第5話 ムーンライトビル
橘とは、駅で待ち合わせてムーンライトビルに入った。
ムーンライトビルは複合商業施設のビルの一つで、アパレル、飲食店、雑貨店があり、ホテルともつながっている。
橘も場所にあまり詳しくないようで少し迷ったが、そつなく何でもできる橘にもそういうところがあるんだと知ってなんかホッとした。
上映までの空いた時間は、那央の服を見ることになっていた。
「もう少し、体に合った服にすると印象が違うと思うよ。」
確かに、服は高校時代のままで、当時は少し大きめの服が好きだったのだ。
橘は店員にも聞きながら、色々服を選んでくれた。
言われた通り着てみると、違いは明らかだった。
体は変わってないのに、足が長く見えたり子どもっぽさが消え、少し男らしさも出たように感じた。
選んでもらったフルセットを着てみると、まさに都会の大学生が出来上がった。
「す、すごい!雑誌でみたような仕上がり……!」
「雑誌だとね、その通り揃えても自分の体に合ってなくて結局思った通りでないこともあるから、最初は人に見てもらって選ぶのがいいと思うよ。一回わかれば、あとは自分でちょっとずつ変えて楽しめるからね」
「本当に、今日付き合ってくれてありがとうございます!」
那央は会計のために店員を呼んだ。
「これ全部お願いします。あと、着替えるの面倒なんで、このまま着ていっていいですか?」
着替えが面倒なのも本当だが、本音は少しでもカッコいい自分で橘の隣を歩きたかったのだ。
ちなみに橘本人は、シンプルなデザインのノーブランドの組み合わせで着こなしているのだからおそろしい。
背が高くて足が長くて。
モデル体型だ。
ゆるい癖毛は天然らしい。
まるでわざとパーマをかけたみたいに大人びた雰囲気を出している。
元の良い人にはやはり敵わない。
店員は値札を切って、会計を始めた。
「あ、このインナーもお願いします。」
橘は服を一枚追加した。
「これは、俺からプレゼントするよ。」
「え!そんな……」
「さっき、こっちと迷ってたけど、こっちも似合ってたから。そんなに高くないし。今日は俺が誘ったんだから、そのお礼だよ」
男前すぎる。
「あ、ありがとうございます……」
一歳しか違わないのが信じられない。
どうしたらこうなるのか。
♢♢♢
お店を後にして、プラネタリウムに向かった。
施設内だから小さいのかと思いきや、そうでもなかった。
人気なようで、7割方はうまっていた。
プラネタリウムは、小学生の時に子ども科学館で見たのが最後だ。
星が映されて、解説が流れて…。
幻想的ではあったが、あんまり面白くなかったな、という印象だった。
でも、こういう街にある大人向けならまた違うのだろう。
「那央はさ、地球って何個あると思う?」
座席に座ると、橘が急に変な質問をしてきた。
「え?1個じゃないの?」
「実は地球は数えきれない程あって、オレたちは一瞬一瞬光の粒が集まったり、離れたりして、その都度それぞれの地球に出現してるんだって」
「へぇ……」
返事はしたものの、意味はわからなかった。
「過去は変わらなくて、未来を変えるのも難しいって言われると苦しいけど、もし逆に一瞬一瞬、俺たちは別人で、別の星にいるんだってなったら、気が楽にならない?」
どうしていちいちそんなことが起こるのかはわからないが、一瞬で別人、一瞬で違う星に……に近い経験は、今している。
橘に会わなければ、自分は地味な大学生のままで、ただの真面目な教員になっただろう。
男を好きになってしまって、おかしいんじゃないかと思ったりもしたが、そんなことが気にならなくなるくらい、橘との毎日が楽しい。
橘を好きになってから、本当に人間に興味が持てた気がする。
橘がどうしてそう言うのか、どうしてそうしてくれるのか、知りたくてたまらない。
”ときめく”とか、”愛しい”とか、そういう言葉がどういう意味なのかを体験中だ。
橘が言いたかったこととは違うかもしれないけど、そう思った。
「まあ、まだ一般的でない話だけど」
「学校で教えるのは、何百年後かな」
「さあ、もしかしたら数年のうちに宇宙人と一緒に暮らしてるかもよ」
男同士の恋愛が一般的になる前に、宇宙人が先に馴染むのはちょっと悲しいな……と思った。
そう言っているうちにプラネタリウムの上映が始まった。
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