第8話 被害者面したお花畑一家の相手は疲れるね


「大きな声出さないでぇ。怖ぁい。クスンクスン」


 泣き真似するのに言葉で『クスンクスン』言うのはなしだぞ。

 “あざとカワイイ”を目指すなら、本当に涙を浮かべるくらいしないとね?


「ああ、マリー。大丈夫、お兄様が付いているよ」


「お兄様ぁ」


 あらあら、“あざとい劇場”に乗っかったの? それとも本気で?

 ツインテール頭をナデナデする長男クンが、今度はわたし達をキッと睨みつけたわ。


「正妻の子だからと偉そうに! 幼い妹を虐めるなんて酷いとは思わないのか!?」


 幼いねぇ? そこの妹ちゃんは、わたしより八か月早く生まれているからか、ちょっと大きいのよねぇ。


「可愛くないから跡継ぎになれないというような暴論は酷くはないのか?」


 顰め面のお兄ちゃん、そんなのにまともに取り合う必要はないよ。きっとどこまで行っても話が噛み合う事はないと思うんだ。


「お父様が、冷たい正妻が産んだ可愛げのない息子じゃなく、大好きなお母様が産んだ僕の方こそ跡継ぎに相応しいって言っていたんだ!」


「そうよ! お兄様は優秀なんだから!」


 あらあらあら、ツッコミどころ満載ねぇ。長男クンが兄より優秀だなんて、おじいちゃんから聞いたことないわぁ。


 兄の手に力が入る。ちょっと痛いので、こっちからもぎゅっと握ってみる。

 こういう手合いはおばあちゃんにおまかせしましょうよ。と思って祖母を見上げると、片手で頭を押さえていたわ。“頭痛がイタイ”感じですか?


「お祖母様の話を理解していないのか!? 庶子に継承権がないのは我が国の法律で決まっている。ヴァルモア家の後継者はである僕だ!」


 おおっ、言い切った! カッコいいぞ、お兄ちゃん!


「ええ、ええ、そうですとも。夫も私もバルディオスを後継として支持していますよ」


 おばあちゃん復活。

 対して悔しそうに唇を噛む長男クン。

 子供はねぇ、親の言う事が正しいと思ってるから、一概に責められない所もあるのよねぇ。


 諸悪の根源はクソ親父だとしても、内縁の妻がしっかりした人なら、間違った情報を与えられても修正出来るのに、どうやらこのエミリアさんも、自分に都合の良いように脳内変換してしまう人らしい。そして甘やかし。これも一種の“毒親”かな?


「そんな酷いわ! オズが嘘を言っていたというの!?」


 いや、だからさっきから説明してたじゃん?

 この“内縁さん一家お花畑の住人”と話していても埒が明かないみたいねぇ。


「エミィ……」


 呟きが聞こえたと同時に、ドゴンという打撃音が聞こえた。

 びっくりして振り返ると、いつの間にかランチが片付けられていたテーブルに、クソ親父が撃沈していたわ。

 傍らにはおじいちゃん。どこのヤバイ組織の人かと思うくらい、凶悪な顔して威圧かけてるわぁ。


「さっさとサインしろ!」


 テーブルに置かれている書類の束を、おじいちゃんは拳でごつごつ叩いている。


「オズ!!」


「「お父様ぁ!!」」


 ひしっと抱き合うお花畑の住人家族。


 今、この瞬間を切り取って第三者が見れば、悪徳商人に無理やりサインさせられ震える被害者たち、という光景に見えるだろうな。


「酷いわ、暴力で従わせるなんて! 聞いていた通り、皆残酷で冷たい人達なのね!」


 エミリアさんの叫びに、なんだかうんざりして来たわ。「酷い酷い」ってさぁ。まぁ、今のおじいちゃんは“悪役”にピッタリだけれども。


「一つ、お尋ねしてよろしいですか?

 何故あなた方は、さも自分たちが被害者のように振舞うのでしょうか」


 突然、子供のわたしがそんな質問をしたので、お花畑一家はきょとんとした。

 その中ですぐに気を取り直したのがツインテール娘だ。


「なぜって、だって、わたしたち、被害者だわ!」


 だから何でだって訊いてるのになぁ。まあ、子供だし仕方がないわねぇ。


「そもそも、お母様がレイモンド卿と望まない結婚をした時、既に内縁の妻がいて妊娠もしていました。そんな相愛の相手がいる方に嫁がなければならなかったお母様こそ被害者です。

 そして、産まれた兄と私を、父親であるはずのレイモンド卿は無視しぞんざいに扱いました。

 私がもっと幼い頃、レイモンド卿は『自分の子か疑わしい』とお母様の不貞を疑うような発言もしています。

 貴族家では子供が生まれた場合、両親の血を引いている実子であるかどうか、神殿で適合検査を受けますの。私も兄もその検査を受け、確かに両親の子であることが証明されていますわ。それなのに認めないのです。そして徹底的に無視されてきました。

 ね? 私たちの方こそ被害者でしょう?

 対してあなた方家族は、ヴァルモア家に援助してもらい、働くことなく豊かな生活を送れていますわ。

 愛し、愛され、何不自由のない生活を送っていたあなた方が、何故被害者なのですか?」


 あー、一気に言ってやったわー! はっはっはっ。

 すると突然後ろからふわりと抱きしめられたよ。ああ、これは母だな。

 柔らかくっていい匂いに包まれて、ちょっとやさぐれた気持ちが和らいだわぁ。


 そんなに滔々と言われると思ってなかったお花畑一家は、今度は唖然としていた。ツインテール娘は悔しそうに顔を顰めちゃった。


「な、なによ! そんな難しい言葉を使ったって誤魔化されないんだから! さっき泣いてたくせに!!」


 いやはや、どういう論法だよ。まあ、泣いてたのは確かだけどさ。


「あれは目にゴミが入ったんだ。そうだよな、ベティ?」


 なんだそのベタな言い訳。

 でも兄が話を合わせろ的なニュアンスを含ませたので、もちろん合わせますとも。


「ええ。こちらのお邸、なんだか埃ぽくって」


 兄を見上げて、うっそりと微笑んでおきました。ふふ。


「なんて事でしょう。あなた達にはずっと我慢を強いてきてしまったのねぇ。本当にごめんなさい。でもこれからは私達が付いていますからね!」


 そう言って、おばあちゃんがわたしと兄の額にキスをしてくれた。


「バルド、ベティ、少し待っていてね」


 わたしの抱擁を解き、兄の肩を抱いた母がそう言い置いて、悪徳金貸しと脅される債務者のような二人へと踵を返した。

 その後ろ姿を見送ってると、なんでかクソ親父と目が合ったわ。

 は? 今まで頑なに見もしなかったくせに。


「お義父様、これを機に、どうか離縁をお許しくださいませ」


「ああエリザベス、もちろんだ。今書類を用意させよう」


「いえ、それには及びませんわ」


 そう言って、母は小さな手提げポーチに入るとは思えない書類の束を出してきた。更に魔法契約用のペンまで。

 あのポーチ、マジックバックだったのか!


「私は既にサイン済みですの。後はレイモンド様のサインがあれば提出出来ますわ」


 離婚届にサインをして、いつでも出せるようにしていたのか。

 いつか、いつか別れてやる! という強い意志を感じるわね。

 しかし、離婚届ってあんなにいっぱい書類があるの? 日本ではぺらっと一枚だったけど。


 という疑問があって、後日確認してみたら、あの束は婚前契約書も含まれていたそうだ。

 相手の有責で離縁したら、どういう補償を受けられるとか、条件を盛り込んで契約していたんだって。

 貴族の結婚・離婚は簡単ではないって、そういう面もあるんだな。


「……何故だ……何故こんなことに……」


 クソでクズな親父が、なんかぶつぶつ言いながらもサインしている。

 おじいちゃんにすんごい責められ締めあげられ、終いには殴られ、もう反抗する気力もなくなったみたい。


 サインが終わった途端、サッと書類を確保し確認していた母は、満足そうな笑みを浮かべた。

 数年前、離婚しないのかと訊いた時には、絶対正妻の座は渡さないと言った笑みとは全然違う。


「よろしかったですわね。これでようやく“真実の愛”の方をに出来るのですもの」


 真実の愛、ねぇ。確かに幸せそうではあったな。

 ただ、これからは地位もなく身分もなく、己の才覚だけで日々の糧を得なければならない。生活にゆとりがなければ、心も貧しくなっていく。

 その時こそ、真実の愛の真価が問われるでしょうね。


 クソ親父は、満面の笑みを浮かべる母を、呆けたようにただ見上げていた。




 ***




 別宅から撤収する時、庭にあったテーブルとベンチに向かって、おばあちゃんが拳を突き出した。


砕波さいは!」


 途端に弾け、霧散するテーブルとベンチ。

 青褪め、震えあがるお花畑の住人一家。


 おばあちゃんの固有魔法は、何でも破砕するそうだ。物でも生き物でも。

 いや、生き物ってちょっと……。


「ああ、少しスッキリしたわ」


 にっこり笑う熟女。さすが武門の家に望まれて嫁いだだけの事はあるわぁ。


 侯爵家に嫁入りするには、家格が子爵位と低かったものの、高い魔力量とこの固有魔法が認められ、望まれて嫁いだそうだ。

 ただし、最初の婚約者は、おじいちゃんのお兄さんだったという。

 お兄さんが亡くなって、まだ婚約者もいなかったおじいちゃんに、後継者の椅子と共に譲られたとか。いや、物じゃないんだからさぁ。


 でも、実はお兄さんよりもおじいちゃんとの相性が良かったんだって、前にこっそり教えてくれたのよ。


 そして二歳年上の姉さん女房となった後、多分色々あったとは思うけれど、今現在互いを思いやれる仲の良い夫婦となっている。いいなぁ。


 こうして武力で脅しを掛けられた父と内縁さんちの家族は、おばあちゃんに引きずられるように、大人しくドナドナされて行った。


「移動中、何故こんな事になったのか、しっかりと説明してあげますわ。時間はたっぷりありますもの。ほほほ」


 と、捨て台詞まで吐いて行ったのはご愛敬。

 魔導車で一日半かかるそうだ。お疲れでーす!




 ――ベアトリスとしてこの異世界に生を受けて十年。

 こうして、わたしの世界から父親が消えた――




 なぁんてな。

 元々遺伝子上の繋がりしか認められない存在だったし、特に問題ないない!

 それよりも、母が父と離婚したって事は、もしかしてヴァルモア家から出て行っちゃうの!?

 こっちの方が問題です!!


 おじいちゃんは早急に手配する事がたくさんあって、話を聞くのは今は無理。

 当主交代届を提出し、国王陛下に願い出て、王妃殿下にも謁見して謝罪とお詫びをしなければと、別邸に戻る前から家令と執事たちをフル回転で働かせている。

 王宮に先触れを出すとか、根回しとか根回しとか、ね。


 おじいちゃんが無理なら、母本人に聞くしかないけれど、今後の事とか決めているのかなぁ。

 今回の事は、勢いついでにって感じだったもん。


「お母様、晴れて離婚、おめでとうございます」


「え? ええ」


 離婚おめでとうって言い草はあれだけれど、わたしとしては心からの祝福です。母の表情は微妙だけれどね。


「ですが、一つ、お尋ねしてよろしいですか?」


「まあ、何かしら」


「お母様は今後、どのように行動されるか決めておられるのでしょうか?」



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