第十五話・浴衣とお祭りとくじ引き。前編

日曜日。

朝から慌ただしい。

お祭りはお昼過ぎから始まっているが、浴衣を着る女性メンバーは早めに集まって着付けの準備をしていた。

母親はそれなりに忙しそうにしていた。あまり表情が動かない人だが、タンスから浴衣を出したりと準備は大変そうだったからな。

「さて、着替えを始めましょう。ハジメちゃんは出て行こうね?」

「分かった。部屋に居るわ」

「違うわ。女の子が着替えるんだから、家から出て行ってね」

「家から?!」

あ、ガチのやつだ。

雰囲気が物語っていたので従うことにする。

親父が朝から居ないのは、事前に家から追い出されていたからか。

妹の陽菜は朝一からお祭りに行っている。

「分かった。時間掛かるだろうし、コンビニでも行っているから、終わったら連絡して」



ハジメが居なくなると、用意した四人分の浴衣をテーブルに広げた。

彼女が学生だった頃に購入した年期の入った代物ではあったが、今までの間もずっと大切に保管されており、浴衣は新調したばかりのように花柄が鮮やかで綺麗であった。

浴衣のデザインは百合や向日葵、朝顔や紫陽花と浴衣では一般的な花柄で、派手とは言い難いが祭りに出向く女の子からすれば何よりもキラキラした衣裳と言える。

特に風夏や冬華は、表情が幼児退行をするレベルで浴衣に見惚れていた。

可愛いものが好きな二人らしい反応である。

「好きなのを選んでいいからね? でも喧嘩しちゃ駄目よ?」

「分かりました!」

「では、いつものやつだな」

公平性を優先し、じゃんけんを始める。

四人でじゃんけんをするが、何度もあいこになっている。

ハジメママは、最近の若い子は浴衣を選ぶのも話し合いで決めないものなのかと思いつつ。

女の子同士で喧嘩しない処方箋なのか。

現代っ子ぽい感じである。

いや、単純に全部着たくて花柄を決められないからじゃんけんしているみたいであった。

よんいち組のメンバーは、女性目線から見てもかなりの美人揃いではあるが、感性は普通の可愛い女の子である。

「あらあらまあまあ、ハジメちゃんも大変そうねぇ……」

タイプは違えどもみんな可愛い女の子で、誰が本命かは知らないが、それに囲まれている愛息子を想像してみる。

ええ、ヒエラルキー最下位なのは確実である。

相変わらず死んだ魚の目をしてそうだった。

ママが頑張らねば。

そう思いつつ、息子の心労を天然で溜めていくハジメママであった。


それから浴衣の着付けに入り、風夏や萌花から浴衣を着せていく。

他の二人は胸が大きい関係からか、タオルを巻いて凹凸を減らして見映えが良くなるようにしていく。

時間をかけながら着付けをして、服が簡単にズレないようにするのだった。

「へぇ……」

「ウケる。浴衣は胸が大きいと似合わないってやつ?」

風夏と萌花は淡々とした口調で会話をしているが。

確実に、女の子同士の友情に亀裂が生じていた。

麗奈は、おっぱいの波動に目覚めた風夏と萌花とは目を合わせないようにしていた。

変に絡むと襲ってきそうである。

何故に胸に執着しているのか。

巨乳の方が大変なのだが、口にしたら怒るので気付かない不利が一番いい。


「よし、これで終わりね。みんな、お疲れ様」

四人分の着付けを終えて一段落する。

浴衣が崩れないように細心の注意を払いつつ、椅子に座る。

慌ただしい性格の風夏ですら、借りてきた猫みたいに静かにしている。

それから風夏の髪型を整え、編み込んでいく。

長髪が綺麗に纏まり、うなじが見える。

娘の陽菜にするように可愛くアレンジして、華の髪飾りを付ける。

「わあ、ありがとうございます」

「崩れたら簡単には直せないから気を付けてね?」

「はい!」

他の女の子も、お菓子を貰うために並ぶ子供みたく、割り込みせずに一列で待っている。

「あらあらまあまあ」

四人全員分、髪型を纏めていく。

「ママも本気で頑張らないとねぇ。娘がいっぱい増えたみたい」

そんなことを言いつつ、和気あいあいと準備を終えていくのだった。



一方その頃。

死んだ魚の目をした主人公。

「親父?」

コンビニで親父と遭遇した。

家から近い場所だし、考えることは同じか。

親父は、コンビニの休憩スペースでスマホゲームを周回マラソンしていた。

イベントを頑張って走っているようだ。

うん、まあ……俺もオタクだし否定はしないけどさ。

家を追い出された親父が静かにゲームやっているのは堪える。

空になったアイスコーヒーのボトルが哀愁漂っていた。

追い出されて暇なのは同じなので、家族と一緒に居るのは恥ずかしいが、隣に座って暇潰しをすることにした。

自分と親父の分のアイスコーヒーを買ってくる。

それから一時間くらいの間、お互いに無言でスマホをいじっていた。

親父のことは嫌いではないが、男同士で特に話すこともないからだ。

母親がお節介な分、親父は自由にやらしてくれている。

まあ、男の俺よりも可愛い妹を溺愛しているから、釣り合いは取れているのか?

俺からしたら、母親に好かれる方が面倒だけどな。

母親からのラインが来る。

「終わったってさ」

親父もいるから、一緒に帰っていいか確認しておく。

『パパはあと一時間くらい待たせておいて。どうせ、ポチポチしてるだけでしょ?』

いや、そうだけど。

休みの日に追い出された立場の人だから、そう言うのは酷である。

一応、東山家の稼ぎ頭であり、尊敬しないといけないんだがな。

まだ待っていてほしいということを、親父が傷付かないように、当たり障りない言葉で伝えておく。

ゴミを捨てて、家に帰る準備をする。

「息子よ」

「ん? 他に何かあった?」

不意に父親が話し出す。

「自然界の動物はメスの方が強いのだ。人間とて同じことよ。肝に銘じておくのだな」

「いや、今必要なこと?」

「ああ!」

とても綺麗な返事だった。

尻に敷かれている親父だからこそ、とても重みがある言葉なのかも知れない。



家に帰って来ると、バタバタしていた。

音だけでも分かる慌ただしさ。

終わってなさそうだから、玄関から動けないんだが。

この手の原因は大体小日向だろうけど。

「ハジメちゃん、入ってきていいわよ」

母親からの許可が降りたので、リビングに入る。

「おお……」

中に入ると、四人共に花柄の綺麗な浴衣で着飾っており、髪型はいつもとは違っていて、お団子結びで小さく纏めていた。

お団子部分には、これまた綺麗な和風の髪飾りを付けている。

元々かなりの美人揃いではあるが、浴衣という伝統的な衣裳を身に纏っていると違う印象が強くなる。

ああ、言葉にするのは難しい。

「ごめん、綺麗過ぎてびっくりした」

語彙力が低下する。

みんなの浴衣姿は、言葉が詰まるくらいに綺麗だった。

恋人ではない立場であっても、心臓が一瞬止まるような衝撃を受けた。

お祭りで浴衣に着替えるのは漫画ではよくある展開だが、それの良さを初めて理解した。

うん、和服もいいな。

日本人はやっぱり和風がよく似合う。

大和撫子みたいに清楚な女性は、それだけで映える。

「ママがおめかししたのよ? みんな可愛いでしょう?」

「ああ、可愛い。いや、本当に」

「あらあら、ハジメちゃんの思考力が無くなってるくらいに魅力的ってことね」

「え、なにが?」

上手く褒められそうだったのに、話しかけてくるから分からなくなってしまった。

男としては気の利いた言葉を言ってあげるべきなのだろうが、俺には無理そうだ。

女の子慣れしているやつならば、簡単なのかも知れない。

でも、俺はそんな人間じゃないし。

「すまない。褒めるのって難しいな。洒落た言葉の一つでも出すべきなんだろうが……」

綺麗とか可愛いしか出て来ない。

小日向や白鷺は褒められると嬉しがるタイプで、秋月さんは恥ずかしがるタイプだ。

萌花は、可愛いと言われても興味なさそう。

表情が変わらないタイプだな。

まあそこが彼女の魅力なんだろうけど。

「東っち的には、誰が一番可愛いよ」

「ん? 誰がって言っても、みんな一番可愛いだろう?」

「ちょっとくらいは差があるっしょ?」

「いや、着こなし方に違いはあっても、差とか優劣なんてないと思うぞ。もえも浴衣を着たら可愛いし」

「あ? 浴衣を着たら?」

「すみません。いつも可愛いです……」

自分に対するセンサーの感度が高いため、秒で反応される。

人を殺せるレベルでガン付けられるが、可愛いと言ったら許してくれた。

「まー、もえは鬼じゃないし許すけど。あとで何かおごって」

「ああ。それで許してくれるのは有り難いが、高いのはやめてくれよ?」

「いえーい。お祭りでいっちゃん高いやつ考えとく!」

悪ガキめ。

萌花の浴衣姿は可愛いのに、性格は根っからのイタズラ好きなんだよな。

とはいえ、萌花のイタズラは友達に対してやっているわけなので、俺も友達として認識しているのか。

「ふう、お祭りで高いやつって何ある?」

「ステーキかな? 毎年、ステーキ専門店の屋台あるからめっちゃ美味しいよ」

小日向は小日向で、悪知恵付けさせるなよ。

コミケや遊びに行ったりしているし、その上で祭りとなると無駄に買い物も出来ないのだ。

「あとはぬいぐるみくじとか」

「大きなぬいぐるみやつか」

「あれなら頑張れば一等や二等も狙えるから、ありよりのあり」

「お祭りのくじで良いやつを当てられるのは萌花だけだよ」

え、ガチのガチで高いやつ選んでないか?

俺に恨みでもあるの??

無駄遣いしたら、母親に怒られるし。

「あらあら、怒らないわよ?」

「いや、ナチュラルに息子の思考を読み取らないで」

「男の子って単純だから分かりやすいわよ? 思考を読むまでもないわキリッ」

母親に関しては、笑顔で居るだけで怖いんだよ。

S級の能力者みたいなセリフを吐いていた。

「そうそう、ハジメちゃんの浴衣も準備してあるから着てね?」

「いや、興味ないし」

「よく考えてみてね。可愛い女の子が一時間以上準備をしておめかしして浴衣を着てもらっているのに、その言葉が通用すると思う?」

「うっす……」

メスには勝てない。

オスの本能が逆らうことを拒んでいた。

親父の教訓を思い出す。

こんなことで、母親と喧嘩をしない親父の心境を理解することになるとはな。

母親の顔は笑顔に戻る。

「はい、これが浴衣と帯。時間もあまりないから、三分で着替えてきてね」

「短くないか? カップヌードル作るんじゃないんだから」

「服脱いで浴衣を着るだけなんだから、直ぐでしょう?」

早着替え選手権じゃないんだけどな。

小学生の時なら喜んで三分で着替えているのかも知れないが、高校生に急げって言われても乗り気にはならない。

「あらあら、やる気にならないなら、ママがチューしてあげようかしら」

「いらないし、直ぐ着替えてくる」

息子ガチ勢なので、相手は本気だ。

一秒も猶予はない。

最速のフレーム動作で部屋から逃げ出す。


「あらあら、ハジメちゃんってば。もう、恥ずかしがり屋なんだから」

女子四人は、何となくハジメがああいう性格になった要因が何なのか気付いてしまった。

ママは強し。

女子高生程度では太刀打ち出来ない女性。

それが母親なのかも知れない。



母親に邪魔をされないように、それからすぐに家を出て、俺達は駅前の祭りまで向かう。

祭りに向かう他の人も浴衣姿でおめかししているけど、やっぱり小日向達はかなり目立っていた。

可愛いとか綺麗という言葉が自然に飛び交っていた。

学校でも指で数えるレベルの美人だしな。

目立つのは当たり前か。

その為に綺麗な衣裳に身を包み、一時間以上掛けているんだからな。

かくいう俺も浴衣を着せられた挙げ句、身なりを整えさせられていた。

男の自分が見た目を気にしても仕方ない気がする。

男とはいえ、髪の毛くらいセットするのが最低限のマナーらしく、ヘアワックスで髪型を固めていた。

女の子用のワックスだからか、甘い匂いがする。

俺の話をしても誰も喜ばないから割愛するとして。

「みんな綺麗だとやっぱり目立つよな」

男の子はみんな振り向いて二度見するくらいにやばい。

四人共に普通に可愛いから、そんな人が浴衣姿でおめかししていれば、当然の結果ではある。

日頃顔合わせしていて慣れている俺でも言葉が出て来ないくらいにびっくりしたからな。

「大丈夫、人混みに紛れたら目立たないよ」

「……そういうものか?」

祭りの中に入れば、女の子の顔なんて確認する余裕もなくなるくらいに混雑するから、心配しなくていいのか?

「うん! 屋台の食べ物にしか目がいかなくなるやつ!」

違いました。

小日向、それはお前だけだよ。

屋台の食べ物に夢中とは、能天気なやつである。

普段からモテ慣れていて、気にしなくなっていた。

「私は、プリキュアのお面と、プリキュアのわたがし。プリキュアのうちわも欲しいぞ!」

白鷺に至っては、女児とお祭りに来ている感じになっている。

お祭り前なのに元気な奴等だ。

自分自身の見た目とか気にしているやつはいないようである。

美人は変人が多いのかも知れないな。

両サイドをこの二人に固められているので、ずっと祭りの話ばかりだ。

「萌花はお祭りで何を見てみたいの?」

「ふうとふゆに振り回されている東っち」

「現在進行形で見させられているものを言われても困るけど……」

萌花は弄るが、反応し切れない。

マシンガントークで行きたい場所を話まくる二人の相手をするだけで精一杯だ。

そして、俺だって出来ることなら振り回されたいわけじゃない。

身体能力の差から、近距離パワー系の小日向と白鷺は振りほどけないのだ。

「東っち、女運ないっしょ」

「すまない、助けてくれ。ああもう、回りたいところは付き合うから、行きたい場所を連呼するな!」

「ほいほい。助けるから、あとでジュースおごってね」

「え、有料なのかよ」

「ウチ、得意なことは決してタダでするなって家訓なんで」

そんな家訓は知らないけど。

このままだとらちが明かないので、助けてもらう。

自販機のコーラで手打ちになった。

祭りに到着する前から金使わせるの何でなん……。

「ぷはぁ! うめぇぇぇ。他人の金で飲むコーラほど上手いものはないって言うよね!」

「そうだな……」

この子、悪魔かな?

小さい悪魔だから、実質小悪魔か。



ワイワイ。

雑多な感じが凄い。

夕方前だというのに、人混みで押し潰れそうなくらいに賑わっていた。

隙間がなくなるくらいにぎゅうぎゅうになっていて、一番身長が低い萌花は人混みのせいで顔が見えない。

「ゲロ混んでるピ。こんなんずっと居たら、三回は死ぬわ。やっぱ、つれぇわ」

「いや、頑張って生きてくれ」

入口の時点でリタイアする気満々だった。

萌花だけでなく、奥へ奥へと進んでいく流れに飲まれたら生きて帰れない。

誰もがそう思っていた。

「ねえねえ、お肉屋さんがコロッケ出してるよ! めっちゃ美味しいの!」

「ああ、小日向はちょっと待ってくれ。危ないから」

人混みに飛び込もうとする能天気なやつを引き留める。

髪型を整え、浴衣で着飾っても人の中身が変わることはない。

小日向は大人しくしている性格でもないけど、少しは御淑やかに振る舞って欲しいものだ。

「ねえねえ、早く早く」

駄目だな。

お祭りの熱気に当てられて興奮している。

心がぴょんぴょんしているみたいである。

いや、実際に跳び跳ねているけど。

「小日向。他のやつもいるんだから、一人で進むなよ。みんなで回ろうぜ?」

「そっかぁ、ごめんね。ゆっくり回るよ」

「あと、慣れてない下駄で走ると足を痛めるから気を付けろよ?」

「りょ!」

びしぃ!

物分かりがいいのか。

分かってすらいないのか。

小日向はどちらとも取れる返事をする。

「仕事しているとはいえ、あまり無駄遣いするなよ?」

「くじ引きは運ないからやらないし、食べ物は食べたいものしか買わないからへーきだよ」

「そうだろうけどさ。食べきれなくなって残すなよ?」

「じゃあ、半分ずつでシェアしよ! それならいっぱい食べれるよ」

「いや、そこまでして食べたいのか……」

みんなでシェアするとか、女子的な思考だよな。

あ、一応女子か。

「たこ焼き。焼きそば。お好み焼き。ホットドッグ。イカ焼き。かき氷。りんご飴。わたがし」

「お前の胃袋は宇宙か……」

小日向の胃袋に付き合っていたら、半分ずつ食べたとしても三つ目でリタイアするわ。

あとソース味多過ぎる。

「あ、そうだ。焼きとうもろこしとステーキ串も外せないよね。うんうん!」

増やすなよ、厳選しろよ。

目に入った屋台の数だけ、欲しいものは増えていくのだった。



それなら少しずつ前に進みながら、屋台を覗いていく。

小日向は食べ物だし、白鷺は可愛いものだし、秋月さんや萌花は祭りの雰囲気を楽しむのがメインになっているのか、色々と買ったりする感じではなかった。

祭りで舞い上がっていても、お金の節約や節制するのが普通であり、オタクみたいに何でも買うわけにはいかないよな。

「う~ん」

萌花は悩みながら、くじ引きを物色している。

可愛いぬいぐるみには興味なさそうな性格だが、腐っても女の子なのだろう。

まあ、可愛いところもあるものだ。

「もえは何を見ているんだ? 引かないのか?」

「当たる雰囲気やオーラを見てるん」

「え? なにそれ?」

「くじ引き引く前からお!?ここなら当たるじゃん!って時あって、出会って秒で分かるフィーリングがあるんだよね」

「ガチャガチャの時もそうだったが、お前は能力者なのか?」

運がいいやつには、特殊能力でもあるのだろうか。

他の人なら馬鹿みたいな話だが、萌花がそう言うならば信じてしまう。

友達を平気で弄るが、嘘は言わないからな。

当たると言ったら当たりそうだ。

萌花にはそういう凄味がある。

「くじ引きで、何か欲しいのあったら言ってね」

「ああ、ありがとう。でも祭りのくじ引きだと可愛いぬいぐるみばかりだし、俺っていうか白鷺とかに取ってやってほしい」

「それな! ふゆは何か欲しいのあるん?」

「無理だとは思うが、これぐらい大きなぬいぐるみが欲しいぞ」

特賞か一等レベルの大きさで表現していた。

祭りのくじ引きで当てるのは無理だ。

確率の話だと、底まで引いて当たればいいくらいだろうか。

「おけぴ」

「いや、当たるのか?」

「もえはやれば出来る子ちゃんだから」

相変わらずイケメンだな……。

ぬいぐるみを欲しがっている白鷺の為にも、真剣な眼差しで当たりそうな出店を見ていく。

能力者ではない一般人には違いは分からないが、萌花の邪魔をしないように静かに見守っていた。

秋月さんも同じく付き添いをしてくれていた。

「萌花は運がいいから、何かしら当てると思うよ?」

「そうなのか?」

「いきなりコンビニの一番くじ引いて、A賞を当てることもあるからね」

「それはやばいな」

「でも、自分の欲しいものは運がないらしいから、萌花曰く誰かの為のくじ引きしかしないらしいよ?」

なるほどね。

だから、俺や白鷺とかの欲しいものを聞いてくるのか。

人の為にしか使えない能力ってことか。

それでもかなり凄いけど。

「東っち!」

「え? どうした?」

三人から少し離れた場所に居た萌花の場所まで駆け寄る。

一人で行動するのはやめてほしい。

「ここで借りを返す時だよ。お金出して」

「ああ、はい。五百円でいいのか?」

「うん! おけおけ!」

萌花に手渡す。

「おばちゃん、一回引かせて」

「はいよー。お姉ちゃん頑張って当ててな」

おばちゃんが箱を揺らしてくじをかき混ぜる。

「特賞特賞」

彼女が狙っているのは、可愛いぬいぐるみのくじ引き。

特賞は萌花くらいの大きさのやつで、天井に吊るされている。

こども番組のくまくま体操のくまだ。

小さな女の子からしたら、かなり嬉しいラインナップである。

一等や二等も、こども向けのキャラクターが多く、最低保証の五等は山積み状態のぬいぐるみのキーホルダーだった。

そこから一回で狙い打ちしようとするのだから、それを無謀と取るか、英雄と取るかは人それぞれだろう。

ペリペリとくじをめくり、中身を確認する。

「どうだ?」

萌花は手の中に隠しながら一人で見ていた。

「完全勝利」

「え? マジで!?」

「いぇーい」

ニュータイプなのか、こいつ。

ガッツポーズをしていた。

一発で特賞を引き当て、吊るされていたくまくま体操のくまを解放する。

「一回で特賞は凄いな。ほら、大きいから気を付けてな」

おばちゃんも快く祝ってくれた。

萌花は抱き抱えるけど、大きすぎて持てない。

「お姉ちゃんちっちゃいんだから、彼氏が持ってあげな。可哀想やろ」

「ああ、俺が持つよ」

萌花から受け取る。

普通に重い。

あと、真夏の夜にぬいぐるみ抱き抱えていると、身動き取れないのと暑苦しい。

「東っち、すまんね」

「いいってことよ。特賞取れたんだから、みんなに見せびらかしに行こうぜ」

「ふゆ喜ぶっしょ!」

「ああそうだな。だが、白鷺にあげちゃっていいのか?」

「ふゆの為に取ってあげたんだしね」

まあ、そうなのかも知れないけどさ。

せっかく萌花が頑張って取ったのに、かたちが残らないのは嫌だ。

「すまない。ちょっとだけ待っててくれないか?」

大きいから申し訳ないが、くまさんを渡す。

「ま? どしたん?」

「説明は難しい。だから待ってて」


数分だけ待ってもらい、準備をしてくる。

「東っち、遅いぞー!」

「すまない。これをもえに渡したくて」

ぬいぐるみのキーホルダーを手渡す。

くまくま体操のやつだ。

くじ運がない俺では、五等が限界だったが。

「……わざわざ、くじ引きしてきたん?」

「ああ、五等で申し訳ないが貰ってくれるか?」

「うん。プレゼントは嬉しいけど、ふうとかれーなじゃなくていいん?」

「もえの為に引いたんだから、いいんだよ。何も気にせず貰ってくれ」

「そっか。サンキュー」

素直に貰ってくれた。

萌花からぬいぐるみを受け取り、食べ物を買っている小日向達に合流しに向かう。

ぬいぐるみを抱えて歩くのは、人混みがずっと続いているし大変だ。

「……今さらだけど、東っちってロリコン?」

「いきなり、なんで?!」

「顔がイケメンに生まれてたら良物件だったのにねぇ……。残念だね」

「ええ、知らんわ……」

この世にイケメンでオタクしている陰キャなんていないわ。

無茶を言わないでくれ。

あと、男を物件扱いするなよ。

俺じゃなきゃ嫌われているぞ。



それからぬいぐるみを白鷺にプレゼントして、喜ぶ彼女が見れた。

アメリカの子供くらいに大はしゃぎをしていた。

「はい。ぬいぐるみを運ぶんは東っちがよろよろ」

「俺が運ぶんかい」

「男の子っしょ」

「それな」

萌花との漫才にも慣れたものである。

「くじ引きいいなぁ。私もやりたい」

両手に料理を持っている小日向がお預け食らっているので、場所を移動して設営されている飲食スペースに座る。

運動会なんかのテントみたいな簡易的なテーブルとイスだが、それ含めてお祭りである。

浴衣で歩き回ったため、みんな多少は疲れている様子だった。

イスに座り一息付いて、各々で購入したものを整理する。

「ふむふむ、ぬいぐるみ邪魔じゃね?」

特賞当てたやつが言うなよ。

イスの半分を占領していても、白鷺は喜んでくれているんだからさ。

「小日向、これからどうするんだ?」

「むが? むがむが」

小日向は食べ終わってから話してくれ。

食べ終わるまで待つ。

「えっとね、七時から花火があるから、場所取りするんだよ」

「帰る時間遅くなるぞ?」

「お祭りには花火だよ。見ないと損だよ」

花火を見て風情を楽しむ性格ではないからなぁ。

まあ、女の子なら綺麗な色をした花火に意味を見出だすのかも知れない。

色彩への感受性が男性よりも強いらしいしな。

お花屋さんとか好きだし。

同じ花火でも、野郎とは見え方が違うのか。

白鷺はぬいぐるみを抱き抱えながら話す。

「となると、去年と同じ場所に行くのか?」

「うん。駅前モールの噴水広場まで移動しよう」


後編へつづく。

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