第十四話・プールと水着と宿題とホットケーキ
夏コミが終わり、やっと少しは落ち着ける。
昼ドラ見ながらそうめんを食べるのが、何よりも幸せだと実感するのは、おっさんっぽいがまあいいだろう。
小日向達は女性専用のホテルプールに遊びに行っているらしい。
せっかく水着も買っていたことだし、いっぱい遊べばいいだろう。
俺は男だし元々不参加だ。
スマホから通知音がする。
プールに行くのは構わないが、小日向のインスタやツイッターが更新されている度に通知が鳴り止まない。
反応しないのも文句を言われかねないので、ツイッターを開く。
『これからいっぱい遊ぶよ』
水着姿の小日向が写っていた。
ツイでつぶやく時に、一々自撮りするのは何なんだろう。
女の子の癖?
みんなに可愛いって言ってほしいのか。
RTといいねを押して、コメントしておく。
『プールサイドは滑りやすいから走るなよ?』
『走らないよ!』
ツイの返信早いな。
いや、走るような人間だから言っているんだが。
小日向ほど分かりやすい人間はいないって。
一方その頃。
ぷんぷんとしている小日向風夏であった。
「もう! プールサイドは走らないよ」
「走るぞ」
「走るでしょ」
「走るっしょ」
小日向組あらため、よんいち組のメンバーは安心と信頼の言葉を投げ掛ける。
何なら、プールに飛び込みかねないくらいに元気な子供なので、念入りに注意をしていたくらいである。
全員、水着に着替えていたわけであり。
風夏は何着か購入した中から落ち着いた色の水着をチョイスしていた。いつもより胸元が大きく見えるのは、寄せるタイプの水着だったからであり、中にパットは仕込んでいない。
男子がいないプールなので着飾る必要性もないし、自然体でもスタイルの良さはモデルなのである。何もしなくても目立つ存在だ。
冬華は動きやすい花柄のビキニに、腰に同じ花柄のパレオが巻かれている。お嬢様である彼女らしい水着ではあったが、泳ぐ為に直ぐにパレオを外していた。
萌花は胸元に可愛いフリルが付いている水着で、麗奈は体型が隠れる水着で弄られていたせいか、へそと腰を隠さないものにしていた。
女性専用とはいえ、ホテルのプールは、規模は大きく遊ぶには充分である。
ただ、流れるプールとかはない一般的なものだ。
高い位置からの絶景を楽しみつつ、南国風のジュースを飲み空気感を楽しむのがメインであり、純粋に泳いで楽しむものではない。
優雅に寛ぎつつ涼しさを感じるアメリカの別荘みたいなものだ。
水に浸かり、暑さを凌げれば充分である。
他にも水着のお姉さん達が居たが、インスタ映え目的なので、プールで泳いで遊ぶ人は少ない。
逆に遊びに来ている小日向達が珍しい方である。
「じゃあ、遊ぼう!」
「まあ待て。準備運動をしてからだ。水は危ないのだぞ」
冬華の指示を受けて、ちゃんと準備運動をする。
言われたらちゃんとする辺りは、素直な子ではある。
「よし、遊ぼう!」
「うむ!」
風夏と冬華はプールに入り遊び出す。
麗奈と萌花は、先にジュースを飲みながら雰囲気を楽しんでいた。
「これが女子会ってやつ?」
「よく分からないけど、それっぽい人達は多いかも知れないね」
「自分の写真撮って何が楽しいんだろ」
「萌花、他の人に聞こえるからね? 彼氏に向けて送ってるかも知れないでしょ?」
「なる」
萌花は自然な動作でカメラを起動する。
「れーな、はいピース!」
「ぴーす??」
麗奈は困惑しながらながらも、言われた通りにちゃんとピースをする。
「お~、見てみ。めっちゃ綺麗に撮れてる。ラインで送っとくね」
「そう? ありがとう」
「あ、メンゴ。東っちに送ってたわ」
「ーー何で?!」
普通に考えて間違うわけもなく、萌花が悪ふざけで送り付け、二人の反応を見ようとしていた。
「早く消して!」
既読マークが付く。
流石に既読が付くと気になるらしく、麗奈の動きが止まる。
『可愛く撮れてるけど、ちゃんと許可取ってから送ってくれ』
「やったじゃん。れーな可愛いって」
「許可取れってのがメインだからね!」
萌花が引き続き、しれっと返信しようとしているのを止める。
ワチャワチャしているのに気付いてか、小日向が声を掛ける。
「ねーねー。二人とも、どしたの? プール入らないの??」
「冷たくて気持ちいいぞ!」
浮き輪に乗ってプカプカ浮いている風夏と、隣の冬華はビーチボールを持っている。
「ふうとふゆ、ピース!」
モデルの仕事やコスプレ趣味の関係上、二人共にカメラを向けられると自然と反応してしまう。
「撮るならみんなで撮ろうよ?」
「そうだぞ」
「お~、どちゃくそエロく撮れてるから、東っちに送るわ」
「萌花?!」
「麗奈! 萌花を止めろ!!」
ハジメちゃんサイド。
ラインの通知が止まない。
楽しそうに遊んでいるのは構わないが、一々写真を送ってくるのは何なんだ?
知り合いの水着姿はどうしても反応に困るし、既読スルーしたら永遠に怒られる気がするので、即座に返信しないといけない。
秋月さんや小日向。白鷺の写真は意味が分かるけど、数分後に萌花の写真がやばすぎた。
「こっわ」
萌花は尻から浮き輪に埋め込まれ。
ワンちゃんに無理やり洋服着せた時の顔をしながら、抵抗することなく悠然とプールに浮かんでいる。
元々小柄だからか浮き輪から抜け出せないのだろう。
『流刑』
ふざけすぎた罰だな。
全ては自業自得だが、多少は同情する。
「れーな、助けろー」
「よし、浮き輪を回して遊びましょう」
「よくもやったな、腹黒おっぱいめ~」
萌花はぐるぐる回転しながら真ん中へと進んでいく。
他の女性に押されて、元の位置に戻される。
「れーな、戻ってきたぞ~」
「はいはい。少しは反省した? 外してあげるね」
回転する萌花を止めて嵌まっていたお尻を押し出す。
浮き輪から外れて体勢を崩し、水の底に沈む。
「げほげほ、悪魔か」
「ごめんなさい。わざとじゃないの、許して」
「じゃあ、胸揉ませて」
「絶対無理」
即座に拒絶されていた。
「……」
「……」
少しの間を空けて、本気で水を掛け合う。
萌花がそんなことをやり合うのは麗奈だけで、信頼関係ありきの冗談だったが、半分本気で言っていた。
水中合戦を始める二人を尻目に、プールから上がってゆっくりしていた。
風夏が飲んでいたのはブルーハワイ。
パイナップル・レモン果汁とノンアルコールのブルーキュラソーで割った炭酸飲料で、アクセントに可愛いパイナップルが付いているインスタ女子に人気の飲み物だった。
「冬華、ブルーハワイってなんでハワイなのかな?」
「さあ?」
「よく分からないドリンクって変な気分……」
「代わりに、フラワーソーダ飲むか?」
冬華の飲み物はグラスの中に鮮やかな色をした花が入ったサイダーである。
可愛いから選んだ。
「お花って食べられるの?」
「ふむ。菊の天ぷらとかあるから、大丈夫だろう。食用の花というやつだな」
「なるほどね。美味い?」
「正直、分からん」
飲み物の中に入っているだけで、香りはするが味という部分ではよく分からなかった。
冬華も見た目が可愛いから頼んだだけなのであまり気にしていないようだ。
麗奈と萌花もプールから上がり、水分補給をしていた。
麗奈は、濡れた髪をタオルで乾かしながら会話に入る。
「二人は何の話をしていたの?」
「ブルーハワイのハワイ要素」
「お花は食べられるか」
「え? 女の子の会話内容じゃないと思うよ? 夏休みの自由研究なの?」
ーーはっ。
麗奈は即座に理解する。
このメンバーには圧倒的にツッコミ役が足りないことを。
女子四人よればかしましい。
ボケしかいない超絶空間だった。
ツッコミ役は地元でアイスコーヒーを飲んでいる。
「そういえば、小さい頃は将来の夢はお花屋さんだったな」
「はいはい! 私はお嫁さん」
純粋な夢を語っているけれども、水着姿でジュースを飲む姿はパリピ感満載である。
可愛い夢とのギャップが激し過ぎて違和感しかない。
「何でお嫁さんなんだ?」
「大人になったら絶対にお嫁さんになりたいって思ってたから」
「ふむ。お嫁さんは分かるが。将来の夢は普通に考えて、やりたい仕事だろう?」
「じゃあパン屋さん」
読者モデルでも女優でもなく、一番遠いところを攻めてくる。
しかしながら、ツッコミ役が不在なためにそのまま会話が進んでいく。
「うんとね。パン屋で働いて、ちっちゃい子が喜ぶキャラクターパンいっぱい作りたいかな」
「パン屋はいい仕事だ。購買部のおば様みたいに、私達が喜ぶ顔を見て幸せそうにしているのもいいことだ。パン屋は天職なのだろうな」
「うんうん。やるなら人を喜ばせる仕事をしたいよね」
「麗奈は?」
「私? 将来の夢は幼稚園の先生だったかな?」
小さい頃は、幼稚園の先生に憧れるものである。
麗奈は、中学に上がって、高校生になり、そういう昔の夢を思い出すことも忘れていた。
楽しいことが増え、充実した日常を送っているとも言える。
風夏達はよく分からない発言をする特殊な友達ではあるが、感謝している部分も多い。
カオスなことはあるが、楽しいとは思う。
「幼稚園の先生! いいね、麗奈に合ってる!」
「うむ。麗奈はくまくま体操とか上手そうだものな」
くまくま体操は、幼稚園で流行っていた歌で、ずっと踊っていた思い出からか、風夏と冬華は自然と踊り出す。
「くまくま、おどろう。くまくま体操」
「くまくま、おどろう。くまくま体操」
「もりからくまくま。はちみつ、くまくま」
「タイヤでくまくま。お昼寝くまくま」
「みんなでくまくま。くまくま体操」
再現度がかなり高い。
二人は楽しそうに踊っている。
萌花はお手洗いから戻ってきて、プールサイドチェアでゆったりとくまさん体操を観賞していた。
「ねー、もえとふゆは何で水着姿でくまくま体操を踊ってるん?」
「えっ、ノリ?」
「動画撮っとくべき?」
「ありがとう。萌花、東山くんに見せたら絶交だからね」
「ちぇ……」
先手を取られた萌花は拗ねていた。
全然懲りないのは彼女らしいのだろう。
それから数日後のマック。
夏前の予定決めで提案していた、『とりあえずマック』になった。
よんいち組で集まり、昼御飯を食べていた。
マックのでかいスペースを五人で囲いながら、ゆっくりしていた。
プールでの出来事を楽しそうに語る小日向ではあるが、遊びの話しかしていない。
「小日向よ、宿題は?」
こちらの呼び掛けに対して、返事がない。
すんとした澄まし顔である。
……顔だけは綺麗なやつだな。
俺とは違い仕事している人間だし、宿題が進んでいないのは仕方ないだろうが。
小日向は、目を逸らす。
あ、こいつまったく宿題やってないな。
「仕事が忙しかったけど。少しはやってあるよ」
「八月までにはちゃんと終わるのか?」
「が、頑張る」
小日向お得意の精神論である。
まあ、ちゃんとやればできる子だから、モチベーションが低下しないようにしてあげれば問題ない。
定期的に連絡して、宿題がちゃんと進んでいるか確認しないとな。
小日向の性格を加味すると、宿題をする時間を作ってやって、早々に終わらせておくべきなのか。
「白鷺と秋月さんはもう宿題終わってそうだから聞くまでもないとして、もえは終わりそうか?」
「おけまる。最終日までには終わるよ」
「ギリギリじゃん」
「ギリギリっぽいけど、最後に答え合わせして直すだけだし。答えがダメダメでいいなら、一週間前には終わるっしょ」
「いや、最近は勉強頑張っているから、正解率は高いだろ? 一人で宿題しても合っていると思うぞ」
「あーね。なら完璧っ!」
マックポテト食べながら、ぐだっている状態で完璧って言われても困るんだがな。
まあでも、何かあったら秋月さんが面倒を見てくれるか。
白鷺に至っては、優秀過ぎてそもそも手を焼く部分は存在しないし。
勉強も運動も最強クラスだからな。
お嬢様だからハンバーガーの食べ方が分からないとかはあるが、そこはカウンターで貰ってきたナイフとフォークを使っている。
食べる速度がやや遅いのと、食事中は喋ってはいけない育ちの良さなので、会話はずっと聞き専である。
白鷺は食べ終わると、トレイを片付けてテーブルを綺麗にしてから一息吐く。
「ふう……」
他のメンバーは律儀に白鷺が喋るまで待っていた。
「私は全部終わっているぞキリッ」
「流石、白鷺。早いな」
全員分かっていることだったが、空気を読んでいた。
「みんな冬華みたいに早く終わらせてくれたら、宿題に追われずに遊べるんだけどね」
「全員で集まって勉強とかしないのか?」
小日向と秋月さんは此処が地元だし、時間が合えば集まるのは簡単だと思うが。
「うーん、集まっても勉強にならないから」
「小日向よ、勉強の為に集まったら勉強しろよ?」
「え? 私だけ注意されるの?」
いや、どう考えてもそうだろう。
不真面目なやつとは言わないが、友達と集まったら遊びたくなる性格である。
我慢強いタイプでもないしな。
「萌花だって遊んでるんだからね。麗奈の部屋の時とか、タンスを漁っていたし!」
「まあ、やりそうではあるが……」
「いえーい。れーなの下着を漁ってた」
「同性でも普通に犯罪だからね」
そうだな、お前はエロガキだったな。
それ以来萌花は秋月さんの家を出禁にされている。小日向の家も同じことが起きるので、遊ばないことになっていた。
当然の判断だ。
場所を選ぶとなると、ファミレスか図書館みたいな静かなところを探す必要がある。
「いっそ、東っちの家で勉強すればいいんじゃない? 勉強するならテーブル一つあればいいし」
「は?」
萌花の顔はしてやったりと、笑みを浮かべていた。
展開的に面白そうだからと俺を売りやがった。
「家まで歩いて十分くらいっしょ? めっちゃ近いし、ありよりのありじゃん」
「いや、母親いるし無理だわ」
「萌花、男の子の家に遊びに行くのは駄目だよ」
秋月さんがナイスフォローをくれる。
母親と会わせるのは悪手であるため、何としてでも阻止したい。
俺達はテレパシーで意志疎通をしていた。
「え~、友達の家に遊びに行くくらいフットワーク軽くても大丈夫じゃん。男の子っていっても相手は東っちだし、問題ないよ」
「女の子を家に連れていくのは問題あるわ」
「お? 彼女か、好きな女の子でも家に呼んだことあるん? なら、他の女子が東っちのママと会うのはやばいけど」
場の空気感を過敏に読み取り、即座に爆弾を投下するのはやめろや。
何でか知らないが、場の空気がピリピリしている。
視線が俺に集中している。
「別に彼女とか居たことないが。来るのは構わないが、部屋は荒らすなよ?」
「大丈夫だって。ベッドの下とか見るだけだから!」
萌花は楽しそうに断言する。
「いや、ベッドの下には何もないぞ」
「じゃあ、エロ本はどこにあるのさ?!」
「本棚」
「答えるんかい」
萌花が相手だと、変にはぐらかしたら部屋を荒らしまくるだろうが。
事実を言った方が被害が減るんだよ。
みんなを俺の部屋まで案内し、キッチンから飲み物を取ってくる。
ミッションとして母親へ弁明をして、許しを得なくてはならない。
「あらあら、みんな可愛いわねぇ」
「まあそうかも知れないが」
「ハジメちゃん、誰が本命なの?」
「いや、そんなんじゃないし……」
恋愛脳ではあるまいし。
「未来の娘ちゃんになるかも知れないでしょ。ママもちゃんとママしないと嫌われちゃうじゃない」
「はあ、それは知らんよ。……夕方くらいまで勉強するからよろしく。飲み物とかはこちらで出しておくので、絶対に部屋に入らないでください」
トレイに飲み物とお菓子を出してもらっているのは有り難いが、母親にウロチョロされるのはお断りである。
「ハジメちゃん、そうやってママを邪険にして。ママだって空気は読みますし、お邪魔はしませんよ」
「いや、貴女が空気読んだことないでしょ」
「そうだ。晩御飯の準備はしておく? ママの手料理で好感度上げなきゃ」
妙案じゃないぞ。
それは。
「空気読んだ結果がその言葉なのか……。いや、お嬢様とかいるし、日が落ちる前には駅に送るから準備しなくていいよ」
「ちぇ、詰まんないの」
年頃の男子の家に、高校生のお嬢さん方を長居させようとするなよ。
今はまだいいが、陽菜や父親が帰ってきたら説明が面倒なんだよ。
「もういいもん。焼きもち焼いちゃうもん」
「いいからトレイと飲み物渡せや」
不毛な会話させるなよ。
というのか、思春期の息子に甘えないでほしい。
「お待たせ。飲み物取ってきたわ」
部屋に戻ると、各々で容赦なく寛いでいた。
準備した折り畳みのテーブルを使ってくれているのはいいが、萌花はベッドの上で寝転がって漫画を見ているし。
白鷺は、俺の同人誌であるメイドさんが家事をしてくれる本①~⑨までを熟読していた。
再販していないし、見せたことがないから読みたくなるのは分かるが、初期は絵が死ぬほど下手なので恥ずかしい。
あとよく見つけたな。
「んで、小日向は何を読んでいるんだ?」
「よく分からないけどエッチな本」
「いや、普通に読むなよ」
相手が男だとしても普通にセクハラである。
ジャンプコミックだから、別にエロ本ですらないけどさ。
女子に見られたらガチでやばい同人誌を漁っていないだけマシだった。
秋月さんが疲れて顔色が悪くなっている。
こいつらの相手をしていて、色々あったのだろう。
「えっと、麦茶飲む?」
「ありがとう」
「いや、感謝するのはこちらだよ……」
エロ同人は漁らないように死守してくれたみたいだし。
みんな陽キャだしオタク趣味なら理解はしてくれるが、ガチの十八禁はドン引きするはずだし、俺の好きなジャンルがバレると困る。
「東っち、帰りに漫画借りていい?」
「ああ、好きなの持っていっていいよ」
「せんきゅー」
「もえが好きそうなやつ見繕っておくわ」
スマホの広告で出てくるやつとか。
夏休み中の暇潰し目的だろうし、サブカル漫画でもいいか。
「それはそうとして、小日向は勉強しろや」
「え? 宿題持ってきてないよ」
「家まで取ってこい。二十分くらいの距離だろ?」
「ええ……、往復だと倍かかるよ」
「仕方ないな。俺のプリントコピーするから、それ使って宿題をやろうか」
「ぶーぶー、やるのは確定なの」
少しはやる気を出してください。
今のうちに勉強をやらないと、俺に負担が掛かるのだ。
今ならまだしも、月末にこいつの宿題を手伝いたくはない。
秋月さんには引き続き白鷺や萌花の面倒を見てもらい、こちらはテーブルで宿題の消化を始める。
プリントで十数枚ではあるが、教科書を見ながら答え合わせをしていけばそんなに難しいものではない。
あくまで授業内容の復習なので、勉強を頑張っている今の小日向なら解けるものも多い。
国語や社会は、手伝わなくてもいけそうだった。
一時間くらい経過して、キリがいいところで中断する。
「すまない。何とか終わったわ。暇してなかったか?」
三人で漫画を回し読みしているし、大丈夫そうだった。
漫画を読むのに集中しているのか、俺達が終わったことに気付いていない。
「あ、手がシャーペンで汚れちゃってる。お手洗い借りていい?」
「ん? ああ、玄関の近くにあるよ。場所が分からなかったら母親にでも聞いてくれ」
「うん。ありがとう」
小日向は部屋から出ていった。
風夏はお手洗いで手の汚れを落として、部屋に戻ろうとしていた。
リビングから物音がするので覗いてみると、ハジメの母親がおやつの準備をしている。
香ばしい甘い匂いから、ホットケーキである。
母親の作るおやつで人気ナンバーワン。
シロップがいっぱいかかっている美味しいやつ。
「わあ! ホットケーキ!」
「あらあら、バレちゃった」
「えっと。私もお手伝いします」
「いいの? みんなで遊んでいたんでしょう?」
「大丈夫です。少しは恩返ししないといけないので」
「そうなのね。じゃあ、あと二人分は焼きたいから、任せるわね」
「はい!」
二人はキッチンに移動して、残り分を焼く準備をする。
フライパンに火をかけて熱して、熱が均一になるように水で濡らしたタオルで粗熱を取る。
そこにバターを溶かし、市販のホットケーキミックスを入れて、焦げ目が付かないようにしつつ、キツネ色になるように薄い茶色になったら両面を同じように焼いてから皿に移していく。
不器用な性格である風夏には難しそうではあったが、二回くらいでマスターしたのか、可愛い丸になったホットケーキを作れるようになる。
「むむむ」
風夏からすれば、上手く出来ているように見えても苦戦している方であった。
母親になれば適当にやっても美味しくできる。
しかし、年頃の女の子はホットケーキを焼く経験も指で数えるほどもないだろう。
失敗しないように集中している様子は、微笑ましいものである。
手を抜かずにやるのは難しい。
「あらあら、お上手ね」
「えっと、ママさんの教え方が上手いからです」
「あら、嬉しいわ。じゃあ、テーブルに運んでおくから、みんなを呼んでもらえるかしら?」
「分かりました。すぐ呼んできます!」
風夏は嬉しそうにそう言うと、部屋のみんなを呼びに行く。
少し駆け足気味なのが彼女らしい。
「あらあら、可愛いわねぇ」
「ただいま」
小日向が戻ってきて、何だか知らんが嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「ホットケーキ!」
感極まった状態の開口一番で言われても、伝わらないっす。
匂いで分かるけど。
「ああ、分かった。直ぐ行く」
「温かいうちに早く来てね!」
小日向はそのままドア閉めていなくなった。
何で母親と仲良くなっているのか。
うーん、波長が合うのだろうか。
思春期の息子にもウザ絡みしてくるから、母親とはあんまり仲良くならないでほしい。
黒歴史とかばらされそうだし。
昔の話をされるのは、何か嫌だ。
小日向は他人を馬鹿にしないから、まあ信頼しているけどさ。
リビングに行くと、人数分のホットケーキが用意されていた。
ホットケーキシロップにチョコレート。
ホイップやアーモンドチップに、くだものの缶詰。
高校生になったとしても、子供心をくすぐるラインナップだ。
母親が無駄に頑張っていた。
見栄を張るのは構わないが恥ずかしいぞ。
「あらあら、みんな好きな物を乗せて食べてね? バニラアイスもあるから乗せる?」
高カロリー過ぎるわ。
陽菜がホットケーキが好きでよく食べるせいか、一通り揃っていた。
バイキングみたいになっている。
各々が好きなものを選んで上に乗せていく。
「お~、ウチとは生活レベルがダンチだね」
「そんなことはないだろ」
「ウチのおやつは基本せんべいだかんね。甘いもんとか出ないわ」
「俺はそっちのが好きだな」
甘い物はそんなに食べられないので、トッピングは選ばずに、少しだけシロップをかけて食べる。
「美味しい」
そのまま食べても十分に美味しかった。
焼き加減が丁度いい。
ふわふわである。
他のメンバーも好きなものを乗せて食べているが、一人だけブレない人がいた。
小日向さん。
余った食材を全部乗せていた。
読者モデルだろ、お前は。
カロリー管理しろや。
「せっかく作ったのに、余らせたら勿体ないから」
「いや、そうだけどさ。全部食べられるのか?」
カロリーもそうだが、激甘なものばかり。
チョモランマみたいになっていて、胃もたれしそうだ。
インスタ映えしないやつ。
「美味しい~!」
大きく口を開けて、頬張っていた。
小日向さんがちゃんと全部食べました。
おやつタイムが終わると、食後の紅茶を淹れる。
夏とはいえど、温かいお茶は身に染みる。
リラックス効果もあるので、ホットケーキの口直しにもなる。
「ねえねえ、落ち着いたし、次の予定はどうしよう?」
小日向の胃袋が落ち着いた頃に、そう言い出した。
夏休みの予定はいっぱいあるが、その殆どは全員の休みが合わずに叶わない。
まあ、仕事やら部活やらで時間がない者や、海外に行っていた人も居たしな。
俺や萌花は時間はあったが、二人で遊ぶって感じでもなかったし。
「夏と言えば夏祭りだろう?」
「ありよりのあり」
祭りねぇ……。
人混みの中で色々とやるのは好きじゃないが、コミケに行っている人間が発言したら怒られそうだ。
祭りの風景写真撮るのもいいか。
漫画の資料にもなるし。
「ハジメちゃん、土日に駅前でお祭りが開催されるでしょう? 行ってきたら?」
母親は紅茶を飲みながらそう言う。
つか、何で普通に相席しているんだろう。
女子高校生に紛れているけれど、馴染めていなかった。
「そんなのあったっけ?」
「去年も一昨年も行かないから覚えていないだけで、毎年やっているわよ。ちょっとした花火大会もあるから楽しいわよ」
駅前の規模で考えたらそれなりに大きい祭りになるかも知れないし、出店も数十店くらいはあるのかな。
「去年もみんなと行ったことあるけど、楽しかったよ」
小日向が熱弁するのを紅茶を飲みながらゆったりと聞いている。
「へぇ……。なら行ってみるかぁ」
「あらあら、浴衣持ってない子はいるかしら? ママの浴衣が何着かあるから、出しておいてあげるわね」
「気遣いは有り難いが、母さんの着せるのはアレだろ」
「ーーハジメちゃん? 浴衣に古いとか、ださいとかないからね?」
「すみません」
母親の瞳が一瞬開かれた。
怖すぎる。
のほほんとしている母親の本性が垣間見えた瞬間であった。
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