掌編400字・診察カード1・カードの記憶2

柴田 康美

第1話  診察カード

 病院の診察カードを無くした。紛失しても再発行は110円で可能だ。べつにあせることなんかないじゃないかとAは言った。Bはさがすなんてよくそんなヒマがあるねと笑った。Cはサイハッコーだとのたもうた。人の気もしらない連中だ。言われても反論できない。いまいましいチョンボだ。たわいなく無くした自分のだらしなさが心底いやだ。どうしても許せなかった。あんなに注意して大切にしていた物がどこかへいってしまった。自分の全財産を失ったように感じた。カードを無くした以上に自分は自分に落胆した。それですみずみにまで目を通した。定期入れ、サイフ、免許証、バック。およそ考えつく箇所を記憶の隅から洗い出した。立ち寄った喫茶店とか書店とか駅を検索した。病院に忘れてなかったか確かめた。遺失物係に電話した。落としたかも知れないことも想定した。診察にいったときの全行程をメモやレシートをたよりに探すが、無かった。


 今日、あの日はことし一番に寒かったことを思い出してコートをひっぱりだしてきた。深いポケットの底につめたくすべる物の感触があった。





               (了)


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る