第42話 同人誌

高校では文芸部に入った。

本はよく読んでいたが、最初から文芸部に入るつもりではなかった。

たまたま部活紹介の場で同席した、同学年の坂上が面白い奴だったから一緒に入部した。



坂上は社交的に見えたが、どこか他人と距離を置いていた。

彼は、輪に入るそぶりもない僕に、積極的に声をかけてくる。

最初は僕への哀れみからかと思っていたが、ある日、彼は自分がゲイだとカミングアウトしてきた。


同性愛自体はなんでもないことだが、自分がそれを仄暗いことだと思えば、そうなるだろう。

世の中の「普通」がわからない、「普通」に合わせる苦痛は僕にもわかる。

結局、坂上と一緒にいることが増えた。




坂上は、男性同士の恋愛小説を僕に貸してきた。

どの話が、どう面白いかを嬉々として語る。

坂上は、美少年好きだった。

坂上の好みがはっきりしていたので、坂上を主人公に作品を書いた。

相手のモデルは翔優だ。




舞台は平安時代の貴族社会。

口のきけない美少年が、箏を弾く。

そのミステリアスな雰囲気に惹かれた貴族たちが、次々に少年を抱く。

主人公とようやく結ばれるが、最後、少年は嫉妬に狂った一人の貴族に殺されてしまう、という悲恋の物語だ。




「面白かったよ!竹取物語のBL版みたいな……。でも、最後が悲しすぎて……。俺、ハッピーエンドが好きなんだけど……。」


坂上は感情移入しすぎて、しばらくヒロインロスになっていた。



「にしても、よく濡れ場をこんなに書けるね。もう色々経験済みなの?」


「いや。君が貸してくれた本から描写を拝借してるよ。」


「器用だね。モデルの翔優君にもいつか会いたいんだけど……。」


「ああ。演奏はぜひ聞いてくれよ。小説では全く喋らないけど、本人は少し話すよ。」


翔優を差し出すわけじゃないが、本人の見た目は坂上の美少年好きに十分適う。




ある日、坂上を家に招いた。

相変わらず筝が鳴り響いている。

中2ともなれば、体も伴ってきて演奏力は高まっていた。


「箏って、もっと優雅なイメージだったよ。こんなに鳴るんだね。」


普段の大人しさからは想像がつかない、叫びのような、嘆きのような、行き場を失った龍が猛り狂うような演奏だ。


翔優の好きな曲は、激しく、技巧が凝らされている曲だ。

翔優の先生は、彼の背景を考慮してか、本来の習う順番を無視して本人の好きな曲だけを教えてくれた。

翔優は、勝手に練習してうまくなっていった。




ノックして入る。

翔優はキリのいいところまで演奏を辞めない。

そういう二人のルールにした。

箏に関しては、僕は彼に敬意を払っていた。


「……小説の通りじゃん……。」


坂上は、心を奪われたようだ。


「まだ中学生だから、手を出すなよ。面倒事はごめんだ。」


「わかってるよ。俺だって社会生活はある。要芽のように貴族じゃないから。」

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