第四章 彼岸花

第19話 情熱(ニコ視点)

 「私は今、死の間際に居る」


 私の名前はニコ。

 大賢者ファザの次男として生まれ、物心つく頃には父親の敷いたレール上をひた歩き、魔法のエキスパート、国を守る為の道具として、その生涯を全うするものだと悟った。

 己の人生になど、何の興味もなかった。

 魔力が高かろうが、知識が豊富になろうが、天才軍師と呼ばれようが、何の意味も見出せなかった。

 

 ただ【死】というものには、酷く惹かれていた。


 この世界には数多の知性ある生物が存在する。

 人の形を成すもの、人間、エルフ、獣人、亜人、竜人、魔人。

 人の形を成さぬもの、魔獣、聖獣、魔物、ドラゴン。

 

 長短こそあれど、凡庸な人間から、超越の力を持つドラゴンまで、等しく与えられる“それ”は、私の心を途方もなく魅了した。


 軍務、特に軍事研究というものは、幸いにも命を弄ぶ事が許された場所だった。


 私は、死を貪った。

 敵国の捕虜、捕獲した魔物、己の強化の為に身を捧げる軍人達。

 恐怖する者、諦める者、助けを乞う者。

 私はそれらに等しく分け与えた。

 死は誰にでも平等だった。


 ただ、死を一つの事象として説くのは愚かだろう。

 

 非業の死。

 自決。

 他殺。

 大往生。

 

 様々な死が存在するが、私が最も美しいと思う死は戦いの中に存在する。


 数多の生物は、戦いの中に生を見出し、そして死に至る。

 知性の高低など死の前に意味を持たない。


 他の生物を制する魔法が存在し、魔力によってのみ優劣が決する戦いの中で死に至ること、それこそが死の真理……美しく儚い死だ。

 

 それ以外の死は、ただの枯れゆく花。

 意味を持たないただの事象。

 

 そんな高貴な思想を持つ私の血筋にソレは生れ出た。 

 魔法の使えないソレに、生きる価値があるのだろうか?

 囀る小鳥ですら、人を惑わす魔法が使えるこの世界で……。


 両親はソレに「ハナ」と名付けた。

 知性ある者の糧にしかならない花と同じ名前。

 鼻で笑うとは、まさにこの事だろう。


 父親もハナが魔法を使えぬ事を知ると蔑み追放するしか手がなかったようだ。

 しかし、己が子に無能が出る等、端から思っていなかったのだろう。

 他の誰にも知られることなく、妹のエミリーに監視させていたらしい。


 監視中のハナは、肉親から虐げられ、周りから拒絶されようと、他を憎む事をせず、動物や植物をこよなく愛し、ひたむきに生きるだけの、つまらない存在だったようだ。

 「アレは生かす意味があるのですか? 実験にでも使って処分したらどうです?」と、一度だけ父親に提案した事があったが、鬼の形相で睨まれた。

 エミリーが嫉妬するのも分かる気がした。

 

 そんな、つまらない存在が、私に最高の【死】を齎そうとしているとは……。

 


 ✿


 

 話を少し戻そう。


 芥子の花が擬人化した女児が消え、意識を失ったエミリーを前にハナは私に懇願した。

 「ニコ兄さん、お願いだよ、僕が出来ることならなんでもするからエミリーを助けて」と


 傍から見たら瀕死の状態だが、診断するまでもなくエミリーは、ただ体力を消耗していただけだった。

 強力な芥子の毒素にあてられ、死の間際だったはずだが、芥子の女児が消えただけで一切の副作用、禁断症状が消え失せたということになる。

 なんとも都合の良い話だが、魔法とは存外そういうものだ。

 

 私は、その事を隠し、交換条件を出す。

 「なんでもすると言ったな、約束を違えるなよ」と


 ハナは、躊躇無く、こう返す。

 「うん、エミリーのためならなんでもする」

 やはり、つまらない存在だ。

 肉親とはいえ自分を犠牲にするなど理解に苦しむ。

 エミリーには適当な栄養剤と少量の睡眠薬を点滴し、研究を長引かせる事にした。


 ✿


 【ブロッサム・インカーネーション】

 私は、ハナの魔法をそう名付けた。

 名付けずにはいられなかった。

 正直言って興奮している。

 まさに神技、超魔法、こんな魔法は見たことも聞いた事も無い。

 

 事例①シクラメン

 ハナが、シーラと呼ぶ少女は「私、何も出来ませんよぉ」と、ペストマスクに酷く恐怖していたが、この私に下痢と嘔吐の症状を発症させてみせた。

 魔薬の研究過程で、ある程度の毒素耐性を持つ私が、一瞬でトイレ行きにされるとは恐れ入る。

 しかし、これは私の求めるものとはほど遠い。


 私はペストマスクが視界に入るたびに魔法を発動させるシクラメンの花を消すように命じた。



 事例②千日紅

 巨躯の女剣士、父上から報告を受けていた存在は、呼び出された瞬間にハナに対し悲しみの表情で怒りをぶつけた。

 「ハナ……なぜ呼んだ」と。

 ハナは「ごめんなさい、でもエミリーのためなんだ」と必死に説得すると、女は「そうか、少し強くなったようだな」と、無理矢理に納得したようだが「だが、まだその時じゃない」と言って、直ぐに自ら花に戻った。

 

 父親の「ファイヤーテンペスト」すら無効にする魔法防御は特筆すべきだが、攻撃手段に劣る者に興味はない、だから再び呼ぶようには命じなかった。



 事例③トリカブト

 シクラメンと千日紅、それに芥子、それらの魔法を確認した私は【花言葉】と【花の特性】が魔法効果に現れると仮定した。


 まず【騎士道】の花言葉を持つトリカブトの花を手渡した。

 ハナは「危ないから、初めて呼び出すのは優しそうな花にしようよ」と、生意気にも提案してきたが、なるほど謎が多い魔法だ。みすみす危険を冒すのは避けねばなるまい。

 私はハナの魔法の特性でもある、花の枯れ果てを利用し、トリカブトの花を一輪だけ摘んで手渡した。

 


 ポニーテールの紫色の髪、瞳も薄紫、スラリと伸びた手足、背丈は170㎝ほどか、服は着ていないが、人の形を成した瞬間から、自身の背丈程もある長剣を地面に刺し柄頭に両手を乗せ、私はおろか呼び出した主であるハナをも威嚇の目で睨みつけた。


 これを騎士道と呼ぶのかどうかはさておき、武器を持って呼び出される花も存在する事が分かったことは僥倖だった。


 しかし、ハナの不安も的中した。

 現れた女は、無言で長剣を縦に構え、そして軽く振り下した。

 その一太刀は、強烈な風を巻き起こし、私とハナの間を抜け、研究所の建物を左右に分断した。そして、風が吹き抜けていった地面は1mほどの深さに抉れた。


 重力に従うままに下した剣で、これほどの威力なら、本気を出したとしたら……。

 身も凍るような恐怖心と、この力があれば世界を手中にできるやもしれんというらしくない妄想が芽生えたが、

 「だから危ないって言ったじゃないか」

 そう言ってハナは女に向かい花に戻るように願った。

 女は無言でハナを睨みつけながら消え、その後には枯れ果てたトリカブトの花が落ちていた。

 ハナの願いと花の寿命が合わさって消えたということだろうか。

 残念だが、急いても花は逃げぬか。

 研究を続けよう。


 事例④彼岸花

 私が恋焦がれる【死】を連想させる花、彼岸花。

 好奇心、興味本位だけが私を動かしていた。

 トリカブトと動揺に花一輪。

 危険と分かればハナに頼めば済むこと……。


 「あっ、僕そういえば1日に4回しか魔法使えないんだった」

 ハナはそう言って気を失い、その場に倒れ、そして入れ替わるように彼岸花が人の形を成す。


 真っ赤な髪は彼岸花の花の様に逆立ち、真っ赤な唇に真っ赤な瞳。

 真っ赤に燃える様なノースリーブのドレスを身に纏う若い女。


 なぜだろうか、その神秘的な姿を目にした私は【死】を覚悟した。



______________________

 花図鑑No.005

 トリカブト

 学名【Aconitum】

 分類【キンポウゲ科、トリカブト属】

 花言葉【騎士道】【栄光】【復習】

 

 花図鑑No.006

 彼岸花(ヒガンバナ)

 学名【Lycoris radiata】

 分類【ヒガンバナ科、ヒガンバナ属】

 花言葉【あきらめ】【独立】【再会】【転生】【悲しい思い出】【思うはあなた一人】【また会う日を楽しみに】【情熱】


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