この恋は始まらない
こう。
第一話・読者モデルで眠り姫
桜が舞い散る春。
学校での生活は。
少し眠くなるくらい退屈で、なにげない日々が続いている。
東山ハジメ。
漫画が好きな高校二年生だ。
所属している初台高校の漫画研究部は名ばかりで、部員数の割に部活に参加する人間は少ない。
普通の教室のサイズなのに、二人か三人くらい居ればいいくらいだ。
自主性に任せるとかいう理由で、部活のノルマなし。
一週間の半分も部活すらないレベルだ。
そんな士気の低い連中が昼休みに現れることなどなく、部室は貸し切り状態である。
同人イベントの締め切りが近い人間からしたら、誰も居なくて静かに作業できる方が幸せであり、願ったり叶ったりだ。
ガラッ。
「やあ!」
え、いや、誰?!
めっちゃ普通に入ってきたが知らない人だった。
負のオーラ全開の陰キャとは真逆で、目の前の女の子はギャルだ。
黒髪美人でスカート短いとはいえ、ギャルの定義に属するのかは分からないけど。
ズカズカと入ってきて、空いてる机に座る。
「ここで昼寝していい? 邪魔しないから。あ、部員じゃないとダメ?」
思った以上にサラッと言ってきた。
「……まあ邪魔しないならいいんじゃない?」
「ありがと!」
ぐー。
爆睡。
即座に睡眠に入る。
ええ、なんだこれ。
状況が分からない。
せめて名前くらい教えてくれないと怖すぎるだろう。
「あ、原稿やらないと…」
男と女が二人だけの部室で筆が進むわけもなく。
いや、今回はエロ同人だからいけるわ。
あれから数日。
昼休みの教室。
部室に行く前に、一人で静かに弁当を食べていた。
ずっと彼女は昼休みに部室に訪れて、昼寝しに来ていた。
話すことなく爆睡していたため、未だに名前は知らない。
「あーん、めっちゃ眠い」
あの女子だ。
同じ教室のクラスメートだと初めて知った。
彼女が自己紹介せずに話かけてきたのは、こちらの名前を知っていたからなのか?
全然名前知らないんだけど。
「風夏、お弁当食べたら居なくなっているけど、どこ行っているの?」
「お昼寝してるよー」
「はあ、寝る子は育つじゃないんだから……。いなくなるならちゃんといいなさいよ」
四人でお弁当を食べながら雑談していた。
こちらはぼっち飯なので、それと比べたらコミュ力の高さが伺える。
確かあの四人組は男子から人気あるはずだ。
噂レベルで聞いたことだが、読者モデルをしている人間がいるって言っていた。
俺みたいな漫画オタクは、そんな天上人みたいな女子と話したりクラス行事などで絡むことはまずない。
弁当をパッパと食べて、部室で漫画を描くことにしよう。
漫画の締め切りも近いし、家で作業すると誘惑が多いので、昼休みは有効活用しておきたい。
会話内容は少しは気になるが時間がないしな。
教室から出て、部室に向かう。
「もぐもぐ。ごはん食べるの早くない?」
「は? 何でいるの?!」
なんか付いてきていた。
「いつもお昼寝してるじゃん」
「まあ、そうだけどさ……。友達はいいのか?」
「私たち四人で来たら嫌でしょ?」
部室に四人で来られたら作業出来ないわ。
いやまあ、そもそも漫研じゃない人間が普通に来るのもやめて欲しいところだが。
「静かな方が助かるけど、心配されるくらいなら呼んだ方がいいと思うぞ? 女子同士だと色々あるだろう?」
二人して歩きながら話す。
「麗奈のこと? あー、大丈夫。私の仕事が忙しくて、昼休みはお昼寝してるの知ってるし」
「仕事ねぇ……」
「読者モデルって分かる? 高校生美人人気モデル、小日向風夏」
どや顔である。
「ごめん、雑誌読まないから分からない」
「日曜日のテレビにも出てるのに知らない? あのランキング番組」
「あの番組か、最近は見てないな……。え、じゃあめっちゃ有名人なんだ」
どれくらいのレベルかは知らないが、読者モデルって知名度高いのか?
アイドルとかならツイの知り合いが詳しいけど、陽キャの文化は把握できない。
「インスタとかツイとかやってない? あとは動画配信もやってるよ」
「まじか、頑張ってるんだね。ああ、ツイだけやってるけど漫画専門なんだよね」
「じゃあ登録しておいて! 登録者増やすために友達に広めろってマネージャーうるさいんだよね」
俺のアカウントが追加されたくらいではあんまり変わらないと思うけど。
読者モデルの仕事も大変なんだな。
同人作家もフォロワーいないと宣伝効果少ないし地味に共感できる。
地道に宣伝活動も大事だよな。
「わかったよ。このアカウントでいいの?」
「オッケー! ありがと。私も登録しとくね」
「いや、俺のアカウントはオタクだからやめといた方がいいよ」
同級生にエロ画像見せるわけにもいかないしな。
「私、エロいの好きだから大丈夫」
「いや、駄目だろ……」
自宅。
学校が終わり自宅に帰ると、リビングには妹の陽菜がいた。
今頃珍しいツインテールのちび妹だ。
ソファーに寝転びながらファッション雑誌を見ている。
足元には脱ぎっぱなしの制服と靴下が放り出したままだ。
中学生になっても、だらける性格は直らないらしい。甘やかして育ててしまった環境が悪いのだろうか。
「あ、お兄ちゃん! おかえりんごジャム!」
「は? なんだそれ」
「流行ってる新しい挨拶だよ。若い子のトレンド?」
「誰だよそんなイカれた流行語作り出したやつ。絶対にアホだろ」
肉親ですらドン引きするギャグなのに、それが他人が言っていたら絶縁するレベルだ。
中学生が使っているってことは、若いアイドルとかなのか?
二十歳越えていて使うやつはいないしな。
「読者モデルの風夏ちゃんって子だよ」
「あ、はい」
知っている人。
まさかのお前かよ。
あいつなら普通に言いそうだった。
「お兄ちゃんは知らないだろうけど、風夏ちゃんはめちゃくちゃ可愛いんだよ。このファッション雑誌にも載ってるくらいに人気なんだよ」
ファッションモデルとして活躍している小日向風夏は、制服姿とは違い大人のような雰囲気が溢れていた。
部室では寝ている顔しか見たことないし、そういった意味では新鮮であった。
中身は残念だけどな。
「風夏ちゃん、初山高校出身らしいよ」
「ああ、クラスメートだしな」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「ええ!? お兄ちゃん知り合いなの??」
「多少な」
陽菜はソファーの上で正座する。
「お兄ちゃん、陽菜ね。風夏ちゃんのサイン欲しいな~」
「しらん」
サイン求めること自体が難易度高い上に、そこまで話すほど仲良くもない。
クラスでは話さないし、部室には何度も昼寝しにきているとはいえ、アラームで起きない時に起こすくらいだ。
そんなやつにサインくださいと言われたら、ドン引きされた挙げ句に好感度ゼロまで下がるレベルである。
基本的には線引きをしている。
「お兄ちゃん、お願いお願い。陽菜の一生のお願いだから!」
「お前の一生は安いから無理だ」
「なんでよ。可愛い妹のためなら快く引き受けてよ!」
「いや、自画自賛するなよ」
歩が悪くなると駄々をこね出す。
中学生でもまだまだガキである。
泣き叫ぶ姿は真夏のセミよりうるさいので、かなりの近所迷惑だ。
はぁ、仕方ないのか。
「わかった。聞くだけ聞いてやるよ」
「わーい、ありがとう!」
陽菜は、満面の笑みで飛び起きる。
嘘泣きやないかい。
「ただいマントヒヒ」
昼休みに部室に来た小日向風夏は、平常運転でダジャレを言っていた。
昼ごはんを終えた彼女はあとは寝るだけだ。
「お疲れ」
「それじゃお休みなさい」
彼女に話しかけるタイミングは、部室に入ってきて机に座るまでの数秒の世界だ。
まじでそのレベルで会話していないんだ。
小日向は、のび太に匹敵するほどに昼寝の才能がある故に、少しでも話すのに躊躇すると即座にチャンスを逃す。
「小日向さん、すまない」
「どしたの?」
「陽菜……、えっと妹が小日向さんのファンらしくて、サイン欲しいんだけどお願い出来ないかな?」
「いいよ。うーん、今は眠すぎだから、放課後でいいなら」
「ありがとう。助かるよ。流石に妹の為とはいえ、無理を言って申し訳ない」
「いいお兄ちゃんだね」
そういい、すぐに爆睡する彼女だった。
放課後。
帰り支度をしていると小日向風夏が現れた。
「よし、行こう」
「ん? 何で?」
「妹ちゃんに会ってサイン渡さないといけないでしょ」
「え? サイン貰うだけじゃ駄目なのか?」
「私のファンなんだから、ちゃんと会って渡さなきゃダメなんですぅ。ほら、色紙も用意してないでしょ?」
「ああ、色紙なら用意してあるぞ」
一応、色紙は用意しておいた。
同人イベントでよく使っている普通の色紙。
数百円で売っているやつだ。
小日向は真顔で言う。
「え、可愛くない」
しらんがな。
色紙に可愛さ求めるやつなんかいるのか。
普通の色紙でいいだろうに。
「可愛さの必要性が理解出来ない」
「女の子なんだよ? いい色紙じゃないと可哀想じゃん」
正直、渡すの陽菜だし、百均の色紙でも充分だと思う。
そんなことを口に出すと反感を買うので言わないけど、サイン一つにしても拘りがあるのだろう。
続けて話す。
「そうだ、駅前で色紙買おうよ。可愛い雑貨屋さんあるし置いてあるでしょ」
「俺も行くの?」
「あったりまえだよ! クラッカーだよ!」
それから連れ回され、駅前で色紙を購入して陽菜と合流することになった。
学校から駅前までの間、俺から相手へ話すことがなくて地獄だったが、ほぼほぼ小日向の質問に答えるかたちで乗り切った。
妹のこととかが多かったけど。
駅前で陽菜を待っている俺達二人だったが、やはり小日向は学校一で綺麗なだけあってか立って待っているだけで人の目に止まる。
雑誌の表紙の撮影でもしているとさえ思われているだろう。
彼女は真面目な顔をして物思いに更けている。
「眠い」
ここまで見た目と中身が一致しないやつも珍しいんじゃないか?
眠そうにしているだけで、通行人に凄く綺麗とか言われているけど大丈夫か。
あくびして涙出すと、失恋したのかもと言われている始末だ。
「いや、昼寝していたじゃん」
「仕事忙しいし、成長期だから寝足りないんだよね」
「……仕事大変なのか?」
「休みないからねぇ。週に五日は仕事だよ」
アホ娘として認識されていて、昼休みに昼寝ばっかりしているが、ちゃんと学校に通いながら仕事をこなしている。
漫研で同人誌作っている俺よりもハードスケジュールで働いているはずだ。
彼女の顔色からは伺えないが、疲れているのは事実だろう。
「ーーカッコいいな」
小日向風夏という人間をよく知らなかったが、美人という部分以外の情報を初めて知った気がした。
「俺には真似できないな」
彼女のように、自分の時間も睡眠も犠牲にしてまで仕事なんか出来る気がしない。
絵を描くのが好きだが、それでも趣味の範囲でしかないし、本物の漫画家みたく人生の大半を絵に割いているわけではない。
「女の子にカッコいいは似合わないよ。可愛いじゃないと」
「そうかもな……」
そんな話をしていると陽菜がやってくる。
急いだらしく、走ってきたようだ。
「お待たせしました!」
小日向が静かにニッコリと笑うと、陽菜は熱烈なファンだけあってか尊すぎて尊死していた。
「陽菜ちゃんだよね? よろしく」
「あ、エヘヘ。よ、よろしくお願いしますぅ……」
肉親が照れている姿を見せられるのは辛いな。キモい笑い顔していた。
喜んでいるようでよかったが。
「サイン……そうだね。落ち着く場所がいいし、どっかでお茶でもしてお話しよっか?」
「いいんですか? 風夏ちゃんとお話しても」
「うん。陽菜ちゃんとお友達になりたいから」
優しい笑顔だったが、声色がいつもと違う感じがした。
お姉ちゃんキャラでも作ってる感じだ。
まあ、年下のファンからのイメージを壊させないようにしているのかも知れない。
「そういえば、お兄ちゃんと知り合いなんですよね!」
「そうだよ。同じクラスなんだよ」
「お兄ちゃんはいいなあ。風夏ちゃんみたいな可愛い女の子と一緒で」
「あ、ああ……。そうだな」
陽菜は急に話かけてきた。
二人だけで話していると思っていたから、びっくりした。
女の子と交流が全くない俺からすれば、小日向が可愛いかなんか分からない。
ほぼほぼ寝ている姿しか知らないし。
陽菜に対しては清楚系でキャラ付けしているみたいなので、素の小日向のことはあんまり触れないでおこう。
「あ、新しいタピオカ屋さん」
陽菜がそっぽ向いている最中、小日向は俺に詰め寄ってきた。
「へぇ、東山くん、私のこと可愛いとか思ってたんだぁ」
「いや、なんというか、読者モデルなんだから、可愛いのは当たり前だろ」
「苦し紛れすぎない?」
「そんなことはないだろ」
「えっへん。風夏ちゃんは読者モデルで可愛いので、そういうことにしておきましょう」
何度も肩を叩かれた。
うぜぇ……。
可愛いのは確かだろうが、喋ると駄目なタイプである。
楽しそうにしているけど、テンションの高さが陰キャの俺とは相容れない存在だ。
「ねえねえ、兄ちゃん、陽菜ね。タピオカ飲みたいな」
「奢らんぞ。自分で出せ」
「え~、今月厳しいの」
可愛く言ってみせても、実の妹を可愛いとは思わない。
それに雑誌買いまくったせいで金欠になっているので自業自得だ。
「陽菜ちゃん、可愛い~。お姉ちゃんが奢ってあげるよ」
「小日向、流石にそれは……」
「私、いっぱい仕事してるし、タピオカくらいなら問題ないよ」
財布の中身までは知らないけど、お小遣いでやりくりしている俺達よりかは持っているのかも知れない。
でも、小日向に無理を言って誘っているのはこちらなので奢らせるのはおかしい。
「いや、小日向を誘ったのは俺だから、全員分俺が出すよ」
「え、いいのに」
「小日向とは貸し借りはなしでいきたいしな」
「え~、お兄ちゃん。可愛い女の子には優しいんだ」
「え、可愛い女の子には優しいんだ」
歩く爆弾か、こいつら。
毎回毎回、ちゃんと反応してツッコミを入れてくるんだ。
奢ったタピオカの分くらい、俺に甘くしてくれよ。
四月末には同人イベントは落ち着き、次のイベントに備えて新しい漫画を描くことになる。
同人作家にも色々描きたい漫画があるが、人気がある春アニメや夏アニメの同人誌を描くパターンと、元々ハマっていて何度も描いている作品を継続して描くパターンだ。
自分は後者寄りで、描きたい作品もキャラも決まっているため、黙々と絵を描くだけでいい。
ご飯後の昼休みと、深夜に集中力が続く限りペンを握っている。
そんな生活をずっと続けていくと少しずつ絵が上手くなっていく気がして、それがとても楽しいのである。
一般もエロも描く日陰仕事なため、誰かに自慢することもないし、ある意味自己満足の世界なのかもしれない。
エロ同人を描いているのが同級生にバレたら、今後の学生生活が地獄になるしな。
「何でクラスのみんなに絵を描いてること言わないの?」
今日の小日向は昼寝していなかった。
春のイベントが終わったのは彼女も同じらしく、週五回の仕事も落ち着いたとのことだった。
眠くないなら部室に来る必要ないよね?って思ったが、小日向に反論しても倍返し喰らいそうだったので止めておく。
「ねえねえねえ」
うるせえ。
こっちは真面目に仕事しているんだけど。
ペンを握ってパソコンと向き合っているのに、絶妙に邪魔してくる。
「ねえねえねえ」
無限リピート機能でも付いているのか。
真顔でこっち見ている。
このまま無視しても向こうは折れない気がしたので、作業を中断する。
「普通は自分からオタクですって言わないだろ?」
「え~、最近はオタク趣味って流行りだし、大丈夫だよ。私だってオタクだし」
「そうなのか? 初耳なんだけど」
「ファッションオタクだよ。どやぁ」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「何で無視するのさ~」
「それはオタクじゃない」
「にゃるほど。あとはサ○リオとか、○○○○ーとか?」
「伏せ字多過ぎててわかんねぇよ」
いや、伏せ字ないとやばいけど。
ムッとしている。
「じゃあ何ならいいのさ!」
「オタクって言ったら、漫画とかアニメとかのことだろ。それ以外もオタクって言うけど何か違うと思う」
「ああ、ツイでRTしていたエッチなやつとか! 胸の谷間が見えるやつ!」
前回のサインの時もそうだが、俺に対する言葉の暴力が凄まじい。
言葉の威力は鉄の槍を投げ付けられたに等しい。
しかもノーモーションで攻撃してくる。
「あれは知り合いの作家さんの宣伝をしていただけなんだ……」
「タイムラインがメイド服の女の子ばっかりだったのは?」
「すみません。それは完全に俺の趣味です……」
本能には勝てない。
メイドは神。
RTといいねボタンは反射に近い。
脳で判断する前に押されていたのだ。
そして自分の好きなものを否定することは、オタクである自分には出来ない。
「へえ」
瞳のハイライトが消えている。
ゴミカスでも見るような目である。
やばい、ちゃんと弁明しなければ。
「違うんだ、俺は全年齢の普通のメイドさんが好きであって、エロいのは別に興味ないんだ」
「え~、ぜったいドンキにあるようなエッチな衣裳好きでしょ」
「あれは違う。しいていうなら、喫茶店によくある清楚なメイド服が好きなんだ」
清楚系でスカートの長いやつだ。
西洋のメイド文化が好きであり、厳格な格式ある給仕をする人が素敵なのだ。逆に日本文化のメイド喫茶みたいなやつは好きじゃない。
「違いが分からないよ」
「まじで……」
メイドの話を広げれば広げるだけ二人の溝が深まる気がしたが、勘違いはしてほしくない。
「そーいえば、ウチの事務所にもメイド服あるんだよね。男の子ってああいうの好きなんだ。一番いい写真あると思うけどもらってこよっか?」
「……気遣いは有難いが、大丈夫だ、問題ない」
「え? いま、悩んでない?」
これ以上追及しないでくれ。
平常を装っているが、小日向からは見えない机の下。俺の太ももにはペンタブが突き刺さっていた。
痛みで感情を圧し殺している。
好きなものを語ると止まらなくなるから自重しないといけないのだ。
「そんなことはない。というかその話はやめよう。争いしか生まない」
「前々から思ってたけど、東山くんけっこうアホでしょ」
「陽キャとは趣味が違うんだから、理解が得られないのは仕方ないだろ……」
「メイドが好きなのは違うと思うよ?」
ちくしょう。
その話をするな。
何回同じ流れを繰り返せばいいんだよ。
なんやかんやありつつ、メイドの流れを断ち切って、仕事をすることにした。
ツイ用に絵を上げるのが日課で、練習と宣伝も兼ねている。
黙々とラフイラストを描いているのだが、あの小日向風夏が静かにしているとは思えなかった。
もしゃもしゃ。
菓子食いながらこっち見ているし。
なにかに気付いたのか不敵に笑う。
「ふっ……くじらあげるよ」
おっとっとのくじらを渡してくる。
ドヤ顔。
どう考えてもこいつの方がアホだろ。
「なに描いてるの?」
「ツイ用の絵を描いてる」
「あーね!」
小日向は嬉しそうにそう言った。
「なにそれ」
「あーなるほどねだよ。よくツイに絵とか漫画上がってるのってトレンドなの?」
「ネット出身の漫画家さんも多いから、頑張ってる人も多いかな? やったことないけど、1~2ページの漫画を描くのも楽しいのかもな」
「💡」
小日向の頭の上に電球マークが浮かぶ。
……ロマサガかな?
「あ、そうだ。ねえねえ、私の漫画描いてよ」
「は? ギャグ漫画??」
「違うから! PR漫画だから! 普段の私の可愛さをプッシュしてもらうの」
「描くのはいいとしても、普段の小日向をPRしたらファン離れるだろ」
正気の沙汰じゃない。
喋るとやばいやつをプッシュするなんて、どう頑張っても無理だ。
「ん゛~」
ポイポイポイ!
「ちょ、おま。鼻かんだティッシュ投げるな」
「何で喧嘩腰なのかなぁ!」
「相容れない存在なんだから仕方ないだろ。つか、俺達がこうして話しているのも奇跡みたいなもんだし」
月とスッポン。
学校一番のアイドルと、学校一番のオタクの組み合わせだ。
凸凹コンビ故に、訳が分からないやり取りが多いのも当然だった。
「漫画家なら無理な注文も応えないと!」
「はあ、小日向を綺麗で可愛く描けってことか? 俺の画力で表現出来るか分からないぞ。黒髪美人苦手だし」
漫画キャラは髪の毛の色とかに特徴あるけど、普通の人間はそこまで特徴があるわけでもない。
特に小日向みたいな黒髪ロングで普通に美人という、漫画だと特徴が分かりにくいタイプである。
そうなると俺の画力に比例して、美人にも見えるし、普通の女性にも見える。
難易度の高い仕事だ。
ラフイラストではあるが、試し描きをする。
とにかくまずは小日向に見えないといけないのが課題だ。
「小日向らしい特徴とかないの?」
「どゆこと?」
「ほくろとか、泣き袋とかあるじゃん」
「うなじにほくろはあるよ」
「描けないもの言われても困るんだが……」
「右胸にほくろが……」
「おまえ、どうやって活かせっていうんだよ。もっと分かりやすいのあるだろ?」
「あ! マニキュア塗ってるとかは?!」
「……それは特徴になるのか?」
男にはよく分からん。
そういえば、毎日ピンク色っぽいマニキュア付けているけど、陽キャならみんなやっている気がする。
「雑誌とのコラボで宣伝ガールしててね、プチプラだけど色が可愛いしJKに人気なんだよ」
「なるほど。なら、PR漫画だし一枚イラストで黒色一色に、爪先だけカラー入れて……」
絵の中の小日向にマニキュアの瓶を持たせる。
宣伝系のイラストだとカッコいいから万人受けするし、雑誌ファンならシーンの意味に気付いてくれそうだ。
陽菜がよく見ている雑誌の読者モデルは茶髪の子が多いため、イメージカラーが黒の小日向はイラストにすると逆に分かりやすい。
シンプルながら小日向っぽい。
「ラフ画だが、こんな感じはどう?」
「カッコいいね! 私のイメージっぽくないけど、新しい扉開いた感じ!」
好感触っぽくてよかった。
センスないって言われたら、心折れていた。
小日向は嘘とか世辞をするタイプではないので、取り敢えずこのイラストを煮詰めて清書してみよう。
服装も書き直すか。
「昼休み終わりそうだな。家に帰ったら線入れするよ。あと、読者モデルっぽい服装はよく分からないから、俺のツイに画像送ってくれないか?」
「おっけー! 一番いい服を用意するよ」
いつもと違う絵を描いているのは楽しい。
何だかんだあったが、小日向との昼休みも楽しいしな。
そんな日が毎日続くとは。
いまの俺には分からなかった。
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