第一章 シクラメン
第1話 はにかむ
サラサラで茶色の短髪、優しい瞳は髪と同じ茶色を帯び、エルフ族の特徴である耳は、耳介が長く張り出し先端が尖っている。背丈は150㎝、大きめの白いワイシャツを一番上のボタンまでしっかりと止め、紺色でサスペンダー付きの少し大きめな短パンに押し込み、片掛のカバンを背負った少年”ハナ”。
彼は悩んでいた。
「魔法が使えるようになった事を家族や院の人達に打ち明けるべきなのかな……」
サクロフランの花を魔法で人に変えた事実はハナに自信を与え、行くべき道を模索させる。
「ダメだ。そんな事をしたら、きっとお父さんの軍に入れられてしまう」
この世界において魔法は絶対的権力だった。
強力な魔法が扱える者は、他国からの侵攻や、魔族、獣人などの脅威から自国を守る為に軍隊に仕えて当然。
ハナの父親である大賢者ファザもまた大国の軍隊の大将を務め、ハナを除く兄妹達も全員が軍に所属している。
「嫌だ。僕はお花屋さんになるんだ……でも、魔法が使えるって知ったら、みんなきっと喜んでくれるよね……」
これからの人生を左右しかねない選択に、ハナは爪を噛む。
「いや、でもなぁ、うーん、どうしよう……。そうだ、一人じゃ決められないから、魔法の効果を確認するついでに僕の話を聞いてもらおう」
そう思い立ったハナは孤児院の庭で栽培されているガーデンシクラメンを一輪摘み取り、部屋に持ち込んだ。
アッガーダンデの花々は魅力的で、鑑賞、儀礼、装飾、庭園、観光、芸術、信仰、香料、料理と様々に利用されており、ハナの目指す花屋を生業とする者も多い。
「摘み取ってしまってごめんね、お花さん。僕の話を聞いて欲しいんだ。お願い、出てきて」
ハナは、あの時の様に、シクラメンを強く握りしめて願った。
流石は魔法に秀でたエルフ族といったところか、自身の危機にのみ発動などという制約も無く、シクラメンは徐々にその姿を変えていく。
青い短髪、背はハナと同じくらい、遠慮がちな胸の膨らみ、サクロフランの時と同じように服は着ていない。
幼い少女の姿を形どったシクラメンは、大きな紫の瞳をゆっくりと開いた。
彼女は自分の手足を動かしながら見回し、裸であることを認知すると、顔を真っ赤に染めた。
「キャーーーーッ」
そして、シクラメンだった少女は悲鳴を上げ、自分の裸をじっと見つめるハナに強烈なビンタを浴びせた。
「エッチ、ヘンタイ、最低だー」
シクラメンは目に涙を浮かべた顔を両手で隠し、その場に蹲ってしまった。
「ご、ごめん……」
ハナは、叩かれた頬を手で撫でながら、自分を襲った獣人を思い出し悪寒を覚える。
この平手打ちがサクロフランから放たれたものだったら、今回は自分が血肉を撒き散らす方だったかもしれないと……。
シクラメンが小さく可愛らしい花で良かったと安堵した後、体を丸くしている少女にシャツを掛けてあげた。
「ぐすっ、私をこんな恰好にしてどうするつもりよ」
シクラメンは涙ながらに訴え、シャツを羽織る。
「あの……シクラメンって呼び難いから、略してシラメって呼んでもいいかな?」
花々だけが友達だったハナは、あまり人付き合いが得意ではない。遠目で見ていた同世代のあだ名の付けあいを真似したのはいいが、そのセンスは絶望的。
「それじゃあ魚じゃない……」
伏し目がちのままシクラメンは答えた。
「ご、ごめん、じゃあなんて呼べばいいかな」
「そうね、シーラなんか可愛くて良いわ」
「そうか、シーラ、うん良いねシーラ。良い名前だ。僕はハナ、これからよろしくね」
「ハナは、どうして私を呼んだの?」
「えっと、あの、僕と友達になってくれませんか?」
ハナは、はにかみながら右手を差し出した。
「え? そんなことでいいの? 私はてっきり、もっと、こうエッチなこととか要求されるのかと思ってたわ」
「エッ……」
ハナは顔を真っ赤にする。
それを見たシーラは顔を上げて笑った。
「冗談よ、それに、私はハナとずっと前から友達のつもりよ」
「え? どういうこと?」
「いつも一生懸命お世話してくれて、お話してくれているじゃない。ありがとね」
孤児院の花々の手入れはハナが率先して行っていた。
花々に知性が無いと決め付けるのは、知性有る者のエゴであることをハナはその日、知った。
「そ、そうか、なんだか恥ずかしいな」
ハナは頭をポリポリと掻いて、差し出した手を引っ込める。
いつも一人だったハナは、花々を相手にあけすけなく話しかけていた。
「初めはビックリしたけど、ハナと話せて嬉しいんだ。これから、よろしく……ね……」
引っ込めたハナの手を握ると同時に、シーラは倒れ込んでしまう。
「シーラっ、どうしたの? シーラ、しっかりして、シーラっ」
息も絶え絶えになったシーラを抱え、ハナは叫ぶことしかできなかった。
花の種類や保存環境にも左右されるが、切り取った花は1時間もしないうちに萎びてしまう場合がある。
シーラを”花”と定義する思考は、今のハナには無い。
ただ、初めて出来た友達が枯れ果て、消えてしまった事実だけが押し寄せ泣いてしまった。
「どうしよう、シーラが消えてしまった。
どうしてだろう僕の魔法のせい? 魔力が足りない?
……もう一度試して確かめよう」
ハナは孤児院の花壇へ走り出す。
慌てるハナは、シクラメンを摘み取ると、その場で願ってしまう。
「お願いシーラ、出てきて」
魔法は難なく成功し、シクラメンは少女の姿に変化する。
もちろん服は着ていない。
パチィーーン。と良い音を響かせたシーラの平手打ちがハナの顔にクリーンヒットした後。
「もー、ハナのバカぁー、外で呼び出さなでよー、うわぁーん」
シーラは、そう言うと、再び目に涙を浮かべ顔を両手で隠し、その場に蹲ってしまった。
「ご、ごめん……すぐにシャツを持ってくるから、待ってて」
自室に駆け出すハナの表情は緩んでいた。
「良かった、あの声、あの裸、間違いなくシーラだ、裸……」
ハナは「顔や体が火照るのは、叩かれた後全力で走っているからだ」と自分に言い聞かせながらシーラの元へ戻った。
しかし、シーラが居た場所には萎びた一輪のシクラメンが落ちているだけだった。
「シーラっ、どうして……また……」
だが、ハナに絶望は無かった。
己の魔力の枯渇は感じないし、2度目の魔法でもシーラと思われる少女が擬人化された。次に取る行動に迷いは無い。
「シーラ、何度も摘み取ってゴメンね、今度はシャツを被せながら呼び出すから、お願い、出てきて」
3度目の魔法も容易く成功させるハナ。
魔力というものは、自身の成長と共に量や質が増えていく。
例外もあるが、成人していない子供は1日に2度、小さなファイヤーボールを放てれば天才と呼ばれる。
ハナは12歳にして1日に3度の魔法、しかも、物質を変化させるといった高度な魔法を成功させる。
これは、魔法といえば火、水、風の属性効果が基本とされるこの世界において異質で驚異的、大賢者でさえ成しえない超魔法であるが、今まで魔法の何たるかを理解していないハナに、その自覚はない。
「ぷ~ん」
シーラは、怒っていた。
「ごめんよシーラ、怒るのも無理ないよね、でももうシーラを失いたくないんだ。
教えて欲しい、なぜすぐに居なくなってしまうの? 僕の魔力が足りないから?」
必至に詰め寄るハナ、初めて出来そうな友達を前に気後れは無い。
「まず1つ、花を摘むのはダメよ
摘まれる事に痛みはないし、大切な人への贈り物として花束にされるのも嬉しい
だけど、摘まれた花の寿命は、すごく短いの」
いつもハナの真っ直ぐな瞳で愛でられていたシーラに拒否する理由は無い。
「2つ目は、ハナの魔力量だと思う。
不確かだけど、ハナから貰った魔力で、この体を保っていられる感じがするの
ハナの魔力が多くて強いほど、この体でいられる時間が長いんじゃないかな?」
シーラにとっても初めての経験、憶測を多く含んではいるが間違いではない。
ハナの魔法は、自身の魔力を花に与え人へと変化させる能力。
ハナの魔力は花々にとって、言わば”水”。
美しく咲くこと以外に意思を伝える方法を持ち得ぬ花々にとってハナという存在は、まさに”奇跡”。
だが、少し内気で遠慮がちなハナにその自覚はない。
「そっか、分かった、僕、頑張って強くなるよ」
「うん、がんばってね」
「……ちょっと待って、じゃあ今回も直ぐに居なくなっちゃうの?」
「だと、思う、だって……もう……」
シーラの体は少しづつ色を失っていく。
「大丈夫だよシーラ、次は花を摘まずに、もっと強い魔力で呼ぶから、待ってて」
「……うん、待ってる」
二人は固い握手で別れた。
その後、ハナは4度目の魔法でシーラを呼び出した直後に気を失った。
魔力の枯渇だった。
シーラは気を失ったハナを膝に寝かせ、優しく頭を撫でる。
「ありがとうハナ……私”達”は、きっとあなたを……」
人の形を得たシーラは、様々な想いを巡らせて言葉を詰まらせた。
この魔法が何を意味し、どんな未来をもたらすのか……。
今は誰にも分らない。
___________
花図鑑No.001
シクラメン
学名【Cyclamen persicum】
分類【サクラソウ科、シクラメン属】
花言葉【遠慮】【気後れ】【内気】【はにかみ】
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