第十三話・風夏ちゃんと夏コミ三日目

コミケ三日目は、漫研の手伝いをするために参加し、部長達と一緒に売り子をしていた。

漫研の合同誌なので、ジャンル合わせで十八禁の同人誌を描いているけど、こちらはツイで告知はしていない。

昔からのファンならエロ同人を描いているのを知ってそうだが、女の子のフォロワー増えたのでエロ同人は細々と描いていた。

あくまでメイド要素とは関係ない部活動の一つなため、数ページしか描いていないけどね。

十一時が過ぎ。

部長含め、サークルスペースで暇そうにしている。

人通りの流れはいいのに全然売れない。

まあこれが普通なんだよな。

身内枠で殆ど売れていた二日目が以上なだけで。

同人誌がコンスタントに売れる方が珍しいのだ。

特に今回は十八禁の合同誌だから、女性への需要は低いのかもしれない。

「東山、暇だな」

部長は人の流れを見ながらポツリと呟いた。

「そうですね。三日目は壁サークルの人気高いですし、やることないですね」

「頼む。フォロワーに宣伝してくれよ。少しは来てくれるだろ?」

「すみません。ツイは中高生多いんで、無理っす。十八禁は控えているんで。すみません」

「そうか、変わったな。楽しそうにエロ同人描いていた東山はもういないんだな……」

部長は昔を懐かしむ。

エロいのは好きな、思春期の男子高校生だけどさ。

そんなに楽しそうに十八禁を描いたことないんだがな。

「まあ後はゆっくり売っていって、終了かな。あとは俺で出来るから、上がっていいぞ」

「いいんですか?」

「待ち合わせしているんだろ? 早めに行ってやれよ」

「ありがとうございます」

駅前まで戻って小日向を回収しないといけないからな。

時間より早く行けるのは有難い。

立ち去る前に、部長達に頭を下げる。



「お待たせ!」

十二時を過ぎても、駅前は人混みがやばい。

ビッグサイトの駅前で待ち合わせをし、小日向と合流する。

二日目と変わらぬかなりの暑さだが、読者モデルとしての性分なのか、コミケだというのにお洒落な格好をしていた。

日焼け対策の薄手の白地のパーカーに、ノースリーブのシャツ。

下はショートパンツにスニーカーである。

名前は知らないが、よくある狐の鞄を背負っている。

「よお、小日向。電車は大丈夫だったか?」

「やばいくらい満員電車だったよ。みんなアニメの鞄持ってたし、凄い光景だね。こんなの初めてだよ」

「オタクっぽいの大丈夫そうか?」

「何で?」

「会場に入るともっと混み合うからな。嫌だったら気分が悪くなるかもしれないだろう?」

「あーね。よく分からないけど、大丈夫!」

笑顔でダブルピースをする。

雑な回答だな。

いやまあ、小日向みたいなやつは好き嫌いとかあんまりなさそうだけど。

渋谷の人混みも同じくらいだったし、多少は堪えられそうであってほしい。

小日向とのコミケは、特に目的は決めていないが、一時間くらいで軽く回るつもりだ。

一般人だしエロいのは流石に案内出来ないのと、同人誌は興味がないだろうから、企業ブースやコスプレ広場あたりが無難かな?

「行きたい場所とかあるか?」

「うーん。よく分かんないし、詳しいだろうから、任せるよ」

「そうか。辛くなったら言えよ? 水分補給も忘れるなよ?」

「りょうかい!」



コスプレスペースは日が出ていてまだまだ暑そうなので、先に企業ブースに向かっていた。

ビッグサイトまでの長い道は、普通ならばかなり混雑するものだが、小日向が歩いているとモーゼのように道が割れる。

読者モデルってオーラでも出ているのか?

見えない何かに気圧されてか、道を開けてくれるようであった。

「何で道が開くんだ?」

「さあ? 前からこんな感じだよ?」

小日向さんよ、人間の技じゃないけど。

生まれ持っての才能かは知らないが、彼女が歩いているだけで様になっているし、カジュアルな私服ですら撮影衣装のように着こなす。

オタクとは別世界の住人だな。

「コミケってコスプレあるんでしょ? 手作りなのに衣装凄いらしいね……見てみたいなぁ」

「コスプレに興味あるのか?」

「読モ仲間でコスプレしている子もいるからね。コスプレモデルとか漫画雑誌とかの仕事もあるし、オタク趣味は流行りだよね。色々と知っておかないといけないかなって」

小日向は、コスプレ自体に興味があるってわけではなく、コスプレをしている人に興味を示していた。

夏コミに来たのも、読者モデルとしての仕事の一環だった。

趣味外であっても勉強を欠かさず、流行を取り入れている。

「なるほど。仕事熱心だな」

「そう? 興味があったら、とりあえずやってみたいだけだよ? やらなきゃどんなものか分からないからね」

「相変わらず、フットワーク軽いな。そのノリで夏コミ来るのは小日向くらいだぞ?」

「ひとりじゃないからだよ。何か危ないことがあったら守ってくれるでしょ?」

守るって言っても、コミケで危ないことはない。

階段を上がり、コスプレスペースが見えると小走りになる。

お前の行動が危ない。

階段にトラウマあるんだから注意してくれよ。

「ねえねえ、早く早く! コスプレだよ!」

「お前なぁ、危ないから走るなよ」

「鬼滅の刃の蜜璃ちゃんだ!」

「へぇ、よく知ってるな」

「事務所の休憩スペースに全巻置いてあるんだよ! 私、めっちゃ好きなんだ。いいなぁ、蜜璃ちゃんのコスプレしたいなぁ」

お前が恋柱やったら、胸元足りない……。

セクハラだから考えないようにしよう。

バレたら殺されるわ。

「女子は鬼滅の刃好きだよな」

「女の子はみんな好きだよ。和柄ブームとか、鬼滅カラーリングとか流行ったからね。和服の仕事もいっぱいやったし」

キャラクターに合わせて、髪の毛の色を変えるのとか、流行っていたっけな。

高校生だからカラーリングとは無縁な存在だが、小日向とかはそういうの好きなのか。

いやでも、校則では原則黒髪厳守だった気がする。

……秋月さんとか、萌花は髪を染めてたか。

「小日向は髪を染めてたっけ? ずっと黒髪じゃないのか?」

「染めてないよ。学生の読者モデルだからね。髪を染めるのNGなんだ」

「よく分からんけど、そういうものなのか?」

モデルにも色々な人がいて、ジャンルによって服装や仕事内容は変わってくる。

小日向は能天気なアホだが、読者モデルとしての人気は日々の努力により裏付けされたものだ。

暇な時間があれば、情報発信したり、ツイッターの更新をしてファンサービスを行っている。

彼女のジャンルは学生向けで、中学生や高校生をターゲットにした真面目で綺麗系なファッションをプッシュしている。

小日向と同じような黒髪ロングの学生は最も多いし、母数の大きさに比例してトレンドの中心にもなりやすいため、流行を牽引するモデルである。

人気があるということは、それと同時にファンに悪影響も与えやすい。

「最近の学生は、髪染めもピアスもカラコンとかタトゥーもダメだからね。読者モデルの私がやると真似する子もいるから、事務所的にもNGなんだよ」

「いや、タトゥーは学生じゃなくても駄目だぞ。普通に」

身体は大切にしなさい。

タトゥー入れて後悔する人もいるんだから、まだまだ子供な学生が入れたらやばいやろ。

「それはそうだけどさ。髪くらい自由に染めたいとは思うこともあるんだよねぇ。でも、この黒髪で仕事貰ったこともあるから難しいところだよね。仕事貰ってるのに、あーだこーだ言っても、ただのワガママだし」

「自由に着飾るのがファッションだが、モデルとなると不自由なんだな」

「不自由だとは思わないけど、コスプレみたいに仕事じゃなく好きな格好が出来るのは憧れるよ」

彼女が言いたいことは分かる。

仕事と趣味では全く違う。

特に小日向には着られる服装に縛りがあるしな。

コスプレをして、好きなキャラになりきるのはいいと思う。

「読者モデルがプライベートでコスプレしていいのかは知らんが、髪は染めない方がいいと思うぞ」

「なんで?」

「小日向は黒髪が一番似合っているのに、わざわざ変える必要がないだろう?」

「そう?」

「いや、ごめん。正直分からん。小日向は黒髪のイメージしかないしさ……」

「その方が可愛い?」

え。

なにこれ。

「ああ、うん。可愛いと思うぞ」

「ならよかった。そういうことは、素直に言ってね」

「すまない。人を誉めるのは苦手だから許してほしい」

「陰キャだもんね~」

そうだけどさ。

無茶を言わないでほしい。

女の子を面と向かって可愛いとか言うのは、誰でも難しいしかなりの勇気がいると思う。

ましてや小日向は付き合いの長い友達である。

そういうのは一番言い難い相手だ。

「俺から可愛いって言われて嬉しいか?」

「うん!」

小日向は素直過ぎる気もするけど。

「百回言われても嬉しいよ!」

「そんなに言っていたら、有り難みが薄くなるだろ……」

「じゃあ、違うところを百個可愛いって言ってくれたらずっと新鮮だよ」

「違うところを百個は無理だろ」

「出来る男の子は、それくらい簡単だよ?」

「俺だぞ?」

「ーー頑張って!」

俺の顔を見て、断言していた。

圧倒的な精神論。

冗談を言わないあたり、変な気遣いを感じる。

元々オタクだし、男としての質は許してほしい。


そんなこんなでビッグサイトの中まで入り、企業ブースを目指す。

建物の中は三日目だというのに、かなりの人混みでアニメなどのグッズの入った大きな袋を持つ人が多かった。

野外はコスプレばかりだけど、建物の中はオタクっぽい缶バッチ付きの鞄や、アニメキャラの手提げ袋が目立つ。

「お~、中は広いね」

企業ブース内。

アニメやゲーム会社の企業がメインだけあってか、超大型のテレビには新作アニメやゲームのムービーが流れている。

「あのアニメ知ってる」

「へぇ、新作のやつじゃん」

「モデル仲間の子が見てるって言ってた。あれも知ってる」

知っている作品に反応するだけの、にわかオタクみたいな感想だけど、コミケ初参加は大体そんな感じだよな。

知ってそうな場所に寄りつつ、販売しているグッズを見てみる。

アニメの缶バッチや、タオル。アクスタなどの人気商品から、袋付きの全部セットなど色々なグッズが販売されていた。

「おみやげ買っておこうかな。喜んでくれそうだし」

「ご当地ゆるキャラのブースあるし、ちょっと見てみるか?」

「へー、知ってるゆるキャラいる?」

「いや、分からん」

「ダメじゃん……」

缶バッチのガチャガチャみたいだから、完全ランダムだけど。

ラインナップ的には可愛いキャラより、キモ可愛いキャラが多めみたいだ。

お世話にもガチャガチャしたいとは思わないが、白鷺は好きそうだな。

「よくよく見たら、可愛いかも! 冬華あたりが好きかも知れないから、一回やってみるよ。私、運いいからいいの当てるよ」

いや、お前かなり運悪い方だろう。

ご当地云々以前に、よく分からない形容しがたいデザインのキャラを当てていた。

「ねえ、これってなんの生き物かな?」

「クトゥルフじゃね?」

しらんけど。

触手っぽいのあるし、遠い親戚くらいに位置してるだろ、これ。



「お~」

目的のないまま感性に従い、色々と買い物をするのが小日向流だ。

おみやげとはいえど、数点も買えばそれなりの額になるし、袋付きのセットも結構買っていた。

知り合いのためだから仕方ないが、ポンポンと使い続ける金払いのよさはちょっと心配になる。

まあでも、財布とにらめっこして買い物をしていたので、彼女なりの自制心はあるみたいだ。

洋服をメチャクチャ買ったりするやつだが、ファッションは仕事の一環だし、それ以外の購入は控え気味だな。

子供のように動き回るのを止めつつ、俺は無言で後を追う。

当然の如く買った物の荷物持ちにされている。

「他は?」

「うーん。みんなの買ったからオッケーかな」

「そうか。荷物纏めたら、他の場所行くか」

「荷物ありがとね」

「ん? ああ、人混みで持って歩くの大変だから、構わないよ。財布出すのに邪魔になるしな」

コミケ慣れしているやつが荷物を持って歩く方が楽だしな。

人とぶつかると袋が半壊するし。

「またコスプレ見たいな。コスプレしてなくても中に入れる?」

「ああ、問題ないぞ。だが、それはいいんだが」

小日向よ、ワクワクしているところ申し訳ないが、写真撮影している場所にこいつを連れていっていいか迷う。

本人はオフ感出しまくっていてアホ面しているけど、雑誌の表紙を飾るほどに有名な読者モデルだ。

オタクの人達が、学生の読者モデルを知っているかは不明だけど、気を付けておかないとな。

渋谷の時みたいに殺到する可能性もあるし、カメラで撮られる場合もある。

「ねえねえ、早く行こうよ」

「小日向は小日向だよな」

「なんでぇ」


コスプレ広場までやってくると、秒でファンに囲まれる小日向だった。

歩くだけで目を引くやつではあるが、読者モデルの存在感くらい抑えてくれよ。

カメラを向けられるとモデルのスイッチが入り、撮影用にポーズを取る。

小日向は、プライベートの限られた服装であっても、表情や雰囲気で様々な変化を作り出し、同じ被写体ということを忘れさせてくれる。

読者モデルは撮られる立場にあろうとも、カメラマンを飽きさせない。

パシャパシャ

撮影音が鳴り止まない。

フラッシュが眩しいくらいだ。

数十人のカメラマンに撮られていても気にせず撮影を続けていた。

あそこまでいくと職業病だな。

女の子のファンだけならまだいいが、雪だるま式にどんどんカメラマンが増えていく。

「すみません! 残り時間、五分です!」

小日向がモデルとしての本気を出すせいで、撮影が途切れず切りがないので、大声で声かけをする。

カウントが終わるとカメラを下げる。

素直に従うあたり、悪い人はいないようだ。

カメラマンのみんなは、小日向に感謝を伝え、名刺を渡して格好よく去っていくのだった。

「ふぃ~」

カメラマンの囲いがなくなると、気が抜けていた。

「ほら、飲み物」

凍らせたスポーツドリンクを手渡す。

これまた美味しそうに飲み干していた。

「くぅ~! キンキンに冷えてやがる!」

何でカイジ?

よう分からんが、元気そうだな。

熱中症になっていないのであれば、それでいい。

「名刺入れておかなきゃ」

リュックサックから名刺入れを出して、丁寧にしまっていた。

「お待たせ! まだ時間あるでしょ? 他の人のコスプレ見よっか」

「それは構わないが。動き回っていいのか?」

小日向がうろうろしていたら、また撮影が始まりそうだ。

「ちゃんと断るから大丈夫だよ」

「いや、小日向はファンには優しいじゃん。無理だろ」

自由奔放なやつだが、ファンを無下に出来るような性格じゃない。

少し悩んで答えた。

「気合いで!」

気合いで断っちゃ駄目だって。

握った拳は何に使うんだよ。



コスプレ会場をぐるっと一周し、新作アニメやネタキャラのコスプレを楽しむ。

まだ二話しか登場していないキャラであっても、短い期間で衣装を作るのは凄い。

完成度高いな。

コミケへ向けて作った並々ならぬ熱意と作品愛を感じるものだ。

特撮モノのスーツ着ている人が平然と歩いていたり、みんな夏コミを満喫していた。

「凄いね!」

小日向は思う存分、楽しんでいた。

陽キャだけあってか、声かけしたレイヤーさんと秒で仲良くなっていた。

サラッと名刺交換して、次の繋がりが出来ているのは小日向のコミュ力の高さが伺える。

「コスプレしている人って、みんな名刺持っているんだね」

「規模が大きい分、人が多過ぎて名刺を渡さないとまた会えるか分からないしな」

「そっか。それはちょっと寂しいね」

「それもコミケの醍醐味ではあるんだがな。次に出会えない作品もいっぱいあるから楽しいんだと思う」

「私は、今日しか出会えない作品があるのは嫌だなぁ。見逃したら一生見れないってことでしょ?」

まあそういう世界だからってことで納得はしているんだがなぁ。

ファッション関係もそうだろうが、買いたい物が買えない時はある。

でも、そんな中で好きなものに出会えた時は、凄く嬉しいし大切にしようと思うものだ。

「それは寂しいことかも知れないけどさ。楽しいことの方が多いんだから、気にしても仕方ないだろう?」

「そうかな?」

「じゃなければ、炎天下のビッグサイトまでみんな来ないからな」

今を楽しむ。

それが一番重要だろう。



当初の予定である二時間が経過し、帰る前に次回コミケの申し込み用紙を購入する。

小日向は物珍しそうに見ている。

邪魔にならないように、壁際まで移動して、鞄の中に仕舞う。

「何それ?」

「冬コミの申し込み用紙だよ」

「すぐに買わないといけないの? 半年後だよ?」

「次が十二月だから長く感じるけど、準備しつつ絵を描いていたらあっという間だよ」

話のネタとか考えるだけでも時間がかかるからな。

湯水のように漫画のネタが出てくるわけでもないので、題材探しも大変だし、絵も上達させないといけない。

「へー、よく学校と両立しているよね。私には無理だなぁ」

「こっちからしたら、読者モデルの方が大変だろう? 俺は黙々と絵を描いていれば充分だし、雑誌の表紙を飾る方が難しいぞ」

「隣の芝は青いって感じなのかな?」

何でも他人のものはよく見えるものだ。

俺からしたら、毎日のように仕事をして稼いでいる小日向は結構凄いと思うんだがな。

「あ、向こうにアクセサリー売ってる!」

気を抜くと単独行動しようとするので、背負っているリュックを掴んで止める。

子犬か、こいつは。

リードに繋いでいないと逃げ出すタイプだ。

「いや、離れるなよ」

「大丈夫だよ。ちょっと見るだけだよ」

「ここで離れたら、見付けられなくなるから止めてくれ」

コミケで迷子になるとか、死活問題である。

人が多過ぎてスマホの通信に支障が出るため、連絡出来ない場合もあるし。

極力、一緒に行動しないといけない。

「じゃあ一緒に行こう!」

「こんだけ暑いのによく元気だよな」

「まだまだ行けるよ!」

ガッツポーズをする小日向。

「とりあえず水分補給しておけよ。トイレ行くか? 小腹空いてないか?」

「……ママみたいだね?」

ママ呼ばわりは止めてくれ。

母親は俺に効く。

小日向は悪いやつではないけどさ。

こんな子供は嫌だ。

自由奔放で、目を放すとすぐ居なくなる。それが高校生でも変わらないのだから、正直かなり残念な子だ。

多分、小日向のステイタスは、顔面に極振りしているんだろう。

それくらいにアホなところは欠点だが、言われたら素直に水分補給するいい子ではある。

でも、親御さんは大変そうだよなぁ。

授業参観では気が滅入っていたし苦労しているんだろうな。

「そういえば、今日一日何も買っていないけど大丈夫?」

「ああ、俺か。欲しいものは買ってあるから心配しなくていい」

「そうなの?」

「昨日が本命で、今日は色々回るのがメインだからな」

「見たい場所あったら言ってね?」

「大丈夫だ、小日向に着いていくの好きだから気にするな」

「もっとワガママ言ってね」

「いやいや。男だし、女の子に我が儘は言えないわ」

「それって化石みたいだよ、今の時代は性別とか関係ないよ。女の子が養ってもいいんだからね」

それは、ただのヒモじゃん。

小日向ってダメ男好きなのか?

「まあ、何かあったら言うよ。とりあえず、アクセサリー見るんだろ?」

「あ、そうだった。忘れてたよ」


少し休憩した俺達はサークルスペースに向かう。

オリジナル雑貨コーナーには、可愛い雑貨や手作りアクセサリーが多数ある。

色々なサークルがあるが、どれも可愛いものばかりで、小日向の趣味に合うものばかりだ。

特にアンティーク彫のイヤリングやネックレスチャームなどに興味を示していた。

「これと、これ。あ、これもください」

サラッと大人買いしまくる。

コミケだけしか買えないってことで、財布の紐が緩くなっていた。

高校生が悩まずに浪費しているせいか、サークルの人は嬉しい反面、若干引いていた。

「ありがとうございます?」

「他にもオススメありますか?」

「こちらがレジンアクセの新作でオススメです」

「可愛い! ノンホールのイヤリングはありますか?」

「この場で付け替えますから、好きなの選んで頂いて問題ないですよ」

「え~、本当ですか? ありがとうございます。どれにしようかなぁ~」

小日向は、耳にピアス穴が空いていないので、止めるタイプに付け替えてもらっていた。

サークルの人と楽しそうに雑談している。

めちゃくちゃ、陽キャだな。

「お待たせ。いっぱい買っちゃった! あと、名刺貰ったよ」

「それは良かったな。荷物は預かるよ」

「ありがと」

他のサークルも確認しながら、ぐるりと回っていく。

気に入った物があるとすぐに手を出すので、無駄遣いしないように諌めておく。

企業ブースでのおみやげ含めて、軽く数万円使っているからな。

アクセサリーならまだしも、アニメ柄の付け爪や食品サンプルのキーホルダーとか買い出したら切りがない。

数百円のものでも、全てのサークルを回って買っていると金額はおかしくなる。

「あ、ネックレスガチャだって」

「日本人はガチャ文化が好きだって言っても、何でもありだな」

「一回やってみるね」

ハートや星形。洋服に合わせやすいベーシックなデザインがランダムで入っていて、一回千円らしい。

他の食品と同じくオリジナルの一点もので、どれが入っていても嬉しいガチャガチャだ。

「中身は……ハートのネックレスだ。え~、すごい。めっちゃ可愛い」

ハートのネックレスは、シンプルながらいいデザインをしていた。

過度な装飾がないため、洋服の個性を邪魔せず、ワンポイントとして可愛さを引き出してくれる。

「もう一回引いていいですか?」

めっちゃハマっているやん。

小日向にガチャガチャやらせたら駄目だな。

初コミケだから心配していたが、楽しんでいるようで何よりである。

一通り回り切り、荷物の整理をする。

「ねえねえ、次はどこに行こっか?」

ぴょんぴょん跳ねている。

元気過ぎじゃね?

コミケが終わるまで何時間も居るつもりだろうか。

本来なら二時間くらいでいいかと思っていたけどさ。

まあ、俺は暇だしいいんだけど。

「お腹空いたね! どこかにお店ないの?」

「あー、外に出店があったかなぁ……。確か、ケバブとか」

「ケバブ!」

もっと元気になる小日向だった。

ケバブの歌を歌い出すし。

小日向のママは大変である。



小日向は日が落ちるまでコミケを楽しみ、電車内では爆睡する。

よだれが俺の肩に掛かっていたけど許してやろう。

これだけ喜んでくれたら、冬コミも一緒に参加したいものだな。

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