読み死〜yomizi〜
川奈雅礼
読み死〜yomizi〜
まず初めに、「あなた」はこの小説が二人称で書かれていることを承知しなければならない。
これは虚構と現実が渾然一体となった世界。
現実の「あなた」が、虚構の世界に身を投じる物語なのだ……。
★
――狭いが
窓際のベッドに横たわるのは、まだ
病室には、この二人の他に誰もいない。
いや、
姿なき傍観者――すなわち「あなた」がいることになるだろう。
「
男は女の名前を呼ぶと、
「
「恵美。俺と、け、結婚してくれ!」
男は恥ずかしそうに女の顔を見つめると、緊張した声でプロポーズの言葉を
それはどこにでも転がっていそうな、何の
だが「あなた」は知っている。この女が難病に冒され、すでに余命いくばくもないことを。
哀れな死を描いて感動を押し売りする映画のように、「あなた」はそれを陳腐な設定だと感じたかもしれない。
「でも孝志さん、私にはあと三か月しか……」
「それだけ時間があれば問題ない。結婚式に新婚旅行、子作り以外のことなら大抵できるさ」
男は冗談めかして言ったが、その顔は隠しきれない憂いの色を帯びていた。
「バカね、無理しちゃって」
「ああ、否定はしないよ。だから、そんなバカと結婚してくれないか?」
弱々しい笑みを浮かべ、男が再度プロポーズの答えを求める。
すると女は感極まったのか、
「はい。ふつつか者ですが、よろしく……お願いします」
女はベッドの端に三つ指をつくと、必死に
いずれ二人には別れの
その空気を「あなた」も感じ取ることができたのではないだろうか。
互いの手を握り、黙って見つめ合う二人。
「…………」
そのとき、ふと男が背後を振り返った。白い壁の片隅を
「どうしたの孝志さん?」
男の不穏な気配を察して、女がベッドの上で微かに小首を傾げる。
「いや、何でもないよ」
男は向き直ってそう答えると、女の
「嬉しいけど、やっぱり怖いかも。だってこの幸せもあと三か月で――」
「大丈夫、恵美は何も心配することはない。俺たちの幸せは永遠に続くんだ!」
女の言葉を途中で遮り、男は確信に満ちた声で言い放った。
窓辺に射した赤い西日が、抱き合う二人を祝福するように優しく照らしていた。
「完」
……え、これで完結?
「あなた」はそう思ったが、長い空白行のあとに続きがあったので読み進めることにした。
物語の時間は進んで、すでに三か月以上が経過していた。
読者の視点も、あの病室からどこかの墓地へと移っている。その先には、墓前でしゃがみ込む男の姿があった。両手を合わせ、聞き取れないほどの小声でブツブツ言っている。唇以外は石像のように動かない。
「あなた」が痺れを切らすくらい時間が経つと、男はようやく腰を上げた。ゆっくり振り返って上空を見上げる。
そこには読者の視点があり、病室のとき同様、再び「あなたの視線」と絡み合った。
だが今度は一瞥ではない。憎しみに煮えたぎる男の眼光が一直線に「あなた」を貫いた。
男は上空を指さして叫んだ。
「あんたが悪いんだ!」
湧き上がる悲しみに
「あのとき俺は確かに『完』と言った。なのにあんたは読むのをやめなかった。あそこで読み終えていれば、俺たちの時間は止まり永遠の幸せが訪れるはずだった。分かるか? あんたが読み進めたから恵美の病気は進行した。あんたが恵美を殺したんだ!」
男は「あなた」を
★
読者をワルモノ扱いするとは酷い物語だ。作者に浴びせる罵倒の言葉を考えながら、しかし心優しい「あなた」は二人の幸せを願い、こう思ってくれたことだろう。
冒頭に戻って再読し、今度こそ「完」で読み終えようと……
〈了〉
読み死〜yomizi〜 川奈雅礼 @kawana_gare
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