第二話・白鷺冬華は限界オタ

昼休み。

教室で弁当を食べながらツイを追っていた。

先日、小日向のイラストをネットに上げた。

いつもの同人仲間やメイド繋がりのフォロワーからの反応だけではなく、普通の人からもいいねボタンが押されていた。

反響が無いような気がしていたから、ちょっと嬉しい。

いつもより人気があったのは、小日向のツイでもイラストを上げてくれていたのと、ファンの人が律儀に俺の方までRTしてくれたからであろう。

小日向のフォロワーさんは優しいな。

まあ、若い学生さんが多いらしいし、オタクな女の子もいるのかも知れない。

「あ、ふゆちゃんさんだ」

可愛いぬいぐるみのアイコンのフォロワーは、小日向繋がりでコメントくれるファンである。

俺のメイド関係のつぶやきに反応してくれていて、めっちゃ助かる。

話し方的に中学生くらいの子なのかも知れない。将来有望株のメイド好きだ。

可愛いメイド服の画像を発信してくれて、イラストを描く時に参考にしている。

また小日向のイラストも載せて欲しいと言ってくれているので、考えておかないとな。

定期的に流行りものの洋服の画像や、小日向に着て欲しい洋服の画像が送られてきて、読者モデルの二次元化も需要あるんだよな。

このままツイやっていたら、ファッションに詳しくなりそうだ。

「やること増えたな……」

夏コミまで忙しい日々になりそうだった。



いつもの。

小日向入場のあいさつ。

「お腹いっぱいチョモランマ」

「原型ないじゃん」

「魂で感じるんだよ」

「え、嫌だよ」

陽キャのテンションを理解出来るようになったらやばそうだ。

小日向は定位置に座り、するめを食べ出した。

「お菓子のチョイスおかしくない?」

「え、ギャグ? おかしだけに」

「話が進まなくなるから、一々ツッコミ入れてくるなよ」

「これはねえ、するめダイエットだよ。小腹が空いたときに便利なんだよ」

もしゃあ。

読者モデル故にカロリーを意識するのは悪くない。

だが、毎日のように間食していたら意味ないと思う。

お菓子を全然食べない身としては、お菓子で一喜一憂する小日向が羨ましいというか。

「今は落ち着いているのか?」

「んあ? 仕事は三日に一回くらいかな~。でも、近いうちに夏の写真撮り始めるかな? 忙しくなるかも~」

「へぇ、早いな」

「六月には衣替えの準備する子もいるからね。トレンドものは早めに情報発信しないと間に合わないかなぁ」

全身ユニクロ派の自分には分からないが、女子も大変みたいである。

お金を払い雑誌を買って、流行に合わせて洋服を選ぶなんて難易度が高すぎるものだ。

ファッションって奥が深いしな。

「そろそろ新しいイラスト描きたいんだけど、なにか要望ある?」

「何系のにするの?」

「あー、コメントの衣裳から選ぼうと思っていてな」

ツイを開いて、候補にしている写真を何枚か小日向に見せる。

いつもとは打って変わって真面目な顔をする。

アホ要素が目立つけど、仕事が絡むと真剣なやつだ。

「うん。みんな可愛いけど、これがいいかな? 色のバランス的にもいいと思う。流行色使っているし」

「これか。最近仲良いフォロワーさんなんだよね。センスいいから助かっているんだよな」

「おい、女か」

「なにその口調。女性だとは思うけど、性別は知らんな。それがどうしたんだ?」

「出合い厨やん! だめでしょ!」

俺がツイやっていたら、嫌がる言葉ナンバーワン。

出会い厨呼ばわりされることだ。

「はあ、趣味が合うから会話しているだけだぞ。つか、絵を描くのに忙しいのに、遊びに行く余裕ないし」

「男子はみんなそういうじゃん」

「俺だぞ?」

あっ。

「ごめぇん……」

それもそれで失礼である。

察したみたいな態度取るな。

ともかく衣裳を選んだため、次のイラストのテーマを決めることにした。

「前回と同じじゃダメなの? モノクロめっちゃ良かったじゃん。続けないの?」

「ああ、あれも続けるつもりだよ。マニキュアの配色変えて、別バージョンは描いてみた。これは別に上げるつもりだ」

「上げるペースおかしくない? 絵ってそんなすぐ描けるの?」

「家でずっと描いているからな。あとでチェックお願いするわ。んで、テーマを変えたいのは、モノクロだとシャープさは表現出来るんだが、白黒を基調にする関係で温かみは感じないし、小日向のファンは若い子多いから、客層に合わせた色味を使いたいんだ」

赤色やピンク。オレンジや黄色とかか。

イメージからは離れてしまうが、同じようなイラストを描くのは置きにいってしまっていると思われる。

ある程度新しいことに挑戦していかないとフォロワーも飽きてしまう。

「ねえねえ、パステルカラーとかにしてみたら? 今夏の流行色だから、ちょっとまって」

スマホの写真に写っているのは、木目調のテーブルにカラフルな布地が並べられているものだ。

パステルカラーなのか? 男の俺には色の名前すら分からん。

小日向の説明を受けても、全部同じピンクだし、全部同じ青にしか見えないのであった。

色の違いが分からないと言っても理解出来ない顔をされた。

いや、だってファッションオタクならまだしも一般人には同じにしか見えない。小日向レベルなら色だけじゃなく生地の生産地分かるくらいに勉強しているんだろうけどさ。

野郎でいうところの、ガンダムの顔の違いが分かる感じか?

「この衣裳の色をパステルカラーにしてみてよ」

しれっと無理難題を言ってくる。

洋服の

色合いを調整して、パステルカラーにする。

「これでいいか?」

「全然違うから」

こっわ。

「こうか?」

「違う」

「これは?」

「違う」

ええ……。

何十回も調整してやっとのこと許しが降りた。

「うん。完璧だね!」

「いや、怖いから。昼休み終わっても解放されない気がしたぞ」

「授業より重要でしょ?」

ガチのテンションでそう断言した。

サイコかよ。

どんだけファッションに情熱を注いでいるんだよ……。



放課後。

ほとんどのクラスメートは帰宅していた。

俺が残っていたのは、ツイのチェックと返信で時間が掛かったからである。

フォロワーが増えるのは有難いが、女子だと言葉を選ぶ必要があるので難しいものだ。

野郎なら適当でもいい風潮。

立ち上がった瞬間。

小日向のツイが上がる。

『仕事なう』

古いんだよ、お前読者モデルじゃないんかい。

仕事現場で楽しそうにしているつもりだが、絶妙にうざいアホ顔している。

カメラ慣れどうした。白目向いているのおかしいだろうが。


ガラッ!

教室の扉が開いた。


「プ○キュア! プリ○ュア!」

なんやこいつ。

プ○キュア歌いながら陽気にステップ踏んで教室に乱入してきた。

しかも初代だ。

乱入者に入口を塞がれた。

帰る機会を失った俺は、即座に机の影に隠れる。

プリ○ュアを歌う女子を見届けながら気付かれないように扉に近付いていく。

ホラーゲームみたいな状況だ。

やばい、扉が閉まっている。このまま開けると音で相手にバレるだろう。

下の窓開けて逃げるか。

相手はこちらに気付いていないようで、椅子に座ってスマホを開く。

「仕事なうだって! 今日の風夏ちゃんめっちゃ可愛い~マジ天使~ガブリエル~」


こわいこわいこわい。


ホラーゲームより恐怖じゃねぇかよ。

見付かったら確実に殺されるレベルじゃんかよ。

教室で薄ら笑いしながら携帯見ているとか、漫画の世界でも稀有なサイコキャラだ。

ポツリと呟く。

「風夏ちゃんメイド服着てくれないかなぁ……。ヴィクトリアンメイド似合うのになぁ」

やめろ、メイド服の話は俺に効く。

身体が自然と止まってしまう。

「放課後の学校は楽しいな」

なんだ、ただのボッチじゃないか。

やばすぎるやつとは絡みたくないが、せめて顔だけでも確認しておこう。


「げぇ! 小日向組やんけ!」


「なんだ! 貴様はぁー!? 見たな!!」


殺される。

最速で立ち上がり、扉を開けて逃げる。

廊下を駆け抜けようとも、体力は所詮陰キャだ。

陽キャ筆頭の近距離パワー型に勝てるものではなく。

「ぎゃあ!」

背後からタックルされた。

廊下にぶっ倒れ、押さえ付けられる。

「貴様、捕まえたぞ!」

「許してください。殺さないで」

「何でそうなる!」

「俺がそっちの立場なら絶対に相手は殺す。限界オタク過ぎて俺の精神汚染されるくらいの羞恥だ」

言動一つを取ってしても、狂気過ぎて正気を失うくらいに見ていてきつかった。

他人に知られたからには抹殺するのは当然の選択だ。

「普通にスマホを見て楽しんでいただけだろうが!」

「普通のやつは学校でプリ○ュア歌わねぇんだよ!」

「そうなのか!? 貴様、ア○カツ勢か?」

「論点が違う上に、狂気過ぎる!」

小日向組の白鷺冬華は、あのファッキチ(小日向)と同じくして行動する女子だ。

学校での友達とは似た仲間であり、あいつの表現をするならばソウルメイトだ。根本的な部分で小日向と似通った性質が存在していても不思議ではないだろうか。

え、あいつに似た人間ってやばくね?

死ぬより怖い恐怖を与えてくるタイプじゃない?

確実に俺の天敵である。

「頼む。俺は何も見てないし、何も聞いてないってことにする。見逃してくれ」

「私の趣味を知ったからには、生かして帰すわけにはいかない。そうだ、裸になれ」

「は? 頭おかしいんとちゃうか?」

「取り引き要素になるだろ?!」

野郎の裸で脅してもなんも意味はないと思うけどな。

「まあ落としどころないしな。早く帰りたいし、半裸でいいなら」

誰もいない廊下で半裸になる。

なるほど、このクレイジーさは俺には考え付かないし脅しに使えそうだな。

「よし、撮れた。私のことをバラしたらこの写真を風夏達に見せよう」

上着を着る手が止まった。

「え、地獄かよ」

一見意味不明な言動ではあったが、俺個人からしたら一番嫌なムーブをしていたわけか。

というか、白鷺冬華とは知り合いだっけ?

話すの初めてだよな。

「すまない、俺のこと知っているのか?」

「風夏から聞いている。ツイも見ているしな」

「あーね」

あいつ口軽そうだから、話していても仕方がない。

友達にも宣伝しているって言っていたからな。

「そうだな。メイド服好きなガチ勢と知って尊敬すらしている」

尊敬要素そこ?

もっと他にないのかよ。

白鷺冬華は続けて話す。

「私もメイド服が好きでな、定期的にツイで画像を漁っているのだ」

自慢げにスマホを見せてくるが、普通にアカウント名見えている。

はい、こいつふゆちゃんさん。

純粋な中学生の女の子のイメージ像が崩壊した。

「まあ、貴様にはアカウント名は教えないがな」

めっちゃ見えているから。

というのか、RTが俺とほぼ同じなのは、俺もこいつと同レベルなのか……。

変態限界オタクと性癖が被っている。

しにたい。

「そうか。取り敢えず話はこれで終了だな。じゃあ、今生の別れってことで」

もう会うこともないだろう。

同じクラスってだけで、話すことはないからな。

再度、タックル喰らう。

「なんだよ!」

「東山、同じメイド服好きな仲間として、一つ手伝ってくれないか?」

嫌な予感しかしなかった。



午後五時過ぎの秋葉原。

この街は、アニメの聖地であると同時に、メイドの聖地である。

白鷺冬華は、陽キャではあるがオタク趣味は隠しているタイプであり、秋葉原に来るのが夢であった。

陽ぼっちとは珍しい。

知り合いを秋葉原に誘うのは難しいため、同じ趣味を持つ俺なら話に乗ってくれると思ったのだ。

正直白鷺と秋葉原を回るのは嫌だけど、メイド好きな人に悪い人はいないし、メイド喫茶に行きたいとなれば仕方なしである。

俺も一人ではメイド喫茶行けないしな。


白鷺単体ではやばいやつだが、ふゆちゃんさんとしてのメイドに対する情熱やセンスは尊敬しているので、案外穴場スポットを知っている気がした。

「おお、初めての秋葉原だぞ……。見ろ! 駅ナカなのにガチャガチャがいっぱいある!」

白鷺冬華は、頭や言動はやばいけど、どちゃくそ美人だ。

秋葉原に馴染んでいる俺とは違い、かなり浮いている。

雰囲気からして渋谷にいるような人種なので、後光指しているレベルで目立っていた。

170センチ近い高身長に運動部特有の引き締まった肉体。ギャルゲに居そうな剣道部主将みたいに後ろ髪を結んでいる。

どこかの令嬢と間違われてもいいくらいのポテンシャルはある。

だが、見た目とは裏腹に、観光に来た中学生みたいにはしゃいでいる。

「鞄を放置してどうする。盗まれるぞ」

「すまん、持っていてくれ。ガチャガチャの下の段を見るのに邪魔で困っている」

「まあいいけどさ。ガチャガチャに金使っていたら何も買えなくなるぞ」

「なるほど。賢いな」

プリ○ュアのガチャガチャ回しそうになりながら感心されても困るんだけどな……。

白鷺は立ち上がり、脚に付いた埃を払う。

「よし! 目的地まで向かうぞ!」

「で、どこ行きたいんだ?」

「ドールハウスと、メイド喫茶と、コスプレショップと……」

「多いわ! もう五時過ぎ! 全部回っていたら店閉まるわ!」

「なんだ、店に行くまでの間を走れば時短出来るぞ」

何件かラジ館の中の店あるじゃん。

エスカレーター全速力する気かこいつ。

体力おばけなら大丈夫だろうが、俺には無理だ。鞄の中にはパソコンも入っているしな。

時間は有限なので改札を出て、ショップまで向かうことにする。

「そうだ。誘ったのは私だから交通費は払うぞ」

「いや、いいよ。つか、素に戻った時に常識的な行動取るの逆に怖いから止めてくれ」

「まるで私に常識がないような言い方ではないか」

「普通は、初対面の人間に懇願して秋葉原まで来ないけどな」

「見てみろ! アキバのお土産売っているぞ!」

だから走り回るなよ。

人の話を聞くことなく観光始めている。

サラッと前を進んでいくけど、白鷺の鞄持ちになっていて両手が塞がっているため、完全に何も出来ない。

素直に着いていくことにする。

ラジ館に入り、狭いエスカレーターを上がる。

「凄いぞ、東山! 絶景だな。色んな店があるぞ!」

ぴょんぴょん。

スカートが揺れていた。

「お前がはしゃぐと後ろの奴らに絶景見せることになるから、跳び跳ねるな」

「ん? 意味が分からんことを。はしゃぐのは当然ではないか」

俺の目の前で大股開いて仁王立ちするな。

普通にモロ過ぎてモザイク掛かっているわ。

新手の拷問かこれは。

上の階に上がり、目的の店に着いた。

「ここにはドールハウスがあってな、小さなお友達がたくさんいるのだ」

はいはい、お人形さんをお友達って言うタイプね。

とても楽しそうにしており、満面の笑みを浮かべている。

白鷺の説明だと分かりにくいけど、普通のドール専門店で、両手で収まるくらいの小さなものだ。

お友達として衣裳を着替えさせたり、小物を持たせたりする、大人向けの着せ替え人形とも言える。

お店の中はファンシーな雰囲気で、白とピンク色の不思議な空間である。

「恥ずかしいから先に進んでくれ」

「何でいきなり恥ずかしがるんだよ」

「私みたいなやつがドール好きとか、おかしいと思われるだろう?」

いきなり正常な感性持ち出すなよ。

俺に隠れても隠れ切れていない。

「そもそもこのエリアはドール専門店しかないのだから、降りたやつ全員ドール好きだぞ。心配する必要ないと思うが?」

「む? そうなのか? なら安心だな」

切り替え早い。



俺達二人は、数十分店内を周りながら、ゆっくりと見ていた。

「なにも買わなくてよかったのか?」

「うむ。手持ちは五千円だからな。せっかくだから、メイド喫茶で使おうと思っていたのだ」

白鷺はドールを我慢してまでメイド喫茶に行きたいらしい。

メイド喫茶の名前はシルフィードという有名店で、ヴィクトリア時代を模した純粋な喫茶店であり数十種類の紅茶を楽しみながら、ロングスカートのメイドさんが給仕する姿を見ることが出来る。

オーダーメイドのメイド服が可愛いらしく。

あ、ギャグじゃなくて。

「制服は一流のファッションデザイナーが特別に仕立てているらしく、オーダーメイドのメイド服が可愛いとのことだ!」

お前も同じこと言うのかよ。

同類になるやん。

白鷺は楽しそうに語る。

長居していたため日もかなり落ち始めていたが、まだ七時には達していないため、お茶して帰るくらいの余裕はありそうだ。

メイド喫茶に入るのは初めてだが、俺も五千円は持っているから大丈夫だろう。

白鷺は嬉しそうに受付けしにいく。

「すまない。ラストオーダーだったらしい」

数分もせず帰って来た白鷺は、この世の終わりみたいな表情をする。

生まれたての小鹿みたく、小刻みに歩いてきた時点で察していたけどな。

「まあ遅くなってたしな」

「うう、メイドさん見たかったのに……」

「次の時にまた来ればいいだろう?」

「え? また一緒に来てくれるのか?!」

「さすがに消化不良すぎるし、中に入りたいからな」

白鷺ほどモチベーションは高くなかったが、いざ来店して外観だけ眺めて帰るのも悔しい。

漫画の資料になるかも知れないし、ちゃんと予約してくることにしよう。

「シルフィード……」

子供のように拗ねている白鷺を連れて、メイド喫茶と併設されている雑貨屋さんを覗くことにした。

店の中にはアンティークの古時計や小物。メイド服やカチューシャなどのメイド喫茶シルフィードのコンセプトに合わせたものがいくつも販売されていた。

「ほらこれ見てみろよ。可愛いぞ」

「わあ! 本当だな! 袖のカフスボタンまでバラ売りで置いてあるのか」

ベーシックなメイド服を購入し、カチューシャやエプロン。ボタンを付けて自分用のオーダーメイドにするわけだ。

買い揃えるまで色々買わなければいけないけど、一個ずつの単価は安いため、学生の俺達でも手を出せるレベルになっている。

妥協しなければ天井知らずだけどね。

「学生さんは珍しいですね。何かあれば聞いてくださいね」

「ええ、ありがとうございます」

メチャイケメンの執事服の店員さんに声を掛けられつつ、鼻歌交じりでメイド服やアクセサリーを見比べながら楽しそうに吟味していた。

「おお、これは可愛いぞ!フリルの装飾が可愛いし思った以上に値段も安いな。ううむ」

安いと言ってもメイド服の質と比べての話であり、普通に数千円する。そこにエプロンやカチューシャ、小物を組み合わせることを前提にすれば、数万円かかる計算だろう。

最初に見たドールハウスもそうだが、どうしてもオタクという人種は可愛いものは無限に欲しくなるし、組み合わせがいっぱいあると悩むものだ。

特にメイド服や小物専門店はここくらいだろうから、毎回通ってしまうのだろう。

学生が手を出すには敷居は高い趣味だな。

特に女性の白鷺は実際にメイド服を着て楽しみたいタイプなので、真剣に悩んでいた。

手持ちの五千円で何とかしようとしている。

「安い服だけなら何とか買えるが……。だが、こっちのが可愛いな」

ビギナー向けの五千円以内のと、マネキンに展示されているオススメ品を見比べている。

「俺も出してやるから、一番欲しいの買えばいいぞ。はい、五千円」

「本当か!? いや、それは悪いだろう。クラスメートとはいえ、金銭のやり取りはよくないぞ……」

喜んでから消沈するとか、緩急の激しいやつだ。

あと、いきなり育ちの良さを出してくるなよ。

別に貸し借りくらい普通だから。

「まあそうだけどさ。商品のほとんどが一点ものっぽいし、次来た時にあるとは限らないぞ? オタク趣味は、迷ったら買うのが正解だ」

「なるほど、一理あるな。すまないが借りるぞ」

丁寧に両手で受け取り、ハンカチで挟んで制服のポケットに仕舞い込む。

何で育ちがいいのに残念な性格しているんだろ。

というのか、あれくらいの礼儀作法を学んでいるなら、家にメイドくらい居そうだけどな……。

「東山、すまないが試着してくる」

「分かった。ゆっくり見ているから気にしなくていいぞ」

試着室に入っている間は暇なので、店内の装飾やポスター見ながら過ごす。

「へぇ、学割とかあるのか」

ーーメイド服専門店なのに?!

いやまあ、高校生も大学生もメイド服を着る機会はあるかもしれない。

逆に考えれば二十歳越えた女の子がメイド服着てポージングしているのも、リアルに考えたらやばいしな。

店員さんに声を掛けられる。

「彼氏さんですか? 彼女さんの買い物の手伝いとは大変ですね」

「いや、彼女ではないです。ただのクラスメートです」

「普通のクラスメートは一緒にメイド服見に来ないと思いますよ?」

「元々シルフィードに行こうとしていたんですが、ラストオーダーで入れなくてこっちに立ち寄ったんです」

「ああ、なるほど。それは残念ですね。もしよければ次回お使い下さい」

お店の名前だけ書かれているカードだ。

何の割引券かも分からない。

「何ですか、これ?」

「シルフィードで使えるクッキーのサービス券です。お店に入った際に渡して頂ければ問題ありません」

「貰っていいんですか?」

「ええ、会員カードの特典ですので」

「なるほど。会員カード作りますね」

ただの営業だった。

白鷺がメイド服に着替えるのも時間掛かるし、待ち時間で作っておく。

店員さんの話を聞きつつ、名前と住所を記入していく。

店員さんもメイドさん好きらしく、好きが転じてメイド服を売る仕事に就いた。

「私は、嬉しそうに服を買っていくお客様が好きなのです。特に学生さんが青春を謳歌していると素敵ですよね」

メイド服買っていく学生など、コスプレプレイしかしないだろうけど考えないようにする。

いや、専門店だし純粋なお客さんしか来ないか。

コスプレプレイ用なら、駅前のアダルト館かドンキ行くしな。

「東山、早く来てくれ」

白鷺は大声出す。

試着室から顔を出して待っている。

何かトラブルでもあったのか?

背中のファスナー上げてくれとか言い出さないだろうか。

「どうしたんだ?」

「どうだ! 可愛いだろ!」

白鷺は試着室のカーテンを開き、自慢げに飛び出してきた。

170センチの高さもあり、運動部特有のスタイル抜群の白鷺だからこそ、メイドらしい働く女性の躍動感を表現出来ていた。

健康的な美貌がある。

ロングスカートを靡かせて、後ろ姿を見せると、エプロンのリボンが可愛く揺れている。

店員さんが言っていたことが理解出来た。

好きなものに喜ぶ人を見ていると、こちらも嬉しくなるものだ。

「そうだな。白鷺に似合っていて可愛いと思うぞ」

「え、あ、うむ。可愛いからな! これを買おうとしようか!」

顔を真っ赤にし、メイド服を着たままレジに向かおうとする。

めっちゃニコニコだ。



白鷺は大層御満悦な笑みを浮かべ、スキップしながら駅前まで向かう。

先ほど購入したメイド服が入った紙袋を大事に握られていた。

重そうなら俺が持とうかと思ったが、気に入っているようなので本人に持たせておく。

白鷺の鞄は俺が持っているから、文句は言われないはずだ。

「東山、ありがとう! 貴様のおかげで今日は楽しかった」

「それは良かったな。俺も楽しかった」

「そうか! 次は礼をしよう。お金も返さなくてはならないしな」

「金は別にいいよ。まあ、その分なんか奢ってくれ」

「うん! そうだな、次は喫茶店に行って、グッズショップも行きたいし、ヨドバシも見たいな。あとは……」

いやいや多過ぎだろう。

一日で回り切れる量ではない。

「毎回お茶をご馳走するとして、五回はいけるな!」

「いや、何回行くんだよ」

「駄目か? では数を減らすとなると、あそこは行かないようにしなくてはならないから……」

「五回でいいよ」

行きたい場所を削らせるのも悪いしな。

俺個人としては時間はおしいが、色々な場所を回っていて漫画に活かせることもある。

なんにせよ、ぼっちで秋葉原を回るよりも楽しいからな。


「優しいな」

彼女は小さくそう呟いた。


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