鎧に転生してしまったのだが!? ~鎧になってしまった元ベテラン冒険者と新米エルフの剣士の二人羽織冒険譚~

シトラス=ライス

第1話 鎧になってしまったのだが!?

「や、やったぞっ……ぐはっ!」


 俺は膝を突いて、迷宮深層の冷たい地面の上へ倒れた。

もう再び立ち上がる力は残されていなかった。


「GUOOO……!」


 しかし対峙していた巨大な”魔竜ロムソ”もただでは済んではいない。

俺が最後の力を振り絞って投げつけた魔を滅ぼす伝説級のアイテム”神聖石”

その力に焼かれたロムソは、苦しみ悶えながら、今でも目の前で溶解し続けている。


(迷宮深層で暴れまわって魔竜ロムソもこれでおしまいだ……!)


 神話の時代、稀代の勇者に倒されたという魔竜ロムソ。

そんな魔竜は、ここ数年で復活を果たし、この迷宮に潜る全ての冒険者の脅威となっていた。

 だけど、俺はそんな神話級のモンスターをこの手で倒した。

この成果をもちかえれば、俺は名実ともに"最強の冒険者"という称号を得られる、はずだったのだが……


(ああ、まずい……これは確実に死ぬやつだ……くそぉ……!)


俺自身も ロムソとの数時間にも及ぶ激闘を演じ深い傷を負ってしまっていた。

更に奴の濃密な瘴気を浴び続けたことも相まって、死が容赦なく近づいてきていたのである。


(だめだ……意識が遠のいてゆく……)


 これまで過ごしてきた冒険者としての日々が走馬灯のように蘇ってきてしまった。


そういえば……駆け出しのドワーフの鍛冶師と朝まで飲み明かしたっけ。

そういえば……経験値豊富なシルバースライムを、敢えて見逃して、一時ペットのように飼っていたっけ。

そういえば……エルフの島で、まるで勇者みたいに可愛いエルフの少女を救ったことがあったけ。


全身甲冑プレートアーマーが、身体が凍えるように寒い。それは俺に”死”を予感させた。


(冒険者としての生活は充実していた、しかし……)


 たった一つの、大きな心残り。

俺にとっては世界を救うよりも、今となってはだいじな大事なこと。それは――!


(童貞捨てときゃよかった……!!)


 生まれてから30年と少し、俺は未だ女性と致したことがなかった。

まぁ……そのおかげで、他の冒険者では獲得できない魔法使いに匹敵する強力な【力】は手にできたのだけど……。


 でも死んでは意味がないし、今はそんな【力】などどうでも良い。

 こんなことになるならば、迷宮へ潜る前に最高級の遊郭で楽しんでおくべきだった……!

と、今更後悔するが、もう遅い。


(ああ、くそ、もう体の感覚がないぞ……バカ野郎、俺の人生……)


 もしも願いが叶うなら、生き残りたい。

神というものが存在して、運命を自在に操れるのなら、どうか俺に生き残るという選択肢を与えて欲しいと願ってやまない。


 面貌めんぼうびょうが外れ、鉄兜アーメットが、迷宮の闇の中へ消えてゆく。

 俺は久々に素肌で迷宮の冷たい空気を感じつつ、緩やかに意識を閉ざしてゆくのだった。


……

……

……


(あれ? なんか、おかしいぞ……?)


突然、違和感と共に意識が浮上した。

恐る恐る視界を開いてみると、寒々しい迷宮の闇が見えた。


(まさか、これは!? ……よっこらせ!)


 腕を地面へ突き立てる。

 俺はガシャリと鎧のパーツを擦り合わせながら、すんなり立ち上がることができた。


(生きている……だと!?)


 これは夢なんじゃないかと思った。

とりあえず夢かどうか、確かめるべく頬を自分の手で叩いてみようとしたのだが……


(なんで頬が叩けないんだ!?)


 ガントレットに覆われた手は空ぶるばかりで一向に自分の頬を叩けない。

これはどうしたものかと考えていると、闇の中に一筋の煌めきを発見する。


(あれは鏡水晶の輝きだ! まずは俺の現状を鏡に写して確認せねば!)


 猛然と鏡水晶まで駆け、すぐさま自分の姿を映す。

鏡のように反射する水晶にはまず、俺の装備している"無数のうね"が打ち出された、特徴的な鎧が映し出された。


(この鎧は今では名工と名高い……名高い……名高い……ダメだ……この鎧を打ってくれた名工の名前が思い出せない……)


とはいえ、今映っている鎧が、自分のものであるとははっきり認識できる。

しかし――


(鎧だけになっている……だと!? しかも首から上が無い!? なんだこれは!?)

 

 鎧のあらゆる箇所に手を突っ込んでみるが、空を掴むばかりで、とても焦った。

しかしすぐさま冒険者の大原則"常に冷静であれ"という格言を思い出し、まず平生を取り戻す。


(……そういえばリビングアーマーというモンスターがいたな……)


 死んだ冒険者や兵士の魂が鎧へ乗り移り、モンスター化した存在。

迷宮の中では割と強敵とされる危険なモンスター。


(しかし何故……? どうして俺はリビングアーマーへ……?)


 考えたところで答えは出ない。

一介の冒険者風情の俺が、魔物学における課題を、いくら考えたところで無意味なのは明白。

ならば今やるべきことは、的確な現状把握である!


(まずは元の力が使えるかどうか試してみよう。【鑑定アナライズ】!)


 慣れ親しんだ鑑定呪文を叫ぶ。

足元に湧いた魔方陣がつま先から空っぽの頭の先まで上昇し、解析トレースを掛ける。


 数値化された俺の能力は、人間のころから、三分の一となっている。とはいえ、そこらの冒険者よりは強いと言い切れる。

 まぁ、魔竜ロムソと対峙していた頃の俺と比べると雲泥の差なのだが……


(しかも“装備魔法”の魔法剣マジックブレードとソウルリンクのスキル使用不可か……)


 “装備魔法”とは特定の武具と自らの肉体を同調させることにより発動できる、バフ魔法の一種である。


(肉体がないリビングアーマーでは発動できないのは当たり前か……)


 とりあえずここに居ても埒が明かないと思い、近くに転がっていた俺の道具袋を手に取る。


(な、なんだ!? 袋が簡単に破けてしまったぞ!? やはりロムソの瘴気を浴びたせいで、脆くなってしまったのか……?)


 更に愛用していた短剣グラディウス丸盾ラウンドシールドも、錆に塗れていて武器として使い物になりそうもない。


(むぅ……これは困ったな。さすがに丸ごしでは心許ないぞ。まぁ、仕方ない……とりあえず、危険の少ない上層へと戻ってみるか)


 俺は使えそうな道具の中から階層跳躍エスケイプが記された巻物を紐解き、深層から上層へと舞い戻る。


「きゃっ!?」


 途端、いたいけな雰囲気の少女の悲鳴が聞こえてきた。

どうやら、今背を向けている岩陰の向こうから、らしい。

 気になった俺はこっそりと、石室を覗き込んでみる。

そこには皮の軽装鎧を着た少女と、彼女を取り囲む3人の男性冒険者の姿があった。





【作者からの大事なお願い】


 本作はカクヨムコン9の参加作品となります。

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どうぞよろしくお願いいたします。


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