第三章 芥子

第14話 想像力

 獄炎剣、ファイヤーテンペストを防御したニチ子の魔法効果は国の魔法技術発展、ひいては軍事力強化に直結する。

 しかし、今のハナには己の魔法をコントロールする能力が備わっていない。

 即座にそう判断したファザはハナの魔力強化を図るため、とある場所に連れて行くようエミリーに指示した。


 「こ、ここは……」

 ニチ子のこと、ヨナのこと、魔法のこと、まだ自分の中で消化しきれないことだらけで訳も分からずエミリーの後を付いてきたハナ。

 その目に飛び込んできたのは、思いも寄らない光景だった。


 「そういえばハナは花がすきなのでしたね」

 エミリーはそう言って、幼い思い出を呼び起こし、

 “幼稚な、いつまでもそんなだから捨てられたというのに”、と言いかけたが止めた。

 「凄いよ、地下にこんなに沢山の花が咲いているなんて」

 ハナはそんなエミリーの顔に目もくれず、悩みを忘れさせてくれるような見渡す限りの花々に興奮を抑えられない。


 「これ全部ポピーだよね? すごいな、こんな沢山のポピーが栽培されている場所があるなんて。あれはアイスランドポピー、あっちはブルーポピー、オリエンタルポピーもある」

 可愛らしく咲く花の姿、白や黄色、オレンジ、鮮やかな赤、花の内側に斑点がある種類は、目にも鮮やかで、ハナを陽気な気持ちにさせた。


 「ここの花々は全て芥子です。主に咲いているのはアツミゲシとハカマオニゲシ、ケシ。ポピーではありません」

 幼い頃の記憶を呼び起こしたせいだろうか、エミリーはハナの間違いを誇らしげに指摘したが、いらぬ知識だと後悔した。


 「ケシかぁ、ケシ?」

 図鑑に記載されていた内容を思い返すハナ。

 同じケシ科とはいえ、正反対にも思える花言葉に眉をひそめる。


 「あれ? でもケシって毒があって栽培禁止だよね?」

 「ええ、その通りです。鎮静剤としても使われますが、副作用が強いので一般では禁止されています。ですが、お父様は、ケシの実に秘められた素晴らしい効用を見つけ出し、国の為に日々研究を重ねています」

 「素晴らしい効用?」

 「そうです、私達は、それを魔薬と呼んでいます」


 この場所は、大賢者ファザの管理下におかれた軍事施設、部外者は立ち入り禁止。

 表向きは、戦力補強の為の訓練施設。しかし、実態はケシを違法栽培し、その実に含まれる毒物のアヘンを使った施術が行われていた。


 アヘンを精製し魔力を込めると、ある劇薬が出来る事を知ったファザは、それを魔薬と呼び、秘密裏に軍人に投与した。

 魔薬には魔力の増強効果があり、投与された者は強制的に覚醒状態となる。

 上手く行けば超人的な魔力が手に入るが、失敗した時の副作用は人体と精神に甚大な影響をもたらし、廃人となる恐れがある。


 エミリーはそれを全て知っていた。

 そして魔薬をハナに投与する可能性も……。

 「ハナ……」

 神妙な面持ちでエミリーが切り出そうとした瞬間だった。


 「呼ばれて飛び出てポポポピーーン。呼んでくれてあんがとね、お兄ちゃんっ」

 癖っ毛まじりの赤い長髪、背丈は130㎝程、赤みがかったクリクリの瞳とそばかす交じりの幼い顔つきの少女が、全裸でそうはしゃぎ立ててハナ達の前に現れた。

 

 「誰ですか、その女の子は?」

 「え? あっ、ごめん、これは……」

 綺麗な花々に囲まれたハナは、気疲れした心の内を誰かに聞いて欲しいと願ってしまった。

 そして、芥子の花に触れていた手をそっと後ろに回した。


 「ぼ、僕の友達のタルポちゃんです」

 「タル……ポ?」

 不可解な名前に唖然とするエミリー。

 オリエン“タルポ”ピーだと思って触れた花。だからハナは躊躇無くそう名付けた。

 「お兄ちゃん、最悪な名前つけないで‼」

 芥子の花だった少女は、広いおでこを突き出しハナに迫る。

 「ご、ごめんね、えっと、じゃあ……」

 「そうね、ケシだから、ケーシー。これから私のことはケーシィちゃんって呼んで」

 不快な名前を付けられぬように、悩むハナの口を押さえたケーシィが言った。


 「わかったから、はやく服を着て下さいっ」

 ケーシィの裸に顔を赤らめ自分の黒い司祭服をかけてあげるエミリー。

 「ケーシィちゃんか、うん良い名前だね。ということでエミリー、この子は僕の友達のケーシィちゃんだ。そしてケーシィちゃん、僕はハナ、こっちは妹のエミリーだよ」

 自分の友達だと紹介したそばから、自分のことも紹介もするハナに不自然さを感じたエミリーだったが、昔からちょっと抜けている頼りない兄だったと、肩をすぼめるに留めた。


 「ということで、じゃないんですよ。どうやって連れ込んだのですか?」

 厳重なセキュリティーで守られた軍事施設に、見知らぬ顔、しかも自分と年齢が近そうな女の子が居る事実に驚きを隠せないエミリー。

 「エミリーちゃんか。可愛いねぇ、ケーシィ達は、ずっとこの場所に居たよ?」

 無邪気な笑顔でエミリーに近づくケーシィ、これからキスでもしそうな距離にまで広いおでこを突きつける。


 「ちょっ、近いです、なんなんですかぁ。それに、ケーシィ達? ずっとここに居た? まさか魔薬の治験者ですか?……いくら計画を急いでいるとは言え、こんな小さな女の子にまで魔薬を投与しているというのですか、お父様……」

 照れを隠すようにケーシィを突き放すエミリーは、頬を赤らめながら独り言を呟く。


 その隙をついて、ハナが小声でケーシィに囁く。

 「ケーシィちゃん、ケーシィちゃんが芥子の花だってことは、エミリーには内緒にしておいてくれない?」

 ニチ子のことで後ろめたさを感じていたハナ。

 「え? やだよ、ケーシィは、新しいお友達に嘘はつきたくないもん

 それに、エミリーちゃん、すっごく可愛いんだもの

 もっとエミリーちゃんの事知りたい、だからケーシィの事ももっと知って欲しいの」

 だが、ケーシィはそう捲し立てた。

 「で、でも、僕の魔法は……」

 コントロールできずに不幸を招いてしまったことが気がかりなハナ。

 「お兄ちゃんっ、三人はもう友達なの‼ 思いやりが無いと友達無くすのよ?」

 「う、うん、ごめん……、そうだよね、友達は大事にしなきゃ」

 今まで友達の居なかったハナに反論の余地は無い。

 

 「聞いてエミリーちゃん、ケーシィはお花で、ここに咲いているケシは全部ケーシィなの。そして、ケーシィは、エミリーちゃんが好き、一目惚れなの」

 ケーシィは振り返り、エミリーの手を取ってそう言った。

 「ひ、一目惚れ?」

 急な展開に言葉を失うハナ。

 「なにを言っているの? それに咲いている花が全部自分って……まさか、ハナ兄さん」

 エミリーは、何かに気づきハナの顔を見た。


 今現在エミリーがハナの魔法について知っているのは、千日紅の花を女剣士に変えることだけだった。

 むろんその他の花にまでハナの魔法が波及する可能性は考慮したが、世界に20万種とも言われる花、まさかその全てに使用できるなど誰が想像できようか。


 「えへへ」

 ハナはエミリーの驚く顔に、頭に手をやりぽりぽりと掻いた。

 「そんな……あり得ない……」

 エミリーは絶句した。


_______________________


 花図鑑No.003

 ポピー

 学名【Papaver】

 分類【ケシ科、ケシ属】

 花言葉【なぐさめ】【いたわり】【思いやり】【恋の予感】【陽気で優しい】【想像力】


 花図鑑No.004

 芥子(ケシ) 

 学名【Papaver somniferum】

 分類【ケシ科、ケシ属】

 花言葉【慰め】【怠惰】【無気力】

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