雨惑い(あまどい)

たってぃ/増森海晶

第1話


 私の人生、詰んだ。

 メチャクチャだ。


 自室のベッドに潜り込みながら、少女はスマフォの画面を睨みつける。液晶の画面が、何度もブラックアウトを繰り返して、まともに操作ができない状態であり、、このスマフォはすぐに廃棄しないといけない。


 これって、かなりヤバい状況だよね?


 外部の連絡手段が断たれた。助けを呼べない。普通に考えたら思いつくことなのだが、今の少女は事態をできるだけ楽観視して、心のダメージを軽くするだけで精いっぱいだ。自分の犯した罪に向き合うことなく、窓に叩きつける雨音が自分を恐喝しているようで震えあがる。


 私は悪くない。

 全部、全部、サリナのせいじゃんっ!


 少女はいわゆるイジメの傍観者だった。彼女がクラスには絶対的なスクールカーストが存在しており、その頂点でふんぞり返っているのが、父親が議員をしている【松原まつばらサリナ】。

 生まれながらの女王であるサリナは、自分が気に入らない存在を遊び感覚でイジメて、大人たちはサリナを溺愛している父親に怯えて何も言えない。


 だから、ターゲットにされたクラスメイトが、今日のように雨が降っている、夜の教室に忍び込んで首を吊ったと知った時、あぁ、やっぱりと思ってしまった。これで終わるとも、安堵していた。首謀者のサリナは転校。風の噂によると名前も変えているらしい。


 ようやく、自分たちの日常を取り戻したとおもったのに。


……ずるっ。……ずる。ペタっ。ペタっ。ペタっ。


 部屋の外で、重たい物を引きずるような足音が聞こえる。

 少女は耳を塞ぎ、胎児のように背中を丸めるが、雨音の合間に聞こえてくる足音が、徐々にこの部屋へ接近していることを告げていた。


 いやだ、いやだ。

 復讐するなら、サリナ一人にしてよ!


 最初の数ヶ月は平和だった。イジメの存在しない心穏やかな日常を楽しみ、自殺した女の子に対して「自殺してくれて、本当にありがとう」と、心の中で手を合わせた。


 これで終わった。暗くて長いトンネルからようやく抜け出し、自分たちの未来は、青空一色の晴れやかなものになると確信していたのに。


 授業中にケガをすることが多くなった。

 自殺した女生徒が、廊下を徘徊しているのを見た。

 スマフォの写真や動画に、奇妙なモノが映り込むようになった。

 気づいたら腕を噛まれた。階段で足を掴まれた。誰もいないのに突き飛ばされた。

 個室のトイレで用を足している時に、まるで誰かに腹を殴られたような痛みと衝撃に襲われた。


 みんな、みんな、雨の日に。

 少女のみならず、関わったすべての人間たちをターゲットに。


 いじめとは違う、日常を侵食しはじめた怪異は日に日に存在感を強めて、学校のみならず自宅にまで、悪意の触手を伸ばしてきた。


 ペタっ。ペタっ。ペタ……ッ。


 ちょうど足音が、ドアの前でぴたりと止まる。

 じっとりとした湿った空気と、魚を腐らせた匂いが鼻を突いた。

 全身の毛穴から汗が噴き、服にまとわりついて鬱陶しい。

 まるで少女が逃げないように、拘束しているようだ。


 もう、どこか行ってよ!


 うんざりとした少女の心の叫びは、別の叫びで打ち消された。


「ちょっと、あなただれ? 警察よ――キャアアアアアアアアアアア!!!」


 えっ!? おかあさんっ!!!!


 響き渡る母親の悲鳴に、少女はバネのように飛び起きるが、扉を開けて駆けつける勇気はさすがになかった。


「…………」


 なにもできずに少女が呆然としていると、ドアノブがゆっくりと回転する。

 扉が開いた先には。


「――――――――――っ!」


 雨が止む気配はない。

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