第17話 とあるエルフの少女の出会いの物語
南の遠い遠い海の向こうに、ぽっかり浮かぶ小さな島がありました。
緑があふれ、草木が笑うそこはエルフの島です。
そんな島に元気な姉妹のエルフがおりました。
「お、お姉ちゃーん、ま、まってよぉー!」
「へへ~ん、ルーフ遅いよー。早く早く!」
元気一杯な姉エルフは、いつも妹エルフを振り回してばかり。
「えるぅーすとらぁーいく!」
「木から飛び降りちゃダメだよ。またお母さんに怒られるよ?」
「へーきへーき! だって私は、森の勇者バトルホッパーだから! とぉー、あっ……ひやぁーーー!」
「お、お姉ちゃん!」
なんということでしょう。
調子に乗り過ぎた姉のエルフは足を滑らせて、森の谷の深い、深いところまで落ちてしまいました。
「あいたた……落ちちゃった……」
怪我は幸い足を擦りむいただけでした。
だけど周りは知らない森の風景ばかり。
「ルーフ―! おーい!」
姉エルフの声が響きます。でも、大好きな妹は答えてくれません。
彼女は何度も何度も妹の名前を呼びました。
森へ声を響かせ続けました。
でも妹どころか、誰も応えてくれません。
知らないところで一人ぼっちの姉エルフ。
いよいよ心細く、寂しくなった彼女はその場で泣きべそをかき始めてしまいました。
「SYHA!」
「ひっ!?」
そんな姉エルフの声を聴きつけて、森で暴れまわる大蛇が現われました。
この間も大蛇に子供のエルフが食べられてしまったとお父さんとお母さんの話を思い出しました。
大蛇は大きな口で姉エルフを飲み込もうと近づいてきます。
「あ、あ、あうあ!」
すっかり怯えた姉エルフは立ち上がることができません。
そんな時、彼女の前に、銀色でピカピカ光る何かが現われました。
(綺麗……)
初めて目にした銀色のピカピカに姉エルフの視線はくぎ付けになりました。
銀色のピカピカは姉エルフに背中を向けて、手に持った剣で大蛇へ一生懸命立ち向かいます。
そんな逞しい背中は姉エルフの胸から怖さを拭い去り、勇気を与えました。
「ソウルリンク!」
「SYHA……!?」
銀色がキラリと輝いたかと思うと、大蛇が真っ二つになりました。
大蛇は綺麗な魔石の粒になって消えました。
「大丈夫か?」
気が付くと銀色のピカピカは姉エルフへぶっきらぼうにそう聞き、逞しい腕を差し出していました。
だけど壊れた兜の奥から見えるまん丸で黒い目は優しそうで、姉エルフは安心感を抱きました。
「へ、蛇は退治した。だから安心して良いぞ」
「ありがとう!」
姉エルフは元気よく、銀色ピカピカへお礼を言いました。
「あ、ああ、どういたしまして……」
何故か銀色は声を震わせて、視線を逸らしてしまいました。
「わたし、エル! お兄さんのお名前は?」
「あ、えっと、俺は……」
「お姉ちゃーん!」
その時後ろから妹エルフが沢山の大人のエルフを連れて助けに来てくれました。
こうしてエルフのエルと、銀色ピカピカのお兄さんは出会ったのです。
……
……
……
「お兄さーん!」
「うおっ!? って、エルか。なんだどうした……何をしてるんだ?」
「ぴかぴか、ひんやり、きもち~」
「こ、こらよせ! 鎧が錆びる!」
「えー、良いじゃーん。気持ちいいんだもん。えへへ」
銀色ピカピカの鎧を着たお兄さんは、この島の迷宮を探るためにやってきた冒険者の人でした。
エルを助けたお礼にと、彼女の両親が暫く滞在を勧めて、今は同じ屋根の下で暮らしています。
そしてエルはそんなお兄さんのことが大好きでした。
「ねぇねぇお兄さん! まためいきゅうの話聞かせて」
「ああ。そうだな、では今回はスケルトン共に散々な目に合わされた話をしてやろう」
「わーい! すけるとーん!」
時に優しく話を聞かせてくれ、
「エルも皆さんも下がっていてください! ソウルリンク!」
「GYO!」
エルの村がゴブリンに襲われた時、たった一人で、しかもあっさりと倒してしまった、とても強いお兄さん。
お兄さんは剣の腕が立つ凄い人でした。
「お兄さんって、何歳なの?」
「俺か? 俺は30歳だが」
「わぁー! じゃあ私と同じだ―! 私もね、今年で30歳だよ!」
「そ、そうか。俺と同い年、むぅ……」
時々こうやって困りだすお兄さんの様子がおかしくて、エルは時々からかって遊びました。
いつもは鉄兜を被っていて顔が良く分かりませんが、このいう時決まって、壊れた兜の隙間でお兄さんの優しそうな黒い目が、右往左往します。
それがエルはおかしくて、でも大好きでした。
楽しい、とても楽しい時間。
エルはこんな時間がずっと続けば良いと思いました。
だけどお兄さんは冒険者。
いつかこの島を出て行かなければなりません。
そして遂にその日が来てしまいました。
「色々とお世話になりました。それでは……」
村の人たちに見送られ、全身を鎧で覆った風変りだけど、大好きなお兄さんが歩き出します。
この時ばかりは、お兄さんを困らせてはいけないとエルは必死に涙を堪えました。
だけど別れの悲しみは押し寄せるばかり。
「お兄さん!」
とうとう呼び止めてしまったエル。
鎧のお兄さんがゆっくりと振り返ります。
(ここで言わないと。伝えないと!)
エルは思い切り空気を吸い込みました。
「お兄さん! わたしいつかお兄さんみたいな冒険者になる! それでお兄さんと一緒に色んなところを旅する! 必ず!」
エルの声が森中に響きました。
するとお兄さんはガシャリガシャリと鎧を揺らしながら戻ってきました。
小さなエルへ視線を合わせるように屈み、無骨な鎧の手を、小さな頭の上へ乗せました。
「ああ、そうだな。その日を楽しみに待っている」
「うん! 約束だよ!」
「――ああ、約束する」
お兄さんとの約束にエルの小さな胸は喜びで溢れました。
でも、後のエルは知ります。
その約束は絶対に果たせないということを。
エルの村では100年は、村の外には出られない決まりになっています。
お兄さんは人間で、エルはエルフ。
人間とエルフでは寿命の長さがまるで違います。
エルがこの島を出られる頃、お兄さんは100歳を超えています。
人間の短い寿命では、そこまで生きているとは到底考えられません。
例え生きていたとしても、恐らく一緒に冒険をすることは不可能です。
(だけど私はお兄さんのように強くて優しい、困ってる人を必ず助ける冒険者になるって決めたんだ)
その想い一つで、エルは長い時間を過ごします。
冒険者になることを反対する母親と妹を説得し、エルはとうとう100年を島で過ごし、旅立ちます。
「姉さんバカじゃないの!? 私達エルフは斥候か弓兵の方に適性があるんだって! なんでわざわざ剣士にしたわけ!?」
旅立ちの時、心配性の妹はエルへ叫びます。
「お兄さんが剣を使ってたからだよ! それにこのピカピカ―でつるつるーって綺麗だし、カッコいいじゃん! でへでへ」
「んもぉ、姉さんはそればっかり……」
「めんごめんご。代わりにスマジあげるから、ほら! これがあればいつでも大好きなお姉ちゃんとお話できるよ?」
「あう……べ、別に姉さんのことなんて、私、そんな……」
「お~よちよち、可愛いぞ、妹よ」
「も、もう! 恥ずかしいからそう云うの止めてって!」
「でも、うん、気を付けるよ。心配ありがとね、ルーフ。お父さんとお母さんのことよろしくね」
「姉さん……」
「それじゃ行ってきます! お土産期待しててね!」
本当は泣きそうな自分を押さえて、エルは島から外の世界へ旅立ちました。
全身甲冑(フルプレートアーマー)の冒険者のお兄さん。
ぴかぴかでつるつるな金属を見る度に、お兄さんとの楽しい記憶がエルの中で蘇ります。
そうしているうちに、金属自体が大好きになってしまった風変りなエルフの新米冒険者エル。
(一緒に冒険はできないかもしれないけど、想いでは私の中で生きていますよ。ねっ、お兄さん!)
たぶんもうこの世にはいない憧れのお兄さん。
彼との大切な記憶を胸に、エルは最初の目的地として大陸の迷宮都市:マグマライザを目指すのでした。
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