第36話 極楽鳥花

 最後の力を振り絞り立ち上がるジェルベーラ。

 その背中を眺め「このまま気持ち良く頑張ってもらいましょう」と、エミリーはハナに目配せした。

 そして「また後でガーベラの花に魔法を使って説明とお礼をしなくちゃね」と、ハナは頷いた。


 「私のこと、忘れないでね……あと、おばさま……マーノリアさんにもよろしく言っておいて、いつも大事に育ててくれてありがとうって」

 ジェルベーラは、そう言い残し、ミノタウロスに渾身のアルテマを放ち、跡形もなく消し去り、自らもまた花の命を全うしたのだった。


 「ジェルベーラちゃん、良い子だったね」

 「そうですね、少しワガママでしたけど……」

 また会えるとは分かっていたが、残った2人は感慨にふける。

 そして辺りを見回し

 「どうやって帰りましょうか」

 「帰り道を牛さんが塞いじゃったから帰れそうにないね」

 「日の光が差し込んでいるということは、上から外に出られる可能性がありますが、私の風魔法は届きそうにありません」

 ポツポツと水滴の落ちる音だけが寂しく響くダンジョンの最深部で、不安になってくる2人。


 「だから反対したのに、もっと慎重に行動しないからこういうことになるんです」

 「ごめん」

 イライラし始めるエミリーに、ハナは素直に謝罪した。

 なによりも妹を危険な目に遭わせてしまったことを後悔していたからだ。


 「大丈夫、絶対に僕がなんとかする」

 根拠の無い自信ばかりが口から零れるが、妹の不安が和らぐのなら今はそれでいいと思った。

 「なんとかするって、花が無いとなんにもできないじゃないですか。こんな使えない魔法……」どうしてお父様は、あなたなんかを……とエミリーは小さく呟く。


 「花ならある、こんなに暗い所でも綺麗咲いてる花。ストレリチアが」

 天井から差し込む光の元へ進み、そこで寄り添い合うように群生しているストレリチア。

 

 「止めて下さい。どんな人が現れて、どんな魔法を使うのか分からないのに……また、彼岸花のような恐ろしい魔法の持ち主だったら」

 「大丈夫、ストレリチアの花言葉は“寛容”や“恋の伊達者”、きっと優しい人が僕らを助けてくれる」

 「どこからそんな自信が湧いてくるのか……というか恋の伊達者って」

 訳の分からない花言葉を出され困惑するエミリーだったが、この状況を打破するためにはハナの力を頼るほかないことも確かだった。

 ジェルベーラはワガママなところもあったが、最終的にはハナのために散った。

 ハナが生み出した花々は、ハナの命令を無視することはあるが、ハナを傷付けることはない。

 エミリーに、これ以上ハナを引き留める理由もなかった。


 「どんな人が出て来るんだろう、楽しみだね……」

 ハナはおもむろにジェルベーラが着ていたシャツを手に取る。

 また裸の女の人が出てきてしまった場合を想定してのことだった。

 エミリーはそれを見て、少し表情を緩めた。

 そして、

 「お願いストレリチア、僕の願いを聞いて“ブロッサム・インカーネーション”」

 ハナは、ストレリチアの花に優しく触れた。


 「ピィィィィーーーー」

 その刹那、ダンジョン内にけたたましい鳴き声が響き渡った。


_________________________


 花図鑑No.009

 ストレリチア

 学名【Strelitzia】

 分類【ゴクラクチョウカ科、ゴクラクチョウカ属】

 花言葉【輝かしい未来】【すべてを手に入れる】【気取った恋】【恋の伊達者】【寛容】


 別名【極楽鳥花】

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