夢占のリデル
庄野真由子
第1話 花祭りの悪夢
私の夢は、時々不思議。色がついて、匂いがあって、痛みもある夢を見る。
その不思議な夢は、明日起きる出来事だ。
明日のいつ、不思議な夢の出来事が起きるかは夢を解いていかなければわからない。
でも、不思議な夢の話は家族以外にしてはいけないとお母さんに言われた。
だから、私の夢の話はお父さんとお母さんと私だけの秘密ということになってるんだけど……。
でも、家族以外に一人だけ、私の不思議な夢のことを知っている子がいる。
隣に住んでいる幼なじみのテッドだ。テッドは私と同じ年の12歳。テッドの髪は土のような茶色で、目の色も髪の色と同じ。
テッドは村ではありふれた髪と目の色なのを残念に思っていて、私の黒髪と紫色の目を羨ましいと言う。私はテッドの髪の色も目の色も好きだけど。
私とテッドはうちとテッドの家を交互に行き来し、昼ご飯を一緒に食べている。
テッドは一番の仲良しだから、不思議な夢の秘密を打ち明けた。
9歳の時に「誰にも言わないで」と言って打ち明けて、今まで秘密は守られている。テッドが不思議な夢のことを知っているって、お父さんもお母さんも知らない。
テッドの家は広い畑を鶏小屋、牛小屋があって、テッドのおじいさんはナノ村の町長をしている。
テッドの家の昼ご飯はおいしい卵料理が出て来るふわふわのパンにたっぷりのバターを塗って食べるのがおいしい。
うちは村で一軒だけの雑貨屋なので、村の外から買い付ける干した果物や少し珍しいハーブを使った料理をふるまう。
私のお父さんとお母さんは行商で何度かナノ村を訪れて商いをしていたところを、ナノ村の町長に依頼されて村に留まり、雑貨屋を始めたんだって。
私はナノ村で生まれたから、行商のことは何も知らない。行商に使っていた幌付きの荷馬車は、お父さんが商品の仕入れに行く時に使っている。馬はお金を払って、テッドの家の厩舎に居させてもらっている。
今まで見た不思議な夢の中で一番綺麗だったのは、青空に大きな虹が掛かる光景だ。
夢を解いて、雨上がりの午後だと当たりをつけて、テッドを誘って村のすぐ外に出た。
草原が広がる中、テッドとふたりで手を繋いで虹を見上げたことは忘れられない。
明日は花祭り。私は二階の自室の窓辺に立ち、窓を開けて空を見上げた。
星空が美しいから、きっと明日は晴れるはず。
ナノ村の花祭りは、初春のお祭りだ。
ナノ村の外に広がる草原に点々と咲く、楕円形の葉と鈴のような白く小さな花をつけた『揺鈴花』を詰み、家族や友達、恋人に感謝を込めて渡すお祭りだ。
子どもたちは村中の家を周り、自分が摘んだ揺鈴花を差し出して、その代わりにお菓子を貰う。
揺鈴花は『春告げ花』とも呼ばれている。揺鈴花は仄かに甘い香りがして、私は好き。
私は窓を閉めて、机の上に置いていた揺鈴花の刺繍をしたハンカチを枕元に置く。
黒髪を三つ編みに結い、ランプの明かりを消した。
私は8歳の時から一人で眠るようにしている。もうお姉さんだから、お父さんやお母さんと一緒の部屋で寝なくても大丈夫なのだ。
不思議な夢、見るだろうか? 明日の花祭りの楽しい場面が夢に出てくるかもしれない。
私はベッドに横になる。布団からはお日さまの匂いがする。
「おやすみなさい」
私はそう呟いて目を閉じた。明日が楽しみで寝入るまでには時間がかかったけれど、私は眠りに落ちた。
怒号が聞こえる。かがり火に照らされた中で馬に乗った見知らぬ人たちが村に押し入っている。
悲鳴が聞こえる。『揺鈴花』が咲く草原の向こうから、雨のように矢が降り注ぐ。
「リデル、逃げるんだ……っ!!」
テッドが私の名前を呼んで強く手を引く。矢の雨が私とテッドに襲い掛かり、そして私の胸に矢が刺さった……!!
胸を射抜かれた激痛に、私は飛び起きた。
まだ薄暗い室内で、私は荒い呼吸をしながら右手で胸を押さえる。
胸には、矢は刺さっていない。今はまだ『花祭り』じゃない。
でも、私が矢で射ぬかれた、あのおそろしい夢には色も匂いも痛みもあった。
「あの夢が、現実になるの……?」
呟いたら、怖くて身体が震えた。目から涙が溢れ出す。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。……逃げなくちゃ。
おそろしい夢の中で、テッドが私の名前を呼んで逃げるようにと叫んだ、あの声を思い返す。
あの悪夢は夜だった。今、逃げればきっと大丈夫。
私は手のひらで頬に流れた涙を拭い、ベッドを出た。
お父さんとお母さんの部屋は、私の部屋の隣だ。
焦っていたのでノックもせず、私は部屋の扉を開けた。
「お父さん、お母さん……っ」
私は部屋に入り、ベッドにお父さんと一緒に寝ているお母さんに縋りついた。
「リデル? どうしたの……?」
「何があった?」
横になっていたお母さんとお父さんが起き上がり、私に尋ねる。
私はお母さんに抱きついて、さっき見た花祭りの悪夢について話し始める。
私が時々、明日起きる出来事を夢に見ることを知っている両親の表情は、私の話が進むにつれて険しくなっていく。
悪夢のすべてを語り終えた私は母を見上げた。
「お母さん、村長さんに私の夢の話をして村の皆に逃げてもらえばいい……?」
「ダメよ」
お母さんは私の言葉を強く否定した。そして隣にいるお父さんに視線を向ける。
「村を出る準備をしましょう。貴重品とお金だけを持って、店に置いている品物は全部置いて行くのがいいわ。怪しまれない」
「荷馬車は持って行きたい。また行商をするためにも、馬と馬車がいる」
お父さんは怖い顔をしてそう言った後、ベッドを出た。そして手早く着替えを済ませて私の頭を撫で、部屋を出て行く。
「お母さん。村長さんに言わないの? だって、テッドも私と一緒に矢で射かけられていたのよ……っ」
「リデル、よく聞いて。さっき話した悪夢のことは誰にも話してはダメよ。私たちは今日、ナノ村を出る。でもそれは、あなたの夢が理由だと知られてはいけない」
「でも……っ」
「着替えていらっしゃい。それから持って行く荷物をまとめて。もうここには戻れないかもしれないと考えて、忘れ物が無いようにしなさい」
お母さんはそう言ってベッドを下り、クローゼットを開けて着替えを始めた。
私は着替えるお母さんに自分の気持ちを訴えたけれど、全然聞いてもらえない。
「リデル、早く支度をしなさい。何も持ち出せずに家を出ることになってもいいの?」
「お母さんはテッドや村の人たちが死んじゃってもいいの……っ!?」
「良くはないわ。でも、仕方がない。私もお父さんも、あなたの不思議な力を隠し通すと決めているの。あなたと私たちを守るためにね」
お母さんはそう言った後、着替えを終えて私を見た。
怖い顔をしている。いつもの優しいお母さんじゃない。
「リデル。あなたのお祖母ちゃんのお祖母ちゃんも、紫の目をしていたそうよ。そして色がついて、匂いがあって、痛みもある夢を見ると、その翌日、夢と同じことが起こる。彼女は不思議な夢を見る力を『夢占』と呼んでいた」
「……っ!!」
私と同じように不思議な夢を見る人の話を聞いて、驚いて息を呑む。
「夢占のことを彼女は親しい友人に話してしまったそうなの。そして、その友人に夢占の力を利用されかけて逃げ出した。その後は夢占の力を自分と、のちに知り合って結婚した夫や家族のためだけに使い、そして遺言を残した。『紫の目を持つ子が産まれたら、夢占の力を持っているかもしれない。夢占の力を他人に漏らしてはいけない。夢占は本人の幸福のためにのみ使うように』と……」
「テッドは私を利用したりしない……!!」
「テッドは信用できるかもしれない。でもテッドの両親は? 村長さんは? 村の人全員が、リデルの夢占の力を利用しようとしないと言える?」
「それは……っ」
「それに、不思議な夢が現実になるかもしれないと、信じてもらえないかもしれない。花祭りのめでたさや嬉しさを邪魔すると思われてしまったら、リデルが嫌われてしまう。正しいことをしようとしてつらい思いをするなんて、私の大事な娘がそんなことになったら嫌なのよ」
「お母さん……」
「荷物をまとめなさい。いいわね? リデル」
私はお母さんの言葉に肯きたくなくて俯き、唇を噛みしめる。
お母さんは話を終わらせ、クローゼットから洋服を取り出してまとめ始めた。
これ以上、この場にいても仕方がない。私は自分の部屋に向かった。
自分の部屋に入った私は、のろのろとベッドに向かった。そして、ベッドに腰かける。動きたくない。何もしたくない。
「テッド……」
私は小さく呟いて窓を見た。窓の外は薄明るくなっている。夜明けだ。
今日は花祭りで、揺鈴花の刺繍をしたハンカチをテッドにあげるはずだった。
……あの悪夢が本当に起きたら、テッドは矢に射抜かれてしまうかもしれない。
そんなこと、嫌だ。絶対に嫌だ。
私はベッドから立ち上がり、クローゼットに向かった。
クローゼットの扉を乱暴に開け放って洋服に着替え、それから扉を閉めた。そして、枕元に置いていた揺鈴花の刺繍をしたハンカチを握りしめる。
テッドの家の鶏小屋で待っていれば、卵を回収に来たテッドに会えるかもしれない。
テッドに会って、悪夢のことを話そう。皆で逃げれば、きっと無事でいられるはずだ。
私はお母さんに気づかれないように、静かに部屋を出た。
お父さんに見つからないように外に出て、テッドの家の鶏小屋まで走る。
馬に乗り、弓矢と剣を持った人たちに襲い掛かられる未来があるなんて考えられないような、いつも通りの朝だ。
テッドの家の鶏小屋にたどり着いた私は肩で息をしながら、鶏小屋を覗き込んだ。鶏たちに声をかけながら卵を取っているテッドの姿を見てほっとする。
よかった。行き違いにならずに済んだ。
「リデル? こんな時間に、どうした?」
私に気づいたテッドが鶏の卵を入れたカゴを抱えて歩いて来た。
「テッド。私、夢を見て……っ」
私はハンカチを持っていない方の手でテッドに縋りつき、悪夢の話をした。
悪夢は色がついて、匂いがあって、痛みもあった。だからきっと、本当に起きる出来事だ。
「一緒に逃げよう、テッド。皆で逃げよう……っ」
必死で言う私に、テッドは苦笑した。
「リデル。ただの夢だよ。そんなに心配することないよ」
「ただの夢なんかじゃない。だって、虹は出たでしょう? 一緒に虹を見たじゃない」
「そうだな。リデルの夢はすごいよな」
軽い口調でテッドが言う。……テッドは私の不思議な夢のことを、信じていなかった。
私は愕然として立ち尽くす。
「リデル。その手に持ってるハンカチ、もしかして」
私はテッドの顔を見ていたくなくて、彼の言葉を最後まで聞かずに踵を返して走り出す。
目からは涙が溢れていた。
……私たち家族は、日が高いうちにナノ村を出た。花祭りの賑わいが遠ざかる。
私の悪夢が現実になるかどうかはわからない。でもきっと、私たち家族がナノ村に戻ることはないだろう……。
【夢占のリデル・完】
夢占のリデル 庄野真由子 @mayukoshono
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