第4話 熟した蕾の花嫁4

 手を引かれ隣の部屋へと連れて行かれていた。乱暴ではないものの、感じたことがない強引さにキーシュの胸が少しずつ高鳴る。


(こんなふうにされたのは初めてだ)


 ほかのΩより体が大きかったキーシュは、蕾宮では力仕事をすることが多かった。Ωたちからも頼られ、祖国にいたときのように振る舞い続けていた。

 ところがいま、自分はαの大きな手に掴まれ引っ張られている。まるで本当のΩになったようだとおかしなことを思ってしまった。


「さてキーシュさん、迎えたその日にというのはがっつきすぎだとわかっているんですが、四日間も我慢しっぱなしだったので正直辛抱できなくなっています」

「シュクラ?」

「本当は初めての発情のときに初夜をと考えていたんですよ。まぁそれはそれとして、婚姻の初夜は今日やりましょう。いまやりましょう」

「初夜……って、ちょっと待て」

「待ちません。それに四日前に口づけてきたのはあなたのほうじゃないですか」

「あれは最後の思い出にと思って……じゃなくて、初夜っていうのは」

「閨、夫婦和合、西ではたしか、せっくす、でしたっけ」


 シュクラの言葉にキーシュの顔が真っ赤になる。


「そうでした、あなたは処女でしたね。露骨な表現ですみません。でも大丈夫です、俺がしっかり気持ちよくしてあげますから」

「だから、そういうことじゃなくて」

「それとも俺とはしたくないですか? 自分から口づけたのに?」

「だから、違うんだ。僕はその、発情すら満足に来たことがないんだ。そのせいで陛下のお渡りがないのだとばかり思っていたくらいで……」


 キーシュの言葉に、腕を掴んでいるシュクラの手に力が入った。どうしたのかと背中を見るとシュクラがくるりと振り返る。


「発情が満足に来たことがないって、発情したことがないってことですか?」

「来るには来るんだけど、Ωとしてはすごく軽いほうだと思う。その、ほかのΩの話を聞いて、わかったんだ」


 話していて段々情けなくなってきた。これでは自らΩとして一人前じゃないのだと白状しているようなものだ。キーシュは情けない表情を見られたくなくて、そっと顔を伏せた。


「ということは、自分で慰めたこともない?」

「そこまでの発情は、したことがない」

「……本当に?」

「こんなことで嘘をついてもしょうがないだろうっ」


 あまりの恥ずかしさに体ごとそっぽを向こうとした。それを遮るように腕を引き寄せたシュクラが、逃がさないとばかりにしっかりとキーシュを抱きしめる。突然のことに驚いていると「そうだったんだ」とため息のような声が聞こえてきた。


「まさか、何もかもが初めてだなんて思ってもみませんでした。道具に嫉妬していた十三年間が馬鹿みたいだ」

「嫉妬って、」

「そりゃあ嫉妬しますよ。あなたの全部は俺のものなのに、道具に先を越されるなんて許せるはずがないじゃありませんか。それでもΩの発情に道具が必要なのは理解していましたから、歯ぎしりしながら堪え忍んできたんです。でも違った。あなたの体が一度も道具を許したことがないなんて、興奮しすぎて血管が千切れそうです」


 シュクラの言葉に血管が切れそうになったのはキーシュのほうだった。この歳でしっかり発情できないΩは欠陥品でしかない。Ω宮にいたキーシュはそれを痛いほど理解していた。

 それなのに、シュクラはそんな自分でいいと言ってくれている。道具に嫉妬さえしていたと告白もしてくれた。これほどまでαに思われるΩは幸せ者に違いない。


(これが運命の番というものなんだろうか)


 もし違っていたとしても自分にはシュクラしかいない。情欲を伴う好意を抱いた相手もシュクラが生まれて初めてだ。そんなシュクラにはΩとしての自分の全部を知ってほしい。

 抱きしめてくれるシュクラの背中にそっと腕を回した。そうして両手でギュッと抱きしめながら耳に口を寄せ口を開く。


「道具だけじゃない。その……自分で触れたこともないんだ」


 シュクラの腕にググッと力が入った。同時にグッと押しつけられた下半身は、キーシュが一瞬たじろぐほど熱くなっていた。


 この日キーシュは、生まれて初めてΩである自分を知ることになった。同時に初めてΩとして嫉妬の気持ちを抱いた。


(えらく手慣れている、な)


 初めてのことに戸惑いながらもそう思った。一度思い浮かぶと、そのことばかりが気になって仕方がない。


(過去に嫉妬しても、仕方がないってわかってるけど……)


 シュクラはαだ。皇帝の弟だと公になっているのかはわからないが、高級官吏の息子という身分だけでも引く手数多だったに違いない。きっとΩやそうでない者と床を一緒にすることもあったのだろう。


(わかってる。αを求める人たちは大勢いるんだ)


 それなのに胸に嫌なモヤモヤが広がっていく。それに過去の誰かと自分が比べられるのではないかと思うと気が気でなかった。発情すらまともに来ない男のΩの自分に、本当にシュクラが満足できるのだろうか。

 体は翻弄されているのに、頭の中ではそんなことばかりが浮かんでは消えていく。


(年上なのに、情けない)


 三十歳が二十二歳に嫉妬してどうする。そう思っているのにわき上がる嫉妬心を抑えることができない。想い人と肌を重ね合わせている喜びで胸も体もいっぱいのはずなのに、思考はそちらにばかり向かってしまう。


(二度と僕以外のΩを見ないでほしい)


 不意にそんな言葉が脳裏をよぎった。あまりにも傲慢な考えに戸惑いながらも、そう思ってしまう気持ちを抑えることができない。


「僕はシュクラのものになる。だから、もうほかの誰も見ないでほしい」


 気がつけばそんな言葉を口にしていた。肌を撫で回しているシュクラの腕を縋るように掴み、乞い願うように見つめる。

 αは何人でもΩを娶ることができるが、できれば自分だけにしてほしい。いや、できればなんて優しい言葉は使いたくない。自分以外に触れることも見ることもしないでほしいと強く願った。


「キーシュさん、俺を煽りまくったこと、絶対に忘れないでくださいね。発情したら即、ここを噛みますから」


 宣言するようにシュクラの指がキーシュのうなじを撫でた。そうして気を失うまで体を重ね続けた。

 こうして蕾宮に長く住んでいた異国人のΩは、愛するαに娶られ熟した蕾を大きく花開かせることになった。

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