったわ。


「そうですわよね。まだ貴族学院にも通えない年齢ですもの」


 またアリーチェさんかいっ。

 身分や年齢もあってか、既にリーダー的な存在になってるみたいね。


「ご配慮いただき、痛み入りますわ」


 ニコニコとした笑顔を、侍従とアリーチェさんに向けておいたわ。

 ええ、アルカイックスマイルじゃなく、ニコニコ子供らしくってね。


 王子にはなるべく視線を向けない事にしてるの。

 お茶会は円卓で、王子の両隣が侯爵家令嬢たち。更にその隣が伯爵家令嬢たち。つまり、わたしって王子の真向かいなのよね。くぅっ。


「教育の成果を確かめるために、定期的に試験も行います。日程は、事前にお伝えしますのでご心配なく。教育期間は約一年を予定しております」


 一年かぁ。短く感じるけど、それは深い事までは教えないからかしら。

 とにかく、一年のガマンよね!


「それから来月の年始、王家主催の大舞踏会に皆さま出席して頂きます。

 本来未成年者に出席資格はございませんが、今回は特別、貴族の皆様へ婚約者候補としてのお披露目となりますので、ご承知おきください」


「まぁ! 嬉しいわ。大舞踏会は憧れでしたの!」


 おう、あざとい妹系、両手を頬に当てて「純粋に嬉しいです」アピールかよ。

 わたしは行きたくないよぉ。子供もエスコートが必要なのかしらぁ。


「あの、一つ、お尋ねしてよろしいでしょうか?」


 恥はかき捨てよ!


「なんでs「何かな、ベアトリス嬢」


 侍従さんに訊いたのにぃ、なんで王子が訊いてくるんだよぉ!


「畏れ入ります。当日はエスコート役が必要なのでしょうか」


 こてんと首を傾げて、子供らしさアピール。……ツライ。


「それがマナーだよね」


 だよねー。

 なんでそんな当たり前のことを聞いてるんだろう、ていう目で見ないでくれます?


「独身の令嬢・令息なら、婚約者か親族がエスコートするが……ああ、君は父親が居なかったな」


 わざわざそこまで言わんでもいいじゃないか!

 そう来るならわたしも対抗してやる。少し目線を落し、悲し気な雰囲気を醸してやったわ。


「おっしゃる通りですわ。お恥ずかしいのですが、ヴァルモア家には親族が少ないのです」


 おじいちゃんに頼みたいところだけど、今回はおばあちゃんと一緒に出席するよね。返り咲いたヴァルモア侯爵夫妻として、何にも問題ないよーと見せないといけないから。

 ……真ん中にわたしを入れてくれないだろうか。ダメかな。


 叔父ワンコも夫婦で出席するだろうし、後はヴァルモア家の分家の誰かか。いるかなー?

 おばあちゃんの実家の子爵家で又従姉弟とか、その子供とかいないかな。確かめておかないとね。

 なんて考えていたら、


「あら、ヴァルモア侯爵令嬢は、畏れ多くも殿下にエスコートをおねだりしているのかしら」


 アリーチェぇぇぇ、マウント取って来るよねぇぇぇ。


「いいえ! 滅相もありませんわ!!」


 でも失敗したなぁ。そういう風にも聞こえるって事よね。


「おや、振られてしまったな」


 薄く笑む王子の目が怖いんですけどぉ!


「申し訳ございません。誤解を招く発言でしたわ。

 エスコート役は祖父に適任者がいないか、探してもらう事に致します」


 ううう、発言には気をつけよう。ホントにすぐ上げ足取って来るよ。怖いよぉ貴族令嬢。


「ヴァルモア侯爵家令嬢、殿下は意地の悪いおっしゃり様でしたが、あなたのようにお小さい方が特別に参列される場合、ご親族と一緒であれば特にパートナーは必要ございませんよ」


「まあ、そうでしたの! ありがとう存じます」


 侍従さん、ありがとう!

 冷たそうだなって思ってたけど良い人だー! ニコニコにっこり微笑み返し。

 しかし王子はやっぱり意地悪なのか。前回の会話を思い出しても、ちょっとアレだったもんねぇ。


 この後はお茶会らしく、お茶にスィーツに舌鼓。

 ちゃんと味わえているのかって言えばそうじゃないけれども、まあね、王宮の高級茶葉にお菓子だと思えば、美味しいはずだと脳内補完している。

 味わうゆとりがなかったのは、予想通りのマウント合戦が始まったからよ。


 がっつりマウント取りたい系、アリーチェさんがリリアーナさんに絡みだしたわ。


「コルドウェル領はとても広大な農作地なのでしょう? 麦畑や家畜ばかりで人の方が少ないと聞きましたけれど、衣装やアクセサリーなど贖うのは大変ではなくって?」


 田舎でろくに店なんてないだろうってか?


「ふふ、ご心配ご無用ですわ。領地に居ても魔導通信機でカタログ注文が出来るのですもの。荷物は転移魔法ですぐ手元に届きますわ」


 そうそう。大手の商会じゃあ、遠方の顧客に対してカタログ販売をしているのよ。

 ネットで注文して、代金は口座引き落とし、商品は翌日配達並みに便利なのよ。

 そつなくリリアーナさんが捌く。


「あら、そうね」


 自分で言っておいて、嫌味の不備に気付いたのか、こほんと咳払いをしている。


「でも、目の前にある商品を手に取ってこそ、良い物が選べるのではないでしょうか?

 私もカタログで注文した事がありますけれど、写真と実物が微妙に違っていて。それで購入を止めたのですわ」


 レイチェル参戦。


「まあ! そんな粗悪品を扱っているのはどちらの商会ですの!? 今後の為に教えて下さいませ」


 追従するカタリーナ=ツインテール。


「大丈夫でしてよ、もうその商会は潰れてしまいましたの」


 潰したの間違いでは?


 そんな事を皮切りに不毛な会話が続くのを、ひたすら微笑を浮かべながら黙って聞いていたんだけどさー。いきなり王子がこっちに話しかけてきたのよ!


「君は会話に参加しないのかい? ベアトリス嬢」


 余計な気遣いですよ、王子さま!


「ええ、お姉さま方のお話を伺っているだけで、とても参考になりますもの」


 貴族令嬢がどんな風に嫌味の応酬をしているかの参考ですがね。


「ふぅん、どんな所が?」


 おいっ、分かってて訊いてるだろう!?

 ええーと、ちょっと待ってよぉ? あー、アレがいいか。


「コルドウェル領が、今では麦畑が広がっていて、国の台所として機能されているのだと分かりましたわ」


 おや? という目で見返してきた王子さま。


「そうだね、ベネシアン家が引き継いでから、十年程かかったようだけど農地は蘇ったそうだよ」


 リリアーナさんが、自分の地元の話題に気づいて、嬉しそうに頷いた。


「殿下もご存じでいらっしゃるなんて光栄ですわ。それからはずっと安定した収穫量を維持出来ておりますの」


 魔法で汚染された耕作地の浄化は、下手をすれば何十年もかかったかもしれない。そうなると主食の麦を輸入に頼らなければならなかっただろうね。


「後は……お買い物は商品を直に見て選ぶのが、とても楽しいですわね。

 カタログ販売は確かに便利なんですけどぉ、写真の写り具合で色合いなど違って見えてしまう事もありますもの。

 どうせなら、映像で商品紹介をして欲しいと思いますわぁ」


 印刷技術も進んでいるんだけど、色合いがどうもまだイマイチなんだよね。

 だったら写真じゃなく、動画映像の方がマシじゃないかなーと思う。ただ、コストが高くなるでしょうねぇ。


「へぇ、興味なさそうだったのに、ちゃんと聞いてたんだね」


 コイツ……何故わたしには当たりがきついんだよ!?

 じろりと全員から睨まれたじゃん!

 あっ、もしかして、子供のわたしに早くリタイヤさせたい作戦なのかしら。

 いやー、王様の指名じゃなければいつでも辞退しますよ。


「ところで、妃教育に先駆けて、これからわたしが君たちの適性を試してみようと思う」


 そう言うや否や、ずんっと空気に重量がかかったような感覚が全身を襲った。


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