第37話 全てを手に入れる

 「え? その魔法って花を人の姿にするだけじゃないの?」

 エミリーは絶句した。

 「ははは、そうみたいだね……」

 ハナもまた動揺を隠せない。


 ストレリチアの花はハナの魔法によってその姿を変えた。

 情熱的な赤い瞳。

 まるで輝く女王の冠を思わせる冠羽。

 鋭い嘴(くちばし)と極彩色の羽。

 その羽を広げると、ジェルベーラが倒したミノタウロスよりも巨大な鳥だった。


 「でっかい鳥さん……」

 ハナがそう呟くと、ストレリチアの花だった鳥は再び叫ぶ。


 「なんか怒ってないですか?」

 「そ、そうかな……」

 「それにしても、なんで鳥なんですか?」

 「きっとあれだよ、ストレリチアは別名で極楽鳥花。花の形が鳥みたいだからそう呼ばれているんだ。だからだよ」

 「だからだよ、っていい加減な魔法ですね……」

 しかし、エミリーはニコの残した研究記録を思い返した。



 ハナの魔法は、その花の特性をもって具現化する可能性がある。


 もしくは、花がこうあって欲しいとの願い、或いはハナの潜在意識の中の花の姿。


 どちらにせよ、魔法は使う者の意思の強さに比例する。

 これがハナの持つ潜在的な能力だとすれば、魔法の概念が覆る。

 そして、この世界はハナの魔法により破滅に向かう恐れが……。



 エミリーは寒気を覚えた。

 今回は巨大な鳥だが、これが魔物だとしたら……。

 

 「ピィィーー」

 巨大な鳥は奇声を上げ、ハナの足元に向け、鋭いくちばしを振り下ろした。

 「びっくりしたぁ、あ、暴れるのは止めてよラクチョ」

 ハナは寸でのところでくちばしを避けて、苦笑いを浮かべて鳥を見上げた。

 「確認するけど、ラクチョって、この鳥の名前?」

 恐らく、いや、間違いなくゴク“ラクチョ”ウの真ん中を取って付けた名前だということをエミリーは確信していたが、せめてそこはスト“レリチ”アのレリチにしてあげなよ、とは言わなかった。

 「うん、良い名前でしょ」

 「ピィィィィーーーー」

 「たぶん名前に怒ってると思うよ」

 「いや、名前を呼ぶ前から怒ってたよ」

 「そうかもしれませんけど、どうにかしないと、あの巨体でじゃれつかれたら死んじゃいますよ」

 「で、でもどうすれば」


 戸惑うハナ。

 しかし、巨大な鳥のくちばしは容赦なく振り下ろされる。


 「ちょっ、止めてよラクチョっ、どうしてこんなことするのさ」

 執拗にハナを狙う巨大な鳥。

 ハナも初めは冗談交じりで避けていたが、地面を抉る威力と、言葉が通じない相手に、いつしか笑顔は消え、必死に逃げ惑う。


 「ぐあっ」

 そして巨大なくちばしは、ついにハナの右足ふくらはぎを切り裂いた。

 傷は浅かったが、血が流れ、ハナは恐怖で固まってしまう。


 「ハナっ」

 エミリーは咄嗟に風魔法のウィンドショットを唱えた。

 初級魔法であるため、威力が期待できないのは承知の上、少しでも鳥の注意を引き付けることができれば良いと思った。


 なんで私がハナを助けなきゃ……。

 エミリーは自問自答したが、ファザの命令が頭を過る。

 「ハナ、いやハナの魔法を監視し報告しろ。そして絶対に死なせるな、身を挺して守れ」


 ハナにもしものことがあり、自分だけが無事に父親の元に戻ったら……。

 きっと幻滅させてしまうだろう。

 もう、興味をもってもらえないかもしれない。

 最悪の場合、ハナと同じように捨てられる。


 それだけは絶対に嫌だ。


 エミリーは、覚悟を決め、魔法を放つ。


 「ひとつだけこのダンジョンから出る方法があります。私のウィンドショットに乗って、あの天井を抜けて下さいっ」

 ウィンドショットの衝撃を受けた体の部位は、怪我どころでは済まないだろう。しかし、ここで2人で野垂れ死ぬよりはマシ。

 鳥の注意を引き、外に出たハナが救助を呼ぶまで風魔法で逃げ切る。

 エミリーは、ハナに向かって“逃げて”と叫んだ。


 「逃げるもんか」

 ハナは怪我をした足を引き摺り、両手を広げてエミリーと巨鳥の間に立った。


 「ハナにい……」

 巨鳥を視界から遠ざけてくれたハナの背中を心強く思い、自分の口から発せられそうになった言葉をエミリーは咄嗟に飲み込んだ。

 「どちらかが地上に出られれば助けを呼べます。2人一緒に死ぬなんてバカげている」

 「どちらかとか言うなら、エミリーが逃げるべきだ」

 ハナはエミリーの提案を強く否定した。

 「地面に風魔法を放ったところで、私の体はあそこまで届かない。ちょっと、いや、かなり痛いかもしれないけど、ハナを飛ばすことならできるハズ」

 「エミリーを置いては行けないよ」

 「バカ、分からず屋、いい加減大人になってよ、冷静に考えてあなたが助からないと誰も得しないの、さっさと行って」

 エミリーはそう叫ぶと、ハナの背中に拳を突き付けた。


 「大丈夫……大丈夫だよエミリー、怖がらないで」

 背中に感じたエミリーの微かな手の震え。

 ハナは一歩、また一歩と巨鳥へ歩み入る。


 「ラクチョも、そうだ。怖がらなくていいよ、僕は君を傷付けない」

 

 ストレリチアの花だった巨鳥は、ハナの優しい顔を見つめて思う。


 自分は何故こうも激高しているのだろう。

 先程まで、咲いていたのに無理矢理にこんな姿にされたからだろうか。

 一生懸命に咲いたとしても、あの牛の魔物に踏み荒らされるからだろうか。

 日が傾き、差し込む太陽の光が消え、瞬く間に枯れてしまうからだろうか。

 それらの怒りを、この小さな少年にぶつけたところで何も解決しないのに……。


 巨鳥は天を仰ぎ、そして再び思う。


 ああ、そうだ、自分はここから抜け出したかったのだ。

 あの遠く小さな穴を抜け、あの太陽の光を独占したかったのだ。


 「ピィィィィーーーー」

 巨鳥は高らかに叫び、ハナを啄み、エミリーを右足で掴むと、大きな羽を広げ、羽ばたいた。

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