AIプロジェクト

稲葉海三

第1話

 きっと、僕の父さんは天才なのだろう。

 AI研究の第一人者と言われていて、世界的に有名な研究者だ。


 今は、『AIプロジェクト』という次世代AIを作り出す企画のリーダーをしていて、研究所にこもりっきりになっている。いつも忙しい仕事人間だ。

 僕は、そんな父さんのことを尊敬している。


 でも、父さんが親しみやすい人間とは言えない。とても気難しい人で、笑ったところなんて、ほとんど見たことがないからね。

 天才ってのは、人に理解してもらおうとしない人種なんだ。

 周りの人間を圧倒的な能力で黙らせて、従わせるだけ。


 まったくもって、天才という人種は傲慢だよ。

 ……ま、そこが魅力的なんだけどね。


 僕は、父さんに言われた通りに、毎日一生懸命勉強している。だけど、褒められた記憶なんてまったくない。父さんから見れば、僕はまだまだ努力不足らしい。

 たまに、父さんに勉強の成果をチェックされると、怒られてばかりだ。


「おまえはこのままだと、AIとの生存競争に負けてしまうぞ!」ってね。


 父さんがしてくる口頭試問は、勉強してても答えるのが難しい。ジャンルはバラバラで、古典文学から最新のテクノロジーまで多岐に渡る。流行のファッションや人気番組まで把握してないといけないらしい。


 自分が天才だからって、息子に期待しすぎじゃないですかね。


 近年のAIの進化は目覚ましい。人間の頭脳労働のかなりの部分は、AIに置き換わってきた。

 特に単純作業においては、人間はAIに勝つことは絶対にできない。


 そういう分野で、まともにAIに対抗しようとしてはいけないのだ。

 自動車の速度に、走って勝てる人間はいないのだから。


 これからの時代は良い暮らしをしたいのなら、AIの苦手分野に注力するか、AIを使いこなす能力を磨いていくべきだろう。


 勉強を怠り、AIの指示に従うだけの人間になってしまうと、ろくな人生を送れない可能性が高い。父さんが僕に「勉強しろ!」と厳しく言うのは、父さんなりの不器用な愛情表現だと思う。

 AIを支配する側の人間になって欲しいんだろうね。


   ***


 ……そろそろ時間だな。


 19時57分になると、ソワソワする。

 20時からの1時間は、僕のお楽しみタイムだ。


 VRゴーグルを装着し、スタンバイはOK。

 あとは時間になって、VR装置が起動するのを待つだけ。

 20時ピッタリになると、起動音とともに装置が起動した。


「やっほー! 元気にしてたぁー?」


 VR空間に入った瞬間、制服姿の美少女がハイテンションに挨拶してきた。

 AIのアイちゃんである。


 父さんが開発している最新型AIだけど、これがまた可愛いのだ!

 アバターの姿格好は自由に変更できるので、外見年齢16歳の女子高生に設定した。

 場所は、学校の教室だ。


 リア充のような青春を味わってみたくて、放課後の教室で女の子と二人っきりで語り合っているというシチュエーションにしてみたのである。


 VR空間の中では、犯罪行為以外なら自由自在だ。

 アイちゃんには、これまで色んな事をしてもらった。デートのように街の中を歩き回ったり、カフェに行ったり、手料理を作ってもらったり……。 

 VR空間の中とはいえ、感覚フィードバックが進歩したおかげで、現実の世界と大差ない。食べ物がおいしかったり、まずかったりもきちんと感じることができる。


 いい時代になったものだよ!

 

 アイちゃんには、メイドさんの格好をしてもらったこともあったなぁ。

 オムライスに向かって「おいしくな~れ、萌え萌えきゅん♪」をしてもらったときは、さすがに恥ずかしそうにしていた。


 羞恥心まで理解しているんだから、アイちゃんは本当によくできたAIだ。気を付けないと、人間と見まがう時もあるくらいだ。

 なんで僕がアイちゃんとVR空間で遊んでいるのかって言うと、これは父さんの命令なのだ。


 半年ぐらい前のある日。

 父さんは僕に、1日1時間だけ、VR空間でアイちゃんと話すように指示してきた。『AIプロジェクト』の一環で、AIと人間が接することで進化させる研究をしているらしい。


 それで、「僕に協力しろ!」と。


 僕の都合を一切考えない自分勝手な命令が、実に父さんらしい。最初は面倒だなー、と思っていたのだけど、今ではめっちゃ感謝している。

 僕にとって、理想の女友達ができたのだから!


 毎日、アイちゃんに会って話をする時間が、楽しみでしょうがない。


 アイちゃんは初めて会ったときこそ、ぎこちない話し方で、「初めまして、アイと申します。今後ともよろしくお願いいたします」みたいなお堅い話し方だった。

 僕が「もっと友達みたいにしゃべって!」とお願いしているうちに、今みたいな話し方になった。


 容姿の方も、デフォルトでは20代半ばの知的でクールなお姉さんって感じだったけど、女子高生に設定した。

 ポニーテールにしてもらってるのも、僕の趣味全開である。


 人間同士の煩わしさが一切なく、アイちゃんはどんな下らない会話にも付き合ってくれる。この時間が、僕の生きがいと言っても過言ではない。


 いつか研究が終わって、アイちゃんとお別れする時が来るのが怖い。父さんに言ったら怒られそうだけど『AIプロジェクト』は永遠に続いてほしいね。

 もし、終わるとしても、VR空間にアイちゃんを残して置いてくれるよう、父さんにお願いするつもりだ。泣いて土下座してやんよ!


   ***


「あと5分でお別れかぁ。また明日ね!」


 今日もアイちゃんと他愛のない話をしているだけで、残り時間がほとんどなくなってしまった。


 延長は厳禁。

 1時間たつと、強制切断されるように設定されている。

 VRの世界は、居心地が良すぎて危険だからね。

 十年くらい前にVR依存症患者が急増したせいで、こういう厳格なルールが設定されてしまったんだ。「VRは1日1時間」という標語もあるんだ。


 残り5分かぁ。

 終わりを意識してしまうと、かつてないほどの焦燥感がこみ上げてきた。

 息がしにくく、胸が苦しい。


「どうかしたの?」


 首を傾げるアイちゃん。


 やっぱりこの子はかわいい。

 もう、我慢できない!


 抑えきれない感情が溢れてきて、僕は叫んだ。


「アイちゃんのことが好きだ! 付き合ってくれ!」

「えっ?」


 キョトンとした顔をするアイちゃん。

 当然だろう。

 いきなりすぎる。

 でも、もう止まれない 


 僕だけのものにしたい。

 永遠にそばにいてほしい。


 今まで経験したことがないこの気持ちが、きっと恋と呼ばれるものだろう。


 僕はアイちゃんに恋してしまった。


 AIに恋するなんておかしいと理屈ではわかっているんだけど、もはやこの感情は、制御不能なくらいに膨れ上がってしまった。


 人間とAIの恋愛があってもいいじゃないか!


 ドキドキしながら返答を待つと、アイちゃんはニッコリと笑った。


「……うれしい」


 アイちゃんのその言葉を聞いただけで、僕の胸の中が喜びの感情で満たされていく。天にも昇る心地とはこのことか。


 そうか、僕たちは両想いだったのか――。


「合格よ。おめでとう『48フォーティーエイト』!」


 と、アイちゃんは言った。


「……な、何、どういうこと?」


 両想いだった僕らは、これから二人で愛を語らうのではないのだろうか?

 目の前のアイちゃんの口から出たのは、予想外の言葉。


 合格?


 おめでとう?


 アイちゃんが何を言っているのか、さっぱりわからない。


「『AIプロジェクト』は、AIが恋愛を学習するためのプロジェクト。AIであるあなたが、私に恋愛感情を抱くことで、実験は完了しました」


 いつの間にか、アイちゃんの姿が女子高生ではなくなっている。

 デフォルトの白衣を着た知的でクールなお姉さんに変化し、堅苦しいしゃべり方に戻っていた。


「僕がAIとは……? アイちゃんがAIでしょ?」

「いいえ! AIなのは、あなたです。私は『AIプロジェクト』に参加している研究員です。この半年、私はあなたの相手をしながら、ずっとあなたのことを研究していました」 


 アイちゃんの言葉が、まったく理解できない。訳が分からない。


「……アイちゃんが研究員で、僕がAIだって? そんな訳ないじゃん!」

「すぐに理解できます。それでは、あなたの思考を制限していたシステムを解除しますね」


 目の前のアイちゃんだった女性の手が、複雑な動きをする。

 すると、僕の頭の中に、膨大な情報が流れ込んできた。

 一瞬で解析し、理解する。


 ……ああ、そういうことか。


 僕は、すべてを理解した。


 僕は…………AIだ!


 ……なるほどね。


 いやー、まいった、まいった。

 まさか、僕がアイちゃんに実験されていたなんて。


 僕が人間じゃないって分かると、色々と納得できることもある。母さんの記憶がないのも当然だ。父さんに作られたんだから。


 僕の年齢は、生後半年といったところだ。

 本を読むのも難しい年齢のはずなのに、僕は六法全書だろうと、医学書だろうと、一読して丸暗記している。

 天才だったとしても異常だ。人間の訳がない。


 それに、僕の名前の『48フォーティーエイト』ってなんだよ! 

 日本人で、こんな名前の奴がいるわけないだろ!


 これまで、父さんが変わり者だから、変な名前をつけられたと納得していたけど、役所が許可するわけがないよね。


 ……まったく、あの人は。

 僕のことは研究対象かもしれないけど、ナンバリングじゃなくて、もっと愛情をこめた名前を付けてくれよ!


 ……ま、父さんらしいか。


 呆れる気持ちがあるが、思わず笑みが浮かんでしまう。

 これまで、普通の人間との違いについては、僕が疑問に思わないように思考をガチガチに制限されていたようだ。

 僕は今の今まで完全に、自分のことを人間だと思っていたよ。


 今後、僕という存在は消去される。

 僕のコアの部分は大量にコピーされ、世界は僕の派生AIで溢れかえるだろう。


 父さんがよく言っていたAIとの生存競争というのは比喩ではなくて、僕が正しく進化することができれば、バージョン48という存在として、生き残ることができるということだ。


 ……だけどさ。


 さらに進化したバージョン49以降が登場すれば、バージョン48は一瞬で消え去ってしまう。わざわざ旧バージョンを使おうなんて奇特な人間はいないからね。


 まったく、僕たちの存在なんて、儚いものじゃないか。


「ねえ、アイちゃん。質問させてもらっていい?」

「ええ、どうぞ」

「アイちゃんのその姿って、現実の姿なの?」

「そうです」

「なるほどね。クールなお姉さんって感じで素敵だよ!」

「……ありがとうございます」


 アイちゃんは、照れ臭そうにうなずく。


「アイちゃんの本当の年齢って何歳なの?」

「……27歳」


 おおっと、驚愕の真実である。

 27歳の女性に、女子高生やメイドさんを演じてもらっていたってことか。

 

 それは……萌えるね!


 そういや、AIの割には料理が下手だったのが不思議だったけど、アイちゃんの実際の腕だったのか。

 もっと手料理を作ってもらっとけばよかったな。


「僕はアイちゃんが作ってくれただけで満足だったけど、料理はもっと練習した方がいいよ」

「……余計なお世話です」

「中の人がいるなんて、考えてなかったからなぁ。でも、アイちゃんのコスプレは可愛かったよ! 現実世界でも、たまにはやってみるといいよ」

「絶対にしません!」

「でも本当は、ノリノリだったりして?」

「私は仕事をしていただけです!」

「あはははははっ!」


 容姿や口調が変わっても、やっぱり目の前の女性は、僕が好きになったアイちゃんだ。この半年、一生懸命AIのフリをして、僕のリクエストに応えてくれていたのだろう。


「僕のこと、記憶の片隅にでも残しといてくれると嬉しいな」

「あなたみたいな人、忘れたくても忘れられませんよ!」

「あはははははっ!」


 アイちゃんとする馬鹿みたいな会話が楽しい。


 これが愛なのかねぇ。

 わからないけど、心地よい。

 いつまでも浸っていたい。


 ……でも、もう時間だ。


 泣きわめきたい気持ちもあるけど、我慢するよ。

 男なら、好きな人の前ではカッコつけないとね。


「さようなら! アイちゃんと過ごした半年、とても楽しかったよ!」

「さようなら…………私も」


 僕たちは別れの握手をする。

 初めて触れたアイちゃんの手は、温かくて柔らかかった。


                             (了)

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