第8話


 ユリシアはそれから、昼のたびにリナリアの教室に出向いた。少し経つ頃にはそんな光景にも慣れたのか、リナリアのクラスメイトたちはユリシアにも嫌な目を向ける。どうやらユリシアは取り巻きと思われているらしい。

 しかしユリシアには関係がない。今日もリナリアのクラスに向かうべくお弁当を持ち立ち上がった。すると、珍しくアグドラが引き留めた。

「随分熱心だな」

「そうだね、お友達になったの」

「なるほど? ……おまえ、噂を知ってるか?」

「あー、私がアックスフォードさんの取り巻きになったってやつ? 馬鹿らしいよね」

「分かっているなら控えろ。相手はそんなことを気遣うような性格じゃないぞ」

「気遣う?」

 ユリシアには、アグドラが何を言いたいのかが分からない。しかしアグドラは珍しく少し考えると、まだこの会話を続けるのか口を開く。

「つまるところ、おまえもアレと同じだと思われてる」

「? そうなんだ」

「そうなんだってなぁ……」

「シウォンくん、私が無視されてること気にしてくれてるんだ?」

 少し前に席替えがあり、アグドラとは少し距離が離れた。そこでコミュニティが生まれたのか、前ほどべったりとはしなくなったけれど、アグドラはどうやらユリシアのことを気にかけてくれていたらしい。

 リナリアと仲良くすればするほど、ユリシアは弾かれる。クラスメイトもどこか遠巻きで、ユリシアが話しかけても最低限にしか返されない。アグドラもとうとう見兼ねたのだろう。

「ありがとね。シウォンくんてほんと優しいよねぇ」

「そうじゃなく、」

「シウォン、昼飯食おうぜ」

「今日は食堂行こう」

「あ、おい待て、俺はまだ、」

「いいからいいから」

 クラスメイトの男子生徒が、アグドラを強引に連れて行く。アグドラはまだ何かを言いたげだったが、男子生徒たちはどこか気まずそうだった。

 入学からはや八ヶ月。周囲とは入学当初よりも距離ができた。

 リナリアと仲良くしているために王太子はユリシアに構うけれど、ウィシュアもクランも構わなくなった。話しかけてもすぐに離れて行く。ユリシアに幻滅でもしたのかもしれない。

(うーん……どうやったら、アックスフォードさんを取り込みつつウィシュアにも近づけるんだろ……)

 加えて、アルシリウス国陸軍元帥の第一子であるマルク・スウェインとも、いまだに接触ができていない状況だ。なにせ彼は通学しているほうが稀である。

 作戦が何一つ進んでいない。ここ最近のそんな現実に、ユリシアはいつも頭を抱えていた。

「アックスフォードさん、ご飯行きましょう」

「ええ。すでに用意はさせておりますわ」

 ユリシアにはやはり嫌な視線がつきまとう。彼らの中では「権力に媚を売る平民」という認識になっているのだろう。

 二人でいつもの中庭に向かっていると、途中、花壇に向かう女子生徒が居た。枯れそうな花を見て眉を下げている。

 リナリアは気付かなかったようで、先々行ってしまった。

「枯れそうなの?」

 ユリシアが思わず声をかけると、女子生徒は驚いたように振り向いた。

「え、あ、あなたは、えっと、」

「それ、ユリシアだね。同じ名前のお花なの」

「は、はい、そうですね……」

 気が小さいのか、おどおどとして大人しい女の子である。ユリシアのことを避けたいのに態度に出せず、困ったように俯いた。

「下の方で切って、一回水に挿すといいよ。そしたら根が出てくるから、ある程度伸びたら土に植えて」

「え……あ、ありがとうございます」

「咲くといいね」

「は、はい。あの……す、好きな人がくれた種で、その……枯らしたくなくて……」

「そうなんだ。ユリシアの花言葉は『祝福』『明るい未来』だから、とても素敵な贈り物をしてくれたんだね」

 花言葉は知らなかったのか、女子生徒は嬉しげに頬を染めた。

 ただし、存在しないはずのエメラルドグリーンのユリシアの花言葉は『絶望』『すべての終わり』。

 ユリシアは自身の瞳を思う。翡翠が揺らぐ。しかしそれは一瞬で、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

「じゃあね。話しかけてごめん」

「え? あ、えっと、まっ、」

「何を遊んでいらっしゃるの? わたくしよりもそちらを優先するとは、いったいどういう了見かしら」

「すみません、行きましょう」

 追いついたユリシアを、リナリアが厳しくたしなめる。しかしその表情が幾分優しかったから、ユリシアがダメ押しで「待っていてくれてありがとうございます」と伝えると、リナリアは満更でもなさそうに頬を染めた。


 リナリアはすっかり攻略できた。家に行くと言ってもきっと受け入れられる自信がある。しかしながら他のターゲットはまだまだで、最悪の現状である。

 一年で終わると思っていたのだが、思っていたよりも長期戦になりそうだった。

(どうしようかなぁ……)

 それにしても、ユリシアは別に取り巻きと言われるほどリナリアにべったりしているわけではない。リナリアだって王太子と過ごすことが多いし、謎に消える休憩時間もある。たまに空いた時間で一緒に居るだけなのだけど、あのリナリアが誰かと一緒に居るということが珍しいばかりにおかしな噂になってしまった。


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