第28話 角田

翌日、バーでは常連の角田が来た。


角田は見た目は好青年で筋肉質、人懐こく、バーを盛り上げるのに積極的だった。

自分がゲイであることもオープンにしていて、悩み相談なんかも受けている。


最近はよく、藤波の座るカウンター席が気に入っているようで、橘ともよく話すようになった。



「俺、今日、誕生日なんだ。一緒にお祝いしてよ。」


「それは、おめでとうございます。」


「橘君、ブランデー好きだよね。俺はスコッチで。」


二人分のお酒を用意して乾杯する。

角田の誕生日祝いとして、チーズ盛り合わせを作る。




「ありがとね。橘君みたいなイケメンと呑めるなら、今年の誕生日は最高だよ。」


「いつも一緒に呑んでるじゃないですか。毎回最高だと思ってください。」


「それもそうだな。でも、橘君はヘルプなんでしょ?いつものバーテンダーが戻って来るのは嬉しいけどさ、橘君がいなくなるのは寂しいよ。」


「坂上さんがよければ、いつでも来ますよ。」


「じゃあ、橘君で売上立てとかなきゃな。もう一杯どう?」



こんな調子で、角田は橘にどんどんお酒を勧めた。

業務中なので自重はするが、いつもよりはよく呑んでいた。




「橘君さ、このバー似合ってるよ。華があるっていうか、男の色気がさ。」


角田が舐め回すような目で橘を見た。



「バーが薄暗いのと、俺が幸薄そうだからですよ。」


「うまいこというね!橘君はさ、どっちもうまそうだよね。」


「どっち、というのは?」


「仮にさ、男と寝たら、攻めてる橘君もカッコいいし、やられてる橘君もエロくて良さそうだな、って。」


「機会が無いので、想像できないですね。」


「一度、男を知ってもいいと思うよ。世界が変わるから。いい人紹介するよ?俺でもいいし。それなら万々歳。ねぇ、もうこっちに移籍しようよ。」



今日の角田はいつもより絡んできた。


「スタッフとしては、まだヘルプなので甘やかされてますが、本当にそう希望するなら、厳しく修行しないと坂上さんには雇ってもらえないですよ。」



実際、坂上は腕もいいし、この怪しい店の雰囲気もうまくコントロールしていた。

今だって、お客さんと話しながらも、橘の様子をちゃんと把握している。



「そっかぁ。じゃあさ、連絡先、交換しない?たまにはそっちのお店にも行くよ。」


そう言われてしまうと断りづらい。

橘は連絡先を交換した。



「ありがとね!ここは元から好きなバーだけど、橘君がいると思うとさ、より来たくなっちゃうんだよね。期間限定ってのがまたにくいというか……。これが坂上君の作戦なら恐れ入るよ。」



結果的に、角田から落ちるお金が増えたらそうかもしれない。


「俺の気持ちだからさ、今日はもう一杯だけ呑んでちょうだいよ。」


さらにブランデーを追加された。



――――――――――――――


藤波のマンションに帰ると、使った食器がシンクにあった。

予定していたものは全て食べたようだ。


コップに水を汲んで飲み干す。

疲れていたせいか、酔いが回っていた。



それでもなんとなく、もう一杯くらい呑みたくて、ブランデーを注いでソファに座った。

藤波は寝ているようだ。



休める日が決まったので、夜中だが那央にメッセージを送る。

いつもなら割と何時でも既読になるが、今日はつかなかった。

もし、今、那央と同棲していたら、那央が寝ていても那央を抱いていただろう。




別に、角田がどう、というわけじゃない。

ただ、お金のために人に付き合うことに、時々嫌気がさすことがある。


角田は、俺を妄想して抜いたことがあると言っていた。

そういうバーで、夜の仕事なんだから、いちいち気にしてはいられない。

きっと母も、楽な仕事ではなかっただろう。




ブランデーのグラスを見つめた。

このグラスもなかなかの値段だ。

世の中に、普段使いのグラスに金をかけられる人間もいれば、自分のように金で人生を左右される人間もいる。




「やあ、帰ってきたんだね。」


藤波が起きてきた。


「すみません、うるさかったですか?」


「いや、まだ僕も起きていた。昨日の君の話が良かったから、少し書き進められたよ。僕もご一緒していいかな?」


そう言って藤波はウイスキーを用意したので乾杯した。

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