第8話 ピカピカで、つるつるで、ぬるぬるなのだが!?
「鎧さんって、結構激しい方なんですね」
「そうか?」
「はい。なんか、こう、普段は穏やかな方が急に熱くなると驚くけど、ドキッとするような……もうなんか、私が私でなくなって、滅茶苦茶にされてるみたいな……」
鎧越しにエルの上昇した体温と、鼓動を感じる。
どうやら先ほどの“ヒット&アウェイ”の特訓を思い出し、身体がその時のように緊張しているようだった。
「脅かしてすまなかった、許してくれ」
迷宮での心得、常に冷静であれ。
緊張状態では不用意なミスを引き起こす、に基づき、俺は真摯に謝罪した。
「あ、いえ、全然! とってもためになりました! 謝らないでください」
「そうか、ならば良かった」
「あ、コウモリモンスター! 鎧さん、行ってきます!」
「ああ」
エルは自らダガーを抜いて、地面を蹴った。
「ヒット!」
ダガーで的確にコウモリモンスターを刺突。
「あーんど、アウェイ!」
しかし突っ込むことなく、指導通り後ろへ飛んだ。
ゴブリン以下の最弱モンスターであるコウモリモンスターはエルの一撃を受け、魔石の粒へと変わる。
「どうでした?」
「なかなかいい攻撃だった。上手いぞ」
「やった、褒められた! えへへ」
エルは小さくガッツポーズを取る。
元々センスが良いのか、エルは既に“ヒット&ウェイ”の戦法を体得していた。
(しかしあれだけ頑張ってゴブリンを倒しても経験値は未だ151程度……だがまだエルのみでミノタウロスに向かうのは危険極まりない)
だからといって、ゴブリンや蝙蝠など最弱モンスターばかりを狩っていては、俺がこの子から離れるために一体どれぐらいの時間を費やすか。
(ここの辺りで“シルバースライム”などと出会えれば良いのだが……)
「わー、ピカピカ!」
突然エルが嬉しそうな声を上げ、俺は思考から舞い戻る。
迷宮の闇の中で光輝くの銀の丸。
迷宮の中の僅かな光であっても奴の表面は鏡のように煌びやかな輝きを放っている。
「ちゅるん!」
【シルバースライム】
低確率で遭遇できる、超希少モンスター。
奴を倒して得られる経験値は、迷宮高層では破格の“5,000”
しかも、エル程度のステータスでも、5回も殴れば十分撃破可能だし、奴の攻撃程度ではびくともしない。
もちろん、倒せればの話ではあるが……
「エル、奴を追え!」
「はーい!」
指示よりやや早く、エルは走り出した。
「ちゅるん!」
「まーてぇー! こらぁー!」
シルバースライムはとにかく早い。むちゃくちゃすばしっこいからして、攻撃を当てることが、かなり難しいことで有名なモンスターなのだ。
だがエルも負けず劣らず早く、迷宮の中を駆け回る。
「なんだ……? おおっ! シルバースライム! みんな追うんだ!」
っと、エルとシルバースライムの追いかけっこを見かけた他の冒険者パーティーが続く。
「シルバースライム!」
「狩れ! 狩れ!」
「私達が先よ!」
「「「うおぉぉぉーっ!!」」」
気が付けば、エルを先頭にした多くの冒険者がシルバースライムを追い始めていた。
「ぶるぶるぷりん!」
シルバースライムはぶるぶると身体を震わせて、必死に逃げ惑う。
「エル! このまま突っ走れ! そして君の手でシルバースライムを!」
熱気に押されて俺も思わず叫んでしまう。
するとエルは踵を立てて急性制動をかけた。
立ち上る激しい砂煙は、追従する冒険者連中の視界を奪い、速度を減退させる。
「とーりゃぁー!」
「ぎゃっ!」
砂煙の中から飛び出したエルは鮮やかな回し蹴りを放って、男性冒険者を思いきり吹っ飛ばした。
「それぇー!」
着地と同時に鮮やかなハイキック。
顎を蹴られた中年の男性冒険者が宙を舞い、倒れる。
「何すんのよ! みんな、やるよ!」
すると後続の女魔導師パーティーが、それぞれの杖を握り締めた。
「アイスアロー!」
「ウィンドカッター!」
「フレイムウィップ!」
様々な属性の魔法がエルへ向けて突き進む。
「おっとぉ? それ! やっと!」
しかしエルは踊る様にステップを踏んで、全ての魔法攻撃をあっさりと回避する。
(なんたる回避性能! さすがは魔力の感知に優れるエルフということか!)
感動の最中、エルは思いきり飛び上がっていた。
目下では女魔導師連中が愕然と、こちらを見つめている。
そしてエルの背中で魔力が爆発し、足を突き出した彼女を加速させた。
「エルゥー、ストラァァァイクッ!」
「「「きゃっーーー……!」」」
エルの足は勢いよく迷宮の地面を抉り、女魔導師を衝撃波で紙人形のように吹き飛ばしたのだった。
「またつまらぬものを蹴ってしまった……ふふん!」
エルは鎧で覆われた薄い胸を誇らしげに張り出す。
「エル、なんだ、その……君は拳闘士の職の方が向いているのではないか?」
俺は正直な感想を語ったが、
「いえ! 私は剣士です! それ以外ありえません!」
きっぱり、淀みなく答えを返してくるエルのなのだった。
「まぁ、良い。邪魔者はいなくなった。行くぞ」
「でも見失っちゃいましたよ?」
「そこは俺に任せろ。【
「わわ! 目の前に矢印と、赤い丸が!?」
「矢印は君、赤丸はシルバースライムだ。行くんだ、エル!」
「はーい!」
エルは再び走り出す。
彼女の脚力はやはり凄まじく、矢印と赤丸の距離があっという間に縮んだ。
「みっつけたぁー!」
「ぷりん!」
安心しきってのんびりしていたシルバースライムは慌てて飛び跳ね始めた。
「とぉー!」
突然、エルは飛んだ。
彼女は矢のように身体をまっすぐ伸ばし、そして、
「へへー! つっかまえたー!」
「ぶるぶるぷりん……」
シルバースライムは既にエルの腕の中へがっちりしっかりと捕まっていた。
「さぁ、エル、そのままコイツを絞め殺すんだ! そうすれば君へ5,000もの経験値が……なにをしているんだ?」
「はわぁ~、ひんやり、すべすべぇ~」
何故かエルは抱きしめたシルバースライムへ頬を擦り付けていた。
「ぷ、ぷりん……?」
「大丈夫、お姉ちゃんは怖くないよー。君を倒したりしないよ。だから安心してぇ~」
エルは腕の中のシルバースライムを優しく撫でている。
鏡のようなシルバースライムの表面には、顔を真っ赤に染めて、恍惚な表情を浮かべるエルの姿が映っていた。
(まさか金属っぽいものであればなんでも良いのか、この子は……)
「ぷ、ぷりん!」
シルバースライムは攻撃のつもりなのか、それともキスなのか、輝く触手を伸ばして、エルの頬に触れた。
「きゃ! もう、スライムちゃん大胆! でへでへ」
「ちゅるん!」
「うう~可愛いぃ~!!」
すっかりエルはシルバースライムを気に入ってしまったようだった。
対するシルバースライムも、もはや逃げ出そうとはしていない。
(さすがにこの状況で、倒せとは言えんな……)
それに何故かシルバースライムを目にすると、どうにも倒してはいけないような、可愛そうなような気がしてならなかった。
「NMOOOO!」
その時、空気を震撼させるの雄叫びが響き渡った。
黒い影が俺とエルへ覆う。
慌てて踵を返すと、そこには、あろうことかミノタウロスがいた。
しかもかなり大きい。
モンスターと云えど、全てが同じとは限らない。
人のように力があるもの、身長が高い者など様々。
そして今目の前に現れたミノタウロスこそ、希少種のジャイアントモンスターだった。
「NMOOOO!」
一際巨大なミノタウロスは、思いきり大斧を振り落す。
「ひぃー!」
エルは怯えながらも身軽に飛んで、ミノタウロスの攻撃を避けた。
しかしそれだけ。
ジャイアントモンスターは身長も相まって迫力満点だった。
新米冒険者のエルは、その迫力に気おされて、避けるのが精一杯な様子だ。
そもそも俺自身、エルにコイツの相手をさせる気は毛頭ない。
本当ならば【ソウルリンク】で俺が入れ替わって対処をしたいところだが、
(これまでの迷宮探索でエルの魔力はつきかけている……)
できたとしても、手足に力を貸す程度しかできない。
となれば選択肢は一つしかない。
「ここは退散だ。さっさと撤退だ」
「わ、わかってますけど、ひやぁっ! どうやって逃げるんですかぁ~!」
ミノタウロスは執拗にエルを狙い続け、砂塵を巻き上げながら、追いかけ回している。
エルが逃げれば、当然のようにミノタウロスは追う。
しかも幾らエルの足が速くても、彼女の数歩はミノタウロスの一歩にも及ばない。
(このままでは体力さえも尽きてしまう。何か良い逃走方法は……何か!?)
「スライムちゃん!?」
エルの声で意識が現状へ戻る。
「ぷりん!」
俺とエルを横切ったのはつるつるでぷるぷるな銀色をした丸い何か。
エルが捕まえたシルバースライムが我々とミノタウロスの間へ躍り出る。
「ちゅるるぅぅぅぅぅ――――んっ!」
突然、シルバースライムは耳をつんざくほどの咆哮を上げる。
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