第五話・お嬢様はメイドです
日曜日の朝イチ。
両肩には大きな鞄。
カートの上に同人誌が入った段ボールを乗せ、いつものイベントが始まる。
メイド限定のイベント故に、規模は小さいながら、最高峰のメイドリスト(狂人)が集まっていると名高いイベントだ。
サークルの数は少ないと言えども、メイド好きを高濃度で圧縮し抽出した変態の集まりでもあるため、戦場という意味ではコミケよりも酷いだろう。
基本的には全年齢の同人誌や、エロ同人。
小物製作サークルやメイド服を売り出しているガチ勢も多く存在し、俺達の戦いは駅前から始まっている。
歴戦のメイドリストは顔も名前も周知されているので、改札を降りた際に無言の会釈が始まるのだ。
イベント会場でも挨拶回りをするのに律儀なものである。
ちょっと早く着いてしまったが、白鷺や高橋よりも遅くなるわけにはいかないので仕方ない。
「コンビニでコーヒーでも飲むかな……」
さすがに二人ともまだ来ていないよな。
辺りを見回す。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
つばの広い白い帽子を被り、同じ色のロングスカートのワンピースを着ている女性がいた。
純白に近い美しい女性は、キャリーバッグを片手に待っていた。
避暑地かな?
いやまあ、服装の指定をしとくべきだったのは俺のせいだけど。
遠巻きで見ると正直ただの女優にしか見えないんだよなぁ。
「白鷺、おはよう」
「うむ。おは、おはよう」
ガチガチやんけ。
緊張からか顔色が悪くなっていて、真っ白過ぎる。
変な汗が出ていそうなくらいだ。
「緊張するのは早すぎだろ。とりあえず、コンビニでゆっくりしようぜ」
「そうだな。椅子に座りたい……」
始まる前からグロッキーだ。
本当にやばそうなら帰らせるしかないが。
旅行鞄の中にはメイド服などの衣裳が入っていて、わざわざ地元から頑張って持ってきたのだ。
このまま帰らすのは可哀想だ。
コンビニの椅子に座らせ、水を手渡す。
「ほら、冷たい水だけど飲めるか?」
「すまない」
「白鷺、他にほしいものはあるか? インゼリーみたいな軽い食べ物買ってくるか?」
「少し休めば大丈夫だ。そこまで気を使わなくていい」
「本当に?」
「大丈夫だ、問題ない」
こいつも普通に無理するタイプだしな……。
あまり言葉を鵜呑みに出来ない。
高橋にラインを入れて、悪いが先に会場に向かってもらう。
サークル参加組は会場に入るまでに時間があるし、白鷺の体調が落ち着くまで少し話しつつ、様子見をする。
二十分くらいしたら顔色もよくなり、たどたどしい話し方も直ってくる。
「そろそろ行くか」
「そうだ、高橋さんは?」
「先に写真を撮りたいって言ってたから、別で入ってもらってる」
「始まる前から写真撮影しているのか?」
「いや、多分会場の建物撮っているだけだと思う。基本的に時間がある限り何でも写真撮るタイプの人間だからあいつ」
学校の昼休み含め、時間が許す限りカメラに触れているくらいだ。
無機物にもハァハァ言っていたし。
よくよく考えたら、うちのサークルやばいやつの集まり過ぎない?
変態指数高過ぎ?
それから会場に入って、サークルスペースに向かう。
始まる前から中はかなり人が賑わっていて、サークル参加している人だけでも百人以上いるかも知れない。
端っこのコスプレ会場には、二十人くらいメイド服を着た女性レイヤーさんが撮影の準備をしている。
白い丸テーブルに椅子と紅茶セットの食品モデルを持ち出していた。
本格的なセットを用意して、張り切って撮影に参加する意気込みであった。
いや、頑張るのは分かるが、ここ五階の会場だぞ、テーブル運んできたやつ誰だよ。
どんだけガッツリメイド服の撮影するつもりなんだか。
「あのすみません!」
不意に話かけられる。
「びくっ!」
うちの白鷺がびっくりしている。
場馴れしていない感が凄い。
白鷺に話しかけてきたのは、メイド服を着たレイヤーさんであり、お願いするような低姿勢で話していた。
「凄くお綺麗な方でしたので、申し訳ないですがお嬢様役として合わせに参加してもらえないですか?」
「合わせ?」
「一緒に写真撮りたいってさ。合わせて撮影するから合わせって言うんだ」
「なあ、私に出来るのか?」
クソ美人なのに何で不安がるのか不思議だ。
「難しくないのか?」
「隣に居てあげるからビクビクするなよ。彼女、サークル参加初めてだし、無理させられないので、十分くらいなら大丈夫です」
「すみません。助かります」
女性レイヤーさんに誘われて、私服の白いワンピース姿のまま椅子に座る白鷺であった。
手を加えていないオーガニックお嬢様でも、メイド服の女性より映えるのだからおかしなものだ。
やべぇなこいつ。
避暑地で優雅に佇むお嬢様にしか見えない。
イメージだけで、風の音が聴こえてきそうなくらいだ。
「これでいいのですか?」
「お嬢様、お綺麗です」
合わせ役のメイドさんの口調が引っ張られて丁寧になっていく。
女の子同士はキャッキャしながら写真撮影し、男性カメラマンの人は血眼になってシャッターチャンスを逃さない。
気付いたら高橋いるし。
高速シャッターモード使ってるし。
カメラマンのテンションの高さはよう分からん。
そのまま何人か一緒に撮影する人を変えつつ、お嬢様である白鷺冬華の美貌を堪能していた。
紅茶を飲む仕草とか様になっているものだ。
オーガニックお嬢様が持つ、実力の違いってあるものなんだな。
「お嬢様、髪型変えていいですか?」
メイドさんのご要望で、白鷺はいつも付けているポニーテールのゴムを外し、長髪ロングになる。
「ほお」
「何だ! 文句でもあるのか!」
「完全にお嬢様だな」
「失礼なやつだな!」
綺麗な黒髪と白いワンピースはとても似合っていて、凛とした姿勢で座る姿はやっぱりお嬢様であった。
怒っていても背筋を伸ばして座っているあたり、可愛いものだな。
レイヤーさんは真顔で言う。
「ツンツンお嬢様もありかも?」
「そうですね。赤面しているうちに撮っとこう」
オタクだけあってか、誰一人として自分の欲望を抑えていなかった。
理性ぶっ壊れているのかな。
「お嬢様、抱きついていいですかッ?」
理性ぶっ壊れているな。
ちゃんと承諾を得るあたりはオタクの鏡だが、言っていることもやっていることもメチャクチャだ。
そっと白鷺を包み込むように両手で抱擁する。
年上メイドがお嬢様に抱き付く絵面である。
「はぇ~、メイド好きでよかった~。尊死尊死できるぅ。お嬢様は匂いもお嬢様するぅ」
馬鹿かな?
撮影が一段落したので、白鷺と高橋を回収して、サークルスペースに行く。
木目調の長机には二人分の広さしかなく、大きさは学校によくある長机と同じである。
パイプ椅子を二つ置いたらギチギチなくらいの広さだが、オタクには見慣れた光景であった。
逆に広すぎるイベント会場の方が不安なくらいだしな。
イベント関係のチラシに興味津々な白鷺は、それを見ながら同人誌即売会の空気感を味わっている。
男二人はその間に設営する。
机にテーブルクロスを敷き、サークルスペースのナンバー表。
新刊の絵柄が描かれているポスターを設置する。
カラオケ屋で撮影した白鷺のメイド服姿のポスターももちろんある。
「白鷺さん凄いね。ポスター映えがやばい」
「……すげえな。加工してあるのか?」
「フォトショ加工してないよ」
オーガニック白鷺?!
いや普通に一流レイヤーって言われても納得する透明感であった。
白鷺の元々のポテンシャルが高いからか、撮影していたカメラマンの腕がいいからか分からない。
肌がきめ細かいし、一点の染みもない。
ワイワイしながら撮影していた一瞬を上手く切り取っていたからこそ、こんなにも綺麗な白鷺を撮影出来ていたのかも知れない。
カメラって奥が深いんだな。
絵では表現出来ない領域だ。
「これを貼り出すのか? 大きいし恥ずかしくないか?」
白鷺は自分の特大ポスターに恥ずかしがっていた。
「ポスターは大きくないと目立たないから、これくらいが普通だよ」
他のサークルもかなり大きいポスターを貼り出している。
エリア的に全年齢のため、普通の絵がほとんどであり、白鷺みたいにコスプレ写真をポスターにしている人はいない。
白鷺の美貌という意味でかなり目立つかもしれないが、普通のメイド服なので恥ずかしがるほどではない。
ちゃんと全年齢だし。
「あ! ここにいた。お嬢様、メイド服着るんですね!」
先ほどまで合わせをやっていたメイドさんがたまたま通り掛かり、挨拶をしに来てくれた。
「すみません、彼女も着替えるんで、更衣室まで案内してもらえませんか?」
そろそろ白鷺も着替えないと間に合わなくなりそうなので、ベテランのレイヤーさんに頼み込む。
「いいですよ! 合わせてもらったし、それくらい全然大丈夫ですよ!」
白鷺を着替えに送り出し、俺達二人は準備を終えて、値段のPOPを付ける。
「ハジメくん、お疲れ様です」
「ガータースキーさんお久しぶりです」
俺の知り合いがきた。
二人とも、オタクの名前で挨拶を交わす。
俺は普通に名前のままだが、メイドリストはふざけた名前を付ける人が多い。
メイドに関連した名前や、茶葉の銘柄をハンドルネームにしているセンスの人もいるし、あからさまにイカれた名前の人もいる。
メイドスキーさんは名前から想像できないくらいに爽やかな社会人で、年下の俺にも対等に接してくれる常識人だ。
まあ、メイドへの愛は狂っているけど。
尊敬できる部分もあるが、メイドのためなら冥土に行けるとかほざく人だ。
狂ってないわけがない。
「そういえば、パソコン大丈夫? 直りそう?」
「数週間で直るんで大丈夫ですよ」
「それはよかった。色々頑張っているようだから、そんな時にブランク空くときついよ。早く絵を描けるようになるといいね」
「ありがとうございます。もっと上手くなれるように善処します」
メイドスキーさんは、フォロワー数万レベルのベテランの同人作家であり、同人誌の発行部数も俺の何十倍も多い。
遥か先に居るような人だ。
「その歳でそれ以上上手くなられると困るんだけどなぁ……。あれ? チェキ出すって言ってなかった? レイヤーさんは?」
「着替えに行ってます」
「そっかあ。じゃあまた後で挨拶にくるね」
「別にそこまでしてもらわなくても」
「でも、メイドさん本人に会いたいから」
キリッ。
ベテラン同人作家だというのに、とてつもなく純粋な眼をしていた。
何が彼を駆り立てているのか分からないが、メイド界隈で一流になるにはあれくらいメイド好きにならないと無理なのかも知れない。
「あ、そうそう。ハジメくん、チェキだけ購入制限かけておいた方がいいよ、一人二部までじゃないと危ないよ」
「でも五十枚以上用意してますけど……」
「さっき、レイヤーさん達がお嬢様のチェキ買い占める!って息巻いていたから、瞬殺喰らうよ」
ああ、さっきの人達か。
白鷺のことをお嬢様って呼ぶのは的を得ているな。
「分かりました。一人二部にしておきます」
「うん。それがいいね。じゃあまた後でね」
「チェキは要らないんですか? 取り置きしておきますか?」
「大丈夫だよ。チェキはメイドさん本人から受け取るからこそ価値がある」
言っていることは格好いいのだが、やっていることはメイド好きなヤバい人でしかなかった。
颯爽に去る姿は、正直後輩としても真似したくないものだ。
高橋は何かに惹かれてか、写真を撮っていた。
「なんで撮っているん?」
「写真で撮ると面白そうな被写体だったから」
言いたい放題だ。
でも否定してあげられない俺もいた。
入れ違いで白鷺が戻ってくる。
「待たせたな」
「ああ、お帰り」
けっこう時間が掛かっていたかと思っていたら、髪型を変えてきていた。
元々の長髪を三つ編みにしてまとめていて、いつものような美人寄りではなく、可愛い女の子のイメージが強かった。
長身だと三つ編みは似合わない場合があるが、少しの違和感もなく可愛いメイドさんである。
チラチラとこちらを見ていたので、反応しておいた方がいいのか?
「白鷺、三つ編みにしたんだな。似合ってると思うよ」
「うむ。他の人がやってくれたんだ。あと、更衣室で小物や髪止めの貸し出しをしていてな」
白鷺は、小さくくるりと回転する。
赤い薔薇の装飾が付いたバレッタをしていた。
メイド服が白黒で地味な印象が強いが、真っ赤な薔薇の髪止めを付けることで、給仕をする女性であるメイドさんでも色鮮やかで華がある印象を与える。
「それ可愛いな」
「そうだろ! 向こうのフロアで同じようなものが売っているらしくてな。後で見に行ってきてもいいか?」
白鷺は嬉しそうに語っていた。
最初は顔面真っ青だったが、楽しんでくれているみたいでよかった。
正直、キャラが濃いやつしか登場していないし、メイドって単語が多過ぎでゲシュタルト崩壊していないか心配だった。
開場時間の十時を過ぎ、サークルの人達は拍手をして無事にイベントが始まったことを祝う。
みんな仲良くパチパチと拍手をする。
「はあはあ、おはようございます」
開幕と同時に息を切らしながら俺達のサークルスペースに駆け寄ってくる。
メイド喫茶店シルフィードの腹黒メイドであった。
制服のメイド服とは違い、プライベート用のメイド服を着ていた。
「いや、何でいるんですか」
「買いに来るって言いましたよ!?」
「え? 大人で言うところの、前向きに検討しますみたいなことでしょ?」
「そんな営業トークはしませんよ。今日はお客さんとして来ているので、ちゃんと買いますよ。新刊とチェキください」
五千円を出してくる。
「小銭しかないですけどいいですか?」
「買える分全部ください」
「一人二部なんで」
同人誌もチェキも一つ五百円なので、差額を小銭で返す。
「冷たくないですか?!」
「まあ、お帰り下さい」
「せめて軽い挨拶させてくださいよ」
しゃあないので許可する。
断ると居座りそうだったし。
メイドさんは白鷺のメイド姿を褒めつつ、三つ編みにされた髪型に注目した。
「あ、このバレッタ。私が作ったんですよ。可愛いでしょう? 自信作です」
「へぇ」
「ご主人様、反応薄いとは思いませんか」
褒めたら負けな気がするしな。
あと、天狗になると思うからぜったいに褒めない。
「とても可愛いですよね。私のお気に入りです」
白鷺は根は素直なので、赤い薔薇の髪飾りをちゃんと褒めてあげていた。
「お嬢様、三つ編み可愛いです! やっぱり可愛い女の子には可愛い装飾品が似合いますね」
キャッキャしているのは、女性特有の行動なのか。
高橋に至っては、男性客の対応を冷静にこなして売り捌いていた。
お前もお前で平常心を保ちすぎじゃないかなってたまに思うよ。
買いに来てくれたのが、常連の人だったので声を掛ける。
「いつもありがとうございます」
「いえ、落ち着いたらまた挨拶にきますね」
会釈だけして会話を終える。
そもそも常連のファンも来るのだから、腹黒メイド一人にかまけている時間はない。
「はい、三十秒以上経ちましたので、解散してください」
「ええ? まだ話したりないです」
「落ち着いたらサークルに顔出しますから、その時でいいでしょ?」
「仕方ありませんね。サークル番号はこちらなので、遊びにきてくださいよ?」
「前向きに検討します」
それはこないやつ。
と言いたげであったが、後ろが並びつつあるので強制的に列から捌けさせる。
次の人も同じようにメイド服を着たメイドさんであった。
「お嬢様、ご挨拶に来ました!」
先ほどのコスプレスペースにいたメイドさん方が何名か一緒になって、顔を見せにきた。
白鷺に販売の対応方法を教えつつ、自分自身で手渡すように指示する。
「二部で千円です」
ささっと手渡し粗相がないようにしていた。
「え~、チェキ可愛い。ちなみに、サイン書いてもらえますか?」
「サイン?」
「名前書いたりするんだよ。このスペースとかに」
「本名でいいのか?」
アカンアカンアカン。
「身バレになるからそれは駄目だ。ハンドルネームとかにしておけ」
ちょっと悩んで、ふゆって書くことにしたらしい。
「これでいいですか?」
「ありがとうございます! 五百円払いますね!」
「え?」
「メイド界隈だと、サイン入りはプラス五百円かかるんです。所謂お布施です」
貢ぐのが癖になっているのか?
メイドがメイドに貢ぐ永久機関だ。
他の人達も同じようにサインをお願いしまくっていて、チェキを全て売り捌く勢いだ。
白鷺が美人なのは周知の上であるが、一人二部じゃなかったら瞬殺だった。
女性が女性の写真欲しがるとは思っていなかったしな。
危なかった。
白鷺はチェキにサインしながら、会話しているので内心はかなり慌てている。
「別にゆっくり書いていいんだからな?」
「うむ」
お嬢様特有の達筆でサインを書く。
初めての同人イベントでここまで綺麗にサイン書けるのは凄い。
普通なら失敗しそうである。
「私もサークル参加しているから、遊びにきてね」
「絶対行きます!」
「じゃあね、ふゆお嬢様」
名前を覚えられてもお嬢様呼びはなくならないみたいである。
白鷺は慌てているので、俺が代わりにサークル番号をメモしておく。
忙しいが時間が少ないため、高橋には早めに写真撮影に行ってもらおうかな。
「高橋、すまないけど写真撮影行ってきてもらっていいか? 昼過ぎから挨拶回りしたいから今のうちに行ってきて欲しい」
「分かった。一時間くらいで戻ってくるよ。忙しいだろうけど頑張って」
売り子の場所を代わり、高橋に行ってもらった。
顔見知りのお客さんの対応をしつつ、白鷺のフォローもこなす。
俺は絵描きとして有名じゃないため、同人誌自体の売れいきはそんなに高くない。
身内含めて十数冊売れて、あとは初見さんがパラパラめくって気に入ったら買ってくれるくらいだ。
俺の実力では、ギリギリに全部売り切れたら頑張った方である。
白鷺の写真は並んでいる人で完売っぽいし、人気の違いを痛感する。
だがまあ、楽しんでいるようなので良かった。
売れ残るようなら俺が買うつもりだったが、杞憂だった。
滞りなく写真を売り切って、完売のPOPを出しておく。
「白鷺、お疲れ」
「疲れた」
水分補給用のドリンクを出してやる。
「はは、まあみんな元気だったしな」
「次はもっと上手くやらねばな。サインの練習もしないとな」
「そうだな。しかし、サインするの早かったな」
「ただ文字を書くだけだったからな。可能であれば、アイドルみたいな可愛いサインを書きたいものだ」
絵が入っているやつかな?
女の子のサインって可愛く書きたがるけど、男の俺には真似できない。
「白鷺は達筆なんだから、今のままでも綺麗だからいいと思うぞ」
「しかし、ちまたでは風夏みたいなサインが流行りだろ?」
「キャラを全面に押し出したサインだから、真似するのは無理だ。白鷺はお嬢様なんだから、清楚なままの方が似合っているはずだよ」
無理に可愛く見せる必要はない。
キャラに合っているかが重要であり、特に交流をしたがるオタク勢はキャラ作りをしていると直ぐに気付いてしまうだろう。
好きなものに妥協しないからか、他人の好きなものにもセンサーが敏感である。
「お金をもらうと、頑張らないといけない気持ちになってしまうな」
「最初はそうかもな。でも、好きなように楽しめばいいさ。みんな好きなものにお金を払っているだけだし」
楽しめなくてはオタクではない。
好きなものを楽しむためにみんなこの場所にいるのであって、それだけ気を付けていればいい。
最初はみんな絵が下手だし、写真撮影が上手くいかないこともある。
それでも好きな気持ちがあるから続けられて、色々な人が集まって楽しくイベントが行えるのだ。
何度も何度も繰り返しているうちに、仲間が出来たり、ファンの人が挨拶に来てくれるようになる。
同人活動とは、そうやって好きなことをやっていくものだ。
「好きなもの……。この場所に居るみんなは、好きなものがいっぱいあるのだろうな」
白鷺は赤い薔薇の髪飾りに触れる。
彼女にとっての好きなもの。
色々な人に会いに行き、自分から探しに行けば、もっと好きなものが見付かるかも知れない。
白鷺は踏ん切りが付いたのか。
「うむ。やれることは全てやるべきだな」
とても晴れやかな笑顔をしていた。
「すまないが一緒に来てくれるか? 全部回って楽しもう!」
初めて彼女に出会った時のように。
ドタバタしながら連れ回されるのも悪くない。
おまけ
「何でおまけ扱いなんですか! ずっと待っていたんですよ?!」
腹黒メイドに会いに言ったら早々怒られた。
長机越しではあるが、襲われないように距離を取る。
「ちゃんと来たんですから文句言わないでくださいよ」
「三時間以上待っていたんですよ!」
「昼過ぎに売り子を代わってもらい、挨拶回りをしてから来たんで普通に最速です」
「挨拶回りは最初に来てくださいよ。私達の仲でしょう?」
「う、うん……」
メイド喫茶での絡みはあったとしても、そんなに話したりはしていない。
それ以上に、この人とのやり取りで何か良い思い出があっただろうか。
白鷺と目を合わせる。
「髪飾り皆さん褒めてましたよ。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる白鷺であった。
「お嬢様はお優しいですね。ご主人様はその優しさの半分くらい貰ってきてください。せめてバファリンくらい」
「……育ちが悪いんで無理っすね」
バファリンは知らんが、そもそもの土台が違うしな。
白鷺みたいな生粋のお嬢様で、ポテンシャルお化けみたいなやつと比べられても困る。
こっちは普通に平凡な家庭だぞ。
「すみません。今付けているこの髪飾りを頂きたいのですが、売って貰えますか?」
「いいですよ! 他にも色々小物も販売しているので見ていってくださいね」
メイド喫茶シルフィードにあるメイド服専門店と同じような小物や装飾品が展示されている。
「え? もしかしてシルフィードの商品って貴女が作っていたんですか?」
「ええ、メイド兼任でデザイナーですからね。私が受け持つのはあくまで小物くらいで、メイド服は店長が全て作ってますけどね」
メイドさんはそれから長々と語っていたが、白鷺さんは完全に無視して小物見てますけど。
可愛いものに目がないためか、商品を見比べながら悩んでいた。
「うむ。何を買うか悩むな。こっちのカチューシャも可愛いな」
悩み出したら長いので、静かに待っているとダメ出しされる。
「なに普通に眺めているんですか。男の子なんですから、何か買ってあげたらいいじゃないですか。女の子は喜びますよ?」
「いや、学生の財布の中身なんで」
「あーはいはい。この箱の中なら千円でいいですよ。10連ガチャ我慢すれば三個購入できるくらい格安です」
高いのか安いのか分かりにくいわ。
しかしせっかく安くしてくれるなら、白鷺に買ってもいいだろう。
千円なら、俺でも買ってあげられそうだ。
「ここから好きなの選んでいいぞ」
「本当か!? だが、それはそれで余計に悩んでしまうな」
唸りながら悩んでいる。
「いや、ご主人様が選んであげてくださいよ」
「好きなものは自分で選んでくれるよ」
「熟年カップルみたいなものですかね? サプライズ嫌い? まあ、お二方がそれでいいならいいんですけどね」
白鷺が一番好きなものを選び終わるまで、ゆっくり待つのであった。
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