第15話 ようやく人間だった頃の俺を知ってる人の会えたのだが!?
俺はこれまでの経緯をローリーへ話す。
死んで自分が鎧の転生したこと、呪いのお陰でエルから離れられなくなっていること、
自分の名前を含む一部の記憶が欠損していること、100年もの時が経過していること
そして鎧の作成者であるローリーのことも覚えてないということを。
その間、ローリーは終始真剣に俺の話を聞いてくれていた。
「そっか。そんな事情が……」
「そうなのだ。もしよかったら俺の名前を教えてくれないか? そうしてもらえると助かるのだが」
「ええっと、それがね……知らないのよ、アンタの名前」
「何?」
「だってアンタ最後の最後までカッコつけて名前教えてくれなかったんだもの」
「そうなのか。すまない。その節は大変失礼なことをした」
ローリーは小さく首を横へ振る。
「良いのよ、気にしないで。それにまたこうして巡り合えたんだからね」
少し寂しそうなローリーの笑顔がとても印象に残った。
「あのー、質問でーす! 鎧さんとローリーさんってどんな関係だったんですか? もしかして恋人だったとか?」
エルがあっけらかんと質問を投げると、褐色がかったローリーの顔と耳が、仄かに朱に染まった。
「べ、別にそんなんじゃ無いわよ! 彼もあたしも駆け出しで、それでちょっと一緒に冒険したり、鎧を打ってあげただけよ」
記憶を探っても、その当たりの記憶は一切なかった。
どうやら名前と同時に、そんな思い出も忘れ去っているようだ。
「そういえば、アンタ鎧になってちょっと変わった?」
「そうか?」
「前よりも少し落ち着いたような、そんな感じ?」
「……そうだな」
「まぁ、人間の時もいっつも鉄兜(アーメット)で顔は隠してたし、調子に乗らないとあんまり喋んなかったしね」
「ふむ……ところでローリー、この鎧の作成者である君なら、何故俺がこんなことになっているか調べられるか?」
「たぶんね」
ローリーはガントレットから手を離し、部屋の中央へぱたぱたと向かって行く。
「ちょっとこっち来て」
エルへ手招きをするが、怯えて足が震えている。
「大丈夫、変なことしないから。ちょっと【鑑定(アナライズ)】を掛けたいだけだから」
「は、はぁ……」
おずおずエルは部屋の中心に立つ。
ローリーはそっと目を閉じ、静かに両腕を持ち上げ、エルへかざした。
「【鑑定開始(アナラズ・スタート)】……」
エルの足元に真っ赤な魔方陣が現われた。
部屋に掲げられた真紅の魔石が光を放ち、魔方陣へ流れ込む。
すると光が迸り、エルの足の先から頭のてっぺんまでを綺麗になぞり始める。
これが本来の【鑑定(アナライズ)】のやり方だった。
膨大な魔力のため魔力を外部から供給する必要がある。術式も複雑で、おいそれと誰もが扱える代物ではない。まぁ、俺は設備もなしに、この魔法を多用できるがな。
「完了、っと……もう動いて良いわよ」
ローリーは椅子を引き寄せて、エルへ座るよう促す。
そして彼女自身も椅子へ座り、再びエルの腕にはまるガントレットを手に取った。
「なんとなくだけど、アンタが鎧になった原因は分かったわ。原因はたぶんこの鎧を鍛造(たんぞう)する時に調整したミスリルの配合比率よ」
「ミスリルの影響?」
ミスリル。希少金属の一つで、魔力を増幅させる性質を持つ鉱石に一つ、だということは今の俺自身でも覚えていた。
「アンタの依頼で基礎的な魔力を底上げするために鎧へのミスリルの配合比率を高めに設定したのよ」
大体の鎧には魔力を扱うために少量のミスリルが配合されている。
確かに配合比率が高ければ高いほど魔力は増幅し、力の底上げが可能だ。
最もミスリル自体の希少性が高く、価格もかなりするものなので、そう易々と配合比率を高く設定するなどできない。
しかもこの鎧はおそらく名工ローリーのオーダーメイド。
(生前の俺は相当稼いでいたのだな)
「おかげでこの鎧を打つの結構苦労したわ。ミスリルの配合比率が高いと打ちずらいのよね。当時はゴーレムプレスなんえ便利な道具も無かったし、全部手打ちなのよこれ?」
ローリーは綺麗に打ち出された鎧の畝を愛おしそうに指でなぞる。
「いい仕事はできたけど、もう二度とこんな面倒臭い鎧は打ちたくないわ」
「苦労を掛けたな、すまん」
「良いのよ。当時のアンタにもきちんと労って貰ったからね……で、話を戻して」
ローリーの説明によると、この鎧に打ち出された”畝(うね)”は、防刃性を高めるのと同時に魔力の通り道になっているとのこと。
人でいうところの”血管”に相当し、畝があることで、効率よく全身へ魔力を行き渡らせることが可能になっているのだという。
「魔力は魂の力。ここからは仮説なんだけど、魂が魔力化して鎧に吸着してしまって、リビングアーマー化した。大半の鎧はミスリルの配合比率が低くて、獣のような僅かな意識しか残らない。だから獰猛なリビングアーマーになるらしいんだけど、この鎧の場合は人格や記憶の全てが移ってしまって、人間性を強く保ったリビングアーマーになった。そんなところね」
「なるほど」
「加えて何か強い”願望や願い”が転生の原因になったと思うんだけど、何か心当たりはある?」
「むぅ……」
流石に最後の願いが”童貞捨てときゃよかった”等とは口が裂けても言えない……と、今の俺には口というものが存在しないか。
「なにか思い当たることでも?」
「ま、まぁ、なんだ、せっかく冒険者として楽しい生活を送っていたのに死んでしまったのだから、それが後悔だったんだな! なはは!」
「そうね、アンタらしい無念よ。そういうところは変わってなくて良かったわ」
「だ、だろ?」
「うん。あと記憶の欠損の件だけど、たぶん鉄兜(アーメット)が無いことが原因だと思うわ」
鉄兜(アーメット)とは、頭部を全て覆うヘルムのことだ。
鎧に転生してから今日まで、何故かそこの部分だけが欠損している。
「鎧のあらゆる箇所にアンタの魂と記憶が転移したなら、全てのパーツが揃って、初めて完全なアンタ自身となる。だからどこか一部でもかけていれば完全なアンタじゃ無くなるから、記憶の欠如が発生しているのかもしれないのよ。ちょっと性格が大人しくなっているのもそのせいかもね」
「ふぅむ……」
「ざっとこんなところね。エルフのお嬢ちゃんも分かったかしら?」
ローリーはエルへ意識を移して問いかける。
「はい! 難しすぎて全然わかりません!」
よどみなく、きっぱり答えるエルに、ローリーは「ああ、これだから頭がお花畑のエルフは……」と愚痴る。
(やっぱりな……)
と、思う俺なのだった。
エルは少々、脳筋のきらいがあるのかもしれない。
まぁ、そういうさっぱりしたところが、この子の良いところではあるのだけれど。
「つまり俺はモンスターではなく元冒険者で、ひょんなことから鎧に魂が乗り移ってしまって、今に至るというわけだ」
「そこは分かります! なんか鎧さんって、モンスターにしては随分しっかりとしているし、色々知ってますし、凄い冒険者だったんですね!」
「凄い割には死んじゃってるけどね。あたしにこんなめんどくさい鎧を打たせておいた上に」
「ぐっ……」
ローリーの鋭い指摘に何も言い返せない俺だった。
「さて、私が話せるのはここまで。今度はアンタと……そういえば未だ名前聞いてなかったわね?」
「エルです! 剣士やってます! で、この子はライムちゃんです!」
「ちゅるん」
「エルちゃんに、ライムちゃんね。改めて、私はローリー=マクシミリアン。気軽にローリーで良いわよ。さっきは色々と脅かしちゃってごめんね」
「いえいえこちらこそ、色々とすみませんでしたローリーさん!」
エルとローリーは改めて微笑み合い、握手を交わす。
ローリーは意外とさっぱりとした、すがすがしい良い娘のようだ。
「せっかくだから教えて。エルちゃんと鎧がいままでどうしてたのかを……」
その時突然、ベルの音がなった。
ローリーのデスクの上にある手の平サイズのオブジェ”スマートマジック”略して【スマジ】がカタカタと震えていた。
ローリーは手早く手に取り、耳へ押し当てる。
「はいはい、もしもし……ええ? 今から? だってあのオーダーは……ああもう、これだから貴族連中は……で納品は……明日!? はぁ!? 何バカなオーダー受けてんの!? 正気なの!? ああもう分かったわよ、やれば良いんでしょ、や・れ・ば! 所長には今期のボーナス弾むように言っておいて! 頼むわよ!」
ローリーは苛立たしそうにスマジをデスクへ投げ捨て向き直る。
「ごめん、急に仕事入った。今日はこの辺で!」
「お忙しそうですねぇ……お疲れ様です!あと、色々とありがとうございました!」
「またゆっくり話を聞かせてね。あとライムちゃんだっけ? さっきは脅かしてごめんね。これはお詫びの品よ」
ローリーはエプロンから輝くミスリルのかけらをライムへ投げた。
すかさずライムはソレを飲み込む。
すると俄かにライムの表面の光沢が増した。
「ちゅるん!」
「これでちょっとはライムちゃんも強くなったはずよ」
「ありがとうございます! それじゃまた来ますね、ローリーさん!」
「ええ、待ってるわ。鎧もまたね」
少し名残惜しそうなローリーをしり目に、
俺はとエルは総工場長室を出て、ヤタハ鍛造所を跡にするのだった。
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