第11話 ファミレス

ファミレスで、サンタはステーキセットを食べていた。


「自分食べへんの? プレゼント配りは結構体力いるよ」


「バイト先で食べてきたんで、満腹なんです」


「なるほど、兄ちゃんの意中の人は、そのバイト先で一緒に働いているんやね」


「ちょっと! 勝手に頭の中を読むのはやめてください!」


「地球人は本当にどうなってるんかな。君たちの言うテレパシーみたいなんはね、できるのが普通なの。どうしてあえて遠回りな言葉なんかを使っているのか」


「そ、そうなんですか…? その…そもそも、あなたはなんなんです?」


サンタはコーラをグイッと飲み干し、軽く咳払いをすると座り直してこう言った。


「まあ、兄ちゃんとはな、短い間だったとしても仲間として働きたいねん。だから正直に言うけどな、ワシは本当はサンタやないねん」


サンタかどうかを疑っているわけではなかったが、黙って次のセリフを待った。


「地球にいるサンタ族から、プレゼント配りを業務委託された気の優しい宇宙人やねん」


いよいよ怪しくなってきた。

今のうちに逃げた方がいいだろうか。


「サンタ信仰は下火になる一方や。そういう神秘的な存在ってな、信じる気持ちがないと数は減るわ、力は失われるわで、大変なんよ。もう自力では配りきれんから、ってワシらに依頼がきたわけ」


サンタか……。

確かに自分も小学校高学年のときにはもう信じていなかった。


「まあ、やり方は教えてくれるってんで気軽に引き受けたんやけど『トナカイは自分で用意』って知らんかったのよ! なんとか借りられないか交渉したんやけど『契約書に自前でと書いてあります』の一点張りで聞く耳もたんし。なんとか用意はしたけど、あいつら意外と賃金高いねん。シーズンやし。そしてストライキやで。ホンマ散々や」


サンタはステーキを食べ終え、ドリンクバーをおかわりしてきた。


「で?兄ちゃんは、その彼のこと、どこが好きやねん」


「え……まあ……。優しいところが……」


今まで、先輩のことを誰にも話したことが無かったので、そういう話題を口に出すことが少し恥ずかしかった。


「そうか。兄ちゃんは、優しくされると弱いんやな。告白はしたのか?」


「まさか!そんなこと、できないですよ。」


「なんで?」


「男同士だし……。言われても、あっちも困りますよ……」


「はあ、そういうもんなんか。まあ、自分が分裂して増える生物とは違うから、男女は大事かもしれんけど。愛情表現まで男女に縛られるとは、地球人はなかなか大変やな」


愛情表現か……。

もし、先輩に嫌われないと決まっているなら、愛情表現もできる気もするけど。

もし気持ち悪いと思われたら、絶望しかない。


「兄ちゃんが悩んでるのはわかったよ。ま、ワシの魔法があれば一瞬でその彼も兄ちゃんの虜になるからな、大船に乗ったつもりで、楽しみにしててや」


サンタはプレゼントが橘で決定のような口ぶりだ。

魔法で好きになってもらうなんて、それでいいんだろうか。


「あと、そいつ、宇宙に詳しそうやな」


「あ、ええ。大学で宇宙開発の研究をして、仕事もそっちに行くとこなので」


「なかなか筋が良さそうな青年やね。ただ、そんなペースじゃ、ワシらのような存在とファーストコンタクトをとるのは難しいで」


「……どういう意味ですか?」


「地球人はな、昔の方が感覚的に宇宙を知っていて、宇宙の法則の中でうまく生きていたんや。それが失われていって、自分たちが自力で生きなあかん!っていう焦りや不安がな、ますます自分たちを苦しめてんねん」


新興宗教だろうか。

自分は流されやすいし騙されやすい。

騙しのプロに本気をだされたらひとたまりもない。

帰るなら正気な今のうちだ。


「その青年もな、やりたいことやったらいいんやけど。やりたいことやるとな、今までにないパワーが出んねん。そして今までにない経験をすんねん。でも、そうそう勇気が出ないのが人間やね。まあ、人間として悶々としてるのもいいと思うよ。どうせ、短い命やねん。自分の好きにしたらええ」


それは同感だった。

橘の今までの努力と輝きを知っているから、もっと橘には最後まで夢に向かってほしかった。

橘を思いとどませる彼女に腹が立つ。

彼女なら、橘を理解して応援すればいいのに。

もし橘が彼女から夢を応援されたら、きっと喜ぶし、もっと頑張れるだろう。



「兄ちゃんは、優しいな」


「え……」


「いつもその彼の幸せを考えてあげてるんやね」


「それは……」


「それで、そうしたら、兄ちゃん自身の幸せは、どこにあるん?」


急に虚しい風が心の中に吹いた。

橘がいなくなった一年は、幸せじゃなかった。

自分が充実しているときは、そばに橘がいた。


「先輩がいれば……幸せですけど、でも、それって、依存じゃないですか……。そんな弱い人間じゃ、ダメだと思うんです。」


なぜか、自分の声は震えていた。


「ふーん。自分にとってかけがえのない人間に出会えた奇跡を喜ぶより先に、それを依存に感じるなんて、やっぱり地球人は変わってるね」


サンタはあっさりと言ったが、自分の胸が急に締め付けられるのを感じた。


「ほな、明日からやろか。連絡先教えて。テレパシーはな、ずっと使ってると疲れるから」


那央はサンタとスマホで連絡先を交換した。

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