第15話 慰め

 末っ子として生まれたエミリーは体が弱く、魔力も少なかった。

 ハナと違ったのは風の魔法が少し使えたということだけ。

 「もう、子は要らぬ」

 子供の数が増える毎に、生まれ持った魔力が弱くなっていくことに気付いたファザは、フローラにそう告げた。

 魔法の使えないハナのこと、子供を生む道具だと思われていたこと、毎夜泣き崩れる母親をエミリーは一番近くで見ていた。

 だが、エミリーは父親に恨みを抱くことはなかった。

 魔法、魔力、力こそがこの世界の全て、弱い者は虐げられて当然。

 それがファザの教育だったからだ。

 

 自分はハナや母親のようにはならない、強くならなければ……そう幼心に言い聞かせた。


 そして、ハナとの関わり合いを止め、母の優しさを嫌い、娯楽を捨て、友人を作ることも諦めた。

 ただ父親の機嫌を取るために、その小柄な体と、風魔法を活かし、諜報員として、狡猾に生きていくことを選んだ。


 弱く無力なハナが居れば、自分はこの化け物じみたエリートだらけの兄妹のなかでも安全に暮らせる。

 だからハナよりも優秀であればいい、ただそれだけでいいハズだった。


 「なんで……こんな魔法、聞いたことないっ」

 目の当たりにしたニチ子の魔法効果。

 そして現れたケーシィの姿。それが意味する他の花への魔法の波及。

 エミリーは焦り、感情が昂っていた。


 「エミリーちゃん、そんな怖い顔しないで、ケーシィちゃんと遊ぼうよ」

 ケーシィは、そんなエミリーを愉しむように耳元で囁いた。

 「許せない、私はハナより優秀なの、劣ってはいけないの。こんなバカげた魔法はあってはならないの」

 「エミリー、どうしたの? 顔が真っ赤だよ? 気分でも悪いの?」

 ハナは興奮気味なエミリーの額に手をあてて言った。

 「触らないでっ」

 エミリーはその手を払いのけ、おぼつかない足でフラフラと歩き出す。

 「ちゃんと歩けていないじゃないか、まるで酔っ払いみたいだよ? 休んだほうが……」

 「大丈夫です。私は強い。あなたの手を借りずとも一人で……とにかく私に付いてきてください」

 心配するハナを背に、エミリーは父親の命令を遂行する。

 「偉いねエミリーちゃん、でも真面目ばっかりじゃ嫌になるでしょう。私と少し遊ぼうよ」

 ケーシィはエミリーの手を取り体を寄せた。


 「邪魔をしないでください。遊んでいる暇なんてありません」

 「そんなこと言わないで。ほら、エミリーちゃんのカラダ、こんなにアツくなってきてるよ。気持ちイイことしよう」

 「気持ち良い……」

 ケーシィの言葉に体が反応する。

 ケーシィが体に触れるたび、得も言われぬ感情が沸き起こる。

 体が疼き、脳が蕩ける、今まで感じたことのない体の変化に眩暈を覚える。


 「これは、まさか……」

 朦朧とするエミリーの脳裏に芥子に含まれる成分の名が浮かんだ。

 「アヘンの中毒症状……」

 軍の諜報員として魔薬についての知識は最低限持っている。

 快楽作用を促すアヘンの成分、そして激痛、悪寒、嘔吐、失神などの副作用が最悪の場合、死を招くことも。

 「なぜ……私は魔薬なんて使っていないのに……」

 エミリーは正気を保とうと頭を振り、前に進む。


 「中毒なんかじゃないよ、これは恋の予感、本当の愛、二人で怠惰な愛を育みましょ」

 ケーシィはそう言うと、エミリーの服に手を忍ばせ、直に腹部に触れ、その柔肌を撫でた。


 「あっ……」

 ケーシィに触れられた瞬間、エミリーの体の中を感じたことのない電撃のような激しい刺激が駆け巡り、今まで出したことのない妖艶な声が漏れた。


 「やっぱりおかしいよ、少し休もう」

 ただならぬ妹の様子に、ハナは足を止めた。

 「だ、大丈夫です。ラボに急ぎましょう」

 「ダメだってばエミリー、言うことを聞いて」

 ハナは少し強い口調でエミリーの肩を掴む。

 「私に命令しないで下さい」

 「心配なんだよ、お願いだから休もう」

 「今さら兄のように振る舞わないでもらえますか」

 「……エミリー」

 ハナはエミリーの肩に乗せた手を引いた。

 

 国の法律とか戸籍とか、そういった難しいことはハナには分からない。

 けれども家族から切り離されたことだけは理解している。

 それはつまりエミリーとも兄妹ではなくなったということ。

 それに自分の魔法でヨナを傷つけてしまった後ろめたい気持ち。

 ハナはそれ以上口を開くことはなかった。


 「こらこら喧嘩しちゃだめでしょ、お兄ちゃんもエミリーちゃんも仲良くしなきゃ」

 ケーシィはそう言うと、今度はハナの体に触れた。

 「……ありがとうケーシィちゃん、僕は大丈夫だよ」

 ハナは俯いてエミリーの後を追う。


 「あ、あれ? お兄ちゃんには効かないのかな」

 エミリーと違う反応をみせたハナにケーシィは首を傾げた。

 「どうしたの?」

 そんなケーシィにハナは不思議に思い足を止めた。

 「お兄ちゃんは、わたしに触られて気持ち良くならないの?」

 「なぜ?」

 「なぜって……理由は分からないけれど、わたしはみんなに気持ち良くなってもらいたいって思ってるから。ほら、見てよあのエミリーちゃんのとても幸せそうな顔」

 「ちょっと待って、エミリーの様子がおかしいのってケーシィちゃんのせいなの? もしかして芥子の花の魔法効果?」

 シーラとニチ子の魔法効果を思い返す。

 「たぶんそうだと思う」

 「そうなんだ。芥子の花の魔法効果ってみんなを幸せにすることなの?」

 「うん、きっとそうだよ。気持ち良くなって幸せになる魔法」

 「なるほど、凄いね」


 ハナの花に関する知識は、花図鑑だけだった。

 花図鑑に芥子の特筆すべき成分“アヘン”についての記述は無い。

 ただ、毒があり、【慰め】【怠惰】【無気力】という負の意味合いの強い花言葉があるということぐらいだった。


 「そうか、芥子の花ってじつは凄いんだね。エミリーは最近寂しそうだったから、幸せな気持ちにしてくれるのなら、僕も協力するよ」

 ハナは嬉しそうに、そう言うと「僕には花の魔法効果は効かないみたいなんだ」と続け、シクラメンの腹痛効果や千日紅の防御力のことを併せてケーシィに告げた。

 「ふ~ん、そうなんだ。でも残念だね。お兄ちゃんは気持ち良くなれないんだ」

 ケーシィは残念そうにハナから離れる。

 「僕はいいんだ。エミリーが幸せな気持ちになるのなら、それでいい。だからケーシィちゃん、エミリーと友達になってあげて」

 「オーケー、任せて」

 ケーシィはそう言うと、再びエミリーの体に寄り添い歩き始めた。



 ああ……。

 なんて心地良いのだろう。

 なんて暖かいのだろう。

 このまま全てを委ねたい。

 もっとこの少女に触れてほしい。

 もっとこの少女のことが知りたい。

 全てを忘れて、この快楽に溺れたい。


 再びケーシィに触れられ、エミリーは恍惚とした表情を浮かべた。

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