第32話 魔竜再臨
「お助け―!」
神官の男は我々のいる石室へ滑り込み、エルとローリーの後ろへ隠れた。
彼を追ってきた巨大な竜が姿を見せ、石室の地面を強く踏みしめる。
(まさか、こいつは!?)
目前に現れた黄土色の巨大な竜。身体のところどころはミイラ化、ないし腐りって肉が削げ落ち、骨が見える。俺は記憶の一部を失っているし、奴は見るも無残な姿に変わり果てている。
だが俺は、目の前のコイツのことをはっきりと覚えていた。
「奴だ! 100年前、迷宮深層で暴れまわり、俺を殺した魔竜ロムソだ!」
「GUOOO!」
ロムソは激しい咆哮を上げて、空気を震撼させる。
その圧力はすさまじく、エルとローリーは足を踏ん張り耐えていた。
「へぇ、こいつがロムソ。噂では聞いたことあるけど、凄いじゃない」
ローリーは不敵な笑みを浮かべて、ゴーレム槌の柄を握りしめる。
「あ、あわわわ……に、逃げましょう! こんなの勝てっこないですよ!」
隣のエルはさっきまでの元気はどこへ行ったのか、足をガクガク震わせていた。
「私だって命は惜しいもの。できれば逃げたいわ……だけど!」
「ひぃっ!」
ローリーとエルは左右に分かれて、繰り出されたロムソの牙を避ける。
「
ローリーはすかさずゴーレム槌に赤い魔力を充填しした。
「フォースゲートオープン!……防衛軍(ディフェンスフォース)、発進(テイクオフ)!」
ゴーレム槌が地面を叩き、そこから翼を持つ鉱石【ホーク】と、砲筒を装備した鉱石【タンク】が出現し、ロムソへ向かって行く。
「エル、奴は強い魔力に反応する。おそらく奴の目標は君と俺だ! もはや逃げられん! ローリーも、ライムもいる。覚悟を決めるんだ!」
俺の叱咤激励がエルに響く。
するとさっきほどまでガクガク震えていたエルがしゃんと背筋を伸ばす。。
「わ、わかりました! やります! やってやりますとも! 鎧さん、協力お願いします!」
「いいとも!」
エルと俺は再び心と体を一つにし、バスタードソードを構え飛んだ。
「そこよ!」
ローリーの防衛軍がロムソの表面を何回も爆発させ、
「たあぁぁぁっ!」
エルの鮮やかな斬撃が、ロムソの脇腹を切り裂いた。
「GUOOO!」
するとロムソが再び激しい咆哮を上げて、ローリーの防衛軍を吹き飛ばす。
エルと俺もまた圧力に押されて、ロムソから強引に引き離された。
「GUO……」
ロムソが低い唸り声を上げ、背中が泡立つように盛り上がる。
そしてそこから翼を持った異形の生物が勢いよく飛び出してきた。
「KYUOOO!」
骨と僅かばかりの肉と皮で形作られた不気味な小型竜が、ローリーの召喚した【ホーク】と【タンク】へ向かって飛翔する。
「こんな
ローリーの指示を受けてホークが翼から火矢を放ち、タンクが砲撃を開始する。確かに火矢と砲撃は何体かの小型竜を焼き尽くす。
だがやられてはすぐに沸く小型竜は爆炎を掻い潜り、次々とホークを撃墜し、タンクを骨ばかりの顎で噛みつき粉砕する。
「こ、このぉ!」
エルと俺も必死にバスタードソードを振り、迫り来る小型竜を切って伏せる。
そんな中、ロムソの巨大な顎が、あんぐりと開き始めた。
「GOOOO!」
ロムソの口から真っ黒な瘴気が吐き出された。
「これって……あっ……!」
最もロムソの近くにいたローリーは、まともに瘴気を吸い込んでしまい、その場で膝を突く。
残ったホークとタンクが必死に、小型竜の飛来からローリーを守っているが、明らかに押され始めてしまう。
「ローリーさん!」
辛うじて壁へ張り付き、瘴気を逃れたエルが悲痛な叫びをあげる。
「GUOOO……」
ロムソの鎌首がゆっくり動き、壁に張り付いているエルへ真っ赤で邪悪な目を向けてきた。
どうやら次の狙いは我々らしい。
(この状況を切り抜けるには……はりアレを使うしかないか!)
エルの体力・魔力は十分に充実していると鑑定結果が出ている。
ならば――
「エル、
「で、でも、未だあれを出すにはどうしたら良いか……」
「そこは俺に任せろ! 君はロムソを倒すことだけ考えるんだ!」
「……分かりました! 鎧さん、お願いします!」
エルの頼もしい返事を受け、俺は意識を集中させる。
(エルの魔力を、彼女自身を感じるんだ……そして俺自身をこの子にかけるんだ!)
強い意思が力を呼び、それは鎧である俺中に張り廻らされている畝(うね)を輝かせた。
畝へ沸き起こった光りは、すぐに輝きを増し、エルを翡翠の輝きで包み込む。
「魔力値臨界! 今だ、エル!」
「はい!」
エルは壁を蹴り飛んだ。
「
凛とした叫びと共に、エルはバスタードソードの長い刃へ指を滑らせる。
剣が荘厳な翡翠の輝きを帯びた。
「GUOOO!」
「てぇい!」
ロムソが吐き出した瘴気を、光輝くエルの剣が切り裂き、一瞬で霧散させる。
すると今度は、無数の小型竜がエルに群がり始めた。
「たぁーっ!」
エルは夢中で落下の中、バスタードソードを振り、俺も合わせる。
翡翠に輝く刃は、ブォンと独特の風切り音を響かせながら、鮮やかな軌跡を迷宮の闇へ刻み付ける。
攻撃力に事欠かない光の刃は、小型竜をことごとく切り伏せ、次々と魔石へ変えていった。
「GUOOOOOOOO!」
いくら腐竜になり果てようとも、ロムソは我々を脅威と認識できる知恵はあるらしい。
ロムソは我々を踏みつぶそうと、大きな前足を上げる。
だが――奴の放つ魔力の気配から、そうした行動を事前に予測していたエルと俺は、その時すでにロムソの首元まで飛び、翡翠の刃を大きく振りかぶっていた。
「GUO!?」
予想外の展開だったのかロムソが一瞬たじろいだが、もう遅い!
「これでぇぇぇッ!」
エルと俺は光り輝く剣を横へなぎ、翡翠の軌跡をロムソの首を過らせる。
「GUOOOO――――ッ!……」
ロムソが悲鳴を上げ、真っ赤で邪悪な目から光が失せる。
「はぁ、はぁ、はぁ……や、やりましたか!?」
着地したエルが踵を返す。
ロムソの頭部が首から地面へ落ち始めていた。
巨体を支えていた四肢から力が抜け、身体が横へ倒れ始める。
そして頭部とほぼ同時に巨体が横倒しとなる。
瞬間、ローリーに群がっていた小型竜が次々と破裂して、魔石へと変わったのだった。
「でかしたぞ、エル! ロムソを倒した……ん?」
なにか引っかかる感覚を覚えた俺は、落下したロムソの頭部へ【探知】を施した。
奴の頬の奥には固形物のようなものが引っかかっていると分かった。
(構成、金属、ミスリル配合比率高……まさか、あれは俺の
そういえば以前ロムソと対峙した時、鉄兜が逃げ去る奴の方向へ転がって行ったと思い出す。
(まさかあんなところにあったとはな……)
僥倖だった。鉄兜さえ取り戻せば、俺は100%の力を取り戻すことができ、エルからの解除を促進することができる。
「エル、疲れているところ申し訳ないがロムソの首に引っかかっている
「はぁ、はぁ……えっ? 鉄兜、ですか?」
「ああ。あそこにはあるのはたぶん俺のものだ。あれさえあえば――ッ!?」
俺とエルはほぼ同時に不穏な魔力の気配を感じて、切り落としたロムソの頭部へ視線を飛ばす。
ロムソの首の奥にある、俺の鉄兜が壮絶な光を放っていた。
「GUOOO……!」
切り落とした頭部が宙へ浮き始め、頭部と分断された巨体がゆっくりと起き上がり始めた。
「嘘、こんなのって……?」
(くそっ! 油断した! 倒した筈なのに、経験値リザルトが表示されたなかったのはこういうことだったのか!)
エルは愕然とロムソを見上げた。
確かにエルと俺はロムソの頭部を切り落とした。
だが奴は頭部のみで宙に浮かび、残った巨体は先ほどと変わらず立派な四肢に支えられ、雄々しく佇んでいる。
奴の背中から植物のように骨と僅かな皮で形作られた翼が出現する。
「GUOOO!!」
ロムソの分離した頭部が激しい咆哮を上げ、巨体が飛翔する。
奴は迷宮の天井を突き破り、そして姿を消した。
(奴め、何を……!?)
探知でロムソの行く先を探り、俺は言葉を失った。
「鎧さん!? どうかしたんですか!?」
「奴め、マグマライザへ向かったぞ! おそらくあそこで魔力の補給をするつもりだ! 急いで追うんだ!」
「は、はい! くっ……」
しかしエルはバスタードソードを地面へ突き刺し、なんとか倒れるのを防ぐ。
呼吸は荒く、体温が異常に低下している。
(くそ、やはり魔法剣を使った影響か……!)
「ちょっと、これどういうこと!? ロムソはどこへ行ったの!?」
ローリーが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ロ、ロムソは、マグマライザへ向かったみたいです……」
「なんですって!? ならさっさと戻るわよ! これ飲みなさない!」
ローリーは最高級品の回復薬“エリクシル”をエルへ投げ渡してくる。
ちなみこれ一本で完全回復するものの、価格は、例えば任官2~3年目の衛兵の月収に匹敵するらしい。
「どうぇっ!? い、良いんですか、こんな超高級品を!?」
「こんな時のために買ったものよ! 代金は出世払いで構わないから!」
「あはは……やっぱ、お金取るんですねぇ……」
エルは苦笑いを浮かべつつも、エリクシルの嚥下を始める。
その間にローリーはスマジを取り出し、術式(アプリ)を起動させた。
我々の足元へ白い魔方陣が浮かび、階層跳躍(エスケイプ)の魔法が発動を始める。
「もう回復したわね!?」
「はいっ! すっかり!」
「それじゃあとっととマグマライザへ戻るわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇ! おいてかないでぇー!」
するとずっとどこへ隠れていたのか、神官の男が魔方陣へ滑り込んでくる。
「
ローリーの叫びが迷宮に響き、我々は迷宮中層から、マグマライザへ跳躍するのだった。
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