悪がいる

物書きの隠れ家

悪がいる


 雨降る夜、彼女は殺された。雨と血が混ざった光景を目にしたとき、私は現実を疑った。彼女を抱きかかえては悲しみの声を空に放たずにはいられなかった。


 好きだった。私の片思いに過ぎないものではあったが、心を痛みつけるには十分すぎる感情だった。


 なぜ殺人をするのだろう。それをして何が満たされたというのだろう。


 私が初めて時間旅行をしたのは、この時だった。彼女を救うためという大義を背負って、私は過去にとんだ。そして私は元凶となった男を殺した。なんの罪悪感もなく、なんのためらいもなく、私は引き金を引いた。


 これから人を殺す男だ。殺されて当然、殺すことこそ正義だ。


 現在に戻り、私は元気に歩く彼女の姿を見て安堵した。取り戻した平穏に達成感を覚えつつ、それでも私は彼女が元気であればそれでいいと話しかけることはしなかった。



―――



 この能力があれば多くの人を救うことが出来る。私は気が付いた。殺された被害者が法廷でその晴れない無念を永遠に負ったまま嘆く姿を想像しては、私はそんな人を救うことが使命なのだと心に誓った。


 私はさっそく新聞を開いては悪党を探した。そして片っ端から殺していくことに決めた。


 時間旅行をした。何度も、何度も。


「 何もしていない! 」


 その叫びが私の耳についた。だが関係ない。こいつらは後から人を殺す化け物になるのだと睨みつけ、構わず引き金を引いた。


 かつての悪党は子供だった。公園で友人と遊ぶその無邪気さから想像できないが、あと数年もすれば人を殺す殺人鬼になるのだ。私はその未来の悪党が一人になったタイミングを狙い、そして殺した。



―――



 今ある殺人者を全員殺せば悲しむ人はいなくなる、そのはずだった。私は現在に戻り、新しくなった新聞を見ては怒りを抑えきれずに破り捨てた。


 悪党がいなくなれば、別の悪が生まれる。殺人鬼を殺せば、別の殺人鬼が生まれる。被害者を助けても、また別の被害者が生まれる。それだけだった。


 負のループが訪れたとき、ひどい絶望を感じた。しかしそれでも私は続けることにした。どこかで終わりが来ると、まっさらな平穏が訪れると信じていたからだった。


 店で新しい新聞を買い、また時間旅行に出かけた。


 悪を潰し、人を救う。

 悪を消し、人を助ける。

 悪を殺し、私を肯定する。


 現実に戻り被害者が生きていることを確認するたびにやりがいを感じた。例えその行為が誰に気づかれないものだとしても、誰に感謝をもらえるものでなくても、その意義は私の目の先に生きて歩いている。それだけで十分だった。



 時間旅行をする人をころす


 また時間旅行をする人をころす


 さらに時間旅行をする人をころす



 もう止まれない。何度も過去に戻り引き金を引いた。私にしかできない、私がしなくてはいけない。



 でも突然終わりは来た。



「 この人殺しっ!死ねっ!死ねえええっ!! 」


 私は私に銃口を突き付けて必死に叫ぶ片思いの彼女の顔を見た。初めて見る形相で私を睨みつけている。


 どうしてこうなった。私は正しい行いをしてきたはずだ。誰に言われたわけでもない大役を自ら進んで手を汚してきてやったではないか。


 私は彼女の瞳の奥を見た。そこには酷い見た目の自分が映っていた。それを見たとき私は自分の愚かさに気が付いた。


 私は過去に戻って悪党なんかと退治することよりも、真っ先に彼女に告白をすべきだったのだ。やり直すチャンスを手に余らしながらただの一歩も踏み出すことはしなかった。世界の平和だとかなんとか、今更に思えば私にとってはどうでもよかった。


 走馬灯のようにかつての自分を思い出していた。私は結局声をかけられないだけでなく、彼女の顔をこんなにもひどいものにさせてしまったのだと後悔が募った。


 ダァアンっ!


 雨降る夜、私は彼女に殺された。

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