第十二話・ふゆお嬢様と夏コミ二日目
夏休みに入る少し前のお話。
学校帰り。
白鷺と一緒にメイド喫茶シルフィードに来ていた。
「お礼の品選びでしょうか?」
高橋が撮影の時にいつも手伝ってくれているため、感謝の気持ちとして、何かプレゼントしたかった。
言葉では感謝を伝えているが、親しき仲にも礼儀ありだ。
ちゃんとかたちに残る何かをしてあげたかった。
だが、カメラ以外には無欲なところがあるので、何をあげるのが正解なのか悩み中だ。
流石にカメラは買えないからな。
二人で色々考えてみたが、一向に良案が浮かばずにいたため、メイドさんに聞くことにした。
クリエイター気質だし、大人だから色々知ってそうだ。
「ええ、何をあげるべきか悩んでいるんですよ」
「お相手は、どんな人ですか?」
高橋がどんな人かかいつまんで説明する。
「なるほど。カメラが好きな人であれば、カメラのストラップは如何でしょうか? 可愛いものもありますし、学生さんでも購入出来る値段ですよ?」
「あ~、それもいいな。白鷺はどう思う?」
「使ってもらえれば嬉しいけれど、趣味ではなかったらどうしよう……。いや、しかし、早く選ばないと夏休みになってしまう」
白鷺よ、悩むのは構わないが。
不安がって買わないって状態を何周もしていると夏休みに突入するぞ。
「歩いて数分の場所に、革製品の雑貨屋さんがありますので、もし宜しければお立ち寄りください」
メイドさんはそう言って、俺達に地図を渡してくれた。
「今日は優しいですね?」
「ご主人様、私はいつも優しいですよ?」
この前、ずっと来ないからって拗ねていたやん。
あまりにも煩すぎて、後輩のダージリンさんに絞め落とされて再度休暇室に退場していったの忘れていないぞ。
「あ、ダージリンさん」
「え? いない……。そういえば、ダージリンは休暇を頂いていますよ! 嘘つき!」
他にもお客さんいるんだから静かにしてくれ。
というか、最近メイド喫茶のコンセプト崩壊しているから何とかしてほしい。
詩集見ながら紅茶を楽しむ場所としては、楽しいんだが、茶々入れてくるからしんどい。
ツッコミする機会ばかりで、憩いの場ではないんだよなぁ。
「メイドさんなんですから、ちゃんとメイドらしくしてくださいよ」
「ご主人様。優れたメイドとは、可愛いメイド服を着ていることでも、お茶を美味しく淹れられることでもありません。従者としてご主人様を愛する気持ちなのです。永遠に想う気持ちこそ、メイドなのです」
聖母のように慈愛に満ちた表情をする。
メイドさんは、慈しみの精神の大切さを問う。
いや、全然意味分からんし。
メイドリスト格言やめろ。
頭壊れるわ。
それから炎天下の秋葉原を歩き、メイドさんに教えてもらったお店に向かうことにした。
路地裏に店を構える目的地の中に入ると、映画に出てくる不思議な国にでも迷い込んだかのようなお洒落な雑貨屋だった。
色とりどりな彩飾。
優しい色合いの照明。
女の子が好きそうな可愛い小物から、革製品のバッグや財布などが飾られていた。
お店自体は俺と白鷺が入るだけでかなり狭く感じるくらいの小さなお店だったが、オーダーメイドで作られた商品の数々は、微塵も妥協などない。
職人が構えるお店だった。
流石、メイドさんが勧めるだけある。
彼女は元々カチューシャや髪飾りなどの小物を製作する立場でもあるし、こういう雑貨屋へのアンテナが広いのだろう。
「東山、いいお店だな! これも可愛い!」
白鷺は当初の目的も忘れて、雑貨屋を純粋に楽しんでいた。
可愛いものには目がない。
革製品の髪飾りを見ながら悩んでいる。
白鷺が好きそうな真っ赤な色をしたバレッタだった。色合いは派手だが、革製品なので上品な作りでありシックな印象を与えてくれる。
「いいなぁ……」
「買わないのか?」
「何でも欲しいから買うでは駄目だからな。ちゃんと必要かどうか悩んで買わないとな」
「イベントで稼いだ分を使ったらどうだ?」
「あれはちゃんと次のイベントの費用に回すつもりだ。私の為に使っていいものじゃない。撮影費用や衣裳代にしなくてはな」
さすおじょ、どんだけ真面目なんだ。
せっかくファンのみんなが買ってくれて稼げたお金なのだから、少しくらい自分の為に使ってもいいだろうに。
「髪飾りなら撮影のワンポイントとして使えるし、買ってもいいんじゃないか?」
「うむ。そうかもしれないな。そうだよな? では、これは必要だな」
白鷺は即決で購入を決意する。
納得するの早くないか?
買い物かごに投下するまで一秒も掛かっていなかった。
他のコーナーも確認しながら、カメラのストラップを探す。
「革製品のカメラのストラップ。これか。高級感あるな……」
値段もまあまあ高いが、二人で折半して購入する予定なのでそう考えると安い気がする。
それに革製品だし、値段が張るのは仕方ないだろう。
白鷺は手に取りつつ、確認していた。
「幾つかあるが、どれにしようか。あ、これは可愛いな」
女性向けっぽい花柄のストラップまであった。
一眼レフカメラを使う女性も多いみたいだし、こういうストラップも需要があるのだろうか。
「プレゼントするんだから、使いやすいデザインにしようぜ? これとかどうだ?」
ベーシックな黒いストラップをオススメする。
白鷺は首を横に振る。
黒色はプレゼントとしては地味過ぎると反対し、淡いクリーム色のストラップを指差す。
「これが一番可愛い。渡すならこれがいいだろう。どう思う?」
「そうだな、いいと思うぞ。高橋、喜んでくれるといいな」
「ラッピングも頼まないと。折角だから、袋は可愛いのにしたいな!」
ピンク色のギフト袋に可愛いフリルのリボン。
高橋に渡したら困惑しそうだが、面白いしまあいいか。
普通にノーリアクションだったけど。
中身を確認したら、ちゃんと喜んでくれていた。
夏コミ二日目。
朝一に俺と白鷺は駅に集まり、現地に向かう。
同人誌数十冊は現地に直接搬送されているため、メイドのイベントよりかは手荷物は少ない。
設営の道具や、食べ物や飲み物はかさ張るが、許容範囲だろう。
コミケ会場では、コンビニで買うのも大変なので、地元の駅で買っておいた。
「白鷺の分の凍った飲み物もあるから、必要だったら言ってくれ」
「準備がいいな。凍った飲み物とは、運動部の必需品だな」
「会場は冷房ないし、熱中症にやりやすいしな。危ないと思ったら水分を補給して、身体を冷やせよ?」
「うむ。了解した。テニス部だから、そこら辺は問題ないだろう」
理解が早くて助かる。
他の荷物も確認して、抜けがないかチェックする。
コミケが始まれば俺はサークルスペースでだらだらしているだけだが、白鷺はコスプレ広場に行くので、特に炎天下の対策は重要だ。
冷却グッズは多い方がいい。
「いつも思うが、白鷺は白色の洋服がよく似合うよな」
白いワンピースに、つばの広い白い帽子。
やっぱ、お嬢様だな。
初めてのイベントも似たような洋服を着ていたが、白色が好きなのだろうか。
夏コミ対策なのか。
肩に掛けた、日焼け対策の白いレースのカーディガンが可愛い。
シンプルなデザインながら、清楚系の洋服がよく似合うものだ。
夏用のワンピースなので少しばかし肩が出ているものの、女性としての上品さを失わないのは彼女だからであろう。
流石、お嬢様である。
身に纏っている雰囲気だけでも、住む世界が違うね。
「そうか? 洋服のトレンドというものはよく分からないが、似合っていると言われると嬉しいものだ」
「知らない人が白鷺を見たら、モデルだって勘違いするレベルだよ。それくらいに似合っている」
「モデルか。風夏みたいに撮影をしてみたいとは思うのだがな。如何せん、ポーズと表情が難しくてな」
被写体としての美人さで比べるなら、小日向も白鷺も凄く美人でレベルが高い。
小日向は可愛い洋服を着て躍動感を表現するのが得意なタイプで、逆に白鷺は元々の高い身長や育ちの良さが目立つタイプだ。
白鷺はファッションモデルとは違うタイプなので、コスプレとかの方が基本的に似合うと思うし、逆に小日向は小日向味が強いのでキャラに成り切るコスプレは似合わないだろう。
ある意味、住み別けされている。
「そうだな。今度のイベントは高橋に頼んで、ポートレートでも撮影してもらうか?」
「ポートレート?」
「ああ、意味は知らないよな。プライベートな感じで風景や私服を撮ったりする写真だよ。都内でたまに写真撮っている人がいるだろ? あんな感じ」
「メイド服とはまた違う感じになるのか?」
「街角で撮影するわけだし、新鮮なんじゃないか?」
「うむ、色々やってみたい。ポートレートもいいな。だが、そうなると洋服も新調しないと。東山、私は撮影用の私服は持っていないぞ」
いや、今の格好でもモデル級に美人で綺麗だと思うけど。
水族館デートに向かう女の子のイメージだった。
逆に隣で会話している俺の場違い感がやばい。
コミケに向かう、臨戦態勢のオタクだぞ。
「会場に着いたら、高橋に相談してみるか」
「最近、写真撮影の負担を掛けすぎていて申し訳ないな。お礼のプレゼントを渡したばかりだと言うのに……」
高橋は、本職のカメラ撮影だけでなく、撮影場所の予約やポスター製作までこなすし、イベント当日には売り子もしてくれる。
それでいて、愚痴も言わずに何度も手伝ってくれるからな。
うーん。聖人かな、あいつは。
ポートレートも撮影出来れば嬉しいって人間だから、二つ返事で了承してくれそうだ。
「さて、早めに行こうぜ。いつもより準備が大変だからな!」
楽しい夏コミの始まりだ。
地獄みたいな暑さの中の開催ではあるが。
外は日差しが強くかなり暑いが、会場内もかなり温度が高い。
コミケの熱気に比例してか、蒸し暑い。
湿度も中々やばい状態だ。
会場で高橋と合流してサークルスペースで準備をする。
いつものメンバーで準備を手際よく終わらせ、白鷺を着替えに送り出す。
「じゃあ、白鷺さんに着替えの場所を教えたら、そのままコスプレスペースに行ってくるね」
「ああ、ありがとう。白鷺を頼む」
「では行ってくる。すまないが少し待っていてくれ」
二人を送り出し、その間に両隣のサークル挨拶とツイの更新をしておく。
サークルスペースの写真を撮って、宣伝がてらにツイに載せる。
コミケの参加サークル数は二万以上で、メイドサークルは数百いればいい方である。エリアの関係上ちゃんと宣伝しておかないと、場所すら分からない可能性もあるため、徹底した告知はしないといけない。
「ロイヤルメイド部さん、今回もよろしくね」
「あざっす。今日も頑張りましょう」
メイド界隈の狭さからか、周りの人間はほぼ顔見知りと化している。
特にメイドリストしている高校生の同人サークルは俺達くらいなので、目立つのだろうか。
いや、多分、白鷺のお嬢様効果なのかな。
メイド服を着たレイヤーさん達も普通に話し掛けてくるし。
開場前の十時までは各々準備や挨拶をしながら、和気あいあいと雑談している。
いつもとあんまり変わらなくね?
近場がメイド界隈だからか、知っている顔しかいない。
ちょっとしたら白鷺が戻ってくる。
「うむ。待たせたな」
「おかえり。メイド服似合っている」
「そうか? ありがとう」
白鷺は、夏用に新調した可愛いメイド服を着込んでいる。
シルフィードで購入した夏仕様の上質のメイド服である。
シルフィードの店長曰く、シャツ部分が薄手になっていて、通気性がよく吸水性も高いらしい。
白鷺は毎回チェキを頑張って手売りし、得た利益をメイド服の購入費用にする。
写真撮影も同じ服ばかりだといけないみたいであり、衣装替えも大変そうだ。
「ふえええ、ふゆお嬢様のメイド服が新調されてる……」
「仰げば尊死」
「しゅき……」
「誰か、自動体外式除細動器(AED)持ってきて!」
AEDの正式名称よく知っているな。
博識メイドか。
バタバタバタ。
どっから沸いてきたふゆお嬢様推し親衛隊が次々に尊死していた。
飛び出た魂がコミケ会場の雲と同化している。
「それでさ~」
他のサークルさんは気にせず笑いながら雑談しているあたり、ある意味日常なんだよな。
俺もスルーしているし、白鷺も同様だ。
「今気付いたが、その髪飾り、この前買った革製品のやつなのか。似合っているな」
白鷺は嬉しそうに見せてくる。
「よく気付いたな。いいだろ! 可愛いんだぞ。しかも衣装に合う」
「買って正解だったな。……そうだ。白鷺、衣裳暑くないか? 大丈夫か?」
熱中症で倒れたら大変だからな。
薄手の生地とはいえ、メイド服を着ている分暑いはずである。
「ハジメさん、助けてよ! 親友が倒れているのよ!」
「いや、しらんよ」
迫真な表情で言われても困るわ。
サラッと話し掛けてきているけど、俺達は一度も絡みないやん。
あと、その親友は幸せそうに尊死しているから、放置していいんじゃないかな。
大往生してるだろ、それ。
「推しの為なら尊死できるでしゅ……」
普通にしゃべってるやん。
拍手と共に開場して、雪崩の如くオタクの流れが発生する。
入場の列は壁際の有名サークルから回って、中央のサークルへと流れが形成されるため、基本的には暇である。
白鷺は人の動きの多さに驚愕しているが、それがビッグサイトで行われる夏コミの醍醐味だ。
ニッチなサークルは、午後から人が流れてくればいい方だろうさ。
「新刊ください」
白鷺の列は即座に出来ていた。
「みんな先にコスプレスペースには行かないんですか?」
「ふゆお嬢様のサイン入りチェキは、直ぐ完売するでしょう? 撮影している暇があるなら並びますよ」
「お嬢様のチェキは我々親衛隊が独占する。メイドリスト以外に渡すものか」
本心なのか、ギャグなのかの判断が分からないけど。
メイドリストの推し活動のガチ度は、男性のソレじゃない。
彼女達の心の奥底まで、お嬢様に仕えるメイドとしての感情が芽生えていた。
……存在しない記憶でもありそうだな。
「人生楽しそうですね……」
「メイドは生きる活力ですからっ!」
爽やかに語る。
でも俺はちょっと引いている。
社会人特有のストレス発散のために推し活動に勤しんでいる感じだし、大人って大変なんだなぁ。
嬉しいことに、白鷺のチェキだけでなく、俺の同人誌も買っていってくれる。
「ハジメさん、一部ずつください」
「ありがとうございます」
メイド本と、フルカラー本を購入してくれた。
受け取る時の反応の良さから、ちゃんと目を通してくれているっぽい。
「出しておいて何ですが、俺が出すファッション本って需要あります?」
「ありますよ。ハジメさんのツイ見てるオタクやレイヤーさんって案外多いんですよ。思っている以上に、ハジメさんやふゆお嬢様。風夏ちゃんって人気なんですよ」
「なんでですか?」
「学生のツイとか、青春じゃないですか。私達、JKコスしてもJKにはなれないんです。ですから擬似恋愛モノとしてハジメさんのツイは便利なんです。ぶっちゃけ、エモいですよ」
饒舌に語り出したから、言葉の意味分からんけど。
まあ、需要があるなら有難いか。
「そうですか。全部売れるように頑張ります」
「でしたら、もう一部ずつ買いますね。完売頑張って下さい」
「ありがとうございます。とても助かります」
「感謝は大丈夫ですよ。困った時はお互い様です」
優しい人ばかりで有難い限りだ。
数十分もかからず、白鷺のチェキはメイドリスト達に瞬殺され、俺の販売を手伝ってくれていた。
俺は挨拶の対応と、色紙を渡す役目をしているが、流石の夏コミだけあってか人通りが出来ると対応するペースが早い。
白鷺のメイド効果が凄い。
そりゃまあ、売り子が白鷺だったら美貌に惹かれて並んでしまうし、最初に買いにくるよな。
「ハジメさん、おはようございます」
「ああ、ひよりさん」
何度か会っている中学生のファンの子だ。
小日向のファンだけあり、わざわざ夏コミまで来てくれていた。
頑張って来てくれたみたいだが、コミケの荒波に飲まれたらしくボロボロである。
「イラスト本二部ください」
「いつもありがとうございます。色紙も出来ているから待ってて」
彼女用に描いた色紙を渡す。
折角なのでひよりさんがリクエストしてくれた衣裳をアレンジして描いた。
「すごい! 風夏ちゃん、オススメした衣裳着てる! 友達にいっぱい自慢します!」
「いや、やめてね?」
友達とはいえ、一般の中学生がオタク趣味を見せられても、気まずいだけできつい。
普通のイラストでも、本人だけの為に描いているので、あまり人に見せてほしくはないかな。
「あ、そうだ! 差し入れもあります。えっと、わたしの好きなグミです」
「うん。ありがとう大事に食べるよ」
「えへへへ」
何だか妹みたいな人だな。
いい意味で。
あのアホとは似ても似つかないがな。
「混むと悪いので、帰ります。また今度のイベントも来ますね」
ひよりさんは一礼して、帰っていく。
それから殆どの同人誌と色紙を捌き、あと数人の色紙を渡したら一段落できる。
十二時過ぎには高橋が戻ってきてくれるので、あとは引き継いで終了だ。
「イラスト本、あと数部で完売だぞ」
「マジか。部数多めにすべきだったか」
普段だと客層がメイドに偏っているので、小日向のイラスト本の需要の見極めが難しく、数十部しか刷っていなかった。
売れ残るのは嫌だったし、それはそれでいいんだけどさ。
コミケだけあってか、若い女の子や一般人っぽい学生さんも買っていってくれた。
会場で気になって買ってくれた一見さんもいたし、ツイから色紙を頼んで一緒に買ってくれた人も多かったし、宣伝した甲斐があった。
そう考えたら強気でいくべきだった。
うん。いつになってもサークル活動は難しいものだな。
「東山、私の分も取っておいてくれよ?」
「大丈夫大丈夫。身内用にはちゃんと確保してあるから安心しろ」
「ならよかった。私だって、大きいサイズでイラスト本を読みたいからな」
あー、サークル仲間として付き合い長いから忘れていたが、白鷺も小日向のファンだったな。
イラストも好きって言ってくれるし。
案外、俺にとっての古参ファンだった?
「今度、色紙描いてやろうか?」
「いいのか? 仕事が大変だろう?」
「まあでも、欲しいなら描いてあげたいからな」
「お金はいっぱい払うぞ!」
「いやいや、身内からはもらえないわ。あと、大分オタク界隈に染まってきているぞ」
推し活イコール、お布施になっている。
投げ銭など、お金で解決しようとしてきたら末期である。
その分、いいご飯食べてくれよ。
俺としてはお金よりも、差し入れのグミでも充分に嬉しい。
なにより好きなもの描いているだけだからな。
絵を描くことが楽しいのだから、喜んでくれるだけで幸せである。
「よし、高橋が戻ってくるってさ。荷物を片付けておくか」
「他の色紙は大丈夫なのか?」
「ああ、一人は来る時間聞いているし、もう一人は……マリアさんって名前の人、レイヤーさんに居た?」
「誰だろう? 私は聞いたことないな」
「マジか。依頼内容がメイドの絵だから、一般の人じゃないと思ったんだがな……」
だめだ。
思い出せん。
フォロワーの顔と名前が一致していないのは流石に失礼過ぎる。
こちらから催促も出来ないし、早めに挨拶に来てくれると助かるんだが。
でも、知っている人で他に来ていない人はいないんだよな。
いや、まさか。
「お前か」
「え? 何がでしょうか?」
丁度目の前に来た女性。
イベントの度にいつも発狂している、メイド喫茶シルフィードのメイド長。
名前はまだ知らない。
「よく分かりませんが、先に新刊二部ずつ下さい」
「ありがとうございます」
「それで何の話でしょうか?」
「俺の色紙を頼んだ?」
「はい。失礼ながら頼ませて頂きました」
「注文した名前は?」
「マリアですけど」
「紅茶の名前関係なくない? シルフィードのメイドは紅茶の名前じゃないの?」
「あ、すみません。ツイ名は本名なんで……」
素で話すなよ。
着込んでいるメイド服が浮いているやん。
「誰だか分からなかったですよ」
「まあ、仕事とプライベートは別けたいじゃないですか。ツイでウザ絡みしてもアレですし」
出来る女感を出しているが、仕事中も大体ウザ絡みだけど。
それに関してはどうなんだろ。
白鷺は、察してか聞きづらいことを聞いてくれる。
「メイド名も知らないですが、この機会に教えて貰えますか?」
「えっへん、やっぱり知りたいですか?」
「ええ、まあそうですね……」
勿体ぶるのは構わないが、ウチの白鷺が気まずそうにしているじゃないか。
「メイド名は、リゼです」
「なるほど。トルコの紅茶の名前ですか」
「今度飲んでみてください。あまり知っている方は多くありませんが、美味しい茶葉ですよ」
「ええ、次の機会に頂きますね」
女の子特有の空気感で仲良さそうに会話をしていた。
白鷺は続ける。
「因みにですが、どっちの名前で呼べばいいですか?」
「マリアでいいですよ。シルフィードではメイド長呼びが多いですからね」
なるほどね。
メイド喫茶のみんなが名前で呼ばなかったから、俺達も知らなかったのか。
「では、マリアさんとお呼びしますね」
「わくわく」
「ん? 俺? 呼び方は引き続き、メイドさんでいいでしょ」
別に困ってなかったし。
シルフィードに行ったら、大体この人が専属のメイドさんだから。
「酷いです! こういう人は女の子と付き合ったら、彼女のことをお前とかこいつとか呼ぶんですよ」
「そんなことしないわ」
失礼なやつだな。
俺が優しくないのは貴女だけである。
「じゃあ、俺もマリアさんって呼びますよ」
「呼び捨てで構いません」
「でも、年上……、そうですね。改めてよろしくお願いします。マリア」
メイドさんは微笑する。
「ふふ、何だか恋人同士みたいですね。いえ、どっちかというと主従関係っぽいでしょうか」
「終わったら。とっとと帰ってください」
「何でですか! 優しくしてくださいよ」
「すみません。コミケなんで」
次の方が待っている。
戻ってきた高橋にサークルスペースを任せ、俺達二人はお世話になっているサークルに挨拶に行く。
もちろん、メイドさんが怒るので最初のうちに行っておく。
挨拶が終わると、白鷺は知っているサークルから、コミケの為に地方から参加しているサークルまで端から端までグルリと回って、チェックをしていた。
可愛いものが好きだけあってか、装飾品や雑貨などを集中的に確認するのだった。
「めっちゃ買っているけど、持とうか?」
「すまない。これがコミケの魔力か」
白鷺が単純に買い過ぎなだけだがな。
いやまあ、年に二回しか開催されないし、オタクの一大イベントだ。コミケの同人誌や創作物のクオリティを考えたら、散財するのも仕方ないだろうか。
特に白鷺が購入している小物は、手作りで繊細に装飾されたものが多く、普通に買ったら数千円以上する商品も、コミケ価格で販売されていた。
テーマパークに着たみたいにテンションマックスで買い物をする彼女は、メイド服姿とのギャップが凄かった。
「白鷺、良い物が買えてよかったな」
「うむ! コミケは楽しいな!満足した!」
「これからコスプレ広場に行くんだから、満足しちゃ駄目だろ」
「おお、忘れていたぞ。そうだな、メイド以外のコスプレも初めて見るし、楽しみだな。さっき知っているアニメのコスプレも居たぞ!」
そうか。
メイドのイベントだけじゃないし、メイド以外のコスプレもあるんだよな。
「何のコスプレ見たいんだ?」
「そうだな! プリキュアとかあるか? あとはアイカツ!とか、プリパラとか……」
「うん。何で女児アニメ縛り?」
「面白いぞ。可愛い衣裳がいっぱいあって、歌って踊るんだぞ」
本当に可愛いもの好きだよな。
結婚したら良いママになりそうだな。娘と一緒にアニメ観てくれるし。
混雑した中を進みながらゆっくりと歩いていた。コスプレスペースに到着するまで、ちょっとだけ雑談をする。
他愛ない話ではあるが、俺達の距離感ではそれくらいが丁度いい。
それから少し歩いて。
屋外の広い場所で、撮影を約束していたメイドリストのみんなと集まる。
白鷺はメイド服の合わせをしながら、楽しく撮影をしている。
そんな姿を見ていると、サークル活動を頑張ってきてよかったと思うものだ。
もっとコミケの楽しさを伝えられたらいいんだが。
そこらへんは、メイドリストのみんなが教えてくれそうだな。
みんなの邪魔にならないように、荷物番をしておく。
お茶を飲みながらゆっくり休憩していた。
ああ、午前中に尊死していた人はちゃんと復活していたから安心してください。
白鷺は遠巻きに見ている俺に気付いてか、手を振っている。
よく分からないが振り返しておくか。
めちゃくちゃ暑いけど、ちゃんと見ていることを伝えておく。
「はええ、お嬢様が可愛く手を振ってる。尊死するしかねぇ……」
「ーーは? なんで??」
冥土ギャグかよ。
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