第43話 翔優と坂上

演奏を終わると、坂上は拍手をした。

翔優が驚いた様子でこちらを見た。

さらに、坂上がいることに気づいて、戸惑っている。


「お邪魔します。俺は坂上諒。藤波と文芸部に入ってるんだ。翔優君の箏が凄いって聞いて、来させてもらったんだ。話の通り、素晴らしい演奏だったよ。」



坂上は素直に感動している。

坂上は翔優のそばに行き、色々質問している。

美少年好きの下心かと思いきや、雰囲気は誠実だ。

翔優には、坂上くらい踏み込んでくれる人がいた方がいいかもしれない。




それから、しばしば坂上は翔優の箏を見に来た。

翔優も、練習ではなく、坂上のために曲を準備するようになった。

その様子は、まるで自分が書いた小説の一場面のようだった。




ある日、坂上は翔優にプレゼントを買ってきた。


「良かったら、このハンドクリーム、使って。いい香りもするし。」



坂上はハンドクリームを自分の手に出すと、翔優の手をとってつけ始めた。



坂上は、翔優の手の甲と手のひらを優しく包んだ。

そして、手のひらを、親指でマッサージする。

翔優の指を一本一本掴むと、根元から指先へしごくようにして塗り込めた。

指と指の間に坂上の中指が入り、丁寧になぞりながらまんべん塗っていく。


ふわりと、花の香りが広がった。

翔優は、ボーっと坂上の手元を見ている。



「翔優、ベタベタと触られるのが嫌だったら、はっきり言わないといけないよ。こういう輩はね、何でも自分の都合の良いように解釈するんだ。」


「いや、ちょっと!そんな下心ないから!」


「断らないから同意があった……と、のたまうのさ。」


「翔優君、僕は君の演奏を尊敬していて、もっと仲良くなりたいと思ってるだけだからね!」


坂上は必死に翔優に訴える。


「あ、はい……。」


翔優は曖昧な返事をした。




「今度、一緒にどこか遊びに行かない?行きたいところある?」


坂上が翔優に言った。


「いや……特には。」


「じゃあ、水族館とかどう?俺、水族館が好きなんだ。」


「結局、自分の行きたいところになってるじゃないか。」


「翔優君と行きたいところはいっぱいあるけどさ。ほら、曲には自然をうたったものもたくさんあるだろ?そういうところにも行ってみれば、演奏にも奥行きが出ると思うんだよ。ただ、翔優君の体力的に、いきなり山や森に分け入るのはちょっと心配だな、って。」


「まあ、一理あるな。翔優の1日の歩数なんて、100歩とかじゃないのか?」


「水族館なら雨でも行けるし、幻想的だから、何かインスピレーションを得られるかも、ってね。」


「翔優、水族館だってさ。どうする?」


「……行きたいです。」


翔優は嬉しいのか迷惑なのかわからない表情だが、坂上は嬉しそうだった。



「よし!じゃあ、今週末にしよう。要芽は予定空いてる?」


「僕は関係ないだろ。」


「いやいや、お前が来なかったら、翔優君が緊張するだろう。いくら俺と面識があっても。」


「休日まで子守はごめんだよ。」


「翔優君、大丈夫だよ。なんだかんだで要芽も来るよ。」


「勝手に決めるな。」


「翔優君だって、要芽がいた方がいいでしょ?」


「はい。」


翔優がじっとこっちを見る。



「……わかったよ。坂上が変な気を起こさないように、見張りに行く。」


「はは。それでいいよ。俺が紳士でいられるように、居てくれ。」


坂上は笑った。

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