第十八話・マリアでリゼでシルフィード 準備2
帰りてぇ。
秋葉原に向かう電車の中。
電車に揺られながら、気分も揺れていた。
『シルフィードで待つ』
あああああ。
俺の心を折るには充分であった。
こんなん、PTSDになるやつ。
俺達がシルフィードへと向かうのは、逃れることの出来ない運命である。
メイド服を調達する為には、それ相応の代償を払わないといけないのだ。
シルフィードレベルの高級なメイド服を、この世で探すのは難しく、文化祭を最高のものにする為には必須だ。
他から調達する選択肢はなかった。
白鷺が話をしてくれていたしな。
店長さんと話を付けて、メイド服を有償で貸してくれることになった。お世話になっている分、荷物は自分達で取りにいかないといけない。
郵送でも構わないと仰って頂いたが、学生とはいえども立場に甘えてはいけない。
挨拶含めて、お伺いすることになった。
俺と白鷺だけでは人数が足りないので、黒川さんと一条に同行してもらう。
「秋葉原は初めてだな。楽しいところなの?」
一条は秋葉原は初めてらしく、意気揚々としていて、俺とは真逆であった。
「東山、頭痛薬でも飲むか?」
白鷺は気を遣ってくれていた。
「すまない。ありがとう」
白鷺の好意を受け取り、頭痛薬を飲む。
効くまで時間がかかるだろうが、飲んだというプラシーボ効果からか、直ぐに気持ちが和らいだ。
「辛くなったら言うのだぞ?」
「ああ、助かるよ」
「最初のイベントの時とは逆の立場だな。やっと恩を返せたな」
「そんなこともあったな」
懐かしい。
最初のサークル参加か。
ずっと昔のことにさえ思えてくる。
白鷺としては、やってもらったことを返しているくらいの気持ちだろうが、そんな小さなことを覚えていてくれたのが嬉しかった。
いつも構ってやれなくて、すまない。
やらないといけないことばかりだから、白鷺と会話することも少なくなってしまう。
秋葉原で遊ぶのも久しい。
本当ならば、白鷺と秋葉原を回ってやりたいし、シルフィードでゆっくりコーヒーを飲みたいけど。
他のみんなには教室で作業をしてもらっているわけだし、俺達だけ遊ぶのも悪いだろう。
「一条くん。私は秋葉原に何回か行ったことあるから、案内してあげるよ」
「本当? ありがとう。黒川さんは何処がオススメ?」
嬉しそうに会話している。
ああ、そういうことね。
何故この二人が一緒なのか。
付き合い経てのカップルみたいな甘い雰囲気が流れていた。
みんな気を遣ってくれたらしい。
「買い物していいなら、私はラジオ会館を見たいのだが構わないよな?」
「そうだな。この後に学校に戻るのは難しいし、遊んでもバレないか。……構わないよ。久しぶりだし、色々回るか」
「楽しみだな!」
白鷺は嬉しそうである。
メイド服専門店のシルフィードに入り、店長さんと話をする。
一条と黒川さんは独特な内装に驚きながらも、楽しそうに物色していた。
「今回はありがとうございます」
「いやいや、僕個人としても頼ってもらえて光栄だよ。準備は終わっているけど、メイド服は六着でいいのかい? もう少し出そうかい?」
「六着で大丈夫です。予算の兼ね合いもあるので、無理ない程度にいこうかと」
「折角の文化祭なのだから、こちらも頑張るよ?」
「ご厚意は有難いですが、授業の一環としてやっているのですみません」
俺と白鷺は頭を下げる。
そもそもシルフィードには貸し出しをしていないところを無理してもらっているので、その時点で甘えているくらいだった。
「学生さんなんだから、大人は頼ってもらって構わないんだけどね。ああ、メイドのみんなも手伝ってくれたから、もし良かったら挨拶してあげてね」
「はい。他の皆様にも挨拶します」
「ありがとうございます」
店長は笑っていた。
「うん、学生はいいね。今後もシルフィードをご贔屓にしてくださいね」
「はい」
それから預かり書類に目を通して、借りたメイド服の状態や小物やアクセサリーの個数をチェックしていく。
壊したり紛失したら実費になるので注意して扱わないといけない。
メイドさんか。
アクセサリーや髪飾りは、彼女の作品を貸し出してくれていた。
しかも一番いい装飾品を頼んでくれていた。
絡むと嫌だが、大人の女性としては頼りになるし、両親以外でちゃんとした指標になる大人だ。
俺や白鷺は、特に気に掛けてもらっているからな。
本人に直接感謝をすると付け上がるから言わないが。
「え~、凄く可愛い」
「メイド服ってこんなに可愛いんだね」
一般人である二人は、ヴィクトリアンメイドのメイド服を初めて見る。
本格的なメイド服に感動していた。
コスプレ衣裳というより、仕事で着るための丈夫な厚手の制服なので、重労働でも破れないくらいに頑丈に作られている。
それでいてデザインや技術は流行を取り入れていて、古臭いイメージがない。
シルフィードだから作ることの出来る匠の業だ。
袖のボタン一つ取っても、最高級品質だ。
形式上は貸し出し用だけども、お店で買えば数万円はする代物である。
白鷺が何度もイベントを頑張って購入したメイド服と同等だ。
それをサラッと貸してくれる店長の聖人っぷりというか、メイドに対する妥協を許さない情熱にビビっていた。
メイドリストは奥が深い。
いや、業か。
俺なんて、メイド好きとしてはまだまだだな。
正直、このメイド服を着ることの出来るクラスメートが羨ましいくらいだ。
白鷺ですら新しいメイド服に興奮していた。
「これはいいメイド服だ。私も着てみたいぞ」
「ああ、学校に運んだらみんなで試し着するから、白鷺も着ればいいさ」
このレベルの衣裳を六着以上借りていたら、それはそれでやばかったな。
数万円の洋服を管理するだけで、かなりの気を遣うものだ。
「だが、女子は八人居るから二人は様子見か。申し訳ないな」
「八着にする?」
店長さんがにこやかに笑っていた。
「いえ、悪いですよ」
「みんなで合わせるべきじゃないかな? 八着にした方がいいよ」
「そうですかね?」
「オタクは妥協しちゃいけないよ」
店長さんは、レイヤーさんの気持ちが分かるオタクであった。
いや、単純に推し活しているだけだな。
自分の手で作った渾身の作品を女の子に着てもらって、喜んでもらうのが天職なのだろう。
「いいんですか? 迷惑じゃないんですか?」
「僕のメイド服を着てもらえるなら本望だよ。お金はいらないさ」
いや、シルフィードが儲かってもらわないと俺と白鷺が秋葉原まで遊びに来る理由がなくなるから、それは駄目である。
「う、うん。ちゃんと払いますので、請求書もらえますか?」
予算大丈夫だろうか。
気付いたら、どんどんお金が失くなっていく。
予算を計算している西野さんに怒られそうだ。
でも、店長さんの提案を断れそうにない。
メイド喫茶シルフィード。
入り口を開ける。
「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様」
メイド喫茶シルフィードで俺達を出迎えてくれたのは、副メイド長であるダージリンさんであった。
無表情メイドという、オタクならみんな好きな属性持ちの優秀なメイドさんであり、俺の周りでは珍しいくらいの常識人である。
四人で来ているのに気付いてか、深く追及することなくテーブルに案内してくれた。
「お飲み物は、こちらから選んで下さいませ」
メニューを渡してくれる。
初見の二人は、メニューを見るだけで楽しそうにしていた。
「へぇ、こういうお店は、意外と飲み物の種類が多いんだね」
「コンセプトはメイドだけど、中身は普通に喫茶店だからな」
「メニュー表とか参考になるかもね」
「それは私も思ったよ。メニューブックとかあると高級感あるよね」
みんな真面目だな。
ちゃんと文化祭のことを考えているのか。
俺は季節限定のコーヒーしか見てなかった。
酸味が強いタイプは当たり外れがあるからどうしたものかなぁ……。
「オススメとかある?」
「俺はコーヒーしか飲まないから、あてにしないでくれ」
「白鷺さんは何を頼むの?」
「アールグレイかな」
「美味しいの?」
「いつも気分によって決めているが、私は好きだぞ」
みんなで悩みながらメニューを見ていると、ダージリンさんは小声で話し掛けてくる。
「メイド長をお呼び致しましょうか?」
「う~ん」
「まあそうなりますよね。しかしながら、ご主人様の専属メイドはリゼなので諦めて下さい」
「何で専属なんですか?」
「最初に対応したメイドが専属になる。そういうシステムなので」
「変えられないの?」
「一蓮托生ですから無理です」
なにその。
無茶苦茶なシステム。
リセマラ出来ないん?
「では、お呼びしますね」
ダージリンさんは一礼して、メイドさんを呼びに行ってくる。
それから暫くして、メイドさんが現れる。
「対応を代わらせて頂きます。メイド長のリゼです。お見知りおき下さい」
「ーー貴方、キャラ違いますよね?」
「何を仰っているのですか。私はいつも通りでございます」
うわっ、キモいな。
丁寧な接客が逆に気持ち悪い。
いつもなら一発目から口うるさいのに、隣に立って静かに微笑んでいるのが怖い。
俺、今日殺されるのか……?
シルフィードに来なかったせいで、ヤンデレになったメイドさんにケジメ付けさせられる気がした。
「とりあえず注文していいですか?」
「うふふふ。はい、どうぞ」
壊れた?
白鷺にアイコンタクトをする。
白鷺でも理由は分からなかったので、無視しておこうか。
メイドさんにも一応感謝をしておいて、目的を全部果たした。
メイド服を受け取り、メイドさんからは紅茶やコーヒーのオススメや仕入れ先を聞き出した。
あとは湯沸かしポットや保温するものは、学校から借りたりしないとな。
西野さんに丸投げするか。
「メイドさん優しかったね」
黒川さんはそう思っていたけど、そんなことはない。
初めての人がいたから、本性をひた隠しにしていて静かなだけだ。
社会人としての冷静さや節度を持っているのが、逆にやばいな。
「お茶を飲みながら詩を嗜むなんて、西洋の文化って凄いな」
すまん、それは大体俺達のせいだ。
そんなことをしているのはシルフィードだけだと思う。
「普通に生活していたら、詩に触れることはないよね。ある意味新鮮だったね」
「うん。また来たいね」
知る由もない二人には言わないでおこう。
二人並んで歩きながら、幸せそうに語るのであった。
お前等に愛の詩はいらないだろうけど。
付き合い長い俺や白鷺より、イチャイチャするのやめろや。
いや、イチャイチャしてないけど。
それはそうとして。
両手に荷物を抱えたまま、秋葉原を案内する。
いつも贔屓にしているラジオ会館をオススメする。
エスカレーターを使って、上に昇る。
白鷺のスカートが危ないので、メイド服の入った袋で見えないようにしておく。
「見ちゃ駄目だよ?」
黒川さんに釘を刺される。
「いや、見てない」
「見てないよ」
断言する男二人だったが、若干ビビっていた。
実際に見てなくても、言われたら怖くなるものだ。
上の階に上がり、ガチャガチャコーナーを見ることにする。
一般人枠の一条の琴線がどこなのか分からないので、ライト層にも人気なガチャガチャで攻めてみる。
「へえ、最近のガチャガチャは色々あるんだね」
「一条くんは漫画やアニメとか見るの?」
「うん。漫画くらいだけど、ワンピースは好きだから見ているよ」
反応に困る返答であった。
みんな見ているようなもの上げられても判断に困る。
どのレベルの好きなのか分からないと、話が振りづらい。
俺や白鷺は根っからのアニメ好きだし、黒川さんもこちら側であり、日陰でオタクを楽しんでいる人間だ。
オープンにしてオタクをしているわけではないので、一般人の一条に引かれない程度に、話を合わせる必要があるのだ。
「そうなのか。ワンピースだとフィギュアとかあるから、後で案内するよ」
「ありがとう。東山もフィギュアは好きなのかい?」
「いや、フィギュアは集めてないよ。集め始めたら全部揃えたくなるからな」
「分かるよ。ガチャガチャであっても全部を揃えるのは大変そうだよね」
雑談しながらガチャガチャを色々見ていた。
白鷺と黒川さんは趣味が合うのか、プリキュアの話をしている。
昔は女児だった同士、その時見ていたプリキュアを熱く語る。
八対二くらいの熱量だけど。
遠巻きにそれを見ているが、白鷺が語り過ぎて暴走しそうになったら止めるか。
「白鷺さんって、普通の女の子なんだね」
「ん? 何だ、白鷺好きなん?」
「違うよ。びっくりさせないでよ。……あんまりクラスメートのこと知らなかったんだなぁって思ってさ」
「俺も知らないやつばかりだし、そんなもんだ。一条と話し始めたのも一週間前くらいだろう?」
「まだ一週間ちょっとなんだね。……文化祭の手伝いも、顔が広いから円滑に回せるかなって思っていたんだけど、逆に東山の負担かけている気がするよ」
「男手は足りないし、荷物運びでも大助かりだよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。東山はいいやつだね」
「何だこれ。野郎が野郎を慰めるのは絵面的にきついから、やめようぜ?」
「そうだよね……」
寂しそうにしゅんとしていた。
女の子かよ。
最近、一条との好感度が一番上がってるのが若干怖い。
一条は悪いやつじゃないしイケメンではあるが、俺の性格的に長時間絡むのはしんどい。
話すの好きじゃないし。
いまどきの男子が好きそうな話題がない。
共通の話題か。
黒川さんのことでも教えればいいのかな。
当の本人には聞いていなかったが、一条は黒川さんが好きなんだよな?
まずはそこからだな。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「どうしたんだい?」
「彼女のことは本気なのか?」
一条は不意を付かれた顔をするが、直ぐに断言する。
「ああ、本気だよ」
「そうか。なら安心だな」
「まだ仲良しって感じじゃないから、色々頑張らないといけないけどね」
「充分仲良しだろ?」
「かも知れないけど、文化祭は一緒に回りたいからね。そこにこぎ着けるのが大変なんだよ。……そっちは四人いるから、文化祭を回る時間を取るの大変じゃない?」
完全に忘れていた。
文化祭の準備は終わりつつあるが、当日の土日の予定は何も決めていなかった。
一条は慌てている。
「それはやばいよ。遊ぶ約束を早くしないと殺されるよ!?」
「まじ?」
「頑張って準備させておいて、一緒に遊ぶの忘れていたら看板で頭を叩き割られてもおかしくないよ!?」
そんなことは。
ないよね……?
次の日の放課後。
「忘れてなかったん? よかったよかった。忘れてたら東っちの頭を叩き割ってたわ」
気付いてから直ぐに予定を入れてよかった。
萌花が看板に手を掛ける五秒前であった。
俺達が一週間かけて作った力作が破壊されるところだった。
初対面同士ながらも仲良くなり、告白するまでに発展した貴重な思い入れがある看板なのだ。
萌花といえど、他人のものは壊さないんだけど眼光の鋭さに恐怖してしまった。
「すまない。時間を割く余裕がなかった」
「まー東っちが一番大変だもんね。ゆーて、文化祭を回る時間も、他のメイトがいないと決められないしな」
「そろそろ、人数の割り振りしないとね」
西野さんはぼやきながらそう呟いていた。
本来ならば俺や小日向の仕事だが、西野さんが率先してやってくれているので助かる。
文化祭は土日の二日間で行われ、十時から四時までの六時間である。
十時から十二時までは学生だけの時間で、それ以降は外部の人間も文化祭を楽しめる。
外部の人間は、女性しか入れないけど。
ナンパ目的のやつもいるので、年々厳しくなっていた。
こればっかしは防犯の理由もあるから、それが普通なんだろうな。
「中学の友達とか誘うのも大変になるから、本当は早く決めたいんだけどね」
西野さんの悩みの一つである。
部活をやっているみんなの予定を照らし合わせるのは難しい。
放課後に参加してくれたら、簡単に決められるんだが。
次のホームルームまでには決めるか。
男子はまだしも、女子メンバーは人選の組み合わせや、メイド服の着まわしもあるから、スムーズにいくように決めたい。
「西野さんありがとう」
「そういうの慣れているから大丈夫」
「月子はツンデレだから。表情が素っ気なくても喜んでいるから心配しないで」
「ツンデレじゃないから! 副音声やめてよ!」
「もう遅いよ。みんな真面目系ツンデレだって知ってるから」
「私はそんなの目指してません」
仲良いな。
西野さんも真島さんも付き合い長そうだもんな。
「ぐぬぬぬ、私達よりも幼なじみ度が高い?! こっちも負けてられない……」
「よくわかんないことで張り合わなくていいよ」
黒川さんと白石さんも仲良いよな。
長年の付き合いだからこそのツッコミである。
「れーな、もえもあれやりたい」
「萌花は静かにしててね? 今は忙しいの」
そもそもこの二人は、付き合いが一年ちょっとだから幼なじみですらないけどな。
でも一番幼なじみ感強いのは何故なのか。
謎である。
昨日受け取ったメイド服をみんなに渡して、教室の廊下で着替えるのを待つ。
覗きはしないが、壁の下にある小窓から覗けそうだった。
「……」
何で直立不動で待機しているのかは謎だが、あの一条が若干取り乱して落ち着こうとしているのを見ていると、こいつも恋愛は素人なんだなって実感する。
「女の子が可愛い時には何て言えばいいかな?」
「普通に可愛いって言えよ」
「告白していないのに、可愛いとか直接的なことを言うべきかな?」
知るかよ。
可愛いが言い難いなら、似合っているとか、素敵だねとかでいい。
「……俺を何だと思っているんだ? 陰キャに助言を求めないでくれよ」
メイド服一つを褒めるのも一苦労だと、先が思いやられるものだ。
黒川さんにちゃんと告白出来るのか。
好きな女の子とか関係なく、普通に褒める。
一人の女性としてちゃんと褒めることを念頭にして、しっかりやるように促す。
十数分間のイメトレを行いつつ待ち時間を潰していると、教室の鍵が開き。入ってきていいよと言われる。
俺は特に何も考えずに入ろうとするが。
「ちょっと待って。もう一回イメトレしていいかな?」
「え? やめてよ。躊躇うなよ」
いきなり話掛けられたので立ち止まる。
扉を開ける前でよかった。
一条さん?
結構メンタル弱いのか?
女の子慣れしているイメージだったが、違うのだろうか。
「よし、行こう。大丈夫だ、問題ない」
「う~ん。フラグ回収っぽいんだよなぁ……」
待たせるわけにもいかないので、俺達は中に入ることにする。
ガラッ。
扉を開けると。
「お帰りなさいませ。ご主人様!」
みんなは、お決まりの挨拶で出迎えてくれた。
「おっふ」
お、おう……。
メイド喫茶なら普通の挨拶だが。
クラスメートがメイド服を着て言ってくれるのは、これは破壊力が凄まじいな。
シルフィードにいる本職のメイドさんと比べても、見劣りしないくらいに似合っていて、いつも以上に可愛かった。
男として感想を述べる必要があるが、口に出して表現するのは難しいものだ。
そんな中。
開口一番は、一条が発する。
「みんな可愛いね。とても似合っているよ」
相変わらずのイケメンだな。
一条は、凄く自然な流れで褒めていたが、廊下であれだけイメージトレーニングしてたんだよな。
まあ、みんなが知らないところで努力していたら、それもまたイケメンと言えるか。
「東っちの感想は?」
傍観していたのが萌花にバレた。
一条みたいに洒落たことを、何か言わないといけない。
いや、俺には無理だ。
「くっそ可愛い」
メイド好きにメイド服を見せたら、語彙力を失うのは当然の結果だった。
文化祭の準備で死にかけたが、可愛いクラスメートの姿を見たら、そんなものどうでも良くなっていた。
みんなは、ドッキリ成功って感じらしく、俺達の反応に喜んでいた。
人数分のメイド服を借りて良かった。
楽しそうにしていることが、一番嬉しかった。
「お~、東っちが笑ってる」
「ああ、すまん。キモいよな」
今の俺は、女の子を見てにやけている変態だ。
メイド好きとはいえ、自制心を持たねばいけない。
それでも、正直。
みんなのメイド姿がくっそ可愛くて。
変な声出すところだった。
俺だって男だからな。死ぬほど可愛かったら叫ぶこともある。
シルフィードが販売しているメイド服だけあってか、高級感のあるメイド服に袖を通すだけで、自然と大人の魅力が溢れていた。
子供っぽい萌花でも、かなり魅力的である。
「ふーん。東っちは頑張ってたし、まあいいんじゃない?」
「そうか、ありがとう」
……最近の萌花は優しい。
素直に作業を手伝ってくれているし、無茶な注文をしてもジュース奢れば許してくれる。
いや、端から見たら優しく見えないかも知れないが、対価を払えば動いてくれる女性というのは、それだけで分かりやすくて助かるのだ。
萌花はギブアンドテイクがしっかりしているので、ジュース奢ってお願いすれば納得してくれる。
そこは、萌花だけの良さである。
文化祭の準備も、大人数で作業する分、全員の面倒は見切れないし、各自の判断で乗り気ってもらう場面は何度もあった。
萌花は忙しさにも切れずに、真面目に取り組んでもらっていたのだ。
その分、ジュースの山が積まれていったが……。
「ごほんっ! ……東山くんは、そういう事を直で言うタイプなのね」
西野さんは恥ずかしいのか、頬を赤くしていた。
「ゆえっち、あいつ陰キャだけど、根本的には女たらしだから気を付けなよ」
萌花が何か吹き込んでいた。
普通に褒めただけで、邪な気持ちなんてないのだが。
「あれは、可愛いって意味が違うからね? メイド服が好きなだけだから」
小日向が援護している。
何の意味があってやっているんだ?
「毎日ツイッターでメイドのことばかりいいね!してるくらい変態なんだよ?」
止めろ、人の性癖をばらしまくるな。
西野さん引いているやんけ。
褒めた好感度ゼロになってる??
みんなは、それから暫くメイド服を堪能しており、スマホで撮影をしていた。
「西野さん可愛い!」
「いや、近いから……」
小日向と西野さんがツーショットしているの面白いな。
二週間前では考えられなかった組み合わせである。
本人は若干嫌がっているけど。
野郎は、女の子同士の絡みに入ることは出来ないので、遠巻きに見守っていた。
「みんな可愛いね。東山が惚れ込むだけあるね」
「ん? 惚れ込むの意味は分からないけど。楽しそうで何よりだ」
「東山は東山だね。まあ、そこがいいんだろうけどさ」
教室のドアが開いて、高橋が入ってきた。
「お疲れ」
「高橋くん、お疲れ」
「少し時間が空いたから、手伝いにきたよ」
うーん。
女子はそれどころじゃなさそうなので、今日は写真撮って終わりだな。
準備はほとんど終わる目処はあるし、あとは接客の練習するくらいだし。
明日やればいいか。
「ごめん。今日は終わりかな」
「そうなんだね。じゃあ、みんなの写真撮ってきていいかな?」
高橋が照らし合わせたかのように顔を出してきたのは、偶然である。
しかし、長年カメラマンやっているからか、シャッターチャンスを直感的に感じ取って現れてそうだった。
高橋は、ここ一年で一番イキイキしていた。
写真が好きだからな。
「ああ。西野さんとか撮られるの嫌がるかも知れないから、事前に確認しておいて」
「ありがとう。聞いてみる」
「いつもすまない。うるさい奴らだが、可愛く撮ってやってほしい」
「元々の被写体がいいから何も問題ないけど。……そうだね、頑張るよ」
高橋にお願いをして見送った。
白鷺とは面識あるし、動じない性格だから問題ないよな?
「手伝えなくてごめん。写真撮るよ」
「お~」
「高橋くん」
人見知りが激しい萌花と西野さんあたりは、別段気にしていないようである。
ならまあ、大丈夫だな……。
空が暗くなるまで楽しく過ごし、制服に着替えて帰ることにする。
男三人は、廊下で待機していた。
高橋が撮った写真を見ながら、暇潰しをしている。
「黒川さんの写真はここからだから、見てもいいよ」
「え? なんで?」
高橋は二人の関係を察していたらしく、一条に聞いていた。
「みんなには撮った写真を見せていいか、確認してあるからね。二人になら見せていいって言っていたから、後でデータ送るよ」
「本当か?! ありがとう!」
両手を握って感謝している。
恋は盲目っていうか、こういうのが学生らしい純粋な反応なんだろうな。
好きな人と一緒に居たいし。
好きな人の写真は欲しがるものだ。
一条からしたら、高橋に感謝しても感謝し足りないはずであった。
荒んだ人間には持ち合わせていないピュアさである。
「東山も一緒に見るかい?」
「遠慮しておくよ。黒川さんはお前の好きな人だからさ」
メイド服を着ていると、よんいち組ならまだしも、誰でも可愛いって言ってしまいそうだからな。
流石に友達の好きな人に、可愛いとか口に出したらやばい。
自制心が働くうちに対処せねば。
「そうだね。僕も小日向さん達の写真は見ないようにするよ」
「あいつはそういうんじゃない」
「でも、好感度100だよ?」
「じゃあ、白鷺さん?」
高橋も容赦なくブッ込んでくる。
そっちも違うが。
薄い壁を挟んで女子がいるから、不用意に否定出来ない。
気付いたら男同士で恋バナ始まっている。
高橋がそういう話をするのは意外だったが。
「女の子が恋をしていると、表情や肌質良くなるから綺麗に撮りやすいんだよね」
いや、違うわ。
被写体として見ていただけだわ。
高橋の人生は、写真の為に全力だった。
いつも助けてもらっているし、楽しくやっているなら文句はないけど。
「おーい。廊下に並んで、野郎三人で何しているんだ?」
クラスメートが向こう側からやって来る。
部活メンバーの準備も落ち着いたようで、手伝いに来てくれたみたいだ。
男手が四人一緒に来てくれたので、本来ならば喜ばしいところなんだが。
「一条、おつかれさん!」
「お疲れ! サッカー部は落ち着いたの? でも、ごめん。もう帰るよ」
「え? まだ五時くらいじゃん」
「女の子が居るから夜遅くまで作業出来ないからさ」
「マジかー。みんなでやりたかったのに」
部活メンバーはかなりの乗り気らしく、残念そうにしていた。
「じゃあ、男だけで残って作業するか? 残っているの体力仕事だから早めに済ませたいし」
クラス委員としても、やる気がある人を無下には出来ない。
暗くなる前に女子には帰ってもらうとして、男子だけでいいなら作業は出来る。
今日は何だか疲れたし早く帰りたいけれど、手伝ってくれるなら居残りしてもいいか。
「う~ん。女の子いないとな……」
「いいところ見せられないし」
「可愛い女の子とお話したいじゃん」
なんやねん。
こいつら。
グダグダ言っている暇があるなら、仕事しろよ。
男手少なくて苦労しながらやっているんだよ。
ガラッ!
廊下がうるさいことに気付いてか、萌花が出てくる。
「お? 何だ、子守じゃん」
「脳筋クソブラザーズじゃん。もう帰るけど何しにきたん? 邪魔? 得意なことが邪魔って最強じゃね?」
「お、おう……」
辛辣過ぎる……。
部活メンバーは、出会い頭に脳天強打されていた。
萌花が優しいのは一部の人間だけで、本来の彼女はこんな感じだ。
クラスメートでも、大体の男は嫌いらしい。
俺達に救いの手を求めてくるけど。
「いや、俺達には優しいから」
「マジ?」
友達と素直に笑っている時は、可愛いんだけどな。
でも、今は冷徹な殺し屋の眼をしていた。
「まあ、帰るか……」
「だな。明日はよろしく」
「ああ」
野郎同士の連携でこの場を乗り切ることにした。
いつも人手が足りないけど。
他のクラスメートが集まると、それはそれで大変になるようだ。
明日は準備を頑張ろう。
うん……。
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