第30話 休日

 翌日、那央から返信があった。次の月曜日が橘の休みだが、那央は午前中に授業があった。午後からは会えそうだったので、ランチから合流し、その後はショッピングと夜のイルミネーションを見る予定にした。その日は那央のアパートに宿泊することにして、藤波にも許可をもらった。


 藤波の言葉はずっと気になっていた。今回がよい機会な気もする。が、どこかでまだ躊躇っている自分もいた。



 そして月曜日になった。待ち合わせのレストランに先に着き、席に座っていると那央が入り口から入ってくる姿が見えた。


 昼間に外で会うのは久しぶりだった。二人きりの時の甘い雰囲気がなくなると、思っていたより那央にも男らしさがあると感じて驚いた。


「なんでもない日にフレンチなんて、どうしたんですか?」


「例の、作家先生が気になってるお店なんだ。偵察して来いって。カジュアルフレンチで、安くて美味しいらしい。偵察代までくれたから、ここは気にしないで」


 藤波は先日の話が気に入ったと言って、お小遣いをくれていた。


「先生、すごいですね。太っ腹……。じゃあ、お言葉に甘えて」


 話題は、バーでの出来事、藤波に作っている料理の話になった。


 話しているうちに、料理が提供される。料理はどれも美味しく、昼間だがワインも頼んだ。安価な割に美味しかった。那央の頬が桜色に染まった。


 ゆっくりフレンチを味わったあとは、那央の卒業する先輩たちへのプレゼント探しになった。雑貨屋巡りをする。那央は好みを一つ一つ確認しながら買っていく。那央はマメだな……と感心しつつも、買い物を早く終わらせて、二人きりで過ごしたいという焦りを感じた。


 夕方から、街のイルミネーションが映えてきた。十分キレイだが、今回はそれが目当てではない。街から少し離れた農場に、バスで向かった。


 農場に着くと、すでに夜になっていた。郊外ということもあり、空気は澄んでいてより一層寒く感じられた。高い建物が周りになく、空が広い。広大な敷地にある建物や木々がイルミネーションで飾られていた。幻想的で、本の世界に入ったようだ。木に巻かれたピンク色のライトがまるで桜のようだった。


 那央と初めて会ったあの3月。大学の敷地には桜並木があり、咲き始めていた頃だった。なつかしい。あの時、たまたま那央がカフェに入らなければ、今こうしていることはなかった。


「初めて出会ったときのこと、覚えてる?」


「アンプデモアで会ったときですよね……。覚えてますよ。だって……俺は、その時に橘さんに一目惚れしたんで……」


「え! そうなの? 初めて聞いた……」


 びっくりして、那央を見た。


「だってかっこ悪いじゃないですか。好きな気持ちを隠して一緒にいたなんて。いちいち、先輩が優しくしてくれたり、離れたりしたことに一喜一憂してたんですよ」


 那央がもじもじしている。そういうところが可愛い。


「先輩は……彼女がいたから、そんなこと考えなかったですよね?」


「……いや、なんか、今思えば、当時から那央のことを可愛いと思うことはたくさんあったよ。俺にとって、可愛い……っていうのは、好き、ってことなんだな」


 改めて気づいた。


「……最近、俺のどこを可愛いって思いました?」


「一目惚れだって言って、もじもじしてるところ」


「……閾値低くくないですか?」


 那央は笑って言った。


「確かに」


 自覚がある。橘も笑った。


 周りがイルミネーションを見ているすきに、那央の額にキスをした。


「……帰って、あったまります?」


 那央が頭を寄せてきて言った。


「そうだね、そうしよう」


 二人はきらめくイルミネーションを後にした。

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