山田太郎で溢れた世界

たってぃ/増森海晶

第1話

 ナノテクノロジーの発達によって、コロナが収束した未来。


 日本は【山田太郎やまだたろう】で溢れていた。


 家から一歩でも出たら【山田太郎】。

 通勤ラッシュに溢れる【山田太郎】。

 学校でも【山田太郎】。

 職場でも【山田太郎】。

 老いも若きも【山田太郎】。

 国会議事堂も【山田太郎】。


 【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。【山田太郎】。


 とにかく、【山田太郎】。


 長身のマッチョボディに、ヤクザもビビる厳つい顔立ちと底冷えする低音ボイス。角刈りの頭と、鋭い目つきに、凛とした威風堂々の立ち振る舞いはまさに日本男児。


 そんな人間が、判を押したように日本社会に溢れかえっている。


 そんな社会に、うんざりとした男――鈴木は、中背中肉の体格に凡庸な顔立ちながら、【山田太郎】で溢れた街中でひどく目立っていた。


 鈴木をみて咎める目を向ける【山田太郎】たち。

 鈴木にとってはいつものことであり、無言の抗議をおくる【山田太郎】たちに、内心舌を出して会社へと出社する。


 務める部署にも【山田太郎】。同僚も部長も課長も次長も【山田太郎】。

 みんな【山田太郎】の顔になり、【山田太郎】に標準装備されているスーツを着て、【山田太郎】のマチョボディで仕事をしている。


「おはよー。鈴木くん、粘ってるねー」


 席について即行、同僚が話しかけてきた。【山田太郎】ではあるが、胸についているネームプレートには【久山 雅也ひさやま まさや】と書かれている。


「だって、たかが防犯グッズだろう。今のところ必要性を感じないし、それに女の子もみんな【山田太郎】になって、話しかけずらい雰囲気だし」


 みんながみんな【山田太郎】になるから、弱者を狙う犯罪は格段に減った。

 そのかわり、元の姿を拝めることはなくなった。

【山田太郎】じゃない人間を見ることができるのは、もはやテレビだけだ。


 ぼやく鈴木に、久山は【山田太郎】の大きな上体を鈴木の机に乗せて、マッチョボディ―の身を乗り出す。

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