第18話 心の平静

 「ケーシィちゃん……」

 エミリーを人質に取られていたとはいえ、もともとは己の身勝手で呼び出した芥子の花。

 消えていくケーシィの姿に、ハナは未練の声を漏らした。

 「もっと遊んでいたかったんだけどな、残念……」

 ケーシィは寂しそうに笑う。


 「ごめんね……僕が弱いばっかりに……」

 ニチ子のときのように、自分にもっと魔力があれば、もしかしたらケーシィの魔法効果を抑えることができたかもしれない。

 ハナはズボンの裾を掴み、自分を責めた。


 「お兄ちゃんが弱いのは認める、だけどね、強くなったって良いことばかりじゃないんだよ。それをエミリーちゃんにも教えてあげて」

 「エミリーに?」

 「うん、私の魔法に頼らなくても、エミリーちゃんならきっと言えるから」

 「なにを言えるの?」

 「それは、ないしょだよ」

 ケーシィは人になって一番の笑顔で言った。


 「……ケーシィちゃん……居なくなってしまうの……」

 意識が朦朧とするなか、消えゆくケーシィの姿に手を伸ばすエミリー。

 自身を死に追いやったかもしれない少女を責める理由は浮かばず、むしろ心の開放を担ったことに感謝さえしていた。

 「私はいつも傍にいるよ、今までも、そしてこれからも……だからエミリーちゃん、我慢しないでちゃんと言うんだよ、お兄ちゃんはすぐ傍にいるんだからね」

 ケーシィはエミリーの耳元でそう囁き、エミリーはコクリと頷いた。


 「さよならは言わないよ」

 ハナは大声で叫んだ。

 「あったり前じゃない」

 ケーシィはそう言ってハナに向かい親指を立て、そして笑顔で消えた。


 そして、芥子の花の残り香が、風など吹くはずもない地下施設に漂い、ハナの背中を押した。


 「エミリーッ」

 ハナは横たわるエミリーの傍に駆け寄ると、そっとその体を抱き寄せた。

 エミリーの体に出ていた黒紫の斑点は徐々に薄くなり、そして完全に消えて行く。


 「ハ、ナ……」

 エミリーは、そう言葉を詰まらせ意識を失った。

 とても穏やかなその顔にハナは安心したが、その後いくら声を掛けても起きないことに焦り、ニコに助けを求めた。


 「ふむふむ、なるほどな。非常に興味深い魔法だ」

 ニコは一連の出来事のメモを取り終えると、そう言ってハナの傍に歩み寄る。


 「ハナよ、エミリーを助けたいのなら私に協力しろ」

 

 ペストマスクで隠れるニコの目は、まるでおもちゃを得た子供のように輝いていた。




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花のよもやま話


 芥子は法律で栽培が禁止されている植物ですが、その成分は医療現場では重要な医療用麻酔(モルヒネ、コデインなど)に用いられ、中枢神経に抑制的に働き、鎮痛・鎮静・呼吸抑制作用などの効果があるそうです。

 上手に使えば人の助けとなる、小さく可愛い花です。

 

 ケシ科にナガミヒナゲシと呼ばれる種類があり。

 可憐な姿とは裏腹に、花後にできる鞘と呼ばれる芥子坊主1つにはタネが1000〜2000粒入っており、1株で合計8万〜20万の種子をつける凄まじい繁殖力を持っているそうです。


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