第十七話・文化祭の文化要素ってなにさ? 準備1

九月に入ると学校の授業が始まるわけであり、それ自体は喜ばしいことだ。

しかし、学校の勉強が嫌いな人間としては、朝早く起きてちゃんと登校するのも難儀なものである。

テンションが上がらない。

身体はまだ夏休みのままである。

寝癖を直すのも一苦労だ。

他のクラスメートは久々の学校で、友達と会えるためか、テンション高いくらいなんだが。

俺の知り合いは大体夏休み中に顔合わせているし、何なら遊び過ぎて消化不良気味である。

やっとみんな会えたね。

とか言っている女子は可愛いものだ。

友達がいるんだからな。

教室の自分の席でゆっくりしていると、幻聴が聞こえてくる。

学校で陰キャな俺に話しかけてくるやつなんていないし、身に覚えはない。

俺には朝一から話すような友達はいないのだ。

でもそれで困ることはないし、なんなら俺はただ静かに暮らしたい。

「おはよおはよ」

無表情のまま悠然とガン無視しているのに、相手は天然のエルモみたいな声を出しながらずっと喋っている。

「小日向、うるさい」

「ぴゃ」

何で俺に興味を示しているのかは謎だが。

俺は特徴もない空気人間だし、気を遣ってくれるのは有難いけど、教室で親しく話し掛けてくれても困る。

陰キャだから注目されたくないのだ。

「む~」

へちゃむくれて意気消沈していた。

読者モデルの美貌は見る影もない。

最近は色んな表情するな、こいつ。

「あー、すまん。まあなんだ、昼休みに部室に来るだろ? 話すなら、その時でいいじゃん」

「そっか。だよね!」

秒で元気になる。

何事にも一喜一憂して、人生楽しそうで何よりである。

ステップ踏むくらいに上機嫌である。

小日向のメンタルは見習いたいものだな。

「じゃあ、また後でね」

「ああ。そうだ、小日向。宿題ちゃんと持ってきているよな……?」

「泣」

少しの間が空き、悲しみの表情を浮かべる。

アホだな。

彼女の天然さというかポンコツ具合は重々承知しているが、変わらず期待を裏切らない。

人一倍、手の掛かる子である。

「ねえねえ、昼休みに家に取りに行けばいいかな? 間に合う?」

全速力で家まで取りに行くつもりなのだろうか。

小日向の身体能力の高さなら、問題なく完遂できるはずだ。

「それもいいけどさ。先生にちゃんと説明して、明日提出すればいいだろう?」

「それだ!」

二学期早々から、頭が痛くなってきた。

頼む、俺に平穏な生活を送らせてくれ。



それから数日が経過し、普通に授業に慣れてきた俺達に、先生は文化祭のクラス委員を決めるように言ってきた。

開催は九月末なので、三週間くらいで文化祭の準備をする。

時間的な猶予はあまりないが、去年の先輩方の計画書や経過書を参考にしてもいいのだ。

使える部分を利用しながら、やりやすい出し物を決めていく。


「はいはい! 私がやります」

小日向風夏は陽キャ代表で、名実共にクラスの顔ではあるが、お前には荷が重いぞ。

「女子の代表は、小日向さんか。大変だろうが応援しているぞ。分からないことがあったら気軽に聞いていいからな。あと、男子は……」

みんな下を向いて先生と目を合わせない。

いや、やれよ。

運動部の連中は不動であった。

親元から離されたチワワくらいに静かであった。

クラスで声がでかいやつが率先してやらないとか、何で陽キャやっているんだよ。

口々に失敗したら女子から嫌われそう。自分一人では責任は取れない。風夏ちゃんが可愛すぎて直視出来ない。

御託はいいからやれよ。

クラスの女子達は、男子が全然名乗り出ないことに苛立ちを覚えていた。

女子でなくとも、優柔不断な男は嫌いである。

「はよ決めろや」

萌花に至ってはガチ切れしていた。

小さい身体ではあっても、彼女は男よりも血気盛んであるし、クラスメートだとしても容赦ないのだった。

「俺がやります」

仕方がないので立候補する。

これ以上長引けば確実に女子からの反感を買うだろう。

何故か、俺の評価だけが下がる気がした。

「東山か。まあ頑張れ。東山なら特に心配もいらないな」

男子の決定には雑な反応をされた。

あからさまな塩対応に心が折れそうだ。

それでもやるからには頑張らないといけないので、真面目に取り組むことにする。

俺と小日向は教壇に上がり、文化祭のクラス委員として挨拶をする。

「みんな知っていると思うけど、小日向風夏です。改めてよろしくお願いします」

頭を大きく下げてクラス全体にアピールをする。

外面はいいやつなので、挨拶は好評である。

みんな拍手をしてくれている。

「みんな知らないと思うので、改めて挨拶します。東山ハジメです。よろしくお願いします」

俺の挨拶は不評だ。

仲がいいやつが拍手してくれているくらいだ。

白鷺が頑張って大きく手を叩いてくれているのが、凄く有難いし、凄く申し訳ない。

クラス委員としての挨拶が終わったら、クラスでやる出し物を決める。

俺が黒板に書く係になり、小日向は進行役をしてもらう。

小日向は手を上げて説明する。

「それでは、クラスの出し物を決めなくてはいけないので、紙を配るので一人一つやりたい出し物を書いてください。上位五種類から再度決めてもらって、ていしちゅするのでよろしくお願いしまちゅ」

めちゃくちゃ噛んでいたが、素知らぬ顔で貫き通していた。

みんなに紙を配って、記入してもらう。

俺は、回収した紙に書かれているものを黒板に書き出す。

「お化け屋敷」

「クレープ」

「たこ焼き」

「メイド喫茶」

「メイド喫茶」

「メイド喫茶」

「……イカサマしてる?」

「何もしてねぇよ」

出し物をメイド喫茶にするために、自らクラス委員になったみたいな空気感出すなよ。

無記名だから、男子連中がやりたい放題で書いているだけだ。

クラスには可愛い女子が多いので、必然的にメイド服などの衣裳を着せたくなるのだろう。

頭いいな。

組織票をぶちこんできたのは、運動部の連中みたいだった。

「でもこれ東山くんの字だよ?」

「やめろ、バラすな」

無記名の意味ないじゃないかよ。

陰キャのオタクが、クラスメートをエロい目で見ているようなものだぞ。

実際そうなんだけどさ。

それ以降の票もメイド喫茶や、お手軽に出来る出し物が多い。

クラス全体のモチベーションの低さが伺える。

まあ、文化祭をガチでやろうとする高校生は、かなりの陽キャか、クラスの異性と仲良くなりたいやつのどちらかだろう。

普通の男子は、文化祭は手伝いたくないが、手軽に女の子のコスプレ見たいくらいの意識の低さしかない。

その時点で女の子に好かれる要素皆無だが。

進行は滞りなく進めていく。

選出されたものから再度選んでもらい、出し物を決める。

だが、メイド喫茶のインパクトが衝撃過ぎて、票が八割を越えていた。

「では、クラスの出し物は無事にメイド喫茶に決まりました。……良かったね」

「よくねぇよ」

完全に先ほどのやり取りのせいじゃないか。

俺が熱烈に望んでいたみたいになっている。


それからはメイド喫茶のコンセプト決め。

飲食で何を出すかを話し合う。

メイド服を着てコスプレするだけなら簡単だが、喫茶店にするのであれば何を販売するかは最重要だ。

それ次第でどれだけ大変になるかが決まる。

メイド喫茶は、単品だけを扱う出し物とは違い、幾つもメニューを用意しないといけない。

飲み物は紅茶とコーヒー。

オレンジジュース。

文化祭では売り上げ勝負があり、順位次第で賞品がもらえる。

だが、金勘定や販売個数の管理もしないといけないので、数えやすさを優先して、飲み物とお菓子のセット販売のみにしてある。

生菓子は扱いが厳しいので、焼き菓子のみの販売だったり、飲み物の種類を抑えたり、小日向がスムーズに話題振りをしてくれるのでみんなからの意見を照らし合わせやすかった。

男子女子関係なく顔が広いだけあり、小日向の持ち味を最大限に活かしていた。

何だかんだ頼りになるやつだ。

俺は一言も発しないまま、黒板に必要な言葉を箇条書きしていく。

簡単なお仕事である。

「じゃあ、今日の内容を詳しくまとめてみるから、これはこうした方がいいかなぁ~ってところがあったらすぐに言ってね?」

そして話し合いは終了する。

時間が迫ってきたので、次の話し合いまでに内容をまとめて提出することになった。

やりたいことは無限に出てくるけど、予算は有限であり、みんなの要望を全部受け入れていくわけにはいかない。

クラス委員は話を聞くのが仕事。

微調整しつつ、いい着地地点を見付けるのがクラス委員の役割なのだ。

そういう部分ではみんなの要望をオブラートに包みながら、ある程度は妥協させていく小日向のコミュニティ能力の高さが伺える。

まあ、悪いやつじゃないからな。

予算や時間に制約がなければ、みんなの意見は絶対に聞き入れたいという真っ直ぐさは誰が見ても分かるものだ。

俺が出来ないことをやってくれるので、残りの作業を受け持つことにする。



放課後になると、忘れないうちにその日の内容をまとめることにした。

教室に残り、机を囲む。

俺達よんいち組全員と、お祭りで仲良くなった黒川さんや白石さん。

優等生の西野さんや真島さん。

男子からはサッカー部の一条さんが一緒にまとめてくれることになった。

「そうだ、一条さん他の男子は?」

「運動部はほぼ部活の出し物の手伝いで、抜けられないんだ。ごめん。他の人は分からないかな」

「そうか。一条さんは部活を手伝わなくていいのか?」

「一条でいいよ。こちらも呼び捨てにするし」

「ああ、わかった。よろしく」

「そうだね。部活仲間の佐藤があっちに付きっきりになる条件で、僕がこっちで手伝える話しにしてあるから大丈夫だよ。準備期間中は全部出れるかな?」

「そこまで話してくれたのか。すまない」

「こっちも東山にクラス委員を押し付けた立場だし、できる限り手伝うよ」

「ありがとう。助かる」

サッカー部でイケメンで人格者とは、一条はいいやつだな。同じ男としても勝ち目ないな。

女子の人気の高さもよく分かる。

少し話しただけでメンバーの全員からは好感触であった。

それに、男子が率先して手伝ってくれるのは有難い。

メイド喫茶とはいえど、準備の大半は力仕事ばかりでドタバタするし、段ボールを集めたり、高いところに看板付けたり、机や椅子を動かしたりすることにもなる。

危ないことは女子に任せるわけにもいかないしな。

「黒川さんも白石さんもいつもありがとう。頼りにしてる。絡むのは初めてだけど、西野さんと真島さんもよろしく」

初対面同士は一通りの挨拶を終えて、やるべき内容を確認していく。

文化祭の準備は、基本的には予算から逆算してやることを決めなくてはいけないので、そこが難しい。

如何に予算ギリギリで正確に計画書を作り、ハプニングなく進めていくかが重要である。

先生が去年の資料などを出してくれていたのは、先輩達がどういう動きをしているか。ミスなく行えるビジョンを資料を見せることで教えてくれているのだ。

楽しい文化祭が表向きだが、予算がある以上はそれに縛られて行動していくことになる。

予算数万円でメイド喫茶を成功させようとするには、かなりストレスが溜まるわけだ。

「うーん。ざっくり進めるとして、衣裳・装飾・飲食で予算がかかるわけか。足りなくなりそうだな」

「予算をクラスみんなで出し合うのは?」

小日向の意見はもっともだ。

しかし、クラスメートに強制させるのは忍びない。

初日の最初の段階で予算が足りませんと言われて、気前よくお金を出してくれるやつはいないだろう。

「まあ、本当にやばくなったらそれもありだろうな。だが、やれることをやってからにしよう」

三人寄れば文殊の知恵とも言う。

十人近い人間で深く話し合う方を優先すべきである。

「ねえ、話してもいいかしら?」

西野さんは提案する。

「とりあえず、メイド喫茶をやったことある人から話を聞いたり、文化祭の資料集めて、予算をどれだけ抑えられるか考えるのが先決でしょうね。特に取り扱うお菓子とかは、市販のよりも街のお菓子屋さんに聞いてみたいし」

至極全うな意見過ぎて、みんな驚いていた。

優等生だけあり、会話のレベルが高いな。

隣の読者モデルが根性論全開だから忘れていたわ。

「わあ、西野さん頭いいねぇ」

「普通だから……」

「私よりもクラス委員に向いてるくらいだよ」

「嫌です。私は目立ちたくないの」

「月子は人見知りだから無理だよ~。このしゃべり方も大体は緊張しているだけだから、大目に見てあげてね?」

友人の真島さんが仲介する。

西野さんはそういうタイプか。

「あーね。冬華みたいな感じ?」

「えっ!?」

白鷺に飛び火している。

急に話を振られたために、あの沈着冷静な白鷺がかなり同様していた。

いや、お嬢様だし、表に出さないだけでハプニングにはかなり弱かったか。

「小日向、脱線しているぞ。あとプライベートの詮索はよせ」

「ごめんちゃい。じゃあ話を戻して色々決めよう!」


それから時間をかけて。

資料室から書類を持ち出し、実際に必要なものがなんなのか調べあげる。

西野さんの助言が的確で、その通りに行動するだけでよさそうだ。

これ、クラス委員、俺や小日向じゃない方がよかったんじゃないか?

それでも彼女は目立ちたくないらしく、功績を譲りたがっていた。

「目立ちたくないなら仕方ないか。顔役は俺達がするから、案があったらじゃんじゃん言ってほしい」

「ええ、ごめんなさい。裏方でいいならいくらでも手伝うわ」

恥ずかしがり屋だから、嫌がるってのも大げさな気もするが、仕方ないだろう。

俺や小日向は数字を調査して調べあげるのは苦手だし、西野さんに任せてしまおう。


教室の装飾や看板は、黒川さんと白石さん。

飲食関係と予算管理は、西野さんや真島さん。

全体の補助は、秋月さんと萌花。一条。

メイド服や小物の調達は、俺と白鷺。

化粧道具や細かい必需品は、俺と小日向である。


役割を別々にしたのは、大人数で作業をしてバタバタしないようにするためだ。

個々に動いて仕事はするけど、全体の動きの管理はクラス委員である俺と小日向が行う。

だから、かなり忙しくなりそうだ。

ああ、忘れていた。

文化祭の写真撮影は、安定の高橋がやってくれる。

写真部は基本的に文化祭の記録係りなので、多忙である。

それでもクラスメートとして、心配してくれていたらしく、慌ただしい中でも数分だけだが立ち寄ってくれた。

忙しくてもクラスのために撮影をやってくれるとは相変わらずの仕事マンだ。

俺と白鷺はよく高橋のことを知っているから、あいつの頼もしさには惚れるレベルであった。

俺の知り合いは本当にいいやつばかりだ。

一条は問いかけてくる。

「高橋くんと仲良いんだね」

「元々漫研と写真部は同じ部室でやっているからな。サークル活動でよく手伝ってもらっているし、いい奴だよ」

「そうなんだ。あまり話したことないから、この機会で仲良くなれるといいな」

「う~ん、どうだろうな。高橋は写真以外は興味ないやつだからなぁ。……写真の話でもしたら多少は話してくれるんじゃないかな?」

俺ですらイベントの時くらいしか話さないレベルで、他人との接点持ちたがらないやつだから、イケメンで優しくてリア充な一条と話をしてくれるかは微妙である。

「ねえねえ、冬華は高橋くんと話したことあるでしょ? どんな人なの?」

女子メンバーも高橋に興味が湧いたらしく、白鷺からどんな人か聞いていた。

女子だけで和気あいあいと話している。


うーん。

なるほどね。

文化祭だと強制的に色々な人と話さないといけなくて、高いコミュニティ能力が求められるわけか。

しんどいな。

「東山。みんな手伝ってくれそうで良かったね」

「ん? ああ、最初はお通夜みたいな状態だったからマジでやりたくなかったけど、始まったらみんな優しくて助かるよ」

「手伝えそうな男子には僕から伝えておくから、手が空いた人からどんどん入ってもらうけど大丈夫かな?」

「ああ、それで構わないよ。……すまないな。俺が男子連中と仲良ければスムーズだったんだが」

「構わないよ。部活の出し物の準備が終わればみんな手伝ってくれるさ。それにほら、クラスの女の子はみんな可愛いから、この機会にアピールしたいのが男ってやつだからね」

饒舌に女の子のことを語る。

まあ、普通のことではあるが。

一条も女の子と仲良くしたいタイプなのか。

みんなに優しく話を振っていたから、彼女いると思っていた。

「一条は女子人気高いし、そんなアピールはいらないんじゃないか?」

「好かれるのは簡単だけど、嫌われるのも簡単なんだよ。そのための頑張りも必要だからね」

「ふーん。イケメンも大変なんだな」

定期的に生配信でスパチャ頑張るユーチューバーみたいなもんか。

推してくれているファンにちゃんとサービスしないと怒られる。

一条レベルのイケメンでも努力が必要なら、俺には無理だな。

彼女はいらないわ。

「僕でこれだけ大変だから、小日向さんの相手はかなり大変だよね?」

「小日向? ああ、クラス委員のことか。元々俺くらいしか小日向の相手は無理だし、何とも思ってないよ」

「仲良いんだね」

「仕事仲間だからな。信頼はしているよ」

マイペースなやつだが、天然だからどう動くかは大体の予想が付く。

その分一々話し合わなくて済むので、精神的には楽だ。

最初はやばいやつだとしか、思っていなかったが。

横目で見ると、小日向は楽しそうに話していた。

いや、そこは変わらんな。

あいつはやばいやつだ。



それから少しして、白鷺は後輩に呼ばれてテニス部の出し物を手伝いに向かう。

美術部は夏休みから取り掛かっていて、今から急ぐ必要はないらしい。

俺の漫研も、過去に描いたイラストを数点提出してポスターにするくらいなので、部室に顔を出す必要もない。

テニス部の後輩に連れられて、名残惜しそうに去る白鷺をみんなで見送る。

まあ、白鷺なら大丈夫だろう。

夜にでも連絡しておくか。

メイド服のことはラインで話すつもりだったし、詳しく知っている人がいる秋葉原まで出向く必要があるからな。

……メイドさんか。

久々に会うことになるから、いつも以上に面倒なことになるんだろうな。

白鷺には頑張ってもらうか。

萌花は疲れたらしく、のびのびと背伸びしていた。

「ふゆ連れていかれたし。帰るかぁ」

萌花含めて全員の集中力が切れてきていた。

放課後から一時間以上経っているわけだし、これ以上話してもまた話が脱線するだけだろう。

女の子が多いし、日が落ちる前には帰る方がいい。


その時だった。


ーー着信音が鳴る。

ずっと鳴り続けていた。

数十秒も続くほどかけてくるなんて、仕事の電話くらいである。

それが誰のスマホからのものかなんて、みんな知っている。

「小日向、仕事なら出ないと」

「う、うん……」

スマホを取り出し、電話に出る。

「はい。小日向です。はい、そうです。今からですか……」

途切れ途切れになり、徐々にテンションが低下していく。

この世の終わりみたいな悲壮感を顕にしている。

「これから仕事だって。大きい仕事だから、数日かかるかもだって」

「小日向、頑張ってこい」

やる気が低下した小日向にアメを渡す。

二つの味が一緒に入っているやつだ。

これ好き。

小日向は一つずつ食べればいいのに、二つを一緒に食べて味を楽しむ。

かなり好きらしく、宝石みたいなアメとか言っているくらいだ。

小日向の機嫌取りするために、常備していた。

「うん頑張る」

いつもは小日向フルパワーモードになるんだが、堪えているらしく効果は半減である。

クラス委員として頑張っていこうとした矢先だ。

俺だって同じ立場ならばこうなるだろう。

「これあげるから元気出して」

他の人達もお菓子を手当たり次第、小日向に手渡す。

両手で抱えられない量になりながら、嬉しそうに泣き顔で喜んでいた。

「わあ、みんなありがとう」

「風夏、早く戻ってきてね」

「ふうの分までやっとくから安心しな」

「仕事頑張ってきてくださいね」

「頑張って。装飾はやっとく」

「まあ、直ぐに戻ってくるなら、それまではフォローしとくわよ」

「出来るところはやっておきますね」

各々の言葉で。

みんな小日向を励ましてくれていた。

小日向の人徳の良さは羨ましい限りだな。

「男子もちゃんと頑張るから心配しなくていいから」


「気にせず行ってこい」

「うん。頑張る」

読者モデルが泣いたら撮影出来ないだろうに。

ティッシュを渡すと思いっきり鼻をかんでいた。

「ありがとう。行ってくるね」

鼻をかんだティッシュを俺に渡して、元気よく仕事に向かう。

走っていく小日向を見送る。

鼻水いっぱいで汚いけど。

今日くらいは許してあげるか。



数日後。

「小日向風夏ちゃん、無事に仕事終わりました。みんなありがとう」

大きく頭を下げる。

小日向が合流し、いつものメンバーで放課後に残って作業を進めていた。

数日の間で、飲食の調達経路の確保や、装飾のデザインまで決めていた。

西野さんが詳しい予算の内訳もやってくれていたので、本格的に動けるようになったわけだ。

みんなの意見で、小日向が戻ってきてから看板やチラシを作るのがいいだろうと配慮してくれていた。

誰もそれを表にしないまま作業をしていた。

みんな優しいな。

「小日向は字が上手いから、メニュー作ってくれ」

「うん。分かった」

小日向を椅子に座らせて、飲食のメニューを作ってもらう。

メニュー表はパソコンで出力して印刷する案もあったけど、女の子が直接書いた方が味があって可愛いってことでこちらを採用した。

他の人も同じメニュー表を書いてくれたので、それを真似して書くように説明する。

「同じ人が全部書いた方がいいんじゃないの?」

「文化祭はみんなで協力してやるものだから、同じじゃなくていいんだってさ」

「なるほど。頑張って書くよ」

小日向は真剣に取り組む。

仕事が忙しいのに直ぐに戻ってきてくれたのは有難いが、昼休みも寝ずに頑張るのは無理がある。

こいつの疲れやストレスは昼寝で解消しているようなものなので、毎日の睡眠は重要だ。

小日向の手が空いたら、少しでも仮眠を取らせておくべきか。

まぶたは重く、頭の位置が安定せず、眠そうにしているしな。


それから数十分後。

小日向の作業が落ち着いたので、眠いなら無理をしないように提案する。

だが、普通に話しても断るのは分かっていた。

それならばと、十分後に起こすようにするから条件を付けておく。

「え~、でも私まだまだ頑張れるよ」

「まだまだ作業はするし、眠い状態で油性ペン使うわけにもいかないだろう? 制服に付いたら怒られるぞ?」

「そうだけどさ」

「ちゃんと俺が起こすから安心しろ」

「そこまで言うなら、寝て上げてもいいかな」

「はよ、寝ろ」

何とか納得させて、机で寝かせる。

小日向の睡眠導入までの時間は最速なので、一分もしないうちに寝息を立てている。

一度寝たら地球が爆発しない限り起きないので安心である。

九月とはいえ風邪を引かないように俺の上着を掛けておく。


小日向を寝かし付けて、装飾組と合流する。

「すまない」

「あ、おかえりなさい」

黒川さんと白石さん。一条と一緒に装飾や看板の作成を進めていく。

他のメンバーはチラシ作りや、飲食のマニュアル作りをしてくれている。

美術部二人は率先して看板を作ってくれているため、美術部の経験からか作り慣れていてスムーズに進んでいく。

「黒川さん、これでいいかな?」

「ちょっと待ってね。これはね……」

一条は運動部なので、この手の作業が新鮮みたいだ。

二人に聞いて試行錯誤しながら、楽しんでやっているみたいでよかった。

予算の関係でお金は掛けられないため、学校がタダでくれる段ボールや厚紙を駆使して、工夫して作っていく。

メイド喫茶らしくするなら、高級感ある布地や木材をいっぱい使った方がいいが、予算的にもそれは難しいものだ。

しかし、二人は百均の材料を有効活用していて、本格的な喫茶店と代わらぬ看板を作ってくれていた。

「やっぱり上手いな」

才能溢れる腕前に、とても感心する。

黒川さんと白石さんいなかったら、予算はかなり羽上がっていたはずだし、ここまで綺麗なものは作れなかっただろう。

俺達男二人は尊敬の念を抱きながら、二人の指示に従い作業をしていく。

口を挟まずに言われたことをやる。

熟練者に従い、尻に敷かれた方が物事が上手くいくのだから、その通りにするだけだ。

「ねえねえ」

白石さんが話し掛けてくる。

「二人とも仲良さそうだね」

「そうだな。この前までは初対面同士だったのにかなり仲良くなったよな」

「二人の愛を育むのは数日で充分だったのさ。ほらアイコンタクトしてるし」

え、知らなかった。

二人の間はそのレベルなの?

いやまあ、一条はいいやつだし、恋愛観はちゃんとしていそうだが。

あのイケメンが黒川さんをねぇ……。

いや、黒川さんが地味だから意外とかではなく、色々な女性に好かれるやつが選ぶってことはガチ寄りのガチだ。

二人で楽しく話している様子は、まあ似合っているよな。

「そうか。白石さんはいいのか?」

「親友の恋を応援しなきゃ女がすたる」

何でいまプリキュア?

「なら応援するよ。まあ、口出しせずに見守っているだけだけど」

「温かい目で見守ろう!」

「ああ、そうだな」

「あたたかいめ~」

こっわ!

それあかんやつ。

笑わないタイプが笑うから、強烈に不気味な目をしていた。

「きゃっ!?」

黒川さんがビビっていた。

ビックリした拍子に体勢を崩す。

「黒川さん、大丈夫?」

「ありがとう……ございます」

結果的に二人は抱き合っているからいいのか?

とてもいい雰囲気であった。

二人とも顔を赤らめていて可愛い。

青春だな。



追記。



小日向のことは完全に忘れていた。

すまん。

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