さくらん、ちるらん

たってぃ/増森海晶

第1話

 桜咲く。

 どんなに時間が経過しようとも、どんなに社会が変わろうとも、どんなに人が死のうとも。


「××神社の裏手の桜がきれいだったから、気分転換に見てきなさいよ」


 母に言われて、わたしは××神社に行くことになった。

 神社に寄るから、近くのコンビニでミネラルウォーターを買って五円玉をねん出し、対応してくれたコンビニの店員さんが、わざわざ小銭を計算して五円玉を入手したわたしを、仲間たちと一緒に影で笑っているのではないかと、そんな酷い妄想に襲われながら、おぼろげな記憶を頼りに神社に向かう。


 ぽかぽかとした小川が流れる春の小道を歩きながら、心の中の冷え冷えとした感情にわたしは震えた。

 本音は家に帰って処方された薬を飲み、ずっと布団にくるまっていたいのだが、どうやらわたしの存在は家族の重荷になっていたようだ。


 気分転換に桜を見に行けという――母のうんざりとした声のニュアンスを聞き取って、わたしは地元に帰るべきじゃなかったんだと後悔する。

 コロナ禍で会社がつぶれた。恋人に浮気された。仕事を探しながらアルバイトを掛け持ちしていた帰り道で倒れてしまった。


 そう、よくある話だ。


 生まれて初めて入院して、医者が就労の許可を出さないと働けないことを初めて知った。

 働けないのに、税金はガッツリとられて家賃を払わないといけない。貯金もそこそこあるから生活保護も頼れない。

 そこでわたしは、医者が就労しても良いと許可が下りるまで、両親に頭を下げて十年ぶりに地元で療養することになったのだ。

 当分の生活費の足しに貯金の半分も渡した。……もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。


 ずっと暗い顔で寝て起きて、病院と家の往復で家事すらしない。

 文句を言いたくても、金を受け取ってしまったから、病身の娘に対して注意するのは気が咎めるのだろう。


 わたしはお荷物。わたしはいらない存在。わたしは……。


 どんどん思考が暗い方向に浸食していく。

 目の前に広がるうららかな景色が、余計に心に重くのしかかってきて、目的の神社に着いた頃には、かなり神経がすり減ってしまった。お腹が痛くてたまらないから、休む場所がないか神社のまわりをうろうろすると、裏手に小さな休憩スペースがあった。


 ブルーシートが敷かれて、その上に時代劇でよく見かける赤い布のかかったイスが置かれており、近くにはゴミ箱が設置されている。

 おそらく、桜を見に来た参拝客のために設置されたのだろう。誰もいないことをいいことに、わたしはポケットから薬を取り出して、ミネラルウォーターで薬を流し込むと気持ちがだいぶ楽になった。


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