第2話
「こらこら、今の発言はコンプライアンスに抵触するぞ。女の子たちは、お前みたいなやつから身を守るために【山田太郎】になったんだ。ほら、ほれぼれするようなマッチョボディーだろ。【山田太郎】になれたことで、今までにない充足感を感じるようになるんだぜ? 疲れない体だし、重たい物もすいすい運べるし、みんなが【山田太郎】になれたことで、パワハラもモラハラも痴漢の被害も冤罪もなくなったし、毎日が安心安全~。素晴らしいじゃないか」
【山田太郎】が発売されるまで、彼女たちは普通に働いていた。
笑ったり、怒ったり、騒いだり、いたって普通で、彼女たちには大した傷も悩みもないと思っていた。
そんな彼女たちは今【山田太郎】で武装をして、【山田太郎】の馬力によってめきめきと仕事の成果をあげている。
【山田太郎】に溢れた現実に、裏切られた気分になる。
「けどおかしいじゃないか。なんかこう、ありのままじゃないっていうか、個性がなくなっちまったような」
「ありのままや個性で自分の身が守れるかよ。あとうちの会社、本格的に【山田太郎】のビジネスモデルを来月あたりに導入するらしいから、いまのうちになれた方がいいぜ」
「ゲッ! マジかよ」
朝から嫌な話を聞いた。
こうして、うちの会社も【山田太郎】に呑まれていくのか。そう考えると、叫び声をあげて、その場から逃げ出したくなる。
どうして、こうなってしまったのだろう。
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最新鋭のナノテクノロジー技術によって誕生した。
防犯グッズ――【山田太郎】
付属のブレスレットを手首に巻いて、スイッチを押した瞬間、ブレスレットをつけた人間は、謎の肉塊に包まれて【山田太郎】に変身する。
【山田太郎】はとにかく便利だ。着る服も標準装備として搭載されているから、変身した瞬間に全裸にならないし、服装に気を遣う必要もない。
しかも、防犯グッズであるから【山田太郎】に襲い掛かろうものなら、確実に返り討ちに遭う。複数人で襲われようが、拉致されようが、銃弾を跳ね返し耐火・防水性能を持つ【山田太郎】の無敵の肉体には通用しない。最新バージョンでは、
悪用対策としても【山田太郎】の姿で、カッとなって殴り掛かろうものなら、すぐに変身が解ける上に、ブレスレットの通信機能によって即刻通報されて、現行犯逮捕される仕組みになっており、【山田太郎】の姿でよからぬことを企もうものなら、判定AIが発動して【山田太郎】の変身は強制解除――発売した会社に届け出を出さなければならず、受理されても一ヶ月は【山田太郎】に変身できない。もちろん新しい【山田太郎】を購入することも出来ない。
脅威が低い問題に関しても、ブレスレットに搭載されている録音機能とGPS、個人レコーダーという機能によって、身の危険を感じたら、しかるべき機関に通知がいくシステムとなっている。
【山田太郎】は、多彩な機能と判定AIによって、万能の矛と盾を備えた
鈴木の会社が導入しようとしているビジネスモデルは、その機能をさらにシビアにしたシステムだ。労基違反も、パワハラもモラハラも、交通費の誤魔化しも不正は決して許さない。
こんなのは防犯グッズの範疇ではない。と、鈴木は吐き捨てる。
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